四十一区の領主、リカルド・シーゲンターラーは、四十二区の街門建設を白紙撤回しろという要求を突きつけてきた。
到底聞き入れることなど出来ない無茶な要求だ。
四十二区の発展を他区に阻まれるなど、看過できるはずがない。
「お前らは発展するな」など、一体どこの誰が口にする権利を持っているというのか。
もし四十二区の代表が領主代行のエステラ以外の誰かであったならば、きっとこの場で宣戦布告をしていたことだろう。
交渉になどなるはずもなく、俺たちは引き上げることにした。
なんの成果も無しだ。
……いや、一個はっきりしたか。
ここの領主は気に食わねぇ。それが分かっただけでもめっけもんだ。
見送りは、最初に俺たちを案内したジジイだった。
「お早いお帰りで何よりでございます」
主が主なら執事も執事か。
俺たちは一言もしゃべることなく領主の館を後にした。
外に出ると、門の前に停めっ放しになっている馬車が見えた。四十二区領主、クレアモナ家の馬車だ。
俺たちは今日、この馬車に乗ってここまでやって来た。
普段、遠出をする場合でもエステラが馬車を使うことはほとんどない。四十区の領主デミリーに会いに行った際も歩きだったしな。
「歩けるとこまでは歩く主義なんだ」とエステラは言っていたが、まぁ、あえて口には出さないいろいろな理由が、きっとあるのだろう。
今でこそ上向き状態にあるが、デミリーのとこに下水の話を持ちかけに行った際は、クレアモナ家は財政難に喘いでいたからな。それに何より、エステラは領主ではなくあくまで代行だ。そのあたり、本人的に思うところが何かとあるのかもしれない。
そんなエステラが今日に限っては馬車を使うと断言したのだ。これまた複雑な思いが込められていたのは明らかなのだが……それについては、今はいい。というか、この先も特に詮索するつもりは無い。俺が気安く立ち入っていい部分ではないからな。そのくらいの分別はつく。
で、何が今問題かというと、先にも言った通り、門の前に馬車が『停めっ放し』になっていることだ。
馬車を敷地内へ移すことも、馬を休ませることもしていない。まったくもって徹底してやがる。
「まぁ、こうなることは予想していたけどね」
吐き捨てるように言って、エステラが馬車に乗り込む。
エステラが上座に座るので一番に乗り込むのだ。ナタリアも、さすがに馬車くらいでは先に乗り込んでエステラの手を引くようなことまではしない。
エステラが乗り込むと馬車が大きく揺れる。
イライラしているために踏み出す足に力がこもり過ぎているのだろう。
「では、ヤシロ様も」
「おう、さんきゅう」
ナタリアは俺のことも立ててくれている。
エステラに次ぐ席には俺を座らせ、自分が一番下座に座るのだ。ドアの開け閉めもやってくれる。俺を尊重する理由は、こいつにはないはずなんだけどな。
馬車のステップに足をかけ、車内へ入ろうかとした時、視界の端にとある一団が映った。
視線を向けると、やたらとガタイのいい男たちの集団で、木の板に車輪をつけただけの簡単な荷車を曳いていた。
その荷車には大きな獣が括りつけられていて、一目でそいつらが狩猟ギルドの面々だと分かる。
本部の連中は、みんなウッセ並みに体つきがしっかりとしているようだ。
「ヤシロ様……まさか、マッチョメンにご興味が……」
「ねぇわ!」
そのさり気ない複数形にちょっとイラッてしたわ!
筋肉など見ていても楽しくもない。
さっさと乗り込んでこんな街とはおさらばしよう。
……と、思ったところで俺はもう一度男たちへと視線を向けた。
ガバッと、勢いよく。
「……興味津々ですね」
「ちょっと黙れ」
いつもの調子で言うナタリアを少し黙らせる。
俺から真剣な空気でも感じたのか、ナタリアから柔らかい雰囲気が消える。
俺に倣って男たちを見ているようだ……そして、見つけたようだな。ナタリアから静かな殺気が放たれる。
「…………そういうこと、ですか」
「……みたいだな」
いろいろと引っかかる点はあったんだ。
そうだろうなという予想もしていた。
だが、これで決定的になった。確信したってやつだ。
「全部……あいつのせいだったってわけだ」
俺の見つめる視線の先には、見覚えのある二人組――カンタルチカで虫騒動を起こした二人の筋肉男がいた。
「エステラ」
「なんだい?」
エステラを呼び、外の状況を見せておく。
「…………あぁっ!?」
エステラも気が付いたようで、筋肉どもを見つけるや大きな声を上げる。
その声でこちらに気付いた筋肉どもは「あっ、ヤベッ!?」みたいな表情を見せ、すぐに脇道へと入り姿をくらました。
虫騒動の二人以外の男どもは、そのままこちらに近付いてくる。
大声を出したこちらを威嚇するような、警戒するような、そんな敵意剥き出しの目で睨みつけてくる。
狩猟の成果を領主に報告にでも来たのか?
…………と思ったら、領主の館を素通りしていく。この先にギルドか魔獣の解体場でもあるのだろう。
さっきの二人は回り道をして後で合流するってとこか。
「見たな?」
「あぁ。しっかりとね」
あの二人組がここ、四十一区にいたってことは……
すべては四十一区の領主、リカルドの差し金だったと考えるべきだろう。
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