「海とは逆方向に港が出来るって、変な感じです」
ロレッタが石を持って下手な地図を『テーブル』の上に描く。
……オールブルームのつもりか?
「三十五区の方に海があって、三十区の方は陸地ですのに、三十区側に港が出来るのがイマイチよく分からないです」
「それはね~☆」
と、マーシャがロレッタから書ける石を奪って、ロレッタのけったいな地図を上書きしていく。
海図を描くので慣れているのか、随分と絵がうまい。
「ロレッタちゃんは、『半島』って分かる?」
「知らないです!」
「こうやって、大陸から『ちょろ~ん』と生えてるみたいな形した地形のことでね、海に出っ張ってるのね☆」
オールブルームは、その半島の根元付近に位置しているらしい。
街の北側は海に、南東側は高い山々に囲まれている陸の孤島のような場所だ。
平地に面しているのは、玄関口の三十区と、そこから西側の少し、三十三区付近までか。
で、この半島は四十二区を取り囲むように広がる山脈地帯が海へ突き出している。
手を開いて右手を見てほしい。
親指と人差し指の間の何もない部分が海。親指の付け根にオールブルーム。
そして、親指すべてが高い山々で形成された半島だと思って欲しい。
そのような形なのだ。
親指の付け根から生命線へ向かって進み、その後生命線を辿るように手首へと向かう。
だいたいそんな道がオールブルームへ来る商人が通る道だ。
手首からヒジの方へ向かって進んでいき、右乳首くらいの位置にバオクリエアがあると思ってくれればいい。
乳首の国、バオクリエア。
いや、なんでもない。忘れてくれ。
「でね、その半島の途中に、大きな洞窟があるの。その中に入っていくと~……なんと、四十二区のそばに繋がっているんだよ~☆」
「そうなんですか、ほぇ~、すごいです!」
「えっへん☆」
誇らしげなマーシャ。
まぁ、その航路を発見したのはマーシャだしな。
「港が出来たら、今よりもっと頻繁に遊びに来るからね~☆」
「仕方ない、私も一緒に来るとしよう」
「おい、誰かルシアを止めろ」
何が「仕方ない」なのか、一切分からないし、分かりたくない。
「四十二区の港を認める条件は、三十五区の水揚げ量が減らないことと、マーたんの訪問回数が減らないことだと通達したはずだ!」
「あ、アレ冗談じゃなかったんですか?」
「バカモノ、エステラ! むしろそっちが本命だ!」
いや、区の主な収入源の確保が本命であるべきだろう、常識的に考えて。
「ちゃ~んとルシア姉のところにも遊びに行くからね☆」
「うむ、楽しみにしているぞ」
「その上で、四十二区に遊びに来るね☆」
「よし、私も予定を合わせよう!」
「お前に会う頻度上がってんじゃねぇか」
ついてくるなよ。
束縛の激し過ぎるダメ彼氏じゃあるまいし。
「それはそうと、カタクチイワシ」
アナキュウを「カリッ」と齧って、ルシアが俺を見据える。
「先ほど、何を隠した?」
――くっ!
こいつ、やっぱ鋭い!
変態性ばかりが目に付いて忘れがちだが、女だ、若いと侮られがちな領主の世界で他を寄せつけず一人で堂々と胸を張って渡り歩いてきた凄腕領主なのだ。
舐めてかかると火傷をする。
「港の工事が始まる前に、何をするのだ? ん?」
はぁ……
しょうがない。
「年末に、教会で餅つき大会を開催するんだよ」
こっちを犠牲にしよう。
宿泊だけはなんとしても避けたいんだよ!
俺のためにも、三十五区の領民のためにもな!
「餅、つき? 餅とは餅米をすり潰して乾燥させたものであろうに。四十二区では違うのか?」
そういえば、ハロウィンの時に「ひび割れた餅の仮装」って言ったら意味が通じていたっけな。
三十五区にはすでに餅があるようだ。ただし、俺の思う餅よりも、きりたんぽに近いもののようだけど。
「蒸した餅米をみんなで搗いて、餅を作って、みんなで一緒に食うんだ。大豆から作ったきなこってのに付けて食う餅は美味いぞ~」
「……マグダは、あんこも好き」
「あたし、砂糖醤油だけは外せないです! あの香ばしい香りと甘塩っぱい味が……堪んないです!」
「私もお餅つきは楽しみです。子供たちも今からずっとわくわくしているのですよ? また『ぺったんぺったん』言いたいと」
「シスターベルティーナ。それは、エステラをイジめる会なのか?」
「違いますし、あなたに言われる筋合いはないですよ、ルシアさん!?」
「みんなで作ってみんなで食べるというのが、とても楽しいんですよ」
叫ぶエステラの隣で、ジネットがにこりと微笑む。
その笑みを見て「ふむ……」と呟いたルシアは、ニヤリと口角を持ち上げて俺を睨む。
「隠し通せなくて残念だったな、カタクチイワシ」
「はぁ……来るのか?」
「そこまで暇ではない」
そうか。
よかった。一応、お前にも領主としての責務を全うしなければいけないという責任感と一般常識がまだ残っていたんだな。
「なので、やりに来い」
「ふざけんな、コラ」
こっちこそ暇じゃねぇんだっつの。
「またみんなで一泊しに来ればよかろう。カタクチイワシ以外のみんなは歓迎するぞ」
「歓迎されもしないところへ誰が行くか」
「そうか……」
呟き、ニヤリと笑い、わざとらしくため息を吐いて、ギルベルタの髪を撫でる。
「可哀想に、ギルベルタよ……そなた一人だけが蚊帳の外だ。みなが餅つきとやらで楽しむそうだが、そなたはそれがどのようなものなのか、どのような味なのかも知らぬまま、この先の人生を生きていくのだな……」
こいつ、何言ってんの?
そんな見え透いた泣き落としで俺を動かせるなどと……
「……あの、ヤシロさん」
めっちゃうるうるした目で見られてるー!?
しまった、ヤツが動かしたかったのは俺じゃない、ジネットだ。
こちらの弱点を的確に突いてきやがる、なんてイヤラシい女だ!
「お兄ちゃん、ギルベっちゃん、ちょっと可哀想です」
「……マグダなら、一泊くらいしてあげてもいい」
こいつらまでまんまと乗せられやがって……
つか、また陽だまり亭を一日休みにするとか、そんなもん、ジネットが……真っ先に許しそうだな、くそぅ!
「平気、私は」
静かに、ギルベルタが口を開く。
「楽しい、話を聞くだけで。だから、いっぱい楽しんで、聞かせてほしい、楽しかった思い出を。それで十分、私は……」
「分かったよ! 行きゃあいいんだろ!」
ギルベルタを使うのは卑怯だろうが、ルシアぁあ!
あんな「残念……」って感じで垂れ下がった触覚見せられて、「ムリしてます」って顔で言われたら、「我慢しろ」なんて言えねぇだろうが!
「その代わり、材料はそっちで用意しろよ! 俺らは一切金を出さないからな!」
「うむ。餅米と大豆なら、二十四区のDDに話を付けておいてやろう」
「……なんで餅米でドニスなんだよ?」
「ヤシロ様。二十四区の麹を使用して作られる清酒用の米は三十三区で生産されていますので、餅米もそちらにあるのだと思いますよ」
と、ナタリア情報をもらって納得する。
麹や米が行ったり来たりしているのだろう、二十四区と三十三区の間では。
へいへい。じゃあ、ドニスたちも来るかもな、まだ見ぬ餅つき大会に。
……って、それじゃあ、ルシアは材料費すらほぼ払わなくて済むんじゃねぇのか?
くゎあ~、したたかな女だねぇ。イヤラシい!
「イヤラシい女だな、お前は!」
「貴様ほどではあるまい」
「乳首の国出身のレジーナよりヤラシイ!」
「誰が乳首の国出身やねん!?」
あれ? 違ったっけ?
バオクリエアは乳首の国だって誰かが言ってなかったっけ?
誰だったかなぁ……あ、俺か。
「まぁ、いいんじゃないかい。餅つきを教えに行ってあげれば」
他人事全開でエステラが俺の肩を叩く。
「ギルベルタも喜んでいるし」
両手を上げて喜ぶギルベルタ。
まぁ、子供がしょんぼりしてるのを見せられるよりは、マシ、か。
……ギルベルタは成人してんだけどな。ミリィ枠か? 日本なら座敷童と呼ばれる類いの生き物なのだろう。
「それに――」
と、エステラはグッと体を近付け、小声で囁く。
「豪雪期の話は誤魔化せたんだしさ」
そのせいで、こっちは一泊の出張だよ。
ったく。
「ただし、行くにしても年明けにしてくれ」
俺らが三十五区へ行くからという理由で、四十二区での餅つき大会を中止にするわけにはいかない。
ガキどもはともかく、ジネットとベルティーナが悲しむ。すごくへこむ。
こいつらが沈んでいると、四十二区の西側全体がどんよりするんだよ。景気が悪いったらありゃしない。儲けられる金も逃げていくってもんだ。
「年明けの方がこちらも都合がよいな。ギルベルタ、日程の調整を頼む」
「任せて思う、私は!」
活き活きとしたギルベルタの顔を見て確信する。
来年は年明け早々大変な一年になりそうだ。
「ふん……甘やかし過ぎだっつーの」
他人に甘い四十二区の面々に嘆息し、俺は豪華な海鮮バーベキューを豪快に頬張った。
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