異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

228話 領主到着。……そして。 -3-

公開日時: 2021年3月23日(火) 20:01
文字数:2,303

「それでだ」

 

 ドニスが俺の方へと顔を向ける。

 威厳を保とうとしているのだろうが、機嫌のよさが瞳に表れている。

 

「麹工房の職人はどうした? 同席すると聞いているのだが?」

 

 ドニスの言葉に、フィルマンが体を硬くする。

 こっちは、緊張がありありと顔に表れている。もっと大はしゃぎしたり浮かれまくっているかと思ったのだが、緊張の方が勝っているらしい。

 

「今は、教会の方に」

 

 と、言葉を濁すエステラ。

 

 現在、リベカとバーサ、それからソフィーは教会の中にいる。

 フィルマンの足音が近付くに連れ緊張の度合いを高めていたリベカは、陽だまり亭チームで出迎えに行こうかとする直前に「むぁぁあ! 無理なのじゃ! 恥ずかしいのじゃ!」と、教会へと逃げ込んでしまったのだ。

 ソフィーはそんな妹を見て、笑顔で――殺気を放ち始めた。ので、一緒に隔離しておいた。

 バーサが二人を見てくれていることだろう。

 

 さて、正念場だ。

 

「エステラ……」

 

 小声でエステラを呼び、ドニスに聞かれないように耳打ちをする。

 

「頼めるか?」

「うん。なんとか時間を稼いでおくよ。料理は食べてもいいのかな?」

「この後麻婆豆腐を出すから、ほどほどにな」

「分かった。……甘酒は?」

「それも後だ」

「じゃあ……子供たちに協力してもらおうかな」

 

 これからドニスとフィルマンを引き離す。

 というか、フィルマンを拉致する。

 

 状況証拠から、フィルマンとリベカはお互いを思い合っている。

 が、あくまでそれは状況から判断した憶測に過ぎない。まずはそこを確定させる必要がある。

 そして、二人の意思を確認する。

 こいつらがきちんと将来を見据えて付き合っていくつもりがなければ、ドニスに紹介しても意味がない。

 

 だからまずは――フィルマンに告白させる。

 

 その時間を、エステラに稼いでもらう。

『宴』の開始を若干遅らせることになるが、その遅延を感じさせない、不快に思わせない接待をしていてもらう。

 

「それじゃあ、うまくフィルマン君を誘い出してね」

 

 俺の肩をぽんと叩き、エステラがドニスのもとへと向かう。

 内緒話は終了。

 ミッションスタートだ。

 

「ミスター・ドナーティ。実は、子供たちからもう一つ贈り物があるんです」

「ほう、ワシにか? それは嬉しいな」

 

 エステラがドニスに持ちかけるが、ガキどもがざわざわしている。アドリブか。

 ガキどもはそんな話聞いてないのだろう。さて、何をやらせる気だ?

 

「みんな。さっき練習した竹とんぼを、領主様に見ていただいたらどうかな?」

「まぁ。それは素晴らしい案ですね」

 

 エステラの言葉に、ベルティーナが賛同する。

 自身の周りに群がるガキどもに顔を向けて、とっておきの作戦を伝えるように優しく語りかける。

 

「上手に飛ばせたら、きっと喜んでくださいますよ。さぁ、みなさん。練習の成果をお見せしましょう」

「「「はぁーい!」」」

 

 ベルティーナがガキどもをうまく乗せ、エステラのフォローをしてくれる。

 ガキどもはポケットからそれぞれ竹とんぼを取り出し、庭へと広がっていく。

 

「おやおや。一体何が始まるのか、楽しみじゃな」

 

 ドニスがガキを見つめる目は優しい。

 本当にガキが好きなんだな。…………九歳女児が目当てではないと信じたいところだが。

 

 ガキどもが庭に広がっていったところで、エステラからウィンクが飛んでくる。

 そっちもしっかりやれよ、という合図らしい。

 じゃあ、うまいことフィルマンを誘い出すか。

 

「ん? どうしたフィルマン。なんだか『無性に教会の礼拝堂が見たくて背骨がむずむずしちゃうぜ!』みたいな顔して」

「他になかったのかな、ヤシロ!?」

 

 思わずツッコミ、慌てて口を塞ぐエステラ。

 バカ、お前。黙ってろよ。バレたらどうすんだよ。

 

「なんだ、フィルマン。背骨が気持ち悪いのか?」

「え? あ~……いや、なんと言いますか……」

「ふふ。便意くらい恥ずかしがるな。さっきから妙に無口だとは思ったが……そういうことか」

「…………へ?」

 

 ドニスが訳知り顔でうんうん頷いている。

 一方のフィルマンはぽか~んだ。

 

「ヤシぴっぴに手間を掛けさせるでない。行ってくればいいのじゃ」

「え? ……え?」

 

 フィルマンが俺を見て、ドニスを見て、俺を見て、固まる。

 どうやら、ドニスは「フィルマンは腹痛で言葉数が減っていた。それを俺が気付いてさりげなく連れ出そうとしてくれた」……的な勘違いをしたようだ。

 

「さすが、ヤシぴっぴだ……すべて、お見通し、なのだな」

 

 あ、スピリチュアルの影響まだ残ってたのか。

 まぁ、そういうことならそれを利用させてもらおう。

 

「フィルマン。付いてこい」

「え、いや、でも僕は……」

「『いいところ』に連れて行ってやる」

 

 言いながら、頭の上に両手を持っていく。ウサ耳、ぴょんぴょん。

 

「あ……っ」

 

 それで察したフィルマンは、必要以上に慌ててドニスを見て、俺を見て、ドニスを見て、俺に向かって「しぃー!」と口に指を当てた。

 こいつ、挙動不審さがパワーアップしてるな。

 

「で、では、ドニスおじ様。少し、離席させていただきます」

「うむ。急ぐ必要はないぞ」

「はい。では……行きましょう、ヤシロさん」

 

 小走りで駆け寄ってきて、俺に体をすり寄せてくる。

 近い、近い!

 なんなんだよ。

 

「き……緊張、し、してしてしてます」

「そうみたいだな。いいから、俺にくっついてぷるぷる震えるな。歩きにくい」

「て、手をぎゅっとしていただくわけには……」

「ふざけんな。リベカに頼め」

「そっ、そんな破廉恥なこと頼めるわけないじゃないですか!?」

 

 その破廉恥なことを俺に頼むんじゃねぇよ。

 ……破廉恥じゃねぇわ。

 

 フィルマンを置き去りにするくらいの早足で、俺は教会の中へと入る。

 

「あぁっ、ヤシロさん! 待ってください! 一人にしないでください! 心細いですからぁ!」

 

 

 

 

 

 

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