異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

255話 地獄の窯で汗水流す -4-

公開日時: 2021年4月19日(月) 20:01
文字数:4,600

 猛暑が続き、日ごとに気温が上がっていく中、トルベック工務店と金物ギルドの乙女たちが汗だくで森の中を駆け回り、ついに水路が完成した。

 その動作確認のため、俺はトルベック工務店、金物ギルド、そして川漁ギルドの連中とともに森の中の水路を視察に来ていた。

 

 想像以上にしっかりとした造りで、十年や二十年は余裕で持ちそうだ。

 水の流れも申し分なく、これなら不便なく使用できるだろう。

 おまけに、ヤンボルドご自慢の大型タンクにはろ過機能も付いていて、迷い込んだ魚も傷付けることなく川へ返すような仕掛けが施してある。

 

 川漁ギルドの連中の話を聞いて、魚の生態や特性を生かした構造になっているのだとか。

 試しにと、オメロがタンクに魚を三匹放り入れたところ、三匹とも元気よく水の逃がし口から泳ぎ出てきた。

 落下の際に川底に叩きつけられるようなこともなさそうで安心だ。

 

「よく勉強したみたいだな、ヤンボルド」

「オメロ、まぶだち」

「え? あ、あぁ、まぁ、そう、かな?」

 

 片思いっぽいぞ、ヤンボルド。

 まぁ、お前を心底理解するなんて、精霊神でも不可能だろうからな。

 

「けど、熱意はすごかったんだぜ。三日三晩泊まり込んで、この川に住むほとんどの魚の生態について聞いてきたりな。やっぱ、兄ちゃんの知り合いはみんな根性が据わってるぜ」

 

 と、ヤンボルドを称賛するオメロなのだが……

 俺の知り合いであるお前は、根性据わってねぇじゃねぇか。いまだにギルド長が怖くて意見することも出来ないくせに。そろそろ慣れろよ。デリアも大分丸くなっただろうに。

 とはいえ、これでタンクは完成だ。

 川に影響を及ぼさないと分かり、デリアも上機嫌だ。

 

「けどさぁ、こんなでっかい川のヌシ級の魚が紛れ込んだらどっから出るんだ?」

「そのサイズの魚が紛れ込んだら水路の方が先に壊れるよ」

 

 自分よりもデカいサイズの魚を想定して両腕でその大きさを示すデリア。

 まかり間違ってそんなのが滝から落ちてきたら、もう諦めて修理の人員を寄越すよ。

 

「ヤ、ヤシロちゃん。ううん、ヤシロたん!」

 

 なんで言い直したのかまったく理解できないが、金物ギルドの乙女(筋肉ムキムキ+ヒゲ)が俺の前へと集結する。

 

「獣除けの柵、設置できたわよ」

「頑張り過ぎて、ちょっと汗かいちゃった」

「でもだからって、ヤシロたん、オオカミさんになっちゃ、ダ・メ・よ☆ きゃっ!」

「え、なに? 喉笛を噛み千切りたいこの衝動、顔に出ちゃってる?」

 

 この感情、それは殺意。

 ノーマにオッサンどもの再教育を徹底するようきつく申し付けたというのに、効果はなかったようだ。

 ……大衆浴場やめようかな。

 

「なぁ、ヤシロ。汗臭いの好きなのか?」

「好きじゃない」

「でもエステラが、『ヤシロは匂いフェチだ』って言い触らしてたぞ?」

 

 あの嗅ぎっ娘め!

 自分の性癖を誤魔化すために俺をスケープゴートにしようとしてやがるな!?

 なんてヤツだ! とんでもない領主だ。

 デマゴーグの素質が垣間見える、恐ろしい領主だな、まったく。

 

「あいつの今年の水着、三角ビキニにしてやろう、そうしよう」

 

 飾り気のないシンプルなデザインで、なだらかさを強調されればいい!

 水着が浸透していなかった去年とは異なり、可愛い水着はすでに市民権を得た!

 今さらお前がどう反対しようが、川遊びではみんな新しい水着を着てくれることだろう!

 

 そういや、ウクリネスがネフェリーやバルバラに新作水着のモデルを頼んでいたっけな。

 ウクリネスは温和なオバサンではあるが、心にオッサンを飼っている。

『可愛い』と『露出』が大好きな服屋だ。

 ……今から期待が抑えきれない!

 

「デリアも、新作水着を着るのか?」

「川遊びか? あぁ。ウクリネスがあたいにって新しいのをくれたんだ。『着てくれるだけで宣伝になるわぁ~』とか言ってたぞ」

「うん……相変わらず、お前のモノマネはこめかみがむず痒くなるほど似てないな」

 

 特徴を一切捉えられていないのに変に誇張されている。

 一体、何を見てモノマネしているのか、本気で謎だ。

 

「そんじゃ、あとは水道の開け閉めで不具合がないかの確認だな」

 

 風呂場に水を送る水路を水道と呼ぶことになった。

 畑などに水を送る水路との区別化のためだ。ハム摩呂あたりが「水路の、大惨事やー!」とか言って駆け込んできた時に、どっちのことを言っているのかがすぐに分かるようにな。

 まぁ、日本の水道とは比べるまでもなくみすぼらしいので「水道って……」と思わなくもないが、そこに違和感を覚えるのは俺だけだし、別にいいだろう。

 

「陽だまり亭に戻って、開け閉めして、また戻ってくるから、水道に異常がなかったか見といてくれな」

「まかせてください、デリアさん!」

 

 俺が頼んだのにデリアに返事をするグーズーヤ。

 こいつは、デリアがいるだけで幸せそうだな。仕事が普段の三倍速くなるし。

 

「ヤシロ、あたいも見に行っていいか?」

「好きにしろよ」

「じゃあ、僕もご一緒します!」

「いや、お前はここで水道を見とけよ、グーズーヤ」

「えぇ~……」

「デリアがお前に期待してるぞ。な?」

「あぁ。しっかり頼んだぞ、グーズー……ヤ?」

「あぁっ! デリアさんがついに僕の名を!? はいぃっ! 頑張ります! しっかり頼まれてみせます!」

 

 デリアをけしかけたら納得すると思ったが、安いなぁ、こいつらは。

 で、たぶんまだ完全に覚えられてないぞ、お前の名前。最後疑問形だったし。

 

「それじゃあ、俺たち行くから――オメロ」

「お、なんだ兄ちゃん?」

「金物のオッサンどもを洗っといてくれ」

「「「いや~ん、オメロちゃんのエッチィ~!」」」

「ちょっ!? 待ってくれよ、名誉棄損も甚だしいぞ!?」

 

 お前、洗うの好きなんだろ?

 しっかり頼むな。そいつらの言うところの『メンズフルーティー』ってヤツ、根こそぎ洗い落としといてくれ。

 

「な、デリア」

「おぅ。よく分かんないけど、しっかり頼むぞ、オメロ」

「ぅぁあああ! 最悪だぁ! もう絶対断れなくなったぁ!」

 

 頭を抱えて天を仰ぐオメロ。

 乙女どもを洗うという精神的致命傷か、デリアの言いつけを破るという肉体的致命傷、どちらを負いたい? さぁ、好きな方を選ぶがいい! デッド・オア・ダイだ!

 

「どっちを選んでも俺は死ぬ……くそぅ、今年こそ、かまくら~ザでお汁粉が食いたかったぜ……」

 

 目頭を押さえて静かに泣くオメロ。

 何を楽しみにしてたんだよ、図体のデカいオッサンが。つか、お前甘いものそんなに好きでもねぇだろうが。一緒に楽しむ相手もいないくせに。

 というか、『かまくら~ザ』って名前、結構広まってたんだな。

 

「くそぅ! こうなったら自棄だ! 金物ギルド! 洗われたいヤツから前へ出ろぉ!」

「「「いや~ん、エッチィ~!」」」

「洗われたヤツは、もれなくオメロがかまくら~ザでお汁粉奢ってくれるって」

「「「よっしゃぁあ! 今話題のスイーツゲットォ! じゃんじゃん洗えや、アライグマぁ!」」」

「ぅおゎああおぅ!? 一気はやめろ! 一人ずつ! 一人ず……っ!」

 

 猛暑の日。

 森の中の川で、大きな水しぶきが上がった。

 獰猛な筋肉乙女の群れに捕らわれたアライグマが川底で洗われている姿を横目に、俺とデリアは陽だまり亭へと向かった。

 

 

 

 

 

「おぉ、見ろ見ろ! 水が出たぞ! あはは、すっげぇ~な~」

 

 陽だまり亭の裏庭に建設された浴室の水道から、勢いよく水が流れ出してきた。

 大成功だ。

 やったね☆

 

「……ヤシロが必要以上に爽やかだということは……川でオメロかグーズーヤあたりが犠牲になったんだろうね」

「お兄ちゃん、自分への責任をなかったことにする天才ですからねぇ」

「……冥福を祈る」

 

 エステラが鋭い指摘をし、ロレッタが酷い言いがかりをつけ、マグダがオメロの冥福を祈る。

 ふん。俺の責任なんてものは存在しない。

 百歩譲って存在したとしても、可愛いヤシロちゃんスマイルでチャラになる程度の微々たるものだ。

 

「ジネットもやってみるか?」

「はい。わたしに出来るでしょうか?」

 

 わくわくと、見たこともない道具の前に座るジネット。

 

 陽だまり亭まで水を運んでくる『水道』。

 その先にコック式の蛇口を取り付けたのだ。

 

 蛇口に対し、垂直にすればコックが閉じ、平行にすればコックが開く実に単純な装置だ。

 ノーマのネジがかなり性能を上げていたので試しに作ってみたのだが、うまくいった。

 

 あとパッキンでも作れれば、鉄の水道が作れるかもしれない。

 そうすれば、水道のサイズがもっとコンパクトに出来るし、耐久性も上がる。

 そこは、要相談だな。パッキンを作るならゴムか樹脂……ハビエルあたりに聞けばそんな職人を紹介してくれるかもしれないな。

 

「ん……っ!」

 

 ジネットが恐る恐るコックを捻ると、勢いよく水が流れ出す。

 そして、コックを戻せば水は止まる。

 水圧で弁が壊れるような雰囲気も、今のところは見えない。

 とりあえず、成功と見ていいだろう。

 

「どうだ?」

「はい、少し力が必要ですけど、わたしでも簡単に開閉できました」

 

 達成感を滲ませるジネットに続いて、マグダとロレッタ、そしてデリアにも開閉を試してもらう。

 ワザと乱暴に開け閉めをして耐久性をテストする。

 

 ジネットでもデリアでも問題なく使えるなら、きっと誰でも使える。

 水の使い過ぎにだけ注意すれば問題ないだろう。

 

「驚くくらい、水汲みが楽ちんになりましたね」

「ろ過装置を搭載しているから、飲んでも問題ないぞ」

 

 ろ過装置通過後は、完全密閉された通路の中しか通らないからな。

 とはいえ、飲料用は井戸の方が安心できる。

 こっちはあくまで「風呂入ってたらノド渇いたな~」って時用だ。

 元の川が綺麗だから、まったく抵抗なく飲めるだろう。川でも普通に飲んでるし。

 

「これで、もう一工夫すれば風呂場は完成だな」

 

 まさか、本当に一週間足らずで風呂が出来るとは思わなかった。

 しかも、ウーマロ&ヤンボルドがこだわりまくった機能的且つオシャレな風呂場だ。

 これ、大衆浴場作ったら絶対流行るな。

 その際は、ベッコも引き込んでゴージャスな飾り付けを施そう。

 イメルダにも噛ませるか。あいつのデザイン力は秀逸だからな。

 

 そんなことを考えていると、誰よりも張り切って風呂場を作っていたウーマロがこてんと首を傾けた。

 

「もう一工夫って、どこの話ッスか?」

 

 陽だまり亭の風呂場はもうほぼ完成している。

 水道を風呂場内へ引き入れるために一時的に壁を剥がしてはいるが、この壁はすぐにでも取り付け直せる。

 

 だから、本当にあと一工夫で完成なのだ。

 そう!

 

「俺だけがこっそりと通れる秘密の隠し通路を作れば完成だ!」

「さぁ、あとは壁を付け直して、しっかりと補強すれば終わりッスよ~!」

「待て、ウーマロ! 抜け道がダメなら、せめて覗き穴、もとい小窓! そう、換気用小窓を!」

「換気用の小窓ならもうあるッスよ。しかも、中からは外が見えるッスけど、外からは中が一切覗けない、トルベック工務店の最新技術の窓ッスよ」

 

 バッカ、お前! そんなもん、斜めに取り付けた板の角度で一方からだけ見えるだけじゃねぇか!

 そんなもん、日本でははるか昔から使われてきた定番の技術だわ!

 何が最新だ!?

 大したことないから、普通の格子窓に変更しようぜ!

 なぁ!?

 

 なぁって!

 

 いつもはあんなに素直なウーマロが、この時ばかりは一切言うことを聞いてくれなかった。

 ウーマロめ……反抗期か?

 

 どうしたもんかとジネットに相談したら、「懺悔してください」とよく耳にするお叱りの言葉をいただいた。

 

 ちぇ~。

 

 今度からウーマロに料理を出す時は、一口齧ってから出すようにしようっと。

 

 

 

 

 

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