異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

96話 降り過ぎだろ…… -1-

公開日時: 2021年1月1日(金) 20:01
文字数:2,501

 ありえんてぃ……

 

 地球をアイスピックでつついたとしたら、ちょうどよい感じにカチ割れるんじゃないかというのは…………まさにこのことだ。……あ、そういや今日は十二月十六日だったな。……誰かが消失したりしないだろうな……うん、ないな。ないない。

 

「なんで昨日の猛暑からいきなり雪がこんなに積もってんだよ!?」

「今年は早かったですね、雪」

「……毎年こんな感じなのか?」

「はい」

 

 目覚めの鐘はまだ鳴っていない。

 時刻は早朝三時半。

 余りの寒さに起き出した俺は、廊下でジネットに出くわした。

 驚いたことに、ジネットは珍しく寝間着姿だった。

 

「雪が降ると洗濯が出来ませんから」

 

 と、困り顔で微笑んで、二階の踊り場から中庭に積もった雪を見下ろす。

 吐く息が白く、吹きつける風に筋肉が縮み上がる。

 

「この時期は少しだけお寝坊さんなんです」

「いや、十分早起きじゃねぇか」

 

 まだ四時前だっつの。

 

「なんで猛暑日の翌日にこんな豪雪なんだよ?」

 

 中庭の積雪は、1メートル以上は確実にある。

 マグダがまた踊り場から飛び降りても、今度は心配しなくて済みそうだ。

 

「猛暑が五日以上続くと雪が降るのは当然じゃないですか?」

 

 当然じゃないです。

 なんでそんな「何がおかしいんですか?」みたいな無邪気な顔してんの?

 なに、リバウンドだとでも言いたいわけ? スッゲェ暑かったから、今度はスッゲェ寒くなるから~って? ここの天気管理してんのは誰だ? 精霊神か? いい加減ぶっ飛ばすぞ。

 

「この街では、この時期五日から一週間程度猛暑日が続くんです。それで、気温が最高潮の四十二度を超えると、翌日から雪が降るんです」

「川遊びにみんなが賛成したのって……」

「はい。最低でも五日間は猛暑日が続きますから、それに今年は特別暑かったですし、昨日で最後なのかなっていう予感もありましたので」

 

 それで、みんな大はしゃぎをしていたということらしい。

 ……教えとけよ、俺にも!

 

「すみません。ヤシロさんがご存じないとは……そうですよね。ヤシロさんは今年初めてこの街に来たんですよね……失念していました」

 

 可愛く握った拳でぽかりと自分の頭を小突き、ジネットが舌を出す。

 なに、その可愛いの。押し倒すよ?

 

「……なんだか、ヤシロさんとはずっと昔から、こうして一緒にいるような……そんな気がしていましたもので……」

「押し倒していい?」

「ダメですよっ!?」

 

 そうか……ダメなのか。

 なんか、プロポーズされたような気がしたんだけどなぁ……

 

「んで?」

「はい?」

 

 いや、さすがの俺でも学習するぞ。

 

「この雪はいつまで続く?」

「今年は十日ほどですね」

「雪が何メートルか積もったら、翌日にはぽかぽか陽気にでもなってるのか?」

「うふふ……そんな急には変わりませんよ?」

 

 いや、昨日と今日のこの変化! なんでなかったことになってんの!?

 気温差何度だよ!?

 慣れって怖いねぇ!

 

「毎年、ヒラールの葉が収穫時期を迎えると猛暑期が始まります。多少前後するのですが、だいたいいつも同じくらいの時期ですね。逆に豪雪期が終わる日にちは決まっています」

 

 先ほどジネットが言っていた通り、猛暑期の中で四十二度を超えると翌日から豪雪期に切り替わるという。

 猛暑期の気温が早く上がれば豪雪期が長く、逆に猛暑期に気温が上がらないと豪雪期は短くなるってわけだ。

 

 今年は比較的早く豪雪期が訪れたため、雪に閉ざされる期間が長くなる。十日もこんな状況が続くのか……十日?

 今日が十六日だから、豪雪期の終わりは二十五日。クリスマスか。

 ……つっても、こっちにクリスマスなんて文化はないだろうし、広めようにもキリスト教がなけりゃ何の日なのかすら説明できん。

 まぁ、チキンとケーキくらいは食ってもいいかもしれんがな。

 

 ターキー?

 チキンの方が美味いだろうが!

 

「それで食料を大量に買い込んでいたのか」

「はい。この時期、多くのギルドが仕事をお休みしてしまいますので」

「『多くの』ってことは、こんな豪雪の中仕事をする頭の悪いギルドもあるわけだな」

「ぁう……あの…………ウチも、営業は続けます、よ? お客さんはほとんどいらっしゃらないでしょうが」

 

 あちゃ~……頭の悪い店だったのかぁ、ここ。

 

「ま、ウーマロは来るだろうな。絶対」

「どうでしょうね。でも、おいでになりそうですね」

 

 ジネットがくすくすと笑う。

 朝の時間にこんなゆったりと会話をしたのは久しぶりかもしれない。

 

 しかし、これでようやく合点がいった。

 昨日まで、陽だまり亭に客が来なかったのは暑さのせいだけじゃなかったのだ。

 この豪雪はマジでシャレにならん。

 日本の電車がすべてストップし、大企業が軒並み自宅待機を命じるレベルだ。

 コンビニとかは働くんだろうが……

 

「あ、そういうことだったのか……」

「何がですか?」

「アッスントが言ってたことだ」

「……?」

 

 アッスントは、「あと二週間もすれば氷が手に入る」と言っていた。

 ……うん。手に入るよな。すげぇ手遅れだけど。

 

「ここで出来た氷を、来年の猛暑期まで持たせることが出来れば……かき氷で一儲け……」

「それは、さすがに無理なんじゃないですか?」

「いや、氷室を作れば…………どうやって作るんだろ?」

 

 穴掘ってワラを敷き詰めればなんとかなるのか? 洞窟とかいるのか?

 くっそ! こうなるって分かってたらあらかじめ氷室が作れそうな場所を下調べしておいたのに!

 

「氷もさることながらですね」

 

 むん! と、ジネットが腕まくりをする。

 

「朝ご飯の前にひと仕事ですよ、ヤシロさん!」

「……は?」

 

 どこか気合いの入った瞳で俺を見つめるジネット。

 なんだ? 何をやるつもりだ?

 

「まずは着替えましょう。この格好では風邪を引きます」

「まぁ、……いつまでも寝間着じゃな」

「マグダさんを起こしてきてもらえませんか?」

「…………嫌な予感しかしないんだが……」

「暑いのが苦手なようでしたし……もしかしたら寒いのには強いかもしれませんよ」

 

 バカヤロウ。

 暑いのが嫌いだってダレてるヤツはな…………寒いのが嫌いだって布団から出てこないヤツなんだよ。

 

「では、わたしも着替えてきますね」

「へいへい」

 

 とりあえず、マグダを起こしに行く。

 もしかしたら、雪を見て大はしゃぎするかもしれない。……ま、ないだろうけど。

 

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