「それで、ヤシロさん……その、にゅ…………それは、一体どのようなものなのでしょうか? おかしなものでないのであればご説明いただきたいのですが」
ベルティーナが言葉を濁す。
完全に乳頭だと思ってるな……
「『刀を入れる』で『入刀』だ。切るんだよ、二人で」
「……乳を、切る?」
「乳から離れようか、マグダ!?」
その俺の言葉を聞いて、マグダが俺から半歩遠ざかる。
……誰を乳扱いしてくれてんだ、オイ。
「でっかいケーキを作って、新郎新婦がそれをカットするんだよ。一刺しだけして、あとはこっちで切り分けるんだけどな」
「なんでそんなことするの? 最初からジネットがやれば早いじゃない」
分かってないなぁ、ネフェリー……
「新しく夫婦になる二人が、夫婦になって初めてする共同作業だぞ?」
「あ……」
ハトが豆鉄砲を喰らったような顔……というより、豆鉄砲を喰らったハトのような顔……つかもうハトみたいな顔をしてネフェリーが口を押さえる。
「…………初めての共同作業を……結婚式で……」
「そうだ。仲間や親族が見守る中でな」
「…………素敵」
「こ、こほん! じゃ、じゃあネフェリーさんも、その……いつか、そのうち……そういうことを……ごほんごほん!」
「パーシー、うるさい」
きっぱりとプロポーズ出来ないならしゃべるな。中途半端は大火傷を負うぞ。
「あの、ヤシロさん。よろしいでしょうか?」
俺の話を聞いて、落ち着きを取り戻したベルティーナ。
遠慮がちに挙手をして確認を取るような口調で聞いてくる。
「つまり、普通のケーキを作るのですか?」
「あぁ。ただまぁ、ちょっとばかりデカいけどな」
そう言って、台の上の台座をぽんと叩く。
すると、一同の視線がそのデカい台座に注がれ、同時に首が傾いて台座の大きさに目を丸くする。
どいつもこいつも口をぽかんと開けてその大きさに驚いているようだ。
「サイズが従来とは違うからな。教会的に何か問題がないか確認してほしか……」
「問題ありません! さぁ、作りましょう! すぐ作りましょう! そして食べましょう!」
食い気味に食い意地を張るベルティーナ。
他の面々も期待に満ちた顔でうんうんと頷いている。
いやいや……
「今日は作らないぞ?」
「「「「「えぇっ!?」」」」」
「こんなデカいもん、そう何度も作れるか! 今日は、このサイズのケーキを作るための打ち合わせだよ!」
「…………生きる気力を失いました」
「心を強く持てよ、教会関係者!?」
お前らの心の拠り所は精霊神なんじゃないのか!?
ケーキに命運かけちゃダメだろうに!
「あ、あの! でしたら、サイズは普通ですが、みなさんでショートケーキを食べながら打ち合わせをするというのはどうでしょうか?」
「ジネット。……私は、あなたを誇りに思います」
「賛成っ! 私もケーキ食べたくなっちゃった」
「オレも、ネフェリーさんに賛成だぜっ!」
「……店長が言うのなら、異論はない」
「あたし、ショートケーキ好きです!」
「満場一致の、大好物やー」
「……お前らなぁ」
ベルティーナはもちろん、ネフェリーにパーシー、おまけにマグダとロレッタとハム摩呂までもがケーキの亡者となった。
そして、ジネットは「ダメでしょうか?」みたいな目で俺をジッと見つめている…………この必敗パターン、なんとかしなきゃな、いい加減……
「……分かったよ。ケーキと紅茶を出してやれ」
「はいっ!」
嬉しそうに頷いて、軽やかな足取りで厨房へ向かうジネット。
「あ、俺はコーヒーな」
「はい。分かってますよ」
「あっ! はいはい! お兄ちゃんのコーヒーはあたしが淹れるです! もう覚えたです!」
「……では、マグダがケーキを食べさせる係を」
「マグダ。それはウチの業務に含まれてないから」
「……なら、たこ焼きを提供する」
「いや、ケーキ食うから……」
マグダも何かしたいのだろうが……今は大人しくしててくれ。
ジネットとロレッタが厨房に入り、間もなくケーキと紅茶、そしてロレッタ作のコーヒーが二つ出てくる。ジネットも、ロレッタのコーヒーを飲むようだ。
「ロレッタさんのコーヒーも、美味しいですよね」
まぁ、飲めるようにはなったかな。
俺に言わせればまだまだだけどな。
ケーキが行き渡り、並んだ顔が一斉に幸せ色に染まる様はなかなか壮観だ。
みんなが一口二口食べるのを待って、俺はウェディングケーキの概要を説明する。
夫婦初めての共同作業で、幸せのお裾分けって意味合いもあるらしい。
由来としてよく言われてるのは、ギリシャだかどっかの神話で、愛し合う二人が一つのパンを分かち合って食べたことだ……とかなんとか。
そんな、女子が食いつきそうな話をたんと聞かせてやる。
「ってわけで、とにかくデカいケーキを作ろうってわけなんだ」
「胃袋の限界への、挑戦やー」
「うん。そういう話じゃないんだ、ハム摩呂。一人で食うわけじゃないし」
「甘いお菓子の、争奪戦やー!」
「奪い合うな! 配るから!」
「賄賂が活きる、裏取引やー!」
「みんな平等に分けるよっ!」
ハム摩呂が話を理解していないことはよく分かった。
大きなケーキが食いたいと、そんなことで頭がいっぱいなのだろう……お子様め。
「ヤシロさん……争奪戦は、武器の携帯が許可されますか?」
「何物騒なこと言ってんの、このシスター!?」
「私、腕力には自信がありませんもので……」
「配るから! ちゃんと平等に食えるから!」
「このサイズのケーキを二十個作るというのはどうでしょう?」
「会場に入らない! そして、そんだけ作るとニワトリがストライキを起こすぞ」
どんだけ卵使わせる気だ。
小麦や砂糖も有限なんだよ。
「なら、もっと大きな……っ!」
「要するに、デカい規格外のケーキを作っても、教会的には問題ないんだな」
「ありません。あったとしても握り潰します。シスターの名にかけてっ!」
シスターの名にかけるなら、どんな不正も見逃すなよ。
まぁ、問題はないのだろう。
一週間でパンを作る量とか規定されてたみたいだから念のために尋ねてみただけだ。
陽だまり亭で焼く分には問題はないとみて間違いないだろう。
「はぁ……でもいいなぁ……入刀、素敵だなぁ……」
結婚に憧れでも生まれたのか、ネフェリーがうっとりとした表情で呟く。
だが……
「『入刀』の前に『ケーキ』ってつけてくれるか? 乳首の話をしているように聞こえる」
「乳頭が素敵」って……
「でも、もっと素敵な乳頭があるんだよ……それはね、君のさ」とか言われたいのかと思っちまうだろう。
「そ、そそそそ、それじゃ、ネ、ネフ……ネフェリーさんっ、お、おぉおおおオレ、オレと…………」
「ん? なぁに、パーシー?」
「なんでもないっす!」
……ヘタレめ。
出来もしないなら口を開くな。
「けれど、こんなに大きいと、ウチにある包丁では切れませんね」
「あぁ、それはそれ用のナイフを…………あ、しまったな」
ケーキ入刀用の長くてまっすぐなナイフを頼んでなかった。
ケーキに刺さればそれでいいので、切れ味はどうでもいい。見栄えが最重要事項だ。
「明日にでも、ノーマに頼みに行くか」
「おにーちゃん、年寄りの情報ー!」
「……『耳寄り』って言いたかったのか、ハム摩呂?」
年寄りの情報など欲しくもないのだが……
「おにーちゃんの伝言、しっかりきっかりお伝えする所存ー!」
「やめとくです」
張り切るハム摩呂を、ロレッタが羽交い絞めにする。
「ふぉぉおっ! 姉の特技、『当てている』やー!」
「そんな特技持ってないですよ!? あんたに当てても意味ないです!」
じゃあ、誰になら当てる意味を見出せるというのか……俺にならいつでも当てていいぞ。
「あんたのせいであたしたちが変な誤解をしちゃったです。説明不足です!」
ロレッタの意見にうんうんと頷く一同。
が、……待てよ、おい。
お前らの早とちりも原因の一つだろうが。
「お兄ちゃんと『にゅうとう』って言葉が並んだら、それはもう乳首以外の何物でもないです!」
先ほどより一層強くうんうんと頷く一同。
……よぉし、上等だテメェら。表出やがれ。
「僕…………ちゃんと出来る…………よ?」
「ダメです。騒ぎが大きくなるだけです」
「……出来……る、のに…………?」
「う……な、泣いたって………………うぅ…………ちらり」
こっちを見るなロレッタ。
弟に厳しく出来ないなら、最初からしなきゃいいのに……
「あぅ……あの…………ヤシロさん……ちらり」
ジネット、お前もか。
まったく……こいつらは子供にほとほと甘いんだから……
「よし分かった。説明は俺がする。だからハム摩呂。お前はノーマをここに呼んできてくれ」
「まかせて! そういうの得意ー!」
ハム摩呂の顔がぱっと明るくなる。
単純だな、ホント。
で、ハム摩呂が元気になって、ロレッタとジネットの表情も明るくなる。
……お前らも単純だよな、ホント。
「うふふ……ヤシロさんは、子供にはほとほと甘いですね」
ベルティーナが見当違いなことを言う。
甘いのはジネットたちであって俺ではない。
むしろ俺は、どっちかって言えば子供嫌いな方だ。うるさいし、言葉が通じないし、理論立てて物事を考えられないし、わがままだし…………なんだかんだで言うこと聞かされちまうしな。
「それじゃあ、ハム摩呂さん。よろしくお願いしますね」
「店長さんの、お任せサラダやー!」
「……サラダでは、ないですよ」
ジネットがハム摩呂を優しく送り出す。
「初めての、おつかいやー!」
「いや、お前何度もおつかい行ってるだろう!?」
これまでのはノーカウントか?
精霊神にも縛られない自由人め。
ハム摩呂が陽だまり亭を飛び出していったので、俺たちはしばらく休憩することにした。
ケーキを食って、くだらない話をして時間を潰す。
――と、突然。
「ヤシロはいるさねっ!?」
怖い形相でノーマが陽だまり亭に飛び込んできた。
「ヤシロ、あんた! アタシに『夫婦初めての共同作業(意味深)をみんなで見るために、乳首用のナイフを作ってほしい』ってのはどういう了見さねっ!?」
「なんて伝えた、ハム摩呂!?」
「ありのままの、言葉やー!」
それから、ノーマを相手に俺はもう一度同じ説明を繰り返す。
なんて無駄な時間だ……浪費以外の何物でもない。
つか……『夫婦初めての共同作業(意味深)』ってなんだよ…………みんなで見るかよ、そんなもん。
……しかしまぁ。俺も、もう少しおっぱい発言を控えようかと思う。(思うだけで控えるとは言っていない)
読み終わったら、ポイントを付けましょう!