「お兄ちゃん! 早く早く、行くですよ~!」
陽だまり亭を出て、逸る気分そのままに足を進めればあっという間にお兄ちゃんとの間に距離が開いてしまったです。
早く行きたいのに、お兄ちゃんはペースを崩すことなくゆっくり歩いてくるです。
「急ぎ過ぎだよ、お前は」
「でもでも、こういうのはさっと行動して、ばばばっと話をまとめちゃった方がいいと思うんですよ!」
あたしは今、俄然燃えているです!
お祭り実行委員、ニュータウン代表として!
「お前の勢いで押しかけたら、相手がドン引きして出店を拒否されかねん。少し落ち着け」
「むぅ……あたしの大活躍をお見せしたいですのに」
お兄ちゃんが発案した、精霊神様へ光を返すお祭りは聞くだけで胸がわくわくするような内容で、その実行委員にあたしが選ばれたというのは、これはもう大事件なのです。
ヒューイット家が蜂の巣をつついたような大騒ぎとなり、長男次男、長女次女、そして末弟に末妹に至るまで、全弟妹の期待があたしの双肩にのしかかっているです。
「お兄ちゃん、ありがとうです。あたしを実行委員に選んでくれて」
エステラさんから聞いたです。
東西の代表に加えて、ニュータウン代表をわざわざ設けてあたしを選んでくれたって。
新しく誕生したニュータウンを、四十二区の伝統の中に馴染ませ浸透させるためにそうしてくれたって。
「あたし、死ぬ気で頑張るです!」
「じゃあまず、死なないように気を付けてくれ。後処理が大変で敵わん」
「もちろんです! お祭りの成功を見届けるまで、何があっても死なないです!」
「それ以降もな」
「はいです! 長生きして、ずーっとお兄ちゃんと楽しく暮らすです」
お兄ちゃんなら、次々に面白いことを提案してくれるです。
そして、その中にあたしたちをちゃんと混ぜてくれるです。
……今までだったら、どんなに楽しそうな催し物があっても、あたしたち姉弟は、あの地区から出ることは出来なかったですから、ね。
「お兄ちゃん、大好きです!」
そんなあたしたちを迎え入れてくれた、救い出してくれた、仲間に入れてくれたお兄ちゃんに感謝です。
それも最大級の超特大の感謝です。
ウチの弟妹全員分の感謝を代表してお伝えするです!
――と、お兄ちゃんを見ると、なんだか気まずそ~ぅに眉根を寄せて横を向いていたです。
おやおやぁ?
「……ん。まぁ、お前の本意は分かってるから、問題はない」
本意?
あたし、何かマズいこと口走ったですかね?
えっと、たしか……
「『会話記録』」
「いや、いちいち見直さなくていいから」
お兄ちゃんの言葉を耳に、あたしは先ほどの自分の発言を顧みるです。
そこには――
『はいです! 長生きして、ずーっとお兄ちゃんと楽しく暮らすです。お兄ちゃん、大好きです!』
――愛の告白が記されていたです。
「ほにゃぁあああ!? ち、ちち、違うです! 違わないですけど、違うんです!」
「あぁ、分かってる! 分かってるから、大丈夫だ」
「あたしの好きは、感謝で、身内のヤツで、お兄ちゃんはもう家族のようなもので……!」
「分かってるから、落ち着け!」
でも、それだけじゃない意味も少しだけ入っていて!
むぁあぁああ! 誤爆です!
間違ってはいないですけど、誤爆です!
なんとか訂正しなければ!
「実はそんな好きじゃないです!」
「それはそれでムカつくな、おい」
「いや、好きですよ! めっちゃ好きですけども!」
「だから、分かったって……!」
「でも、それは家族のようなもので…………むゎああ、もう! お兄ちゃん、あたしと家族になってです!」
「それはそれで、また別の意味が生まれるだろうが!?」
うぅ……好きですのにぃ、普通に好きなだけですのにぃ……好きって言うと恥ずかしいです…………
「うぅ……弟はいっつも『お兄ちゃん好きー』って言ってるですのに……」
「あいつらはいいんだよ。男なんだし」
「妹もいつも言ってるです!」
「妹も大丈夫なんだよ」
「なんで長女だけダメなんですか!?」
「お前はいちいち照れるから、こっちまで、ちょっとアレなんだよ!」
「て、照れるですよ、そりゃ! お兄ちゃんだって、あたしに『好き』っていう時はきっと照れるですもん!」
「誰が照れるか、お前相手に」
「じゃーやってみてです! 言ってみてです! あたしの目を見つめながら、あたしに『好き』って言ってみてです!」
自分で何を口走っているのか、途中から分からなくなったです。
自分で自分の口を止めたいのに、結局止まらず、お兄ちゃん相手にとんでもないことを言い放ってしまったです!?
あぁ……吐き出した言葉を飲み込めるなら、今すぐ吸い込んで飲み込んでしまいたいです……
なのに――
「ロレッタ」
お兄ちゃんが、あたしの前に立って、あたしの両肩をガシっと掴んで、あたしの目をじっと見つめて、真剣な顔をしたです。
もう、それだけで思考回路がショート寸前です。
「ぁう、あの、ぉ兄ちゃ……」
お兄ちゃんの口がすぼめられて、『す』の形になるです。
マズいです。こんな状況で、こんな気持ちの時に、そんなことを言われたら、あたしは――
「頭突きっ!」
「どぅっ!?」
…………言われなかったです。
『す』の口ではなく、『ず』の口だったです。
お兄ちゃんの額があたしの額に衝突して、頭蓋骨が聞いたこともないような音を響かせたです。
正直……泣きそうです。
「何をさせようとしてんだ、お前は?」
「……すみませんです。自分でも、ちょっと何言ってたか分かんなかったです」
おかげで、一瞬で冷静になれたです。
「しっかりしろよ。お前はニュータウンの素晴らしさを全領民に伝えるって重要な役割を担っているんだからな」
「はいです! その辺は任せてです!」
ニュータウンの素晴らしさなら、あたしが一番知っているです。
何もなかったあの場所が、お兄ちゃんと、お兄ちゃんによって動かされたいろんな人のおかげで驚くように発展しているです。
これからまだまだ発展するです。
四十二区で一番勢いのある地区、それがニュータウンです!
「あっ、お兄ちゃん。見てです! この道!」
そこは、ニュータウンへ続く道で、あたしがお兄ちゃんと店長さんをかつての家にお連れした時に通った道です。
「随分綺麗になったですよね?」
「そうだなぁ。最初に通った時は雑草が酷かったもんな」
「はいです! 雑草だけじゃなくて、森の木も随分切ってもらったんですよ」
「そういえば、かなり広くなってるか?」
「ですです! 前は、この辺まで木があって、枝がこんな感じで道を塞いでいたですよ」
そこは、かつて人を寄せ付けまいと蓋をされたような細い道だったです。
好んで通る者などいない、『スラム』へ続く獣道。
それが、今ではすっかり整備されて、広くて綺麗で安全な道になったです。
こんな道だったら、あたしも最初はあんなに不安にならずに済んだですかね?
「実はですね、初めてお兄ちゃんたちを連れてここを通った時、心臓がバクバクだったですよ」
「そうなのか?」
「はい……、『こんな汚いところ歩けるか』って言われたらどうしようって」
道は酷く、悪臭もちょっとしていたですし、そこにいるのは『スラムの住人』として毛嫌いされていたあたしたちハムスター人族で……
「お兄ちゃんや店長さんに嫌われたらどうしようって……ぇへへ、実は内心ガクブルしてたで……す?」
言い切る前にお兄ちゃんの手があたしの頭にのせられて、結構な強さで髪の毛をわしゃわしゃ撫で回されたです。
「あぁ、悪い」
ぶっきらぼうに言って、あたしの顔を横目で覗き込みながら――
「そん時の勇気、褒め忘れてたわ。よく頑張ったな」
――こんなことを言ってくれたです。
それからぽんぽんって、軽く頭を二度叩いてくれたです。
……泣くですよ?
これはもう、泣かせにかかってるとしか思えないです……
「お、おにぃ……」
「はい、泣くな」
鼻を思いっきり摘ままれたです!?
泣かせる気ゼロです! 全然泣かせにかかってなかったです!
「……ひたぃですよぅ……」
「これから協力者を募るために店を回るんだ、辛気臭い顔してないで、いつもみたいに笑ってろ」
それは、お兄ちゃんがあたしの元気を必要としてくれていると、思っていいですか?
なら、あたしは望みのままにいつもの元気なロレッタちゃんで頑張るです!
「はいです! あたし、いつも以上に頑張るです!」
「いや、普段通りでいいから。やり過ぎるなよ」
「はいです! 四倍頑張るです!」
「だから……はぁ、まぁいいか」
それから大通りに向けて歩き出そうとした時、お兄ちゃんが畑の方を向いて険しい顔をしたです。
なんです? そっちに何かあるですかね?
「ん? あぁ、いや。イメルダがな……」
「木こりギルドのお嬢様です?」
「あぁ、そいつがな、向こうに外門を作って、この畑を突っ切るように街道を作れと言っていてな」
「はぁ!? なんですか、それ!」
意味が分からないです!
木こりのお嬢様、まったく分かってないです!
「陽だまり亭や教会の前を通る方が絶対いいです! こんな畑の真ん中を通っても全然面白くないです!」
「おぉ、分かるかロレッタ!?」
「もちろんです! 街道を作るなら、断然陽だまり亭の前を通るべきです!」
「その通りだ! だから、俺たちの手で祭りを成功させて、絶対に陽だまり亭の前を通る街道を作らせるぞ!」
「おぉーです! そのために、あたし全力で協力者を募るです!」
「よし、それじゃあ早速一軒目に行ってみるか!」
「はいです!」
あたしとお兄ちゃんは、同じ思いを抱いて同じ方向に向かって歩き出したです。
それがなんだか、とっても嬉しいなぁ~って、思ったです。
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