ニュータウンに、立派な柱が聳え立っていた。
電柱を一回り大きくしたような太さの、安定感のある柱。
丸太を一本ドンと突き刺したのではなく、いくつかのパーツを組み合わせて強度を保ってあるのがハッキリと分かる。まさに建造物。
アスレチックに置いておけば、わんぱく小僧がこぞって昇り始めそうだ。
「想像以上の出来だな」
「ホントッスか!? ヤシロさんにそう言ってもらえると自信持てるッス!」
いや、俺よりも技術のあるヤツが俺の言葉に一喜一憂すんじゃねぇよ。建築に関してはただ知識のある素人レベルなんだぞ、俺は。
「見た目だけじゃなくて、性能もしっかり見ておくれな」
早朝の光が朝露を反射させ水分を多く含んだ朝の空気がきらきらと輝く中、ノーマがゆったりとした歩調で柱の陰から姿を現した。
妖艶な衣裳とけだるげな表情は、ご出勤明けの夜のお姉さんを彷彿とさせる。
「お勤めご苦労様です」
「……なんか、違う意味を含んでる気がするさね、その労いの言葉」
実際、ノーマも滑車部の取り付けやら動作確認、メンテナンス等で共に作業をしていたのだろう。
目を凝らせば、あちらこちらに大工と金物ギルドのマッチョたちが転がっている。
死屍累々。
トドのハーレムに迷い込んだ気分だな。
「大将二人以外は全滅か?」
「この女が無茶させたせいなんッスよ」
「はぁ!? バカをお言いでないさね! あんたが急かしたんじゃないかぃ!」
「オイラたちはあと三日くらい工期に余裕を持ってたッスよ! それを急げ急げって……」
「ウチの金物を急かしておいて、自分たちだけダラダラしようというその根性が気に入らないんさよ!」
「別に急かしてないッスよ! ……ったく、ヤシロさんが絡むと必要以上に張り切るッスから」
「は、はぁ!? な、何言ってんさね、このキツネは!? バ、バカも休み休みお言いな! ……別に、ヤシロに褒められたいとか、アタシは…………あ、あんたこそ、いいカッコしようと設計図にない意匠をあっちこっちに施すから余計な時間がかかったんさよ!」
「建築にデザインは必要なんッスよ!」
「はーい、そこまで! ケンカすんなよ、お前ら」
「「そもそも、こいつんとこの下っ端がひ弱過ぎるのがいけないんッスよ!」さよ!」
……あぁ、うん。お前ら二人が無茶させたんだってことがよく分かったよ、今の発言で。
ほどほどにしとけよ。高い技術を持つドM職人って、お前らくらいしかいないんだからな。
あとはジネットくらいのもんだ。
「お前らの部下じゃなくてホントよかった」
「な、なんでさねっ? ヤシロがウチに来てくれるんなら、ちゃんと優遇してあげるっさよっ?」
「オイラんとこなら、役職をあげるッスよ」
「卑怯さよ、大工キツネ! そんならウチはギルド長に推薦するさね!」
「どっちが卑怯なんッスか!?」
「ケンカやめい!」
どっちにも行かねぇよ! ……俺は適度に休みたい派なんだよ。お前らのバイタリティには付いていけん。
しかし、こいつらはなんでこう仲が悪いのか……同族嫌悪なのかねぇ。
ウーマロがマグダ以外で顔を見て話せる唯一の女。美人でボインなのに一切緊張しないあたり、本当に興味がないんだな。美人でボインなのに……未発達に夢中なクセに。
「この犯罪者」
「唐突に酷いレッテル貼られたッス!?」
「普通の男は、徹夜明けで注意力が散漫になっているノーマの胸元に『ちらり』を期待くらいするもんだ」
「ヤシロ……あんたも十分犯罪者さね」
ささっと胸元を正し、ノーマが煙管を取り出す。
……ちっ。もうちょっとで何かがこんにちはしそうだったのに。
キツネ人族の職人を二人従えて、とどけ~る1号の前へと移動する。
改めて見上げるとかなりデカい。
手で押したくらいじゃびくともしない。全力キックも跳ね返されるだろう。
「マグダが本気を出せば倒せるか……」
「なんで倒そうとしてるんッスか!? マグダたんとかデリアさんあたりがその気になったら倒せちゃうッスから、冗談でもそういうこと言わないでほしいッス!」
あぁ、確かに。デリアなら「んじゃ、ちょっと試してみるか(ばきー!)」とかしそうだな。
「滝からは少し離したんだな」
「はいッス。マーゥルさんがそうしてくれって言ったんッス」
「マーゥルが? 来たのか?」
「いや、昨日のうちにヤンボルドとグーズーヤをマーゥルさんのところへ送ったんッス。あとは、とどけ~る1号と同じ発想で手紙でやり取りしたんッスよ」
上から長いロープをたらし、そこに桶をくくりつけて、手紙で情報伝達を行ったらしい。
マーゥルが位置をずらしてくれと要求してきたのは…………手紙を取りに行きやすい場所へ変更したか……より見つかり難い場所へ誘導したか……滝を利用する際に邪魔にならない場所へ避けたか…………三番目っぽいな。要するに、ゆくゆくは滝に水車を作ろうと目論んでいるってわけだ。
欲しい物は全部手に入れようとするマーゥルっぽい発想だな。
ニュータウンの崖側は、落石の心配もあるために住宅は建てられていない。
この辺りは自然のまま残っている。当然、手入れはされているが。
だから、横にずらす分にはなんの問題もなかった。
崖側にあるのは、ハムっ子たちが掘った大きな洞窟と、滝、そしてとどけ~る1号だ。
……四十二区が、二十九区に侵食していってるみたいだな、まるで。
「今もヤンボルドたちが上で待機してるッスから、動作確認を一緒にしてほしいんッスよ」
とどけ~る1号が、きちんと荷物を届けられるのか、それをテストしようってわけだ。
しかし……
「一昨日、地質調査したばかりじゃねぇか……なんでもう出来てんだよ」
「いや、だからッスね、このキツネ女が……」
「アタシに対抗して張り切ってたんはあんたら大工さね」
要するに、こいつらトップ二人が張り合ったせいでどんどん仕事が進んじまったわけか。
おそらくこんな感じだろう……
「あとはあのキツネ女のパーツが出来るのを待つだけッス~」
「滑車ならもうとっくに出来てるさね。早く柱を建てて試験させておくれな」
「柱なんかすぐ建つッス! ほら、もう建ったッス! もうすでに滑車待ちッス!」
「滑車の取り付けなんかすぐ終わるさね! というか、この柱、耐久性は平気なんかぃねぇ、こんな突貫で」
「突貫じゃないッス! ウチの連中はこれくらい余裕で出来るッス!」
「ウチの男衆の方が、もっと働けるさよ!」
「ウチが!」
「ウチこそが!」
……なんてな。
おそらくそう大きく外れてはいないだろう。
大工と金物屋……ご苦労だったなぁ。今度陽だまり亭で大盛りサービスしてやるよ。
「マーゥルんとこにはヤンボルドとグーズーヤが行ってるんだよな? 滑車の不具合とかは誰が見るんだ?」
「安心おしな。ウチからゴンスケも出してるからねぇ。大工だけじゃ頼りないからさぁ」
「…………誰だよ、ゴンスケ。初耳だよ」
「何度も会ってんじゃないかさ。陽だまり亭を占拠したゴロツキを追い出した時とか」
「あの時は何人もいたからなぁ……」
「ほれ、あいつさね。ケツアゴで、顔の下半分がヒゲで青~くなってて、ムッキムッキなのにくねくねしたしゃべり方するオッサンさね」
「お前んとこ、そんな男ばっかじゃねぇか! 九分九厘そんなんだろうが!」
とりあえず、わざわざ名前を覚えてやる必要もないので、これ以上無駄なことに脳を使うのはやめておく。
「で、そのアゴスケは頼りになるのか?」
「ゴンスケさね!」
どっちでもいいんだ、名前なんて。
ムキムキオネェその1だろ、結局。
「ゴンスケの腕はピカイチさね。それに、見極める目も持ってるから、信用していいさよ。アタシが太鼓判を押してやるさね」
「えらく信用してんだな」
「重要な仕事の時は、よく相槌を頼んだりしてるからねぇ」
「つまりアレか、ノーマの『右乳』なんだな」
「『右腕』さね! いやさよ、乳にあんなケツアゴついてたら!」
ま、そりゃそうだ。
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