「それじゃあ、お手紙……恥ずかしいけど、見せるわね」
どっしりと座っている椅子の足元をまさぐるシラハ。
太い足に隠れて見えなかったが、そこに引き出しがあるようだ。
椅子の下の引き出しから一枚の手紙を取り出す。
指触りのいい紙に、薄い墨で書かれた手紙。
そこには、思いの込められた美しい文字が並んでいる。
『 最愛の人へ―― 』
宛名からやってくれる。
オシャレに決めちゃって、まぁ……
ただ、この一言だけで、しっかりと想いが伝わってくる。
お互いがお互いを想い合っているという、温かい思いが…………まったく。やってくれるぜ。
『 雨の雫は テンダネス
会えない時間は ロンリネス 』
…………ん?
『 涙は恋の アクセサリー
あなたは私の ネセサリー
苦い野菜は セロリー パセリー 』
やっちゃったか?
物の見事にやらかしちゃってるな、これは!?
セロリとパセリ、まっっっっっっっっったく関係ないもんな!?
俺は、八十年代の歌謡曲なんだか、勘違いしたラップなんだか分からないラブレターを読みながら、己の側頭部にキツツキが住み着いたのかと錯覚するくらいの片頭痛を覚えていた。
つか、めっちゃラブラブじゃねぇか。
想いが重いわ……
一切脳内に入ってこない薄っぺらい文章に目を滑らせて……無駄に四枚も書きやがって……最後の紙の、その一番下へと視線を向ける。
『 from シラハ 』
「テメェの書いた手紙じゃねぇか、ババア!?」
「えぇっ、だって、手紙が読みたいって……っ!」
「向こうから来た手紙だよ!」
旦那の情報が欲しいんだっつうの!
まぁ、この手紙を見てそっちも期待薄だと感じ始めたけどねっ!
文章と文章の間に『ヨーチェケラッ!』とか書き込みたくなる手紙を突き返す。
「私が持っている、先方からの手紙なら」
椅子に座る肉だるまを殴り飛ばす寸前、ギルベルタが懐から手紙を取り出す。
そういや、今朝手紙が届いたってさっき言ってたっけな。
「……持ってるんなら早く言ってくれよ」
「事情があり躊躇われた、それは」
「事情って……」
『一体なんだ?』と聞こうとした俺を押し退けて……いや、突き飛ばして、シラハがギルベルタの前へ駆け寄った。
……シラハが、立った…………俺を突き飛ばして…………ババァ……
「容易に予測が出来た、こうなることは」
「……あぁ、そうかい」
手紙を見せるとシラハが暴走することは周知の事実だったらしい。
……なら、先に言ってくれ。あばらに無駄なダメージを喰らったぜ。
「すごい……シラハさん、こんなに機敏に動けるんだね」
「はい、驚きですね。」
エステラとジネットも驚き過ぎて半ば放心状態だ。
ウェンディは軽く引いている。…………ってかさ、ウェンディって、軽く毒持ってるよね、最近気付いたけど。
ギルベルタから手紙をひったくるように奪い、丁寧に封を切り、むさぼるように文字を読んで、恋する乙女のようにぽや~んと表情を緩ませる。
緩急が激しいな、こいつの感情は。
「……シラハ、し・あ・わ・せ」
手紙を胸に抱いて、真っ赤に染まった顔でにまにまと不気味な笑みを浮かべる。
怖ぇ……捕食直前のエイリアンみたいな笑みだ。
「……幸せ過ぎて、死んじゃいそう…………ううん、もう死ぬ」
「だから、物騒な発言をサラッとすんなっつうのに!」
今お前に死なれちゃ困るんだよ、俺が!
「シラハ、その手紙を読ませてくれないか?」
「…………恋敵……っ!?」
「誰がジジイなんぞ奪おうとするか。居場所を探るんだよ」
「……………………恋敵……っ!?」
「聞いてた俺の話!? ちゃんと理解できてるか!?」
ジジイはいらねぇっつってんだろう!
渋るシラハをなんとか説得し……主にルシアとジネットが活躍してくれたわけだが……俺はその手紙を受け取った。
「どんな内容なんでしょうね。ドキドキします」
他人のラブレターを見るのは初めてだと、ジネットは少し興奮気味に教えてくれた。
……でも、あんま期待できないぞ。片割れが昭和の香り漂うラップ調だったしな。
全員が順番に読むということになり……結局、全員興味はあるんだな……最初は俺とジネットが並んで手紙を覗き込む。
……顔が近い。ちょっといい匂いがする。…………なのに、腕には当たってない。何がって? いわずもがなだろう。もっと無防備になってくれればいいものを。
手紙は、男らしく潔い筆致で書かれていた。
『 最愛なる妻、シラハへ―― 』
「あぁ……きゅんきゅんしますね」
隣でため息を漏らすジネット。
こういうのにはめっぽう弱いようだ。乙女だねぇ。
そして、手紙の出だしは、こんな感じだった。
『 僕のハートに住まう、スウィートエンジェルへ 』
男らしい、潔い文字で書かれた『スウィートエンジェル』……やっぱ、こっちもこんな感じか…………
微かに、痛み出した胃をグッと抑えつけ、俺はその続きへと視線を向ける。
きっと内容はまとも……たぶんまとも……絶対まとも……まともでなければ破り捨てる……
『 久しぶり――と、気安く言うにはあまりに時が経ち過ぎてしまった。
伝えたい言葉が溢れ出してしまいそうだよ。
世界中の紙を使い切ったとしても、君への想いは伝えきれないだろう。
それでも、書かせてほしい。
この長い時の中で僕がどう生きていたのかを……
ボクの住む街では、時折冷たい風が吹くんだ。
そんな時、ふと考えてしまう……
隣に君がいれば、二人で温め合えたのに、って。
見上げた高い空の上で、渡り鳥が僕に尋ねるんだ。
「お前は本当に人間か?」
どうしてそんなことを聞くのか尋ねてみたら、
「お前の体には、心が半分しか入っていないじゃないか」
そう……僕の心の半分は、君の心の中にある。
離れていても、僕たちはいつも一緒だよ。 』
「…………」
「…………」
アイタタタタァ……
痛い……痛いよ……
シラハの手紙より真面目に書かれてるから余計痛い……
90年代のトレンディドラマか、もっとこじらせたアングラの舞台演劇のような言葉の羅列だ。なりきりポエマーによる美辞麗句の暴力だ。
なんだよ、渡り鳥って……しゃべんじゃねぇよ、鳥がよぉ。
しかも、これをシラハと同じくらいの年齢のジジイが書いてるのかと思うと……尚更痛い。
さっきからジネットが黙り込んでいる。
きっと、このクソ寒い文章の羅列に胃潰瘍寸前のストレスを感じて絶句してしまっているのだろう……
「…………くすん」
……『くすん』?
「…………切ない、お手紙ですね」
「えっ!?」
隣を見ると、ジネットが半泣きだった。
…………ぇぇぇぇえええっ!?
「でも、……くすん…………、素敵なお手紙です」
マジでかっ!?
「お手紙って、なんといいますか、こう…………直接心に響く……そんな感じがしますね」
う、うん。
ガンガン響いてきてるよ、この手紙の痛さと寒さが。背筋ぞくぞくするもん、寒過ぎて。片頭痛もするし、胃も痛い。
なのになぜだ、ジネット。なぜお前はそんなに心が温まっているような、穏やかな顔をしているんだ?
「あ、あの、ヤシロさん……次のページを……」
催促!?
えっ!? もっと読みたいの、この手紙!?
俺はもうそろそろ限界で、ここらでやめたいんだけど!?
「素敵ですね……胸がドキドキします」
えぇぇ…………
これの何がいいのかは分からんが、ジネットの心に何かしらが刺さったようだ。
感性の違いか……はたまた、洗脳でもされているのか…………むむ、それはマズい。
ジネットにかかった悪しき洗脳を解除するために、俺は勇気を持って…………手紙を折り畳んだ。
「はっ!? ダメですよ、ヤシロさん! 最後までちゃんと読みましょう!?」
「このアホ丸出しの手紙を、最後まで読めというのか!?」
「えっ、どうしてですか? 素敵なお手紙じゃないですか。わたしは、最後まで読むのが楽しみですよ」
「えぇ……」
「さぁ、ヤシロさんもご一緒に」
この手紙を最後まで……苦行だ……。
こんなもん、高野山の坊さんですら逃げ出しちまうぞ。精神がやられる。
「エステラにパスして、手掛かりがないか探してもらうってのはどうだ? ほら、乙女なエステラは他人のラブレターとか、興味津々だろうし」
「ちょっ!? やめてよ! それじゃあ、まるでボクがデバガメ好きな下世話な人間みたいじゃないか!」
「そんなことは言ってない。真っ平らだと言ったんだ」
「そんなことも言ってなかったよね!?」
言ってなくても常に思ってますぅ!
しかし、この読むだけで脳みそがとろけるプリンになりそうな手紙を最後まで読むのは無理だ…………六枚も書いてやがる……ったく。
ジネットは、あとでエステラたちと一緒に読んでもらうことにしよう。俺には無理だ。
一切読んではいないが、一枚一枚めくって、ざっと眺める。目を通すのすら苦痛だ。俯瞰で眺めるくらいが限界だな。
と、最後の一枚を眺めた時……
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