それから二日後。
ジジイたちはまだ来ない。
「お風邪が長引いていらっしゃるんでしょうか?」
「大丈夫だろう。ウィルスに負けそうもないほど元気だったしよ」
「そうですね」
そう返してくる声も、どこか弱々しい。
「……もしかして、わたしのことが…………気に入らないのでしょうか」
「それはない」
それだけは、きっぱりと断言できる。
「……言い切りましたね」
「当たり前だ。ムム婆さんとゼルマルのジジイは、お前の祖父さんをなんて呼んでたよ?」
「え…………『陽だまりの祖父さん』……ですけれど」
「あいつらの年齢は近しいんだろ?」
「はい。ゼルマルさんとウチのお祖父さんは同い歳だったと伺っています」
なら確定じゃねぇか。
「同い歳のじいさん相手に、なんでゼルマルのジジイとムム婆さんが『陽だまりの祖父さん』などと呼んでいるのか……お前、分かるか?」
「えっ……あの…………すみません、分かりません」
「お前がいるからだよ」
一般家庭でも、子供が生まれるとお互いを『パパ』『ママ』なんて呼び合ったりする。弟や妹が増えた時は『お兄ちゃん』『お姉ちゃん』と呼ばれるもんだ。
「お前が中心だったんだよ。この陽だまり亭は」
お前から見て、祖父さんに当たるから、『陽だまりの祖父さん』なんて呼び名が定着したんだよ、ここの祖父さんは。
「……わたしが…………?」
「まぁ、心配しなくてもそのうち……」
と、俺が言い切る前に、陽だまり亭のドアが開かれ、しなびたミカンみたいなシワシワの顔をしたジジイが四人来店した。
「ゼルマルさん、オルキオさんにボッバさんにフロフトさんも!」
「私もいるよ、ジネットちゃん」
「ムムお婆さん!」
しわだらけのジジイ四人に続いて、しわしわババアが来店し、店内のシワ率をグッと引き上げる。
五人の来店に、ジネットは今にも泣きそうなほど喜んで、五人のジジババを席へと案内している。
「おぉ、綺麗になっとるのぅ!」
「陽だまりの祖父さんにはもったいない店じゃな」
「久しぶりにコーヒーが飲めるのか。楽しみじゃ」
「あの小っちゃかった子が、こんなに立派に…………うぅっ」
「バカだね。何泣いてんだい。ジジイが、みっともない」
「さぁ、みなさん。ごゆっくりしていってくださいね」
ジジイたちは、最初こそぎこちなくといった感じだったのだが、次第に落ち着き、思い出話に花を咲かせ始めた。
コーヒーを持ってきたジネット。
出されるコーヒーゼリーに興味津々のジジイたち。
たまに発せられる、ツボの全然分からないジジイジョーク。しかも、そこそこウケている。
あぁ……これかぁ…………と、思った。
俺は一人、少し離れた場所からそのジジイたちの輪を眺めていた。
内装こそ変わってしまったが、これこそがジネットの言っていた『あの頃の陽だまり亭』の姿なんだ。
やたらと声のデカいジジイが悪態を吐き、それを周りの連中が大笑いして受け流す。
ジネットも楽しそうに笑っている。
自然と集まり、バカ話に花を咲かせて、みんなで笑顔になれるお店
それが、陽だまり亭だ。
今、目の前に広がっているのは……俺の知らない陽だまり亭。
ジネットが子供の頃毎日のように見ていた風景……
ジネットが望んでいた、かつての陽だまり亭……
時間はかかったけれど……戻ってきたのだ、当時の風景が…………
俺は、いつの頃からかずっと肌身離さず持ち歩いているポケットの中の20Rbを握りしめる。
俺が食い逃げをしたクズ野菜炒めの料金――20Rbだ。
これをジネットに返せば……俺は…………本当に…………
「ヤシロさん」
不意に、ジネットが俺を呼ぶ。
そして――
「ヤシロさんもご一緒にいかがですか、コーヒーゼリー?」
俺をその輪の中へと誘う。
あの頃の陽だまり亭へと……
「あぁ……」
握りしめた20Rbを、そっと手放す。
「今行く」
俺はこの時、少しだけ嬉しいと思っていた……俺の知らないジネットの世界に招き入れてもらえたことが、なんだか嬉しかった。
本当に、ガキみたいなヤキモチだったのかもしれないが…………
過去だろうがなんだろうが、ジネットの隣に俺の立つ場所がなかったことを、俺はイヤだと感じていたのだろう。
口の悪いジジイどもの輪に入り、俺も負けじと悪態を吐く。
言い返されても屁理屈で返す。ああ言われればこう言い、こう言われればそう言い返す。
そうして、ちゃっかりと……ジネットの横に立っていた。
あぁ、ちきしょう…………なんでこんなに落ち着くのかなぁ……この場所は。
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