「ヤーくん。みなさんと、少しお話をしてきてもいいでしょうか?」
両親がカンパニュラのために変わると宣言し、親子の絆はまた深くなった。
それが、カンパニュラに勇気を与えたのかもしれない。
カンパニュラは、一人でとことことガキ連中の前へと歩いていった。
居並ぶガキ連中。
大人同士のギスギスしたやり取りに、若干萎縮している様子はあるが、カンパニュラを見る瞳は、まだ見下したような色を帯びていた。
真ん中でふんぞり返っている見上げ入道の息子が、きっとガキ連中のリーダー格なのだろう。
名前はなんだっけ? パックだったか?
カンパニュラがパックの前に立つ。
「一つ、よろしいでしょうか」
「な、なんだよ?」
これまではきっと、一度たりとて反論などしなかったのであろうカンパニュラの方から声をかけられ、パックは警戒したように半歩身を退いた。
「私が川漁ギルドを継ぐことはありません。ですので、次代の川漁ギルドはみなさんで盛り立ててください」
「はぁ!? なんだよ、それ。お前、ギルド長の娘だろ!? 逃げんのか!?」
ギルド長とは認めないという態度を取りながら、ギルド長にならないと言えば「逃げるのか」ときたもんだ。
はっは~ん。なるほどなぁ。そーゆーことか。
ませガキが。
「確かに、父様はギルド長で、私は父様の娘ですが、私は川漁ギルドを継ぐことは出来ません。その理由を、今ここでお話しするわけにはいきませんが、その事実が覆ることはありません。どうか、ご安心ください」
「なんでだよ!? 拗ねたのかよ!?」
拗ねた? とは?
どういう理論を組み立ててんだ、このガキは?
「お前が、もっと頑張って体を鍛えたら、俺たちだって仲間に入れてやるつもりだったんだぞ! けど、お前は全然努力しないでさ! それで、ギルド長にならないとか、そんなの逃げてるだけじゃん!」
あぁ、そうか。
こいつらはチャンスを与えてやっていたつもりなのか。
厳しいことを言って、奮い立たせて、カンパニュラが努力して体力を付けたら「やれば出来るじゃねぇか」と、上から目線で認めてやるつもりだったと。
なんにも知らねぇでよ。努力してないとか……
「カンパニュラ、言ってやるか?」
「いえ、それは言い訳になりかねませんので」
カンパニュラは毒に冒され死ぬところだった。
努力だとかやる気だとか、そんなレベルの話ではなく、レジーナに出会っていなければ今この場にすらいることが出来なかったのだ。
命は助かっても、体内に残った毒は幼いカンパニュラの体力を奪い、蝕んでいた。
それを知らないガキはお気楽に「チャンスをやってる」つもりでいたようだ。
その事実を話せば、ガキは黙るだろうが――カンパニュラはそれを望まないらしい。
「確かに、私の努力が足りなかったのかもしれません。ですが、私がギルド長にならないことと、そのことは別問題です。どうか、私のことはお気になさらず、みなさんで次代の川漁ギルドを支えてください」
「訳分かんねぇこと言うなよ!」
パックが癇癪を起こし大声を張り上げる。
まぁ、分かる。
パックはカンパニュラが好きなのだ。
構ってほしくて、自分の思い通りにしたくて、自分の理想のカンパニュラとしていつまでも自分の隣にいてほしくて、それ以外を認めたくないのだ。
そんなやり方では相手を傷付けるだけだとか、理想の押しつけはウザいだけだとか、そういうことを学ぶのはもう少し大きくなってからだろうしな。
でもな。
カンパニュラは、もうそんな低次元にはいないんだよ。
諦めろ、ガキ。
お前じゃ、カンパニュラを振り向かせることは出来ない。
「頑張って体力を付けたら、一緒に川でも遊べるし、探検だって行けるし、キャンプにだって連れてってやるのにさ! 今だって、ずっと家にいないじゃん!」
拗ねてるのは、お前の方じゃねぇか、ガキんちょ。
大好きな女の子に会えなくて癇癪起こしてんだよな。
だがな。
カンパニュラは今、生きるために必死に努力してんだよ。
見えているものしか見ようとしないヤツが、他人を評価するな。
……って、ガキにはちょっと難し過ぎるか。
「そんなんじゃ、お前のこと仲間だって認めないからな! 友達じゃないからな!」
「はい。承知しております」
静かな声で言って、カンパニュラが寂しそうに微笑む。
「みなさんとお友達になれなかったのは寂しいですが、それは今後の課題としていつまでもこの胸に抱き続けておきます。ただ、今はもっと優先度の高いことがありますので、寂しいですが、ここでお別れです」
こんなことを言われても、嫌な思い出しかなくとも、友達になれる可能性をバッサリと切り捨てないのがカンパニュラらしい。
またいつか、もっと成長した時に「久しぶり」って会えるかもしれないもんな。
だが、それで納得しないヤツがいた。
パックだ。
「ふざけんなっ! 勝手に出て行くなんて許さないぞ!」
腕を突き出し、カンパニュラの腕を掴もうと突っ込んでくる。
さすがに止めるかと腕を伸ばしたら、それよりも早くテレサがパックの前に立ちはだかった。
「らんぼうは、だめ!」
パックの腕を掴み、その突進を食い止める。
これまで、聞いたこともないような険のある声だ。
「な……ん、だよっ、お前ぇぇえ!」
パックは掴まれた腕を振り解こうとしているが、成功していないようだ。
多少は動くものの、テレサの指はパックの腕を解放しない。
「かにぱんしゃは、すごいの! いいこなの! バカにしないで!」
牙を剥いて年上のガキ連中を威嚇する。
その迫力は、出会った当初のバルバラが可愛く見えるくらいに凄まじいものだった。
その証拠に、パックの後ろに控えていたガキ連中は揃って後ずさっていた。
「なんだよ! 放せよ! お前もボコボコにしちまうぞ!」
掴まれたのとは反対の手を振り上げるパック。
だが――
「……やってみれば?」
テレサから放たれた殺気をもろに浴びて、腕を振り上げたまま硬直してしまった。
テレサ……え、覚醒?
こんなテレサ、初めて見た。
「……ん、だよ……おま……かんけー…………ない、くせに……っ」
ついには泣き出し、パックが引きつる喉で負け惜しみを言い始める。
「あやまって。かにぱんしゃにひどいこといったの、あやまって!」
「……やだよっ」
「あやまって!」
「お前に関係ないだろ、チビ!」
パックが再び手を振り上げる。
その手を、そっと、カンパニュラの手が包み込んだ。
「やめてください」
言いながら、パックの手を静かに下ろさせる。
そして、ぴんと背筋を伸ばして、ルピナスをも凌駕しそうな迫力のある声で言う。
「私の大切な友人を侮辱することは、誰であろうと許しません」
……こんなカンパニュラも、初めて見る。
「かにぱ……しゃ?」
「かばってくださってありがとうございます、テレサさん。怖かったですね?」
カンパニュラが両手を広げると、テレサはカンパニュラの胸に飛び込む。
「……ぅう……っ!」
胸に顔を埋めると、途端に泣き出した。
そりゃ、怖いよな……自分の倍の年齢のガキだもんな。しかも相手は男だし。
「パックさん」
「はっ……はい」
カンパニュラに名を呼ばれ、パックが肩を跳ねさせる。
「私の努力が足りなかったのは認めましょう。ですが、私は自分で考え自分の将来を決めました。それを否定する権利は、あなたにはありません。あなたは、何よりもまずご自身の将来について考え、最良の道をお進みください」
関係ねぇヤツが出しゃばるな。
――を、物凄く柔らかく言った感じだな。
「それから、感情が昂ったとはいえ、酷いことを言ってしまいました。申し訳ありませんでした」
そして、深く頭を下げる。
先に酷いことを言ってきたのは向こうなのにな。
「では、参りましょう、ヤーくん」
「その前に」
澄ました顔をするカンパニュラを、泣いているテレサごと抱きしめる。
「ちゃんと自分で言えたな。偉いぞ、カンパニュラ」
「………………はい」
俺が出しゃばってガキ連中とその親を黙らせることは簡単だったが、カンパニュラはそれを自分でやり遂げた。
これは、盛大に褒めてやるべきことだろう。
「お前は立派だ、カンパニュラ」
「は……い。……ありがとう、ございます……」
カンパニュラの声が涙に揺れる。
ゆっくりと泣くがいい。
争いは、勝者にも敗者にも相当な負荷を与える。
よく乗り切った。
お前たちはすごいよ、カンパニュラ、テレサ。
「うぅ……っ! ヤダ、いやだぁぁあ!」
パックが地面に背を突け、ジタバタと手足を振り回す。
あ~ぁ、壊れちゃった。
いや、まぁ、俺もそこを経由してきたから分からんではないんだが……みっともねぇって、それ。やめとけって。
「カンパニュラ、行っちゃやだぁあ! ずっと一緒にいたいのにぃいい!」
もう、遅いんだよ。
お前が選択してきたのは、全部が全部間違った選択肢だったんだから。
次、頑張れ。な?
ファーストラブなんて、みんなそんなもんだ。
強く生きろ、ガキんちょ。
「私と一緒にいたい、ですか? どうして、私と一緒に?」
ほら、伝わってない。
カンパニュラがマジできょとんとしてんぞ。
ヤダヤダ言ってジタバタしてるだけじゃ伝わらねぇって。
……ったく、しょうがない。
「パックはな、お前のことが好きだったんだよ」
「え? ですが、あの……優しくしていただいたことは一度も……」
「あ~……なんというか、男っていうのは不器用なもんでな、好きな女の子に意地悪して気を引こうとしちゃうもんなんだよ」
「ヤーくんも、ですか?」
「俺は、まぁ、もうその辺は卒業したから」
「だから、ヤーくんは優しいのですね」
いや、優しいかどうかは別にしてな?
「そうだったのですか……」
呟いて、カンパニュラは赤くなった目尻を指でなぞる。
「パックさん」
そして、地べたに転がるパックに声をかける。
最後の希望に、パックが体を起こす。
その瞳は、天上から舞い降りる天使を見つめるように輝いていた。
想いが伝わった――
「申し訳ございませんが、私は乱暴で自己中心的な殿方は好ましく思えません。パックさんはまだまだ成長過程の途中です。どうか、これからは好意を寄せる方には優しくしてあげてくださいね」
――わけはなく、完全無欠に止めを刺されたようだ。
「では、皆様。ご健勝をお祈りいたします」
ぺこりと頭を下げて、カンパニュラが俺のもとへと駆け戻ってくる。
もう一度俺の胸に飛び込み、そしてぎゅっとしがみつく。
照れているのか、涙の跡を隠したいのか。
……と、思っていたら。
「私は、ヤーくんのように頼りになって優しい男性が理想です」
俺の腹に顔を埋めたままでもごもごとそんなことを呟いていた。
……うん。聞かなかったことにしとこう。
まだまだ子供だからな。うん。
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