異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚45 花嫁にも準備期間を -1-

公開日時: 2021年3月9日(火) 20:01
文字数:3,230

「野郎どもぉ! 宴の準備だぁー!」

「「「ぃぃぃぃいいいいっやっふぅぅうううういっ!」」」

 

 バカがいる。

 物凄い数の、バカの群れが。

 

「触角を揺らせぇ! 羽を揺らせぇ! 大きなおっぱいは遠慮なく揺らしまくれぇ!」

「「「ぃぃぃぃいいいいっやっふぅぅうううういっ!」」」

 

 その先頭に立って民衆を煽っているのは……まぁ、俺なんだけどな。

 

「すごい熱気だね」

「そりゃ、久しぶりの祭りッスからね!」

「違うです、ウーマロさん! 初めての結婚式ですっ!」

「……認識を改めるべき」

「はいッス! マグダたんの意のままにっ!」

「あれ!? あたしが先に同じこと言ったですよ!? ねぇ、ウーマロさん!? ちょっと、こっち向いてですっ! も~ぅ!」

 

 邪魔なものはすべて取っ払った。

 あとはただ、盛大に盛り上がるのみっ!

 

 結婚式をやろうと言い始めてから、散々駆けずり回って、時間もそれなりに費やした。

 ここからは巻きで、急ピッチに準備を進めていく。

 

「ウクリネス! ドレスと触角カチューシャはどうだ?」

「滞りなく進んでいますよ。ウェディングドレス、ちょっと気合い入れて作っちゃってますので、期待していてくださいね」

 

 うふふと、ウクリネスが静かながらも心強い笑みを浮かべる。

 よし、ドレスは問題ないだろう。

 

「ただ一つ問題が……」

「あるの!?」

 

 ウクリネスがそんなことを言うのは珍しい。

 一気に不安が湧き上がってくる。

 

「半裸タイツマン……失礼、チボーさんの服なんですけど」

「え……ウクリネスって結構裏表ある人? なら今後接し方に気を付けるけど……」

「うふふ。服を愛する方なら平気ですよ」

 

 チボーは服を冒涜する人間らしい。

 

「チボーさんにどんな服を着せても、ウェンディちゃんが爆笑してしまって……」

「そこはもう仕方ねぇだろ」

「でも、このままじゃ、終始新婦が半笑いということに……」

 

 えぇいくそ! どこまでも足を引っ張りやがってあの変態タイツマン!

 

「仕方ない! 結婚式までの間、着衣のチボーとウェンディを同じ部屋に閉じ込めて強制的に慣れさせろ!」

「えぇっ!?」

 

 喚声を上げるウェンディ。

 何をそんなに驚く? 家族だろ?

 

「あ、ああ、あのあのあの、英雄様!? そそ、そんなことをされますと、私……たぶん……」

「表情筋が崩壊して、にやけっぱなしになるってのか?」

「いえ、あの………………前科が……」

「何する気だよ!?」

 

 素で怖ぇよ!

 俺、ウェンディだけは怒らせないようにしよう。そうしよう。

 

「わ、私、頑張ります! 自分の父親を見て笑わないように、血の滲むような努力をいたします! ですから、何卒寛大なご処置をっ!」

「……すげぇ言われようだな、お前の父親」

 

 まぁ、服を着るだけで娘に爆笑されるって時点で大概だと思うが。

 

「じゃあ、ウェンディ。花嫁修業だと思って、頑張れ」

「花嫁修業って、こういうものなのでしょうか……ですが、はい。頑張ります!」

 

 どうせウェンディのことだ。

 炊事洗濯とかはすでに完璧なんだろう。そういうタイプだ、こいつは。

 

 …………と、思ったのだが。

 セロンの様子がおかしい。

 

「どうした?」

「い、いえ……出来れば、他の花嫁修業も、ちゃんとしてもらえると、僕としても嬉しいなと……」

 

 なんだこいつ?

 こんな美人を嫁にもらうのにまだ不満があるのか?

 

「英雄様は、メドラさんを覚えていますか?」

「アレを忘れるようなことがあれば、きっと脳がすべての記憶をデリートした時だろうよ」

 

 きっと、最後の最後まで海馬にこびりついてるタイプだ、あいつの記憶は。

 

「彼女の手料理がどのようなものか、ご存知ですか?」

「あぁ、『魔獣のちぎり焼き』だろ? 前に一度ご馳走になったぞ」

 

 もう二度と口にすることはないと思うがな。

 

「僕も以前、機会があり御相伴にあずかったのですが…………ウェンディの手料理はアレに近いんです」

「マジでか!?」

「そんなことないですよ!? もう、セロンってば。大袈裟に言い過ぎです。さすがの私もあそこまで壊滅的ではありませんっ」

 

 毒、毒!

 ちらっと毒撒いちゃってるよ!?

 

「ちなみに、ウェンディの得意料理はなんだ?」

「はい。『新鮮ちぎりレタスののっけ盛り』です」

 

 お前それ……レタスちぎって皿に載せただけだろう?

 料理じゃねぇよ、それ。

 

「この前のはすごかったですよ」

 

 セロンが薄く引き攣った笑みで言う。

 

「『新鮮焼き魚のお刺身の香草包み焼かず』です」

「なんかいろいろおかしいな!?」

 

 最早『特異料理』になってんじゃねぇか。

 生の香草に切った焼き魚包んであるだけだもんな、それ。

 

「……話は聞いた」

「ばっちり聞いたです!」

 

 にょんっ! と、突然現れたマグダとロレッタ。

 振り返るとジネットとエステラ、それにデリアとノーマがいた。

 

「……ウェンディには花嫁修業が必要」

「必要です! 今からでも特訓するです!」

「え、でもっ。私の料理は、セロンが頑張って食べてくれますし」

「いや、ウェンディ……頑張らなくても食べられる料理を作ってあげなよ」

 

 エステラがもっともな意見を言う。

 

「それに、美味しい物が食べたい時は、セロンが作ってくれます!」

「家事の分担は助かるさね」

「んでもよぉ。美味い手作り鮭とか食ってもらいたいと思わないのか?」

 

 手作り鮭ってなんだよ……

 

「それは……出来れば、私の手料理で喜んでもらいたいですけど…………でも、私、料理を教えてくれる人がいなかったもので……」

 

 そうか。

 こいつは子供の頃から一人暮らしをしていたんだっけな。

 母親に料理を教わる機会がなかったんだ。なら、料理下手も納得だ。

 

「なぁ、ノーマ」

 

 デリアが純粋な瞳をノーマに向ける。

 

「お前、花嫁修業のプロだろ? 教えてやれよ」

「プロじゃないさねっ!? ふ、普通に、女の嗜みとして、家事全般が得意なだけさねっ!」

 

 デリア。

 真実だからって、なんでもかんでも口にしていいもんじゃないんだぞ。

 

「アタシは絶対教えないさねっ! 他を当たっておくれ!」

「そういうケチくさいことを言うから、もらい手が……」

「無いわけじゃないさねっ! 今ちょっといないだけでっ!」

 

 その『今ちょっと』が何年くらい続いているのかは、あえて聞かない。

 

「……質問。その『今ちょっと』は何年……」

「はい、マグダストップ!」

 

 マグダを抱き上げて口を押さえる代わりに耳をもふもふする。

 ノーマの泣く姿なんか、見たくねぇんだよ、俺は。…………すげぇメンドクサそうだから。

 

「……むふーっ」

「アレを狙って、わざと危険な発言を…………マグダっちょ、また腕を上げたです!」

「着々とヤシロを操れるようになってるね、マグダは」

 

 ロレッタとエステラが戦々恐々フェイスをさらす。

 誰が操られてるか。

 …………ない、よな?

 

「それじゃあ、ジネットちゃんに料理を教わったらどうだい?」

「……それはいい案」

「そうです! 結婚式まで、あたしたちは比較的暇になるですし」

 

 式の準備は、主にウーマロたちトルベック工務店の連中と、ベルティーナ他、教会の寮母たち、そして、ウクリネス率いる服屋たちが大忙しとなる。

 食い物関係の人間は、メニューの試作くらいしかすることがない。

 前日からが修羅場になる予定だけどな。

 

「では、僭越ながら、わたしの知り得る範囲でお料理のお勉強をいたしましょう」

 

 シラハの家の連中にも料理を教えていたし、ジネットは料理の先生に向いているのかもしれない。

 

「……ついでにマグダも教わる所存」

「あっ! はいはい! じゃああたしもです!」

「ボクも教わっておこうかな……いざという時のために」

「んじゃあ、あたいもだ! 鮭以外も作れるようになってヤシロを驚かせてやる!」

「なんだか楽しそうさねぇ。それじゃあ、アタシも参加させてもらおうかぃねぇ」

「「「「えっ、まだ足りないの、花嫁修業?」」」」

「い、いいじゃないかさっ!? もっと料理がうまくなりたいんさよっ!」

 

 ジネットの腕前はプロレベルだからな。まぁ、プロなんだけど。

 

「それでは、今から陽だまり亭で、お料理のお勉強会です!」

 

 なんだか嬉しそうな顔で、ジネットが開会宣言をする。

 折角だから、俺も教わっておこうかな。

 そして、一同は陽だまり亭へ。

 

 

 

 

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