ミリィの部屋は綺麗に片付いていて、とても女の子らしい内装だった。
柱にドライフラワーが掛けられており、ポプリが棚に並んでいる。何かを注したオイルの小瓶が棚に並び、とてもカラフルだ。アロマオイルか?
「ぁの……ぁんまり、見ないで……ね?」
「くんくん! くんくんくんくんっ! くんかくんかっ!」
「ぅにゃあぁ! 嗅がないでぇ~!」
ミリィが俺の腹部を「えいえい」と押してくる。
お、退場か? そうはさせるか。居座ってやる。
と、冗談はこのくらいにして。
「可愛い部屋だな」
「へ…………そ、そぅ、かな?」
「あぁ。なんか、『ミリィの部屋』って感じだ」
「ぇ……みりぃのへや、だょ?」
それはそうなんだけど、イメージ通りというか、期待を裏切らない部屋だということだ。
女兄弟のいない中学生男子が妄想しそうな『女の子のお部屋』を具現化したような感じだな。
「ミリィの趣味は、お菓子作りだよな?」
「ぇ? ぅ、うん。ぁの……あめ玉、だけど」
な?
ミリィは期待を裏切らない。
あぁ、ここにいたんだなぁ、リアルなアイドル。商売のために事務所が書いた偽プロフィールなんかじゃなく、リアルに『女の子』してる女の子が。
「ミリィは女の子だなぁ」
「ぇっ……みりぃ、女の子、だょ?」
よく分からないという顔をしているミリィ。
いいんだいいんだ。ミリィはそのままでいてくれれば。
「ヤシロ。いい加減にしないと摘まみ出すよ」
ジネットがテーブルに料理を並べている横で、エステラが冷ややかな視線を俺に向けてくる。
ふん、摘まむことすら難しそうなヤツが偉そうに。
「摘まみ返すぞ?」
「どうして君は、口を開けばそういうことばっかりっ!」
だって、ネタ振りだろ、今の?
ほら、俺、割と律儀だし?
「準備が出来ました。さぁ、まずは召し上がってください。元気が出るように、心を込めて作りましたから」
「ゎあ……ぃい香り…………いただきます」
行儀よく座って、精霊神への祈りも忘れずに捧げて、ミリィがジネット特製のスープを口へと運ぶ。
「ん~~~~…………陽だまり亭の味だぁ……ぉいしい……」
美味さに感激したのか、ミリィが「くすん」と鼻をすする。
「あのっ、大丈夫ですか? まだたくさんありますから、ゆっくり食べてくださいね」
「ぅん……ありがとうね、じねっとさん。てんとうむしさんも、えすてらさんも」
「いいから食べなよ。この後も忙しいんだろ?」
「ぅん。じゃあ、食べるね」
美味しそうにスープを飲み、鶏肉のから揚げやサケフレークおにぎりなんかを合間に摘まむ。
ジネットのヤツ、結構な品数を持ってきたようだ。
俺たちも適当に摘まみながら、美味しそうに食べるミリィを眺めていた。
ミリィの食事が終わるまで、話は待とう。
「あぁ、そうだ。これ、マグダから」
「ぇ、なに?」
陽だまり亭を出る前にマグダから預かった物を渡しておく。
「ぁ、ポップコーン」
「ハニーポップコーンだ」
「ぅん。みりぃ、ハニーポップコーンが一番好き。お塩もキャラメルもおいしいけど、やっぱりハチミツが一番」
ミリィならそうだろう。
もはや、花の妖精の親戚みたいなもんだもんな。
袋を開けて、甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。
はぁ~っと息を吐いて、ミリィは幸せそうな笑みを浮かべる。
が、それが不意に曇る。
ポップコーンの袋を握りしめて、俯き……そして、ぽつりと言葉を零す。
「でりあさん……怒ってる、かな…………?」
俺たちに向けられたのではない、誰宛てでもない言葉。
ポップコーンを見て、不意に思い出したのだろう。
呟いてから、ミリィはハッと顔を上げ、不安に瞳を揺らした。
取り繕うでもなく、すがるでもなく、どうしていいのか分からず戸惑うばかりの瞳。
ミリィが飯を食い終えるまで待とうかと思ったが……不安でミリィが飯を食えないのでは話は別だ。
そして、エステラも俺と同じ考えだったようだ。
「ねぇ、ミリィ」
エステラに声をかけられて、ミリィの肩に力が入る。
「話してくれるかな。デリアと、何があったのか」
「ぁ…………」
俺たちがデリアとミリィの口論を知っていると、ミリィも理解したのだろう。
消え入りそうな声で、ミリィは肯定の言葉を漏らす。
「……ぅん。聞いて……」
ジネットが目撃したという、ミリィとデリアの口論。
デリアを心配する素振りを見ても、ミリィはそのことを後悔しているようだ。
「森のそばにね、大きな池があるんだけど…………」
「森の管理用に使っている大池だね。森の奥の方だから、ヤシロは見たことがないかもね」
「ぅん……そこの水がね、もう随分減っちゃったの……」
「大池には川に繋がる水路があるんだけど、川の水位が下がったことで水路に水が流れなくなったんだ。同じようなことを、モーマットも訴えていたよ」
ミリィの話に、ところどころエステラが注釈を加える。
それを聞き、俺は得ている情報を整理し、ジネットはただただ不安げに事の成り行きを見守っていた。
「それでね……みりぃたちは、毎日かわりばんこに川まで水を汲みに行ってるの……大きな水瓶を持って、川と森を往復して、森のお花にお水をあげて……」
川と森だと、かなり距離がある。
そこを毎日何往復もして、さらにあの広い森の花に水をやっていたのか……そりゃ、息抜きの時間もないほど忙しいだろうな。
「森の植物全部ってわけじゃないから、なんとかなってるけど……こんなことが続いたら、ギルド長さんとか、倒れちゃうかも…………しれなくて…………」
ミリィの手に力が入り、ポップコーンが乾いた音を漏らす。
「そういや、生花ギルドのギルド長って見たことねぇな」
「とっても優しい人だょ。人間のね、お婆さんなんだけど、頭がよくて、他人の気持ちが分かっちゃうすごい人なの」
絶賛だ。
ミリィが全幅の信頼を寄せる人間だ。きっとその婆さんも絵に描いたようなお人好しなのだろう。
「会ってみたいかもな、ちょっと」
「ぁう……っ!?」
なんだ?
俺が会うと何かマズいのか、ミリィが目に見えて狼狽し始める。
「ぁ、ぁの……ね、ぜ、全然変な意味じゃないんだけどね…………みりぃが、男の子を紹介すると……その…………たぶん、すごく大騒ぎ、するかも…………みりぃ、いままでボーイフレンドとか、いなかったから…………」
ボーイフレンド!?
なんとも、それは……古風な呼び名だな。
あくまで、普通の友人という意味合いなのだろうが、ボーイフレンドなんて言い方をされると……ちょっと、むずがゆいな。
「ボーイフレンドって言えば、アリクイ兄弟がいたんじゃないのか?」
「ぁ……ネックとチックは……その、幼馴染……だから」
違うのか?
やっぱり、普通の友達とボーイフレンドって、微妙に距離感とか違うものなのか?
「ネックとチックは、生花ギルドのみんな、よく知ってるから……変な騒ぎは起きないと思う、し……」
俺だと、変な騒ぎが起きるのかよ……
「ぁの、でもね、いつかっ、…………ちゃんと、紹介する……ね?」
「あ、あぁ。そうだな……そのうちな」
あれ、なんだろう?
なんか俺、ミリィの両親に紹介されるのか? 職場の上司だよな? そんな仰々しいものなのだろうか……
「わたしも、一度お会いしたいです」
「ぅん。じねっとさんなら、きっと仲良くなれると思う。ギルド長さん、じねっとさんのこといい人だって言ってたし」
えぇ……俺は?
仲良くなれそうもないのか? いい人じゃないからか?
まぁ、いい人では、決してないけども。
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