「それで、今日はなんの用なんだ? こっちはいろいろやることがあってな。用件は手短に頼むぜ」
「(忙しいのなら無駄な嫌がらせに二十分も使わなければいいではないですか)」
「(……ナタリア、落ち着け)」
ナタリアがここまで毛嫌いするヤツがいるとはな。
まぁ、リカルドの鼻につく性格が受けつけないってよりかは、エステラに対する数々の無礼のせいって感じだけどな。
「では余分な挨拶や慣例は省かせてもらうよ」
「はっ! お前みたいな田舎者にそんな作法期待しちゃいねぇよ」
「(ヤシロ様。今までどうもありがとうございました)」
「(待て待て! お前はなんの覚悟を決めたんだ!? いいから大人しくしてろ!)」
辞職覚悟でリカルドを討ってなんになる?
戦争になるぞ、マジで!
「狩猟ギルドのギルド長に面会を頼みたい。少し大掛かりな仕事を依頼したいから、こちらの区に多少の影響が及ぶかもしれない。その点についても、あらかじめ伝えておきたかった」
「あらかじめ……ねぇ」
リカルドは、執務机の上に足を伸ばすと、ペン立てに立てられていた羽ペンを蹴り上げた。
爪先をうまく羽に引っかけて蹴り上げられた羽ペンは、弧を描くようにリカルドの手元へと飛んでいく。……器用なヤツだなぁ。今度俺も練習しよう。
「つまり、狩猟ギルドのメドラに手紙を書けってわけか?」
「紹介状を託してもらいたい。支部長に頼んでも協力を得られなかったのでね」
「ははっ! なんだお前? 自分の領内に住んでるヤツに協力を断られたのか? ははは! こいつは傑作だな」
羽ペンを指で弄びながら、リカルドは大口を開けて笑う。
「くぅ~…………やっぱ、女だから舐められんだろうなぁ」
「……」
「――っ!」
無言で――呼吸すらせずに――動き出そうとしたナタリアを、俺はすんでのところでなんとか食い止める。……腕が届いてよかった。しっかり握ったナタリアの腕は、予想していたよりも少し細く……しかし、筋肉が引き締まっていて硬かった。
鍛えているからじゃない。こいつは今、本気で殺意を抱いたのだ。
その腕から力が抜けるように、俺は軽く揉んでやる。
「……申し訳ございません」
「いいよ。お前より早く動けたのはただの奇跡だから」
奇跡が起こったってんなら、そりゃ神様ってヤツのおかげなんじゃないのか。
帰ってから、お前らの大好きな精霊神様とやらに祈り倒しとけ。
「そうかもしれないね……」
エステラが、ゆっくりと言葉をのみ込むように吐き出す。
言いたい言葉をのみ込んで、言わなければいけない言葉を吐き出す……器用な芸当だ。
「だから、紹介状を書いてほしいんだ。正式なルートで依頼すれば、彼らも動いてくれるだろうから」
本当は言いたいんだろう。
「お前が圧力をかけて邪魔したからじゃないか!」と。
だが、証拠はない。証拠がない以上、下手なことを言えないのが外交だ。
ここで反感を買うのは得策じゃない。
よくこらえたもんだ。
「う~ん……、へへっ、どうしよっかなぁ」
だというのに……
「書いてやってもいいんだけどさぁ……それ、俺にメリットねぇよな?」
「メリット……?」
リカルドはこちらを挑発するような態度を崩さない。いや、より一層強めてくる。
「ほら、交換条件っての? なんかあんじゃん、そういうの」
「君が紹介状を書く代わりに、ボクに何かをやれと?」
「そうそう。で、何してくれんの?」
下から覗き込むように首を傾けるリカルド。
あの覗き込み方は、やられると分かるが……殴りたくなる。
「逆に聞きたい。何をしてほしいのかな? 出来ることなら協力するけれど」
相当イラついているであろうエステラは、ここまでされてもグッと怒りをこらえている。
浮かべた微笑が微かに引き攣っているが、むしろよく笑みをキープしていると褒めてやりたいところだ。
「ぎゃははっ、ねぇよ。な~んにも」
…………こいつ、バカか。
「お前に出来ることなんざ、俺だって余裕で出来るっつぅの! むしろ、俺がやった方がうまくいくし、みたいな?」
…………この男に対し、俺は何かコメントをしなければいけないか? 必要ないよな。
「それはつまり……紹介状は書けない…………と、いうことかな?」
「ん~、いや、まぁ書いてやってもいいぜ。可哀想だからよぉ」
『可哀想』と、見下すように強調して言うリカルド。
ニヤニヤとした笑みの中で、瞳の色がどろりと濁っていく。
「土下座して頼むなら……考えてやってもいいぜ?」
「帰るぞ、エステラ」
「帰りましょう、お嬢様」
「え? ちょ、二人とも!?」
俺とナタリアはほぼ同時に回れ右をして歩き出していた。
時間の無駄だ。
何より、こいつに借りを作るくらいなら街門を諦めた方がいい。
そのレベルで最低の男だ。
……こんなヤツに、エステラ本人を求められるような状況になってみろ…………俺は初めて人を殺すかもしれんぞ。
「交渉は決裂か」
これのどこが交渉だというのか。
「時間が無いようなので出直してくるとしよう」
「そうですね。四十一区の領主様はお忙しいようですので」
「ねぇ、二人とも!」
執務室のデカい扉の前で反転し、リカルドの方を向く。
ナタリアは姿勢よく、凛とした面持ちでクズ領主を睨んでいる。
俺なんか、扉に腕をかけて体重乗っけちゃってるもんね。
「どうも、お邪魔をいたしました」
ナタリアが言い、腰を折る。
こんなヤツに頭を下げられるお前を尊敬するよ、俺は。
「そうかそうか。じゃあ好きにしな」
リカルドとしても、こちらを引き止めるつもりはないようだ。
外交的無礼を働き、関係が悪化してもなお、フォローを入れるつもりが無いらしい。その必要もない相手だと思っているのだろう。
「これまで散々優遇してやった恩も忘れちまうような人間だもんなぁ。礼儀なんざ求めたってしょうがねぇよなぁ」
当て付けるように、リカルドが言う。
優遇ってのはなんのことだ? 恩? とんと身に覚えがないな。
ナタリアに視線を向けるが、涼しい顔をしたまま首を振った。
エステラはというと……困惑した表情をしている。やはり、覚えはないようだ。
「まぁ、いいさ。用が済んだなら話すこともねぇしな」
椅子に座ったまま、リカルドはぐるりと体を反転させる。
へぇ、この世界にも回転椅子ってあるんだな。
長い背もたれの上からリカルドの手が伸びてきて左右に振られる。
「さっさと帰れ」だそうだ。
顔を見合わせ、異論のある者がいないかを確認する。……うん、いないな。
俺らは満場一致でこの不愉快な場を離れる選択をした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!