異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加16話 陽だまり亭、通常営業開始の朝 -1-

公開日時: 2021年3月29日(月) 20:01
文字数:4,224

「ヤシロさん……ヤシロさん……」

 

 早朝。……だと、思う。

 俺の体を揺する者がいる。声からして、ジネットに間違いない。

 

「そうだ、寝ぼけていることにしてふかふかの乳枕を堪能させてもら……」

「おはよう、ヤシロ。今朝もくだらないくらいに元気だね」

 

 ……くっ。

 声はジネットだが、揺すっていたのはエステラだったようだ。

 ちょっと勢いよく体を起こしたのに、腕に触れるモノが一切なかった。

 

 なんて悪質な詐欺だ。

 

「不愉快だ! 寝る!」

「君は一度も目を開けていなかったよ。つまりまだ起きてないんだよ、君は」

 

 昨日の深夜営業がかなりこたえたようで、俺のまぶたは頑なに労働を拒否している。ぴくりとも動かない。

 

 それも仕方ない。

 ……そもそも、ロレッタがハムっ子たちに宣伝を任せたと言った時点で嫌な予感はしていたんだ。あいつら、限度を知らないから。

 久しぶりに全員集合して、ちょっとテンションが上がっちゃってたからその時はノリで「いっちゃえー!」的な気分だったのだが……店に着いて絶句したね。

 黒山の人だかり。

 なんかもう、住民全員が店を取り囲んでるのかと思うような集まり具合で、安いB級ゾンビ映画を思い出してしまったほどだ。

 

 店を開けるやいなや、常連が店内へとなだれ込んできて、あっという間に席が埋まって、何人かはちょっと待ってもらうことになったのだが、またしてもジネットはその行列を見ることは敵わず。

 っていうか、ノーマが店の掃除しておいてくれなきゃ、パウラたちが泊まった状態のままだったんだよな。いてくれてよかったよ、ノーマ。

 デリア?

 あぁ、うん。防犯面で安心だった。

 

 そんなこんなで、あれよあれよと、いやよいやよもいいの内的に、俺たちはすべての客が捌けるまでの数時間、真夜中になるまで働き続けたのだった。

 

 面白いエピソード?

 そんなもんいちいち気にしている余裕なんかなかったわ!

 厨房と客席を往復して、たまに皿洗いと料理の補助、それだけで精一杯だったつうの。

 レジはジネットというルールが地味に足を引っ張り、厨房がてんやわんやしたのだ。

 

 その結果、俺は心身ともに疲れ果ててしまったのだ。

 故に、朝に起きるとかムリ! そーゆーのとか、ムリ!

 

「ヤシロさん。眠たいようでしたら、今朝の寄付はやめておきますか? それを伺いにお邪魔したんですが」

 

 そうか、もう寄付の時間なのか。

 それで、念のために確認にね。気遣いが細やかだな。

 ……っていうか、ジネットって本当は獣人族なんじゃねぇだろうな? 昨日あんなに動き回って、誰より働いて、なんでこんな早起きできるんだ?

 メドラ並みの体力を持っていたりしないよな?

 

「まったく、いつまでも布団にくるまって……しゃんとしなよ」

 

 と、昨日一切手伝いにも来なかったエステラがため息を漏らす。

 うっさい、しぼめ!

 

「君も、デリアやノーマみたいに湯浴みでもして目を覚ましたらどうだい?」

「なに!? デリアとノーマが!?」

 

 起きたね!

 起きるよね、そりゃ!

 

「泊まったのか?」

「はい。さすがに疲れたとかで、客間にお二人で」

 

 なん……だと!?

 ひとつ屋根の下にいながら……俺は…………眠気に屈してその事実すら知らずに…………っ!

 

「それで、先ほどお二人でお風呂を……」

「俺も混ぜてもらう!」

「いえ。もう上がられて、今はお着替えを……」

「ガイアが手伝えと言っている!」

「もう着替えたさよ」

「なんだ、ヤシロ。まだ起きてないのか? しゃきっとしろよなぁ」

 

 ガイアの声を聞き、ベッドから飛び降りようとしたまさにその時、俺の部屋にデリアとノーマが入ってきた。きちんと着替えて…………ぷくぅ!

 

「……もぅ寝るもんっ」

「いいや。君は起きるべきだ……ろくでもない理由でふて寝すると脳みそが腐るかもしれないからね」

 

 うっさい!

 せめて夢の中で混浴するんだい!

 夢の中で「あったかぁ~い」って………………おねしょしそうだな、その夢。

 

「分かったよ。起きるよ」

「では、下にいますので、準備が出来たら降りてきてくださいね」

 

 昨日の疲れなど微塵も見せず。ジネットが眩しい笑顔を見せて部屋を出て行く。

 あいつは、太陽よりも長時間働いてるよなぁ……なんてことを考えながら、着の身着のままベッドに入ってしまってくっしゃくしゃになった服を脱いで違うのに着替える。

 

 今日から通常営業に戻る陽だまり亭。

 なんでかな。休んでたって気が一切しない。むしろくたくただ。

 

 足取りも重く、部屋を抜け出し中庭へ続く階段を降りかけた時、店の方からジネットの悲鳴が聞こえてきた。

 

「ぅへゃあゃぁぁあああああ!?」

「なんだ!?」

 

 重かった足が地面を蹴って駆け出す。

 一応、脳みそは異常事態に備えろとアラートを出してはいるのだが、心のどこかで「でもあの悲鳴、アホな事件の時に出る割とどーでもいいヤツだよなぁ」と冷めている自分がいたりもする。

 

 とりあえず厨房を突っ切ってフロアに出ると、困り顔のジネットが俺を見つけるなり駆け寄ってきた。

 

「あ、あの、ヤシロさん。ど、どうしましょう!?」

 

 何がだと問う前に、視界に訳の分からん風景が飛び込んできた。

 

 陽だまり亭の入り口(店に入ってはいない)の前で土下座しているヤツが四人もいる。

 二人は真っ白いもこもこの似た者夫婦、ヤップロックとウエラーで、残りの二人はバルバラとテレサだった。

 ……何やってんだよ。

 

「英雄様! この度の非礼、何卒ご容赦を! この通りでございます」

 

 えぇ……その非礼とやらに心当たりがなぁ~い……

 

「おねーしゃん、わゅくなぃの。あーしが、ふかふかのぉふとんで、ねちゃったかゃ……あーし、わゅいなの!」

「いいや! アーシがしっかりとしていれば、こんなことには! 頼む! アーシはどうなってもいいから、この娘だけは、テレサだけは勘弁してやってくれねぇか!」

「英雄様……主人共々、私たち夫婦にも落ち度がございます。何卒寛大な処置を……」

「えぇ~っと……じゃあとりあえず、全員立て。で、分かるように説明してくれ」

「いいえ! この罪が消えるまで英雄様のお顔をまともに見ることなど……!」

「踏むぞ? 立てや」

 

 一番雑に扱ってもよさそうなヤップロックの頭を鷲掴みにして強引に立たせる。で、近くの椅子に座らせる。

 ウエラーとテレサはジネットとノーマが丁寧に、バルバラはデリアが割と乱雑に椅子に座らせた。

 

「で? 誰が一番まともに説明できる?」

「あのっ、ここはやはり、一家の大黒柱である私が!」

「よぉし、ウエラー。説明を頼む」

「そんな、英雄様……っ!?」

「あなた、しっかりして! 英雄様はこうおっしゃりたいのよ、『お前は黙ってすべての責任を甘受せよ』と。口数が多いのは言い訳がましく映ってしまうと、英雄様は思われているのよ」

「そうか……さすが英雄様……そこまで考えが及びませんで……お恥ずかしい!」

「エステラー。領主権限、一回貸してー」

「何をする気だい? 当然貸さないけれど」

 

 この街に英雄禁止令を発令したい。

 こいつら、もう末期過ぎる。

 

 それで、恐縮しまくるウエラーを落ち着かせて、エステラが根気強く聞き出してくれた土下座の理由が――

 

「昨晩、ポップコーンを食べに来るとお約束したのに、そのお約束を反故にしてしまいました」

 

 ――という、しょーもない話だった。

 なんでも、ヤップロックは監獄内の来客用宿泊施設で一泊したバルバラ姉妹を昨日の朝、自宅へ招いたらしい。

 そして、離れが完成するまでの間バルバラ姉妹が間借りする場所や畑を見せたり、仕事内容の説明なんかを話して聞かせたりしたらしい。

 

「それで、アーシらなんかにふかふかの布団を貸し与えてくれて……その布団が、この世の物とは思えないくらいに気持ちよくて…………気が付いたら日付が変わっていて……っ!」

「お前ら、どんだけ硬いところで寝てたんだよ……」

 

 ヤップロックんとこの布団なんか、そこらにあるような普通のものだ。

 エステラんとこの布団ならいざ知らず、ヤップロックはそういうところで贅沢をしないから至って普通の布団だというのに……眠りに引きずり込まれて抜け出せなかったらしい。

 

「……やくそく、やぶったら、かえゅ……おねーしゃん、かえゅ……ゃだ……」

「英雄様! どうか寛大な処置を……!」

「誰がこんなもんで『精霊の審判』なんか使うか!?」

 

 つか、「こいつなら使うかも!?」って思われてんのがショックだわ!

 ……いや、思われてるくらいがちょうどいいだろうが、俺!?

 俺は恐ろしい詐欺師だぞ!? 「いい人~」とか思われてる方があり得ないっつうの!

「こいつを怒らせると人生終わっちゃう」くらいが俺にはぴったりだ。

 つまり、ヤップロックの発想は何も間違っていない! むしろ正しい! ありがたい!

 

「ありがとう、ヤップロック!」

「え? は……、いや、あの…………はぁ……え?」

「いいんだよ、ヤップロック。どうせくだらない思考のスパイラルに迷い込んでどっかに挟まっちゃっただけだから」

 

 と、どこにも挟まりそうもないフラットボディの領主が失礼なことを言う。

 お前こそが俺に対する非礼を詫びろよなぁ。

 

「あの、ヤシロさん……こういう場合、どうすれば納得してくださるでしょうか?」

「気にするなっつっても気にしやがるからなぁ、こいつらは……」

 

 むしろ逆に俺のこと嫌いなんじゃね? と思うくらいにこいつらは頑固なのだ。

 こういう場合は、何かしら分かりやすい罰でも与えてやる方が物事が丸く収まる。こいつらの贖罪にもなるしな…………あ、そうか。

 

「じゃあ、バルバラ」

「お、……おぅ!」

 

 名指しされて、長い前髪の向こうの目を見開くバルバラ。

 妹との明るい未来が見えた後だけに、怖いんだろうな。

 

「お前、ちょっと手伝ってくれ」

「な、……なに、を?」

「人前に出る仕事だ」

「し……ごと?」

 

 人前に出る仕事と聞いて、バルバラは腕組みをしながら真剣に考える。

 そして出た答えが――

 

「あ、暗殺、か?」

「いや、それ確かにターゲットの前に出るかもしれないけど……」

「いいや、ヤシロ。暗殺なら背後から襲った方が効率的だと言えると、ボクは思うよ」

「それなら、わざわざ近付かずに遠距離から仕留める方が安全さね」

「そんなまどろっこしいことしなくてもさぁ、目撃者全部ぶっ飛ばせば大丈夫だろ?」

「お前ら、揃いも揃って怖ぇよ」

 

 修羅の国か、ここは。

 そうじゃないんだよ、俺が言いたいのは!

 

「バルバラ、お前には…………可愛くなってもらう」

「………………は?」

 

 固まるバルバラに、俺は仕事内容を語って聞かせる。

 ゆっくり、分かりやすく、た~っぷりと……盛大に引き攣るバルバラの顔を眺めながら、な。

 

 

 

 

 

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