「お前は、バカか?」
リカルドが顔面を引き攣らせんばかりの勢いで歪めている。
バカはお前だ。
――と、言ってやりたいが、まぁ、さすがにそれはマズいだろう。今回のキーパーソンつうか、とにかくこいつが首を縦に振らないと話が始まらないんだ。機嫌を損ねるのはマズい。
「バカはお前だ」
あ。
我慢できなかったや。
「んだと?」
ほら、もう。
リカルド、バカなんだからすぐに食いついちゃうのにぃ……分かってたのになぁ。ついぽろっと。だって、あまりにもバカだから。
「お前は武器屋を儲けさせたいのか?」
「あ?」
もう完全にヤンキーである。
転校した先にこういうのがいたら学生生活を早々に諦めちゃうレベルだ。
もっとも、今は諦めちゃうわけにはいかないんだけどな。
「おそらく、お前は『勝負』と聞いて武術大会や模擬戦なんかを想像したんだろう。いや、むしろそれしか想像できなかったんだろう」
「…………それがなんだよ?」
「血が流れたら、その後でわだかまりが残っちまうだろうが」
「勝負ってもんはそういうもんだろうが!」
「そういう一面的な物の見方しか出来ないから、四十一区は経済が回ってないんだよ」
「………………んだと?」
あ……。マジのトーンだ。
相当痛いところを突かれて逆切れするしかなかったんだな。
「経済が回ってねぇってのは、どういう意味だ?」
「そのまんまだ。まさか気付いてないわけじゃないよな? 俺は一度視察に来ただけでいろいろ気付いたぜ?」
「…………」
リカルドが口を閉じる。
説明してほしそうだな。聞きたいか?
「一本目と呼ばれる、大通りの脇の通り。どういうわけか、ここには武器屋や防具屋が並んでいた。大通りにも随分それ系の店が多かったように思うが、それはなぜだ?」
「……ふん」
俺の問いかけに、リカルドは顔を顰め、面倒くさそうに答える。
「大通りは街の顔だからな。その区、そしてその区の領主に相応しい店を置くべきだろう。四十一区は狩猟ギルドの街だ。武器屋が並ぶのは当然だろうが」
顔、ねぇ……
「確かに並んでいたな。歴史だの威厳だのが胸やけ起こしそうなくらいてんこ盛りの武器屋や防具屋がな。……だが、客はいなかった。なぜなら、この街でそれらの武具を使うのは憲兵と狩猟ギルドくらいなもので、その二つは領主から武具を提供してもらっているからだ」
「武器や防具は絶対に必要な物だ。支給し一定以上の精度を保たなければ命に関わる。個人に任せておいて、金の無いヤツがろくな装備も出来ないなんて状況は看過できねぇからな」
もっともな意見だ。だが、だからこそ行き詰まっているのだ。
「なら、武器屋はなぜ店を開いている。作るだけ作って、お前のところへ卸せばいいじゃねぇか。なぜわざわざ店を開けている?」
「……もっと売りたいんだろう」
「そうだ。それはなぜか…………」
指を立てて、注目を集める。
たっぷりとシンキングタイムを取ってやり、解答を口にする。
「金がないからだ」
武器屋は定期的に領主のもとへ武器を卸している。だが、リカルドにしてもそう頻繁に武具のような高価な物を買い替えるほど余裕があるわけではないのだ。
結果、狩猟ギルドや憲兵は支給された武具を大切に使い、武器は売れなくなる。
だから、武器屋は店を開けているのだ。外部からの顧客を得るために。
「だが、武具を買う者など、憲兵を除けば狩猟ギルドくらいのもんだ。まぁ、木こりギルドも護身用の武器なんかは必要かもしれんが、四十一区に『わざわざ』買いに来る理由はない」
一本目に店を構える武器屋のオヤジは、俺に「狩猟ギルドか?」と尋ねた。それ以外に客がいない証拠だ。
「見ろ。経済回ってねぇじゃねぇか」
「それと、大食い大会と、なんの関係があるんだよ!?」
「マジで分からないのか?」
少しオーバーに、驚きの表情をリカルドに向けて見せつけておく。
これで、面倒くさい茶々は挟みにくくなるだろう。あまり細かいことに口を挟むと、自分の理解力が低いと言っているようなものだからな。くだらない質問はするな。自分で考えろ。分からないなら、とりあえず最後まで話を聞け。
途中で茶々を入れると話が長くなり、内容がぼやけるだけだ。
「お前は、大食い大会を『ふざけている』と、そう思ったんだよな?」
「…………あぁ」
「それはつまり、試合といえば剣と盾を取り、屈強な男たちが意地と誇りをかけてぶつかり合う武闘大会こそが相応しいと思ったからだよな?」
「…………だからなんだよ?」
「じゃあ聞くぞ」
よく考えろ。
慎重に言葉を選んで、そして答えろ。
「武闘大会が終わった後、そこに何が残る?」
リカルドが眉根を寄せる。
一度発言しようとして、止める。
顔を顰める仕草から見て、口にするのが憚られたようだ。だが、黙っていても埒が明かないと覚悟でも決めたのだろう。軽く咳払いを挟んで、リカルドはこう答えた。
「ほ……誇りと、名誉だ」
「ぷぷぷー!」
「うっせぇな! 笑うなよ!」
「男の子だもんねぇ。そういうの、欲しいよねぇ」
「テメェ、バカにしてんのか!?」
「あぁ、してる。お前はバカだ。それも、見下げ果てるレベルの大バカ野郎だ」
はっきり言ってやると、リカルドは怒りを通り越してぽかんとしてしまった。
真剣に意味が分からない。そんな顔で俺を見ている。
「今は経済の話をしてんだろうが。考えろよ。誇りと名誉で腹が膨れるか? 職にあぶれて路地裏に座り込んでるヤツが金を得られるのか? 回らない経済を放置して、一時の勝利に酔いしれてる場合かよ」
「け、経済の話をしてんなら、最初にそう言えよ!」
「その話しかしてねぇよ。俺は、ずっとな」
負けず嫌いなんだろうが、そんな反論は唾棄すべき愚かな言い分だ。
切迫した状況で、ささやかなプライドを守ってんじゃねぇよ。
「俺悪くないもん、お前が言わなかったのが悪いんだもん」てか? ぷぷぷっ、バーカ。
「武闘大会を開催したとして、儲けが出るのはどこだ? まぁ、武器屋と防具屋だろう。宿と飯屋も多少は実入りがあるかもな」
だが、実入りがあるのは会場そばの店だけだ。そうなれば、どこで開催するかでまた揉める。会場真ん前の飯屋なんか、連日大入りでウハウハだろう。イベント会場のそばの店は、たとえクッソマズい料理がふざけんなってくらいぼったくり価格だったとしても売れてしまうのだ。
だが、イベントがなければ当然見向きもされない。リピーターなど出来ようはずもない。
「武器屋を儲けさせて、それでどうする? 新しく強力な武器を作らせて、もっと上の区に戦争でも吹っかけるか?」
「バカか! 誰がするかよ、そんなこと!」
「なら、武器屋が儲けた金はどこに還元されるんだ? 武器屋の懐が温かくなっただけじゃ、経済は回らない。街は復活しないぜ?」
「…………」
武器屋が悪いとは言わんが、今は必要ない。何より、これ以上同じ街の中で格差を広げるのは避けるべきだ。今でさえ、一本目二本目というくだらない選民意識が芽生えてやがるんだ。悪化させてどうするよ。
「考えるべきは、試合の内容じゃない。それが与える恩恵だ」
「試合は、どうでもいいってのか?」
「バッカヤロウ。試合で手を抜きゃボッコボコに叩きのめしてこっちの要求全部のませてやるぞ」
「じゃあどこに重点置けっつうんだよ!?」
「全部だ!」
試合と、経済と、それらがもたらす恩恵の分配と、その他もろもろ、全部に神経を使って完璧に、非の打ちどころなく、とことんまで大成功させるんだ。
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