異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

118話 動き出す前の準備運動的な -3-

公開日時: 2021年1月24日(日) 20:01
文字数:1,976

 四十一区は、やはり今日もどこかくたびれて見えた。

 大通りを外れ一本路地に入ると、とたんに華やかさは見る影を失う。

 薄暗い路地に何軒かの店が軒を並べて立っている。客の入りはイマイチなようだ。

 

「お、姉さん体格いいねぇ。狩猟ギルドの人かい?」

 

 武器を扱う店の前で、デリアが声をかけられていた。

 

「いや、あたいは川漁ギルドのもんだ」

「あぁ、そうかい……」

 

 狩猟ギルドではないと分かるや、店の者らしき男は途端に興味をなくし、店の中へと入ってしまった。

 

「狩猟ギルド以外は客ではない、とでも言いたげな態度ですわね」

「この街は狩猟ギルドメインで回っているような街だからな」

 

 もしかしたら、この異様に狭い路地も、狩猟ギルドのために大通りを広げようとして割を食った結果かもしれない。大通りを拡張するために。両端の店を少しずつ引っ込めたとかな。

 ……はは、あり得る。

 

「もう一本裏へ行こうぜ。一本目の連中は変なプライド持ってて付き合いにくいんだ」

 

 四十一区では、大通りから見て各路地に拠点を置く者を『一本目』『二本目』と呼び合っているらしい。

 三本目四本目と、奥へ行くにつれ貧しくなっていくようだ。その分、仲間意識も強いのかもしれんが。

 

「大通りを拠点にしてる連中はセレブってわけか」

「どんぐりの背比べだけどな。みんな金なんか持ってねぇし。だから、誇れるもんがそれくらいしかないのさ」

 

 自分は『一本目』だという、この地域でしか通用しないプライド……選民意識……くだらない。

 

「狩猟ギルドがおいしい思いをしているしわ寄せが、庶民にいってしまっているんですのね」

「木こりギルドはどうなんだ? 立場的に似たようなもんなんじゃないのか?」

 

 四十一区の有り様を見て呆れ果てているイメルダ。だが、四十区における木こりギルドはそれに近しい状態なのではないだろうか?

 

「ウチは近隣住民とうまくやっていますわよ? そもそも、木材を使う職業が多く集まっていますし、バランスの取れた共存共栄をしていますわ」

 

 自信たっぷりにイメルダが胸を張る。

 はち切れろ! はち切れるんだ、シャツの胸元よっ!

 

「ヤシロ。そんなガン見してんじゃねぇよ」

 

 デリアがまたほっぺたをぷっくりと膨らませる。

 いや、デリアの方が大きいんだけどな、なんとなくデリアはそういう目で見ちゃいけないような気がしてなぁ……

 

「なぁ、デリア。ここら辺で飯を食ったことがあるなら、聞いたことはないか? 領主や狩猟ギルドに関する噂……特に、不平不満なんかを」

 

 路地の本数でお互いを呼び合うような連中なら、きっと仲間意識が強くなっているはずだ。強くなった仲間意識は、身内以外に敵意を向けやすくなる。

 同調圧力というヤツだ。

「あの人やーねー」「そーよねー」「あ、私もそー思ってたー」「ねー」というヤツだ。

 

「愚痴なら、連中いっつも撒き散らしてるぞ。なんなら、ちょっと見に行ってみるか?」

「そうだな」

 

 まだ夕飯には早いが……少し覗いてみるか。

 

 デリアに連れられて、俺たちは三本目の路地へと足を向けた。

 道も建物も汚くなっていき、イメルダの眉間に深いしわが寄りっぱなしになっている。

 

「……臭いですわ」

「これなんかまだまだマシな方だろ?」

「もっと強烈な場所がありますの?」

「五本目を超えると、あたいでも無理だ。飯なんか食う気も失せる」

 

 どんな場所だよ。

 かつての四十二区より酷いんじゃないか、それは?

 

 結局、最下層の区はどっこいどっこいだったってことか。

 

 三本目の路地には、酔い潰れて道端で寝ている男や、座り込んでボーっと空を見つめているヤツ、四本目の路地からジィっとこちらを見つめている不審者などなど、なかなかエキセントリックな人物が目白押しだった。……帰っていいかな?

 

「イメルダ。ついてきたことを後悔してるだろう?」

「そ、そんなこと……ちょっとしかありませんわ……」

 

 純白のハンカチで鼻を押さえ、イメルダが表情を歪める。

 美しいもの好きのイメルダには耐えがたい場所だろう。

 

「ここだ。ここのフルーツは甘くて美味いんだぞ」

 

 三本目の路地の奥まった場所に、その酒場はあった。

 常連客たちだけで持っているような、控えめな看板を掲げた店だ。

 

 店内に入ると、十数人の客がいた。

 夕飯前だってのに、大入りだ。……こいつら、働いてないのか?

 

「マスター! 久しぶり」

「おぉ……クマの子」

 

 そんな、かくれんぼを見ていたヤツみたいに。

 ……お尻、出すのか? そしたら、一等賞くらいいくらでもやるぞ。

 

「ほれ、いつものヤツだ」

「おぉ! ヤシロ! ヤシロ! これこれ! これが美味いんだ!」

 

 デリアが大興奮のフルーツとは、マンゴーだった。

 まぁ、確かに甘いよな、マンゴーは。

 今度マンゴープリンでも作ってやろうかな。

 

「くっ……くやしいですが、美味しいですわ!」

「だろぉ?」

 

 カウンターでマンゴーに舌鼓を打つ二人。

 俺は別にマンゴーとかどうでもいいんで、マスターに話を聞くことにする。

 

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