異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

102話 虫 -2-

公開日時: 2021年1月8日(金) 20:01
文字数:2,903

 飲食店の厨房は、いわば企業秘密の宝庫だ。

 かつてのパウラなら、俺を中に入れたりはしなかっただろう。

 だが、ケーキを伝授したり、たまに陽だまり亭を手伝ってもらったり、陽だまり亭七号店のタコスとコラボしたりと、何かと関係を持つことで徐々に俺に対する警戒心は薄れていっているようだ。

 

 もっとも、今回は原因究明という大きな目標がある。

 パウラはそれだけ真剣にこの店を盛り返そうとしているのだ。

 

「ここの厨房は初めてだな」

「部外者を入れたのはヤシロが初めてだよ」

「厳重だよな、ここの機密は」

「そりゃあ、四十二区ナンバーワン飲食店ですから」

「ほぅ……俺を前によくそんな大口を叩けるな」

「陽だまり亭にだって負けないんだから」

 

 片や食堂。片や酒場。

 客層や料理のコンセプトが違うので一概には比べられないが……

 

「おっ、これがあのソーセージを作るスモーカーか」

 

 燻製を作るための大きな箱で、パッと見は木製のロッカーのようにも見える。上部に大きな開き戸があり、下部には大きな引き出しがついている。上部に肉をぶら下げ、下部でスモークチップを燃やし、発生させた煙を上へと送るのだ。

 日本だと、桜の木を細かく切った『さくらチップ』なんかが人気だったりするな。

 

「へぇ、ヒッコリーのチップを使ってるのか」

「よく分かるね。やっぱりヤシロを厨房に入れたのは間違いだったかな……」

「技術を盗みゃしねぇよ。つか、すでに知ってるし」

 

 ヒッコリーはクルミの仲間で、北米でよく使われる木材だ。野球少年なら、ヒッコリーで作ったバットを見たことがあるかもしれない。

 で、このヒッコリーはクルミと同様、肉の燻製に非常に適している。いい選択をしている。さすがソーセージが売りの名店だ。

 

「今度、違う木を使ってスモークしてみろよ。香りが変わると味がまったくの別物になるぞ」

「そうなの?」

「なんだ、試したことないのか? リンゴとかブナの木とか、結構いけるぞ」

「へぇ……今度やってみる。木こりギルドも来てくれたことだし……」

 

 そうか。燻製用の木片は木こりギルドの領分なのか。

 ミリィに頼めば融通してくれそうな気もするが……

 

 ミリィが所属する生花ギルドは四十二区内の森を管理しており、たまに木こりギルドに依頼をして木を切ってもらうらしい。

 木こりギルドの主な仕事は外壁の外の木を切ることだ。そこらで棲み分けが出来てるのだろう。というか、生花ギルドに木を頼むのは俺くらいなもんかもしれないな。

 

「……準備、出来たよ」

 

 俺がカンタルチカ特製のスモーカーに興味を引かれている間に、パウラはハンバーグを作る準備を完了させていた。実際に再現しながら検証してみるつもりらしい。

 

「作る時の服装は?」

「このまま」

「う~ん……」

「変えた方がいい?」

「まぁ、理想は別の人間が中と外を担当した方がいいんだが……」

 

 そういう陽だまり亭もジネットが行ったり来たりしているからなぁ……

 

「まぁ、今はいいや。とりあえずいつも通りに作ってみてくれ」

「う、うん……」

 

 やや緊張した面持ちで、パウラがハンバーグを作り始める。

 肉の塊をミートミンサーに入れてひき肉にする。

 あのミートミンサーの中に虫が入っていたら……気付かないかもしれないな。

 

「そのミートミンサーは、ソーセージ用の肉でも使うのか?」

「え? う、うん……ダメ?」

「いや、ただの質問だよ。気にし過ぎるな。怪我するぞ」

「う、うん……なんか、緊張しちゃって……」

「いつも通りでいいから」

 

 気持ちは分かる。

 普段やっている作業でも、見られていると思うと不安になるもんだ。

 特に、今回みたいに問題点を探す目的で見られている場合はな。

 

 二度引きしたひき肉をボウルへ入れ、味付けをして手早く捏ねていく。

 うん、うまいな。パウラは努力家なんだろうな。教えてまだ間もないってのに、もう自分の物にしちまってる。けどまぁ、ジネットにはまだちょっと敵わないだろうけどな。

 

 そして、ハンバーグ作りの見せ場、手のひらに叩きつけて中の空気を抜く工程だ。

 ペチンッ、パチンッと、小気味よい音が響く。

 

「これで、あとは焼くだけ……なんだけど」

「じゃあ、焼くか」

「でも、……虫、は、ハンバーグの中から出てきたからさ、この段階で入ってないとおかしいんだよね」

「一応最後までやってみるんだ。思い込みで作業を省くのは、検証において最もやってはいけない行為だ。そうやって省いたところに答えがあるかもしれないだろ」

「な、なるほど。そうね。分かった。じゃあ、焼くね」

 

 パウラはいそいそとフライパンを火にかけ、温め始める。

 

 もし、焼く直前に虫がハンバーグに付着したのだとしたら……熱から逃れるために熱くないハンバーグの内部へと潜っていったかもしれない…………まぁ、その可能性は極めて低いが。

 

 厨房にいい香りが広がっていく。

 

「そういえば、親父さんはどうしたんだ?」

「精肉ギルドに行ってる。肉の運搬中に虫が潜り込んだ可能性がないか調べるんだって意気込んでた」

「あんまり派手にやって反感買うなよ」

 

 その行為は、「悪いのは俺じゃない、お前だ」と責任を擦りつけるようなものだ。

 仮に運搬中に虫が付着したのだとしても、使用する前に確認を怠った責任からは逃れられない。下手に敵を作るだけだと思うがな。

 

「出来たよ、ハンバーグ」

 

 盛りつけまでされたハンバーグが目の前に置かれる。

 うん。美味そうだ。

 

「……いただきます」

「ヤシロ、もしかして食べたかっただけなんじゃないでしょうね?」

「ちゃんと検証はしてるよ。ただ、すげぇ美味そうだからな」

「ふぅん…………ま、まぁ。そんなに食べたいんだったら特別に食べてもいいけど」

「箸をくれ」

「ナイフとフォークでいい?」

「気取りやがって……」

 

 ハンバーグは箸で食う方が楽だろうに。

 

 手渡されたナイフでハンバーグを切ってみる。

 切れ目からじゅわ~っと肉汁が溢れ出してくる。

 これ、絶対美味い。

 

「…………虫、いない?」

「いても気にしない!」

「いや、気にしなさいよ!」

「ハンバーグと一緒に食えば分かりゃしねぇよ」

「……どんだけメンタル強いのよ、ヤシロ…………」

 

 虫っつったって、どうせコバエ程度の小さいヤツだろう?

 そんなもん、秋口にチャリンコ漕いでりゃ向こうから口に飛び込んできやがるぜ。

 ……目と口は、ホント勘弁してほしいよな。

 

「んじゃ。いただきます」

 

 大きめにカットしたハンバーグを口いっぱいに頬張る。

 大きめにしたのは肉汁を堪能するためだ。細かく切ったのでは、肉汁が逃げてしまうからな。

 ん! 美味い! ご飯の上に乗っけて食いたい。で、肉汁がしみ込んだご飯を掻き込みたい。

 

「ど、どう? 美味しい?」

 

 頬張り過ぎたハンバーグを咀嚼していると、パウラが俺を覗き込んで尋ねてくる。

 期待と不安が混同した瞳だ。

 

「美味い! これはヤバい!」

「ホントッ!? やったぁ!」

 

 グッと拳を握るパウラ。

 

「なんなら、毎日食べに来てもいいよ」

 

 すごいサービスだな。褒められたのがそんなに嬉しかったのか?

 まぁ、陽だまり亭で食うから別にいらねぇけど。

 

「しかし……別に問題があるようには見えなかったけどなぁ……」

 

 作業に問題が無いとなると、やっぱり食材に混入していたか……道具……換気窓とか壁の隙間とかを調べてみるか…………

 

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