「あ、あの。ヤシロさん」
思い立ったような顔で、ジネットが詰め寄ってくる。
「わたしが、ここに泊まり込むことは可能でしょうか?」
「はぁっ!?」
何を言い出すんだ、ジネット!?
「わたしがここに残って、シラハさんに合うお食事を作ります」
「いや、お前、それは……店はどうするだよ? それに、教会への寄付も」
「お店は…………」
一瞬。本当に一瞬だけ視線をさまよわせて、ジネットはとんでもないことを提案してくる。
「ヤシロさんが料理長になり、期間限定メニューのみの販売ということでどうでしょうか!?」
「ふぁっ!?」
思い切って、陽だまり亭のメニューを全部封印し、期間限定で別の料理を提供する。
もし、ジネットがなんらかの理由で店に出られなくなった際はそうしようと、俺が考えていた緊急措置とまったく同じことを、ジネットが提案してきた。
正直ビックリだ。
ジネットが俺と同じことを考えたってのもそうだが、何より、こいつが自分から進んで店を休むと言い出すなんて……
「お前は、それでいいのか?」
「は、はい。……お客さんには迷惑をかけてしまいますが…………シラハさんをこのまま放っておくわけにはいきません」
「それはそうなんだが……何日かかるか分からんぞ」
「三日……いえ、二日です。その間に、ニッカさんに料理を覚えていただきます。それで、どうでしょうか?」
「お前が教えるのか?」
「はい。簡単な調理の仕方を覚えていただければ大丈夫だと思います」
確かに、それなら二日もあれば十分か…………
「けど、ヤシロ。ここの人たちがどう思うだろう?」
エステラが、物凄く不安そうな顔をして俺に言う。
……説得ならジネットにすればいいものを。否定的な意見は俺の口を通して言わせて、嫌われ役を押しつける気だな。
「人間に対して、あまりいいとは思えない感情を持った人たちばかりなんだよ? ジネットちゃん一人を残していくのは不安だよ。……ボクは、さすがに付き添えないし……」
領主が思いつきで二日も家を空けるわけにはいかないだろう。
「では、私もお供します」
名乗りを上げたのはウェンディだった。
「英雄様から、セロンに伝言していただければ、きっとセロンも理解してくれると思います。英雄様を利用するようで、心苦しくはありますが……」
「いや、伝言くらい構わないけどよ……」
嫁入り直前のウェンディを、突然外泊させていいのか?
一応、ここには男もいるのに……
「では、お供と護衛を引き受ける、私が」
そう言って、ギルベルタが手を上げる。
「この二日は男子禁制にしてもらう、ルシア様とシラハ様の権限で」
「そんなことが出来るのか?」
「そうだな。事情が事情だ。話してみるくらいは構わんだろう。それに……ジネットはカタクチイワシと違って、割と好感を持たれていたようだからな」
「あぁ、さいですか」
ルシアが見せる意地の悪い笑みに眉根が寄ってしまう。
まぁ、確かに、ニッカの反応を見るに、ジネットを悪く思ってはいないだろう。
ルシアの一言は余計だが。
「ぁう……みりぃも、残りたい、けど…………お店、休めないし……ぁの……」
「いいんですよ、ミリィさん。ミリィさんは、お仕事を優先させてください」
「ぅう…………ごめん、ね?」
ミリィは、今回の遠征も無理を言って日程をあけてもらったほどだ。あまり無理はさせられない。
つか……本気なのか、ジネット?
「せ、せめて、にっかさんたち呼んでくる、ね!」
ミリィが駆け出し、部屋を飛び出していく。
シラハのダイエット計画に、ニッカたちの賛同は不可欠だ。
さぁ、あいつらが戻ってきたらまたひと悶着起こるぞ……
「あの、ヤシロさん…………お願い、出来るでしょうか?」
勢いに任せて口にしてみたものの、徐々に不安が大きくなってきているのだろう。
吹けば消えそうな頼りない表情をさらしている。
「店長の不在を守るのは、従業員の務めだろう」
「ヤシロさん……っ」
折角お前が自分で言い出したことだ。
やってみたいんだろ?
なら、やってみればいいさ。
「なんかあったら、すぐに呼べよ」
「はい! ありがとうございます!」
そんな嬉しそうな顔を見せられちゃ、反対なんか出来ねぇよ。
「念のために、ナタリアを派遣しようか?」
「いや、あんま大人数になるのも迷惑だろう。ギルベルタに任せよう」
「そう……だね」
この中で、一番ジネットを心配しているのはエステラかもしれない。
もうちょっと信用してやってもいいんじゃないか?
ここの連中も、まぁ、そう悪いヤツらではなさそうだしよ。
そして、その間に俺はやらなきゃいけないこともある。
「シラハ」
「えぇ。私はもちろん、大歓迎よ」
そうか。それはよかった。
だが、そうじゃないんだ。
「旦那の居場所は分かってるのか?」
「それがねぇ……」
ちらりと、シラハがルシアを見る。
ルシア?
こいつが知ってるのか?
「私もシラハも、その男の所在は分からん。もっとも、会おうと思えば会えるがな」
見えてこないな。
所在が分からないのに会おうと思えば会える?
呼び出す方法があるってことか?
「その男は、シラハとの文通のために私の館へやって来るのだ。自分の書いた手紙を持ってきて、シラハの書いた手紙を持って帰っていく」
「なんだそれ? メンドクセェな」
「シラハに住所を知られないための手段なのだろう」
つまり、ルシアがシラハと旦那の文通の仲介をしているってわけか。
随分とサービスがいいじゃねぇか。
「それで、次に旦那が来るのはいつだ?」
「一ヶ月から二ヶ月後だな」
「そんなにか?」
「実は、今朝手紙が届いたばかりなのだ」
「今朝来てたのか、旦那が!?」
「あぁ。貴様らが来るほんの二十分前にな」
なんて偶然だ。
すげぇ、タイミングが悪い。
せめて、今日の夕方に来るってんならよかったのに……
今日逃したから、最低一ヶ月は消息不明ってわけだ。
「手紙に住所とか書いてねぇのかよ?」
「ないな」
だろうな! あっさり言うなよ。
シラハが会う気になったとしても、向こうが同じ気持ちかどうか分からんのだ。
一ヶ月後を待っていたのでは、いつ会えるか分かったもんじゃない。
しかも、シラハと旦那が会って、シラハの周りの連中の誤解を解く時間も必要だ。
そんなことをちんたらしてたら、ウェンディの結婚式がどんどん延期になっていく。
それは避けたい。
結婚ってのは、タイミングが大切なのだ。
この熱を下火にするわけにはいかない。
「手紙に、何か手掛かりがあるかもしれないよ。例えば、名産品の話とか」
「そうか。そういう特徴的な何かや独特の文化に関する記述でもあれば……」
「……その人が今どこにいるのかを絞り込むことは、可能かもしれないよね」
エステラからもたらされた情報は有益だった。
どこに住んでいるのかさえ絞り込めれば、探し出すことは可能かもしれない。
「シラハ。手紙を見せてくれないか?」
「えぇ……恥ずかしいわぁ」
顔を手で覆い、いやんいやんと体を揺する巨漢のババア。
お前がナマズだったら、今頃地震が起きてるぞ。
「会いたくねぇのか? 手紙を見せてくれたら、俺が責任を持って探し出してやる」
「おぉっ、言い切ったね」
エステラが目を見開いて俺を見る。
そんなに驚くなよ。……俺自身もちょっと驚いちまってるんだからよ。
あ~ぁ、なんで言い切っちまったかなぁ。会わせてやるなんて。
出来なかったらどうすんだよ…………不用意さがうつったんじゃないか……ジネットの。
「ぅえっ!? な、なんですか!? どうしてわたしをそんなにジッと見つめるんですか!?」
不用意な発言の大ベテランにして、殿堂入りすら果たしているジネットだ。他人に感染させるくらい朝飯前だろう。……厄介な。
「あの、シラハさん。ヤシロさんはとても頼りになる方で、いつも周りの人を幸せな結末に導いてくださる方なんです」
おいおい! 滅多なこと言うんじゃねぇよ、プリンセス・オブ・不用意な発言!?
「あら、そうなのぉ? じゃあ、拝むわね」
ほら見ろ!
ババアが意味も分からず拝み出したじゃねぇか!?
お天道様と同じ扱いだ! ご利益なんか何もねぇぞ。
即身仏かよ、俺は!?
「ヤシロさんに、任せてみませんか?」
「そう、ねぇ…………分かったわ。あなたの目は、人を騙す目じゃないものね。信用するわ」
年の功とでも言うべきか、目を見て人を判断できるらしい。
まぁ、いろんな人間を見てきただろうからな。
あの細い目で。
そんな、シラハの細い目が俺へと向けられる。
「ヤシロちゃんも、いい子よねぇ」
あぁ、残念。
曇りまくってるわ、こいつの目。
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