異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

55話 増え続けるアレ -1-

公開日時: 2020年11月23日(月) 20:01
文字数:2,380

 イライライラ……


「こんにちわッスー!」

「帰れっ!」

「ぅおうっ!? なんッスか、いきなり!?」


 TPOも弁えず、アホ面下げて店に入ってきたウーマロを思わず怒鳴ってしまった俺を、一体誰が咎められるだろうか。


「ヤシロ。八つ当たりはやめなよ」

「……ヤシロ、めっ」

「お兄ちゃん、あんまりイライラするのよくないです」

「せやで自分」


 おぉっと、めっちゃ咎められた。


「どうせやるんやったら『そのうるさい唇を塞いでやろうか?』くらいグイグイ行かな!」


 よし、お前は帰れ、レジーナ。


「いらっしゃいませ、ウーマロさん。すみませんでした。今少し立て込んでいまして」

「あぅ、いや、はい、いえ、全然大丈夫ッス!」


 ジネットに話しかけられ、ウーマロは相変わらずな感じでギクシャクとおかしな動きを見せる。

 いつもの光景だ。

 そう、もうここ最近、ずっと見続けている光景だ。

 こんなウーマロも、この面々の疲れ切った顔も、そして……



 日に日に増えていく蝋像の山も。



「うわぁ~……また増えてるッスねぇ」


 ウーマロが嫌そうな顔を隠しもせずに言う。

 そりゃ嫌な顔もするよな……


 四十区に赴いたあの日から、もうすでに十日が経過していた。

 その間、毎日蝋像はあの広場に設置されたのだ。

 三体だった蝋像がプラス十体で十三体になった…………と、思うだろ?


 実際は二十四体だ。


 一日に二体三体と置かれる日がここ最近続いている。

 酷い時など、蝋像を回収して陽だまり亭に戻った途端、妹たちからの「新たな像が設置されてたよー!」の報告を受けることもあった。

 ……頑張り過ぎだろ、彫刻家っ!


 しかも……毎回ポーズが違うっ!


 まず、アゴを指で挟むようなポーズの蝋像。これには、『思案・希望の活路』というタイトルが付けられている。

 なんだか、芥川龍之介みたいなポーズだ。こんなポーズはしていないはずだが?


 そして、髪をかき上げ、流し目でほくそ笑んでいる蝋像。

 タイトルは『俺をマジにさせる気か?』

 ……なんだよ、このどっかの痛いファッション誌みたいな煽り文句は。


 その次に置かれていたのが、切れた唇の血を親指で拭い、傷付きながらも嬉しそうな笑みを浮かべる蝋像。

『……やるな、今のは効いたぜ』

 ……俺、いつ殴られたんだよ?


 さらに、襟元をグイッと引き下げ、舌で唇を舐めつつ、挑発的な視線を送るセクシーな蝋像。

 ……こんな格好絶対やってねぇしっ!

 台座には『俺色に染めてやるぜ』

 言ってない! 絶対言ってない!


 その直後には膝を立てて地面に座り、両手を後ろについてグッとアゴを上げて、天を仰ぐように胸筋を伸ばしている蝋像。

 ダンスを踊る消費者金融のCMのラストポーズみたいだな……

 台座に書かれた言葉は、『燃焼』

 踊り切ったのか?


 そして、うつ伏せに寝転がり、膝をパタパタさせ、退屈気な表情で頬杖をつく蝋像。

 テーマは、『雨の日の休日』

 もう、英雄とか関係なくなってんじゃん!?


 そして、四つん這いになって牙を剥く獰猛な表情の蝋像。

 台座には『ウーッ、ワンワンワンッ!』

 もう何がしたいんだよ!?



 で、今日設置されていたのは、キリリと引き締まった表情でどこか遠い未来を指さすような蝋像。

 テーマは『原点回帰』

 やっぱ、何回かはテーマとか気にせず作っちゃったんだろうな。そりゃこの短時間で作るには思いつきも必要になってくるよな。そう何通りも構図が浮かばねぇって。…………なら休めばいいものを……っ!


「しかし、見れば見るほどそっくりッスねぇ……」

「せやなぁ」


 ウーマロとレジーナがまじまじと蝋像を観察している。

 こいつら……女の前では緊張してしゃべれない口下手と、ネガティブを拗らせて他人の目が苦手なボッチのくせに、蝋像にはグイグイ行くんだな。


「ここでこうして……こすれば…………よし、完成や!」


 蝋像を動かし、二体を組み合わせて満足げな表情を浮かべているレジーナ。

 ヤツの前には、『燃焼』の上に覆い被さる『ウーッ、ワンワンワンッ!』が……


「遊んでんじゃねぇよ!」

「タイトルは『融合』やっ!」

「卑猥な意味にしか聞こえんわ!」


 俺の顔をした蝋像が、俺の顔をした蝋像に襲いかかろうとしている様は……なんというか……寒気がする。


「せやかて自分、十日ほど前に夜の中央広場で、自分そっくりな蝋像を見て、『これはいい! 最高だ! いける! こいつがあれば、いけるったらいけるぞぉぉぉぉおおおおっ!』って言うとったやんかぁ」

「見てたのか、お前ぇえ!?」

「自分そっくりな像で『イケる』やなんて…………なかなかの上級者やな、自分!」

「そういう意味じゃねぇよ、アホォッ!」


 こいつ、最近やたらと陽だまり亭に来てはにまにまと不気味な笑みを向けてきていると思ったら…………


「むっ! 思いついたでっ! ウチ、急いで帰って書かなアカンもんあるさかい! これで失礼するなっ!」

「待てこら! 何を書く気だテメェ!?」

「この世界には愛が必要なんや!」

「歪な愛など荼毘に付してしまえ!」


 物凄く不愉快な寒気に襲われ、俺はとりあえずレジーナの首根っこを掴まえ逃走を妨害する。

 ……何に何を書くのかは知らんが、そんな忌まわしいものをこの世に誕生させるわけにはいかんのだよ!


「相変わらず賑やかッスねぇ、陽だまり亭は」


 こちらもニコニコと、なんだか嬉しそうな笑みを顔面に張りつけている。

 ……なんだか、「何かいいことあったのか?」と聞いてほしそうな表情だ。

 なので、あえて無視!


「さぁ、マグダ、ロレッタ! もう一度見回りに行くぞ!」

「ちょーっと、待っつッスよ! お願いッスって!」


 俺の腰にまとわりつき、ウーマロは必死の形相で懇願してくる。


「聞いてほしいことがあるッス! どうしても、今、ここで発表したいッス!」


 もはや、なりふり構っていられない感満載で、「え~聞きたい? しょう~がないなぁ」という優位な立場をかなぐり捨てるウーマロ。

 どうしてこいつはこうも構ってちゃんなのか……そんなに重大なことでもあったのか?


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