異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

105話 ……おいおい -2-

公開日時: 2021年1月11日(月) 20:01
文字数:3,643

「責任者はいるかぁ!?」

 

 蹴破らんばかりの乱暴さでドアが開かれ、一人の男が店内へズカズカと踏み込んできた。

 その男の顔は、THE・爬虫類。……俺の記憶が確かならば、あの顔は……イグアナ。

 イグアナ人族の男が肩を怒らせて陽だまり亭へと突入してきたのだ。

 

 …………来やがった!

 

 イグアナ人族の男はぐるりと店内を見渡し、……おそらく一番身なりのいい格好をしていたからだろうが……、エステラに目をつけた。

 

「おう! テメェがここの責任者か!?」

「ボクじゃないよ」

「口答えすんな!」

「……してないだろう?」

「目がしてんだよ!」

「目が口答えを? そんな言葉は初耳だね」

「ごちゃごちゃうるせぇな!」

「鼻につくかい?」

「テメェ……ケンカ売ってんのか?」

 

 190センチほどもある巨体が凄んでいるというのに、当のエステラは余裕の表情を浮かべている。

 強者は身のこなしとかで相手の強さでも分かるのかね?

 エステラのあの余裕ぶりを見るに、さほど恐ろしい相手ではないのかもしれん。

 

 そうだとすればホッと胸を撫で下ろすところなのだが……

 

「……撫で下ろし型の胸」

「うるさいよっ!」

 

 めっちゃ怖い顔で睨まれた。イグアナより怖ぇ……そりゃ余裕の表情浮かべるわ、うん。

 

「あ、あの!」

 

 よせばいいのに、ジネットがズイッと一歩前に進み出る。

 

「んだよ!?」

「ふぃゆっ!」

 

 睨まれて言葉に詰まるジネット。

 しかし、大きく息を吸い込んで、「むん!」と気合いを入れて、ぐっと胸を張る。

 ……ばぃ~ん!

 

「……張り出し型の胸」

「だから、うるさいよ、ヤシロ!」

 

 また怒られた。エステラ怖ぁ~い。

 

「あ、あの! わ、わたしです!」

「……は?」

 

 突然の宣言に、イグアナ人族の男は眉間にしわを寄せる。

 伝わっていないと悟り、ジネットがきちんと説明をする。

 

「わた、わたしが、責任者です!」

「そして俺が権力者だ!」

「……マグダが人気者」

「えっ、あ、あたしは、一番普通です!」

「なんなんだ、テメェらは!? ふざけてんのか!?」

「「「大真面目」」です!」

「なら余計にムカつくわ!」

 

 ジネットを除く、俺とマグダとロレッタの陽だまり亭店員が声を揃えて大真面目だと宣言したのに、一体何が気に入らないんだろうなこの爬虫類は。

 

「あ、あの。責任者はわたしですが、何かご用でしょうか?」

 

 緊張しながらも、ジネットがイグアナ男に声をかける。

 すると、イグアナ男はジネットを見てニヤリと口角を持ち上げた。

 

「お前が責任者か。じゃあ、さっさと出すもん出してもらおうか」

「おっぱいのことか!?」

「違ぇ! テメェは黙ってろ! さっきからチョロチョロうっせぇな!」

 

 イグアナ男は俺に牙を剥く。

 どうも俺は初対面の人間に嫌われる率が高い気がするんだよなぁ。

 

「出すものというのは……?」

「金だ!」

 

 ん?

 おかしいな。前情報だと、こいつは金を要求はしてこないはずなんだが……

 

「とりあえず、10万Rb出せ。で、あとこの店潰せ。目障りだから」

 

 うわ……こいつ、完全に味占めてる。

 しかもすげぇ雑になってる。

 

「あ、あのぉ……」

「んだよ!? さっさとしろよ!」

「ですが……なぜ、ウチがそのようなことを?」

「あん!?」

 

 マジで分かっていない風なイグアナ男。

 エステラが見かねて口を挟む。

 

「君、用件言ってないよ。この店が君に対し金銭を譲渡する必要性がまるで語られていない。それとも、君は強盗の類いなのかい?」

 

 それはいい。もしこいつが強盗ならば、問答無用でボッコボコにして自警団にでも突き出してくれるぜ! ……マグダとエステラが。

 

「違ぇよ! 俺は、ほら! あのぉ…………アレだよ!」

「もしかして、『この店の物を食った直後から気分が悪くなった。この店の物は腐っているのか!?』……って、言いたいのか?」

「そう! それだ、それ! それなんだぞ、責任者! 分かったか!?」

「え、は、はい」

 

 この雑~な爬虫類は、言うべきセリフが出てこなかったようで、俺が助け船を出してやったところまんまと乗っかってきやがった。

 ……いや、だからな。気付こうぜ。お前の言うべきセリフを俺が知ってるってことは、お前の悪事は明るみに出てるってことだろ?

 

「おぉっと! 俺に『精霊の審判』は効かないぜ! なにせ、俺は『嘘は』言ってないからな!」

 

 安い……この爬虫類、安過ぎる!

 お前は嘘どころか言わなきゃいけないことすら言えてねぇんだよ。

 すなわち舞台にすら上がってないんだっつの。

 

「ということは、君は今、気分がすぐれないわけだね?」

「見て分かんねぇのか、コラァ!?」

 

 エステラのさり気ない指摘に、爬虫類はなんでか恫喝で返す。

 こいつ、折角エステラが気を遣ってくれたのに、気付いてないのか?

 

『この店のケーキを食って気分が悪くなった』と言い、こちらに『食中毒になった』と思い込ませるミスリードのはずなのに、お前、そんなピンピンしてていいのか? ――と、エステラは暗に指摘してやったのだ……が、物凄く元気いっぱいに返事をされたわけだ。

 さすがのエステラも、これには苦笑するしかないようだった。……うん、そんな「どうしよう?」みたいな目でこっち見られても、俺も知らねぇよ。こんな超ド級のバカ。四十二区で一番騙されやすいモーマットよりも短絡的なんじゃないか?

 

 ……ったく、しょうがねぇなぁ。

 

「ということは、食中毒にかかっているってわけかぁ! こいつは大変だ! 食中毒にかかっているってことはお腹がすごく痛くて普通に立っていられないくらい苦しいだろうから、乱暴には扱えないやぁ!」

 

 と、俺ははっきりくっきりゆっくりと、このバカ爬虫類が守るべき設定を教えてやる。

 いいからお前は腹痛で苦しんでる素振りくらい見せろよ。

 

「あ、あぁ! そうだった! いててて! 食中毒で腹が痛ぇ!」

 

 それは口にしちゃダメだろ!? 今のでお前、完全に『精霊の審判』に引っかかるぞ!

 

「お前のとこのケーキのせいだぞ! 責任取って10万Rb寄越せ! あと、店潰せ!」

 

 ……なんで折角の『精霊の審判』対策を全部自分でぶち壊すのかなぁ?

 なんかもう、こいつに口論で勝つのすら嫌になってきた……なんか、こいつと真面目にやり合うと俺の評価まで地に落ちそうな気がするんだよなぁ…………どうしよう? という思いを込めてエステラに視線を向ける。

 すると、『そんな目で見ないでくれるかい? ボクも知らないよ。こんな超ド級のバカ。四十二区で一番騙されやすいモーマットよりも短絡的なんじゃないの?』みたいな視線を返された。

 

「ロレッタ……あいつをカエルに変えてくんない?」

「い、嫌です! なんか、あの人には関わると負けみたいな気がするです」

「いやぁ……俺も関わっちゃ負けな気がしてさぁ」

「そんなことないですから! お兄ちゃん、いつもみたいにパパーッとやっつけちゃってです!」

「えぇ~……俺がぁ?」

「ゴチャゴチャうるせぇぞ、テメェら! さっさとしねぇと……」

 

 バカ爬虫類が唾を飛ばしながら怒鳴り、腰にぶら下げていた大きな剣を抜き放つ。幅広で切っ先が広がり歪曲している。カットラスと呼ばれる剣だ。

 

 抜身の剣がギラリと光を反射させ、店内の空気が一瞬で張り詰める。

 

 そんな中、最初に動いたのはマグダで……その動きは、まるでお手洗いにでも行くような、何気ない動きで……俺たちは何も反応できなかった。誰も、何も考えられず、爬虫類でさえ身構えることすらしなかった。

 てとてと~と爬虫類に近付いたマグダは、テーブルの上のマーマレードを手に取るかのような、そんなさり気ないアクションで……拳を繰り出した。

 キュッと握られた小さな拳は、的確にカットラスの刃の付け根を狙っていた。振り抜かれたのと同時にその幅広の剣身を捉え、そして「ぱきーん!」と、小気味よい音と共に刃だけが宙を舞う。……すげぇ、剣が根元から真っ二つになったぞ。

 

「……店内での抜剣、及び暴力行為は禁じられている」

 

 お前が今繰り出した拳は暴力行為から除外されるのか?

 無残、抜き放たれた剣は数秒で叩き折られてしまった。

 

「……この次違反すれば…………壊す」

 

 いや、この次も何も、もう壊してるじゃ…………え、人体の話!? 壊されるの剣じゃなくて持ち主!?

 

 マズいな。さすがに流血沙汰は避けたい。

 

「マグダ。彼は食中毒だそうでな、それはつまり病人ということなんだ。病人は今すぐ横になって安静にしないといけない」

 

 マグダと爬虫類の間に割って入り、爬虫類の肩に手を置く。

 そして、爬虫類に『大人しく横になれ。さもないと……』という視線を送る。

 

 さしもの爬虫類も、ご自慢のカットラスをいともあっさり破壊されたという事実を重く受け止めたのだろうな……大人しく俺の指示に従い、床にどっかと腰を下ろした。そして、そっと……遠慮がちに……横になった。

 マグダにジッと見つめられているからだろうか……爬虫類は全身から大粒の汗をだらだらと流している。

 本当に具合が悪そうに見えるな。最初からこれくらいの演技をしててくれりゃ、こっちもいろいろやり甲斐とか、からめ手を使ったりとか、それなりの対応が出来たってのに……

 こんなバカには、最もバカな撃退法がお似合いだろう。

 

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