「どうされますか? このまま農業区へ向かいますか? それとも、すぐそこにあるカフェで一息入れますか?」
「カフェ!」
エステラが即答した。
……お前な。
「だってさぁ、アップダウンの激しい道をずっと歩いていたんだよ? 喉だって渇くよ、そりゃあ」
「まぁ、確かにな」
かくいう俺も汗だくだ。
雨の後ということもあり、この路地裏のように狭く空気が淀みやすい密閉された通路には酷い湿気が充満していた。
汗で水分が取られてノドがカラカラだ。
カフェがあるなら、冷たい紅茶でももらいたいものだな。
「でもまぁ……飲み物以外は期待できないけどね」
エステラの頬がぴくぴくと引き攣る。
ここの飯は相当不味いらしいな。エステラの表情を見るに、かなりのダメっぷりなんだろう。
俺も期待しないでおこう。
「ところで、カタクチイワシ。貴様は何を飲むつもりなのだ?」
歩きながらルシアがそんな問いを投げかけてくる。
なんでお前に、それも店にたどり着いてすらいない状況でそんなことを教えてやらねばいかんのか。着いてから決めると言いたいところだが……
「まぁ、アイスティーかな」
ノドが渇いたし、少し蒸し暑いからな。
「ヤシロ……陽だまり亭以外ではアイスティーは出てこないよ」
「あ……そうか」
この世界には氷がないのだ。
あるところにはあるのだが、結構な高級品扱いだ。
陽だまり亭では、紅茶を淹れた瓶を井戸に入れて冷やしている。
アイスティーという発想は、この街の人間には馴染みがない。『冷めた紅茶』扱いだ。
紅茶とは、ホットで嗜むものというのが一般的らしい。
「んじゃあ、フルーツ系のソフトドリンクにするか」
「ボクもそうしようかな」
「私は紅茶をいただきます」
「ナタリアさんと同じにする、私も」
「ふむ……なら、問題はないか」
一同の答えを聞き、ルシアが小さく首肯した。
問題?
なんだ、酒類は禁止とか、そういうルールでもあるのか?
「ルシアさんは何にするんですか?」
「私はリンゴのエールをもらう」
酒、OKなのかよ!?
つか、カフェじゃねぇのか、これから行くとこは。
酒が出てくるとなると、カンタルチカみたいな店なのかもしれないな。
「こうやってわざわざ答えさせたってことは、もしかして、領主様がご馳走してくださるという前振りなのかな? ん?」
さり気なくスマートなおねだりをすると、ルシアが歩みを止め、ものすご~く面倒くさそうな顔で振り向いた。
「もう少しまともな催促が出来んのか、カタクチイワシよ。そんな物言いでは、奢ってやる気をなくすぞ」
「もっと吐息交じりに、セクシーにおねだりしてほしいのか? こんな風にっふ~ん」
「やめろ……吐くぞ」
ルシアが真っ青な顔をしてこめかみを押さえる。
吐きそうな時は口を押さえるものなのだが……お前は気持ち悪いとこめかみから何か漏れてくるのか? 何それ、気持ち悪いっ。
「三遍回って『ルシア様はちょー美人』と言えば奢ってやらなくもないぞ?」
にやにやと、高圧的な視線を向けてくるルシア。
口角を持ち上げ「どうした? やってみろ、ほれほれ」的な顔で俺を見つめる。
ふ……舐めんじゃねぇぞ。
俺は、右足を軸にして、天才バレリーナも真っ青な美しいターンを高速で三回決め、水路に向かって大声で叫んだ。
「ルシア様はちょー美人っ!」
「……貴様、プライドはないのか……っ?」
「躊躇いを感じられなかった、友達のヤシロの行動には……潔い」
ルシアとギルベルタが困惑の表情を浮かべている。
ルシアよ……お前は俺を甘く見ている。
「奢ってもらえるなら、尻尾くらいいくらでも振ってやるっ! それが、俺だ!」
「あいつはあれでいいのか、エステラ!?」
「ボクに聞かれても困りますけど、ヤシロという男は、あぁいう人間ですよ」
それに、ルシアが美人だというのは事実だから嘘にもならないしな。
『精霊の審判』に引っかかりそうな発言なら、奢りを蹴ってでも拒否したが、事実であるなら褒めてやるくらいお安いものだ。
「逆に、ルシアの外見を貶すようなは言葉なら、絶対口にしなかったけどな」
「――っ!?」
ルシアの目が開かれる。
ふふん。作戦ミスを今になって痛感したんだろう。
だが、もう遅いぞ。奢りは確定だ! 翻すことは出来んぞ!
「……き、貴様に……っ」
キッと俺を睨み、食いしばった歯の隙間から絞り出すような声を漏らす。
「貴様に『ブスだ』『醜い』などと言われたところで……私は傷付きはせんぞ!」
「ふん!」と、ルシアはそっぽを向いて歩き出す。
俺たちを置いて、先々と一人で歩いていってしまう。
気のせいか……耳が少し赤かったような……?
「ヤシロ…………ルシアさんにまで粉をかける気かい?」
「待て待て! 誤解だ誤解!」
別に俺は、「ルシアのことを大切に思っているから、たとえ嘘でも『ブスだ』なんて言いたくないんだぜ(白い歯『きらーん』)」とかって意味で言ったんじゃねぇぞ!?
『精霊の審判』に引っかかるような発言は、後々関係が悪化した際に足枷になり得るから用心したって話であって…………えぇい、そんな遊び人を見るようなジト目を俺に向けるな!
「由々しき事態ですね……」
ナタリアが、静かな声で言う。
「ヤシロ様のストライクゾーンがBカップにまで下がってきているとは……」
「下げてねぇわ!」
「なんで下げてないのかな!? そういう線引きは差別を生むからよくないと、ボクは思うな!」
「なんでお前が怒ってんだよ!?」
「全然怒ってなんかないけれど!?」
「どちらにしてもエステラ様は範囲外ですので、気にされる必要はありませんよ」
「うるさいよ、ナタリア!」
仲がいいのか悪いのか、ピタリと息の合った口ゲンカを披露するエステラとナタリア。
つか、別にルシアを口説こうとか考えてないから! あいつの勘違いだから!
「申し訳ない思う、私は」
騒がしいエステラたちの声を遮るように、ギルベルタがすっと手を上げる。
「注目してほしい、私に。早く追いかけてあげてほしい思う、ルシア様を。ずっと見ている、こちらを、ルシア様が、ちょっと向こうの方から」
ギルベルタの指さす先、200メートルほど離れた先からルシアがこちらをじぃ~っと見つめていた。
……悪い。早足で立ち去った後はすぐに追いかけてやるのがマナーだったな。
なんか、空気読めなくてごめん。だから、そんなに膨れんなって。ほっぺた破裂するぞ。
「ま、待てよ、ルシア~!」
一応、そんな言葉を発してから、足早にルシアを追いかけるフリをする。
こういうのも、接待っていうのかね。
わらわらと細い道を進み、ルシアに追いつき、少々機嫌の悪いルシアと共に路地裏を一度離れる。
大きな通りに面したカフェがすぐそばにあり、俺たちはそこへと入っていった。
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