異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

39話 四十二区の領主様 -3-

公開日時: 2020年11月7日(土) 20:01
文字数:2,221

 領主の館に着いた時、空は重い灰色に染まっていた。

 夕方雲間から差していた夕日も、今ではその輝きを見せることはない。

 

 館の門は相変わらずデカく、四十二区にしては頑張っているレベルで綺麗だった。

 ドアの横に大きな竹の板がぶら下がっており、その脇には木槌が備え付けてある。

 これを打って人を呼ぶのか。ずげぇ原始的な呼び鈴だな。

 

 カンッカンッカンッ! ――と、乾いた竹の音が小気味よく響く。

 

「どちら様でしょうか?」

 

 すると、すぐに一人のメイドが現れた。

 スラリと背が高く、とてもスリムな印象を受ける。

 黒く艶やかな髪は短く切り揃えられており、首回りはすっきりとしている。反面、前髪は長くアゴにまで達し、けれどそれが邪魔にならないように綺麗に分けられている。

 陶器のような白い肌。そのほとんどはシックで簡素なメイド服に包み隠され、鼻に載せた細いフレームのメガネが知的さと少しの厳しさを感じさせる。

 だが何より特徴的なのは、猛禽類のように鋭い目。まるで鋭利なナイフを向けられているような気分になる視線だ。

 そんな視線を、柵で出来た門の向こう側から、俺たちを値踏みするように上から下から舐め回すように浴びせてくる。正直、嫌な感じだ。

 

「どちら様で?」

「領主に会いたい」

「アポイントは?」

「ない」

 

 断言すると、一瞬のうちにメイドは踵を返して立ち去ろうとする。

 

「待て! 今日中に話をしないと困ることになるんだ!」

「申し訳ございませんが。主様は現在、ご病気のため静養中ですので……」

 

「娘の方でいい!」

 

 俺がそう言うと、引き返しかけていたメイドが凄まじい速度でこちらに迫り、さらに凄まじい速度で懐からナイフを取り出し俺の喉元へと突きつけた。

 …………速い。少年漫画のような動きだ。

 

「お嬢様に対し、失礼ではないですか?」

「…………で、です、かね?」

 

 視線が痛い。

 このメイドの視線にはこちらの痛覚をダイレクトに刺激する特殊能力でも備わっているのか?

 

「訂正を」

「え、えっと…………お嬢様『が』いい、です」

「…………まぁ、いいでしょう」

 

 いいのかよ……

 

 ナイフが喉元を離れ、俺は安堵のため息を漏らす。

 怖い。

 この人、超怖い。

 

 殺人鬼でももうちょっと愛らしい目をしてるぞ、たぶん。

 野生の熊でも一瞬で服従するに違いない。そういう目だ、あれは。

 

「しかしながら、お嬢様への面会は終わりの鐘までと決まりがありますので、お引き取り願います」

「そういうわけにもいかねぇんだよ」

「……拳で、語りますか?」

「こ、言葉で語ろうぜ…………えっと、俺の会話記録カンバセーション・レコードを見てほしい……です」

 

 陽が沈んだというのに、微かな光を集積させた鋭いナイフをきらりと輝かせるメイドに、俺は思わずロレッタ式の敬語で話してしまった。

 

「……ワケがおありのようですね。拝見しましょう」

 

 メイドはそう言うと、姿勢を正し、静かにその場に佇んだ。まるで、森の中の木を見ているような、そこにあるのに一切その存在をこちらに感じさせないような、不思議な佇まいだ。

 これが、主の邪魔をしないようにしつつも常に背後に控えるメイドの身のこなしというヤツか。

 

 俺は、会話記録カンバセーション・レコードを呼び出し、該当部分を検索する。

 そして、ゾルタルが領主の名を騙りスラムの乗っ取りを企てていたことを告げた。

 

「……そうですか。主様の名を騙って…………」

「早く対策を取らないと、またこのような事案が発生しかねないと思い、こんな時間だがお邪魔したわけだ」

「かしこまりました。主様のお耳には入れておきます。ですが本日はもうお時間が……」

「二度とこんなことが起こらないようにする秘策がある」

「…………」

 

 言葉を被せると、メイドは言葉を止め、代わりに窺うような視線を俺に向ける。

 

「……お伺いしても?」

「門前払いするようなヤツに教えてやる義理はない」

「……………………少々お待ちを」

 

 しばらく黙考した後、メイドは深々と頭を下げた。

 そよ風一つ起こさない、優雅な所作だった。

 

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

 館に戻ろうとするメイドを呼び止め、俺は忘れていたもう一つの大事なことを伝える。

 

「オオバヤシロだ。『お嬢様』に伝えてくれ」

 

 メイドは俺を見据え、静かな声で「承知しました」とだけ言うと、スッと消えるように館の中へと入っていった。

 

「あの人が、ナタリア・オーウェンさんです…………こ、怖かったです……」

 

 アレがここのメイド長か。貫禄あるな。

 いや、威厳か。

 

 ナタリアに見つめられていたというだけで、ロレッタは体力のほとんどを奪い取られてしまったようだ。地面にしゃがみ、膝を抱えて蹲っている。

 エナジードレインまで持ってるのか、ナタリアは。

 

 数十分ほど待たされ、空が完全に暗くなった頃、ランタンをぶら下げたナタリアが門の前へと戻ってきた。

 

「お嬢様がお会いになるそうです。……こちらへ」

 

 ナタリアが言うと、門の横に控えていた兵士が静かに門を開いた。

 

「す、すす、すごいです。お話を聞いてもらえるなんて……お、お兄ちゃんって、なんでも出来るんですね!?」

「なんでもは出来ねぇよ」

 

 ただ、今回領主、もしくはその娘に会う自信はあった。

 自分たちの名を悪事に利用されたのだ、早急に対策を立てたいだろうし、ここで被害者を粗雑に扱えば悪評が広がってしまう。

 最悪、「ここの領主は地上げ屋を雇って住民を追い出そうとしている」なんて噂が立てばさすがの領主もダメージを受けるだろう。

 

 と、もし会ってくれないというのであればこういう脅しを使うつもりでいたのだが……、よかった、穏便に会うことが出来て。

 

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