異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

154話 ミリィのお部屋 -1-

公開日時: 2021年3月13日(土) 20:01
文字数:2,970

 ミリィの部屋は綺麗に片付いていて、とても女の子らしい内装だった。

 柱にドライフラワーが掛けられており、ポプリが棚に並んでいる。何かを注したオイルの小瓶が棚に並び、とてもカラフルだ。アロマオイルか?

 

「ぁの……ぁんまり、見ないで……ね?」

「くんくん! くんくんくんくんっ! くんかくんかっ!」

「ぅにゃあぁ! 嗅がないでぇ~!」

 

 ミリィが俺の腹部を「えいえい」と押してくる。

 お、退場か? そうはさせるか。居座ってやる。

 

 と、冗談はこのくらいにして。

 

「可愛い部屋だな」

「へ…………そ、そぅ、かな?」

「あぁ。なんか、『ミリィの部屋』って感じだ」

「ぇ……みりぃのへや、だょ?」

 

 それはそうなんだけど、イメージ通りというか、期待を裏切らない部屋だということだ。

 女兄弟のいない中学生男子が妄想しそうな『女の子のお部屋』を具現化したような感じだな。

 

「ミリィの趣味は、お菓子作りだよな?」

「ぇ? ぅ、うん。ぁの……あめ玉、だけど」

 

 な?

 ミリィは期待を裏切らない。

 あぁ、ここにいたんだなぁ、リアルなアイドル。商売のために事務所が書いた偽プロフィールなんかじゃなく、リアルに『女の子』してる女の子が。

 

「ミリィは女の子だなぁ」

「ぇっ……みりぃ、女の子、だょ?」

 

 よく分からないという顔をしているミリィ。

 いいんだいいんだ。ミリィはそのままでいてくれれば。

 

「ヤシロ。いい加減にしないと摘まみ出すよ」

 

 ジネットがテーブルに料理を並べている横で、エステラが冷ややかな視線を俺に向けてくる。

 ふん、摘まむことすら難しそうなヤツが偉そうに。

 

「摘まみ返すぞ?」

「どうして君は、口を開けばそういうことばっかりっ!」

 

 だって、ネタ振りだろ、今の?

 ほら、俺、割と律儀だし?

 

「準備が出来ました。さぁ、まずは召し上がってください。元気が出るように、心を込めて作りましたから」

「ゎあ……ぃい香り…………いただきます」

 

 行儀よく座って、精霊神への祈りも忘れずに捧げて、ミリィがジネット特製のスープを口へと運ぶ。

 

「ん~~~~…………陽だまり亭の味だぁ……ぉいしい……」

 

 美味さに感激したのか、ミリィが「くすん」と鼻をすする。

 

「あのっ、大丈夫ですか? まだたくさんありますから、ゆっくり食べてくださいね」

「ぅん……ありがとうね、じねっとさん。てんとうむしさんも、えすてらさんも」

「いいから食べなよ。この後も忙しいんだろ?」

「ぅん。じゃあ、食べるね」

 

 美味しそうにスープを飲み、鶏肉のから揚げやサケフレークおにぎりなんかを合間に摘まむ。

 ジネットのヤツ、結構な品数を持ってきたようだ。

 

 俺たちも適当に摘まみながら、美味しそうに食べるミリィを眺めていた。

 ミリィの食事が終わるまで、話は待とう。

 

「あぁ、そうだ。これ、マグダから」

「ぇ、なに?」

 

 陽だまり亭を出る前にマグダから預かった物を渡しておく。

 

「ぁ、ポップコーン」

「ハニーポップコーンだ」

「ぅん。みりぃ、ハニーポップコーンが一番好き。お塩もキャラメルもおいしいけど、やっぱりハチミツが一番」

 

 ミリィならそうだろう。

 もはや、花の妖精の親戚みたいなもんだもんな。

 

 袋を開けて、甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。

 はぁ~っと息を吐いて、ミリィは幸せそうな笑みを浮かべる。

 

 が、それが不意に曇る。

 

 ポップコーンの袋を握りしめて、俯き……そして、ぽつりと言葉を零す。

 

「でりあさん……怒ってる、かな…………?」

 

 俺たちに向けられたのではない、誰宛てでもない言葉。

 ポップコーンを見て、不意に思い出したのだろう。

 呟いてから、ミリィはハッと顔を上げ、不安に瞳を揺らした。

 

 取り繕うでもなく、すがるでもなく、どうしていいのか分からず戸惑うばかりの瞳。

 ミリィが飯を食い終えるまで待とうかと思ったが……不安でミリィが飯を食えないのでは話は別だ。

 そして、エステラも俺と同じ考えだったようだ。

 

「ねぇ、ミリィ」

 

 エステラに声をかけられて、ミリィの肩に力が入る。

 

「話してくれるかな。デリアと、何があったのか」

「ぁ…………」

 

 俺たちがデリアとミリィの口論を知っていると、ミリィも理解したのだろう。

 消え入りそうな声で、ミリィは肯定の言葉を漏らす。

 

「……ぅん。聞いて……」

 

 ジネットが目撃したという、ミリィとデリアの口論。

 デリアを心配する素振りを見ても、ミリィはそのことを後悔しているようだ。

 

「森のそばにね、大きな池があるんだけど…………」

「森の管理用に使っている大池だね。森の奥の方だから、ヤシロは見たことがないかもね」

「ぅん……そこの水がね、もう随分減っちゃったの……」

「大池には川に繋がる水路があるんだけど、川の水位が下がったことで水路に水が流れなくなったんだ。同じようなことを、モーマットも訴えていたよ」

 

 ミリィの話に、ところどころエステラが注釈を加える。

 それを聞き、俺は得ている情報を整理し、ジネットはただただ不安げに事の成り行きを見守っていた。

 

「それでね……みりぃたちは、毎日かわりばんこに川まで水を汲みに行ってるの……大きな水瓶を持って、川と森を往復して、森のお花にお水をあげて……」

 

 川と森だと、かなり距離がある。

 そこを毎日何往復もして、さらにあの広い森の花に水をやっていたのか……そりゃ、息抜きの時間もないほど忙しいだろうな。

 

「森の植物全部ってわけじゃないから、なんとかなってるけど……こんなことが続いたら、ギルド長さんとか、倒れちゃうかも…………しれなくて…………」

 

 ミリィの手に力が入り、ポップコーンが乾いた音を漏らす。

 

「そういや、生花ギルドのギルド長って見たことねぇな」

「とっても優しい人だょ。人間のね、お婆さんなんだけど、頭がよくて、他人の気持ちが分かっちゃうすごい人なの」

 

 絶賛だ。

 ミリィが全幅の信頼を寄せる人間だ。きっとその婆さんも絵に描いたようなお人好しなのだろう。

 

「会ってみたいかもな、ちょっと」

「ぁう……っ!?」

 

 なんだ?

 俺が会うと何かマズいのか、ミリィが目に見えて狼狽し始める。

 

「ぁ、ぁの……ね、ぜ、全然変な意味じゃないんだけどね…………みりぃが、男の子を紹介すると……その…………たぶん、すごく大騒ぎ、するかも…………みりぃ、いままでボーイフレンドとか、いなかったから…………」 

 

 ボーイフレンド!?

 なんとも、それは……古風な呼び名だな。

 あくまで、普通の友人という意味合いなのだろうが、ボーイフレンドなんて言い方をされると……ちょっと、むずがゆいな。

 

「ボーイフレンドって言えば、アリクイ兄弟がいたんじゃないのか?」

「ぁ……ネックとチックは……その、幼馴染……だから」

 

 違うのか?

 やっぱり、普通の友達とボーイフレンドって、微妙に距離感とか違うものなのか?

 

「ネックとチックは、生花ギルドのみんな、よく知ってるから……変な騒ぎは起きないと思う、し……」

 

 俺だと、変な騒ぎが起きるのかよ……

 

「ぁの、でもね、いつかっ、…………ちゃんと、紹介する……ね?」

「あ、あぁ。そうだな……そのうちな」

 

 あれ、なんだろう?

 なんか俺、ミリィの両親に紹介されるのか? 職場の上司だよな? そんな仰々しいものなのだろうか……

 

「わたしも、一度お会いしたいです」

「ぅん。じねっとさんなら、きっと仲良くなれると思う。ギルド長さん、じねっとさんのこといい人だって言ってたし」

 

 えぇ……俺は?

 仲良くなれそうもないのか? いい人じゃないからか?

 まぁ、いい人では、決してないけども。

 

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