「野郎どもぉ! 宴の準備だぁー!」
「「「ぃぃぃぃいいいいっやっふぅぅうううういっ!」」」
バカがいる。
物凄い数の、バカの群れが。
「触角を揺らせぇ! 羽を揺らせぇ! 大きなおっぱいは遠慮なく揺らしまくれぇ!」
「「「ぃぃぃぃいいいいっやっふぅぅうううういっ!」」」
その先頭に立って民衆を煽っているのは……まぁ、俺なんだけどな。
「すごい熱気だね」
「そりゃ、久しぶりの祭りッスからね!」
「違うです、ウーマロさん! 初めての結婚式ですっ!」
「……認識を改めるべき」
「はいッス! マグダたんの意のままにっ!」
「あれ!? あたしが先に同じこと言ったですよ!? ねぇ、ウーマロさん!? ちょっと、こっち向いてですっ! も~ぅ!」
邪魔なものはすべて取っ払った。
あとはただ、盛大に盛り上がるのみっ!
結婚式をやろうと言い始めてから、散々駆けずり回って、時間もそれなりに費やした。
ここからは巻きで、急ピッチに準備を進めていく。
「ウクリネス! ドレスと触角カチューシャはどうだ?」
「滞りなく進んでいますよ。ウェディングドレス、ちょっと気合い入れて作っちゃってますので、期待していてくださいね」
うふふと、ウクリネスが静かながらも心強い笑みを浮かべる。
よし、ドレスは問題ないだろう。
「ただ一つ問題が……」
「あるの!?」
ウクリネスがそんなことを言うのは珍しい。
一気に不安が湧き上がってくる。
「半裸タイツマン……失礼、チボーさんの服なんですけど」
「え……ウクリネスって結構裏表ある人? なら今後接し方に気を付けるけど……」
「うふふ。服を愛する方なら平気ですよ」
チボーは服を冒涜する人間らしい。
「チボーさんにどんな服を着せても、ウェンディちゃんが爆笑してしまって……」
「そこはもう仕方ねぇだろ」
「でも、このままじゃ、終始新婦が半笑いということに……」
えぇいくそ! どこまでも足を引っ張りやがってあの変態タイツマン!
「仕方ない! 結婚式までの間、着衣のチボーとウェンディを同じ部屋に閉じ込めて強制的に慣れさせろ!」
「えぇっ!?」
喚声を上げるウェンディ。
何をそんなに驚く? 家族だろ?
「あ、ああ、あのあのあの、英雄様!? そそ、そんなことをされますと、私……たぶん……」
「表情筋が崩壊して、にやけっぱなしになるってのか?」
「いえ、あの………………前科が……」
「何する気だよ!?」
素で怖ぇよ!
俺、ウェンディだけは怒らせないようにしよう。そうしよう。
「わ、私、頑張ります! 自分の父親を見て笑わないように、血の滲むような努力をいたします! ですから、何卒寛大なご処置をっ!」
「……すげぇ言われようだな、お前の父親」
まぁ、服を着るだけで娘に爆笑されるって時点で大概だと思うが。
「じゃあ、ウェンディ。花嫁修業だと思って、頑張れ」
「花嫁修業って、こういうものなのでしょうか……ですが、はい。頑張ります!」
どうせウェンディのことだ。
炊事洗濯とかはすでに完璧なんだろう。そういうタイプだ、こいつは。
…………と、思ったのだが。
セロンの様子がおかしい。
「どうした?」
「い、いえ……出来れば、他の花嫁修業も、ちゃんとしてもらえると、僕としても嬉しいなと……」
なんだこいつ?
こんな美人を嫁にもらうのにまだ不満があるのか?
「英雄様は、メドラさんを覚えていますか?」
「アレを忘れるようなことがあれば、きっと脳がすべての記憶をデリートした時だろうよ」
きっと、最後の最後まで海馬にこびりついてるタイプだ、あいつの記憶は。
「彼女の手料理がどのようなものか、ご存知ですか?」
「あぁ、『魔獣のちぎり焼き』だろ? 前に一度ご馳走になったぞ」
もう二度と口にすることはないと思うがな。
「僕も以前、機会があり御相伴にあずかったのですが…………ウェンディの手料理はアレに近いんです」
「マジでか!?」
「そんなことないですよ!? もう、セロンってば。大袈裟に言い過ぎです。さすがの私もあそこまで壊滅的ではありませんっ」
毒、毒!
ちらっと毒撒いちゃってるよ!?
「ちなみに、ウェンディの得意料理はなんだ?」
「はい。『新鮮ちぎりレタスののっけ盛り』です」
お前それ……レタスちぎって皿に載せただけだろう?
料理じゃねぇよ、それ。
「この前のはすごかったですよ」
セロンが薄く引き攣った笑みで言う。
「『新鮮焼き魚のお刺身の香草包み焼かず』です」
「なんかいろいろおかしいな!?」
最早『特異料理』になってんじゃねぇか。
生の香草に切った焼き魚包んであるだけだもんな、それ。
「……話は聞いた」
「ばっちり聞いたです!」
にょんっ! と、突然現れたマグダとロレッタ。
振り返るとジネットとエステラ、それにデリアとノーマがいた。
「……ウェンディには花嫁修業が必要」
「必要です! 今からでも特訓するです!」
「え、でもっ。私の料理は、セロンが頑張って食べてくれますし」
「いや、ウェンディ……頑張らなくても食べられる料理を作ってあげなよ」
エステラがもっともな意見を言う。
「それに、美味しい物が食べたい時は、セロンが作ってくれます!」
「家事の分担は助かるさね」
「んでもよぉ。美味い手作り鮭とか食ってもらいたいと思わないのか?」
手作り鮭ってなんだよ……
「それは……出来れば、私の手料理で喜んでもらいたいですけど…………でも、私、料理を教えてくれる人がいなかったもので……」
そうか。
こいつは子供の頃から一人暮らしをしていたんだっけな。
母親に料理を教わる機会がなかったんだ。なら、料理下手も納得だ。
「なぁ、ノーマ」
デリアが純粋な瞳をノーマに向ける。
「お前、花嫁修業のプロだろ? 教えてやれよ」
「プロじゃないさねっ!? ふ、普通に、女の嗜みとして、家事全般が得意なだけさねっ!」
デリア。
真実だからって、なんでもかんでも口にしていいもんじゃないんだぞ。
「アタシは絶対教えないさねっ! 他を当たっておくれ!」
「そういうケチくさいことを言うから、もらい手が……」
「無いわけじゃないさねっ! 今ちょっといないだけでっ!」
その『今ちょっと』が何年くらい続いているのかは、あえて聞かない。
「……質問。その『今ちょっと』は何年……」
「はい、マグダストップ!」
マグダを抱き上げて口を押さえる代わりに耳をもふもふする。
ノーマの泣く姿なんか、見たくねぇんだよ、俺は。…………すげぇメンドクサそうだから。
「……むふーっ」
「アレを狙って、わざと危険な発言を…………マグダっちょ、また腕を上げたです!」
「着々とヤシロを操れるようになってるね、マグダは」
ロレッタとエステラが戦々恐々フェイスをさらす。
誰が操られてるか。
…………ない、よな?
「それじゃあ、ジネットちゃんに料理を教わったらどうだい?」
「……それはいい案」
「そうです! 結婚式まで、あたしたちは比較的暇になるですし」
式の準備は、主にウーマロたちトルベック工務店の連中と、ベルティーナ他、教会の寮母たち、そして、ウクリネス率いる服屋たちが大忙しとなる。
食い物関係の人間は、メニューの試作くらいしかすることがない。
前日からが修羅場になる予定だけどな。
「では、僭越ながら、わたしの知り得る範囲でお料理のお勉強をいたしましょう」
シラハの家の連中にも料理を教えていたし、ジネットは料理の先生に向いているのかもしれない。
「……ついでにマグダも教わる所存」
「あっ! はいはい! じゃああたしもです!」
「ボクも教わっておこうかな……いざという時のために」
「んじゃあ、あたいもだ! 鮭以外も作れるようになってヤシロを驚かせてやる!」
「なんだか楽しそうさねぇ。それじゃあ、アタシも参加させてもらおうかぃねぇ」
「「「「えっ、まだ足りないの、花嫁修業?」」」」
「い、いいじゃないかさっ!? もっと料理がうまくなりたいんさよっ!」
ジネットの腕前はプロレベルだからな。まぁ、プロなんだけど。
「それでは、今から陽だまり亭で、お料理のお勉強会です!」
なんだか嬉しそうな顔で、ジネットが開会宣言をする。
折角だから、俺も教わっておこうかな。
そして、一同は陽だまり亭へ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!