で、豪雪期に入って八日目。
陽だまり亭には数多くの人間が押し寄せていた。
ただ、悲しいかな。
これ全部が陽だまり亭の客ではないのだ。
ほとんどがプチ雪まつりを見に来た見物客だったりする。
申し訳程度に陽だまり亭で何かを食っていく連中もいるにはいるけどな。
エステラ曰く、「買い溜めした食料があるから、外食って選択肢はないかもしれないね」だそうだ。食い物を無駄にしない精神は大したものだけどな。
だが、そんな中、とてつもない人気を博したのが、かまくらだ。
かまくらの中でお汁粉を食う。
それが、四十二区の住民の間でブームになってしまったようだ。
この時期、今でなければ出来ない。そんな限定された状況が人気に拍車をかけている。
お汁粉待ちの列は長く伸び……けれど、陽だまり亭の庭から前の道へとはみ出し並ぶ様々な雪像が客たちの目を楽しませていた。クレームを言う客は一人もいなかった。
「たまに定食を食いに陽だまり亭に入ってくるヤツがいるんだよな」
「待ってる間にお腹空いちゃったんだろうね。作るのにも時間はかかるから」
お汁粉に並んでいた客が、フラッと列を離れて店に入ってくることがあった。
そいつらは普通に定食やお子様ランチを頼んでいくのだが……そういうヤツが出ると、他の客も真似をし始める。
特に、子供連れは……どっかのガキが嬉しそうに旗を振って出て行くのを見て、並んでいたガキが「僕も欲しい」と喚き、そして店へと入ってくる。
おかげで、マグダたちウェイトレスは店の中と外を何度も行き来することとなり、ジネットはすべての料理に対応しなければいけなかった。
「うぅ……雪合戦したいですぅ」
「我慢しなさいよ! あたしがこうして手伝いに来てあげてんのに、サボったりしたら承知しないからね!」
パウラに怒られ、ロレッタは泣きながらお汁粉を運ぶ。
「お待たせしましたぁ。お熱いので、お気を付けてお召し上がりくださいね」
「お前の言葉、丁寧過ぎんだよ」
「あんたの言葉が雑過ぎるのよ」
かまくらを出たところでデリアとネフェリーが睨み合う。
パウラとネフェリーは、最初こそ雪合戦をしに来ていただけだったのだが、次第に増えていく客足に、手伝いを申し出てくれたのだった。
パウラに関しては文句の付けようがない。さすがカンタルチカの看板娘だ。
で、心配していた養鶏場のネフェリーなのだが、驚いたことにきちんと接客が出来ている。
まぁ、やたらと頭に「お」を付けたり「させていただく」を連発するなど、敬語に違和感はあるけどな。
「こちらの空いた食器、お下げさせていただきますね」
う~ん、それそれ。それ直してやりたいわぁ……
「お下げしますね」でいいんだ、そこは。
「お、もう空だな? んじゃ、片付けんぞ」
……まぁ、デリアよりかは百倍マシだけどな…………
「しかしまぁ、ままならんというか……」
「ん? 何がだい?」
再び埋まったかまくらを見つめ、俺は呟く。
「ジネットがな、いつか陽だまり亭に行列が出来ているところを見たいって言ってたんだよ」
「今出来てるじゃないか」
「……で、そうなるとジネットは厨房にこもりっきりになってこの行列を見ることが出来ないと」
「あ…………なるほど。ままならないね」
エステラが苦笑を漏らす。
まぁ、この調子で行けば、陽だまり亭に行列が出来る日も来るだろう。こういう特別な期間だけじゃなくてな。
「でもさ、ジネットちゃんは『行列ならなんでもいい』ってわけじゃないと思うけどな」
「それは今俺も思ってたところだよ」
あいつは、祖父さんのやっていた頃の陽だまり亭を目標にしているんだ。
もう二度と戻ってこない、記憶の中にある陽だまり亭……それを超えるのは、相当骨が折れるぞ。なにせ、思い出には補正がかかるものだからな。
「きゃっ!?」
食事を終え、かまくらを出ようとした客が悲鳴を上げた。
かまくらを出る際、手が触れた箇所の雪が崩れてしまったのだ。
「ご、ごめんなさいっ!」
「あ、大丈夫大丈夫!」
顔を青くする女性客に駆け寄り、俺は笑顔を向ける。
「雪の中で火を起こしてるんだ、溶けただけだよ」
「そう……なんですか?」
「気にする必要はない」
「はぁ……でも」
それでも、気にする素振りを見せる女性客。
そこへエステラがやって来て、爽やかな笑顔で言う。
「本当に大丈夫だから気にしないで。それより、怪我しなかったかい?」
「……………………はぃ」
「ん?」
「あっ!? い、いやだ、私ったら!」
女性客が頬を両手で押さえ、エステラから顔を背ける。頬が赤い。
「あ、あの! また来ます!」
「う、うん。待ってる……よ?」
「はいっ!」
大きな瞳にキラキラと星を浮かべる女性客。
連れの女と手を取り合い、キャーキャー騒ぎ出す。
「ちょーカッコいいー!」
「イケメンー!」
「イ……イケ…………あの、君たち……」
「「また来ますね! これ、お代です!」」
エステラの言葉を一切聞かず、女性客は金を置いて帰っていた。
「…………イケメンって……」
「いいなぁ、イケメンは。普通のこと言うだけでキャーキャー言ってもらえて」
「全然嬉しくない褒め言葉をありがとう……っ!」
ふん。
俺だって、そこそこイケメンだっつの……
「なぁ!? ウーマロ!?」
「え!? なんッスか!? 今、何を聞かれたんッスか、オイラ!?」
「とりあえず『イエス』って言っとけ!」
「ヤシロさんがそう言うなら『ノー』ッス!」
えぇい、ちきしょう!
あいつは今日、『外で湯浴みの刑』だ!
それも、一つのタライで、ベッコと一緒に!
「あたいから見りゃ、どっちもどっちなんだけどなぁ」
「いやいや。エステラは強いでしょう?」
「でも、ヤシロの良さは顔じゃないし……ほら、話の面白さとかさぁ?」
デリアにパウラにネフェリーが女子トークを交わす。
バッカ、ネフェリー。トークの面白さと顔の良さは、どっちも俺の武器だっつの。
「その前に……ボクをイケメンだという前提で話すのをやめてくれないかな?」
エステラが謙遜する風ではなく、心底嫌そうな顔で言う。
お、なんだ? 比べられるのも不愉快だってか?
「お前自身はどう思ってるんだよ?」
「何がだい?」
「俺とお前、どっちがイケメンか、だよ」
「そんなの、ヤシロに決まってるだろう!?」
断言。しかも即断。
「あ、いや、違うよ!? ボクはイケメンに分類されないから不戦敗なだけで…………もう! ヤシロのバカ!」
なんで怒られたんだ、今?
ぷりぷり怒って食堂へ入っていくエステラと入れ替わるようにナタリアが出てくる。
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