異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

329話 泥を落とす -3-

公開日時: 2022年1月21日(金) 20:01
文字数:3,902

 時に人は、「あれ、俺ここにいていいのかな?」という場面に遭遇するものである。

 そう、たとえばこのような場面だ。

 

「ふなぁあ!? レジーナさん、なんてブラジャー付けてるですか!? けしからんですよ!」

「ちょーっと、普通はん!? 急に何言い出すんな!?」

「色気がないどころか、もうちょっと限界超えてるですよ!? 着古し過ぎです!」

「かまへんやんか、誰に見せるわけでもなし」

「それにこれ、サイズ合ってるです? レジーナさんなら、もうちょっと大きいはずですけど……」

「それたしか、ウチが十三歳のころに買ったヤツやったさかいに……」

「物持ち良過ぎですよ!? 新しいの買ってです! お金持ってるですよね?」

「金はあっても、買い物に行こうという気構えを持ち合わせとらへん!」

「自慢することじゃないですよ!?」

「……レジーナはちゃんとすればいい女。ちゃんとしてさえいれば……残念」

 

 レジーナは残念ということで結論が出たらしい。

 ……つうか、俺がここにいるの忘れてないか?

 なんつー話してんだよ。

 女子だけの時にしろ、そーゆー話は。

 

「レジーナ。きちんと体に合った物を身に着けないと、型崩れしちゃうよ。今から気を配っておかなきゃ」

「エステラ様、型崩れなんて言葉をご存じだったんですね」

「知ってるし、気を配ってるよ!」

「なぜその労力を有効利用されないのですか?」

「有効利用してるけどね!?」

 

 エステラは型崩れしない。Q.E.D。

 

「レジーナさん、今度一緒に買いに行くです?」

「あ~、ほな、適当に二~三個見繕って買ってきてんか。お金渡すさかい」

「一緒に行くんですよ!?」

「ヒツジの服屋はんとこやろ? わざわざ行かんでも、品質は折り紙付きやしな」

「違うです! 素敵やんアベニューに行くですよ」

「パンツ買うのに、わざわざ四十一区まで行くんかいな!?」

「前に行った時、すごかったんですよ! ね、マグダっちょ!?」

「……そう。ウクリネス監修のオシャレ下着のお店が大盛況だった」

「結局ヒツジの服屋はんのお店のやん!? ほな、わざわざ四十一区まで行かんでも――」

「甘いですよ、レジーナさん! 素敵やんアベニュー限定商品が売ってるです! ウクリネスさんはあくまで監修ですが、かーなーりー力の入ったヤツが売ってるですよ!」

「え、そうなの? ボクも見たことないなぁ」

「じゃあ、エステラさんも一緒に行くです」

「折角の申し出ではありますが、エステラ様には装備できない防具ですので――」

「装備できるし、今も装備してるけど!?」

 

 ナタリアがここぞとばかりに絡んでいるということは、一緒に連れて行ってほしいのだろう。

 エステラの下着やら服なんかを選びたいんじゃないか。

 

 ……で、そーゆー話はおれがいない場所でしろって!

 

「……レジーナ。マグダも付き合う。一緒に行くべき」

 

 どんな下着があったのかをエステラに語り始めたロレッタの声が聞こえる中、マグダがカーテン越しにレジーナに声をかけている。

 さっきの一件があったからか、マグダがレジーナに甘えている。

 一緒に買い物に行きたいなんて、ジネットかロレッタくらいにしか言わないのに。

 

「ん~……せやけど、ウチ人が多いところと遠いところは苦手やしなぁ。やっぱ自分らで行って、ウチにお土産買ぅてきてんか? お金渡すさかいに」

 

 金持ちのズボラ娘は、頑として家から出たくないようだ。

 お友達とショッピングなんて、レジーナの人生において一度もなかったことだろうしな。

 

「…………」

 

 ロレッタとエステラがしゃべる声が聞こえる。

 ばっしゃばっしゃと、デカいたらいの中で洗濯物を元気よく踏む妹たちの足音と水音が聞こえる。

 そんな中、マグダが沈黙しているのが気配で分かる。

 騒がしい音の中にいて、マグダが静かにしょげている雰囲気がはっきりと分かる。漂ってくる。

 

 お~お~、拗ねとるなぁ。

 

「……レジーナ」

 

 そんな呟きの直後、ばさっと布がめくられる音がした。

 

「ちょーっとトラの娘はん!? なに真顔でカーテン捲っとんねんな!? 丸見えやん、ウチの入浴シーン!?」

 

 拗ねたマグダが、レジーナの方のカーテンを思いっきり捲り上げているようだ。

 エステラやロレッタには丸見えなのだろう。

 

 なぜそっち!?

 こっちにもプリーズ!

 

「マグダ、ちょっと相談が!」

「黙っとり、自分!」

 

 俺とレジーナの間を仕切るカーテンの上空を越えて、手桶が飛んできた。

 

 危ねっ!?

 当たったらただごとじゃねぇぞ!

 

 コンカラーン! と派手な音を立ててバウンドする木桶。

 あいつ、恥ずかしさで加減分からなくなってやがるな。

 これがレジーナじゃなくてナタリアやマグダだったら、的確に俺のノーテンに直撃してたんだろうな。

 レジーナが運動音痴でよかった。

 

 欲を言えば、その手桶が引っかかってこっちのカーテンがズレるなり落ちるなりしてくれれば最高だったのに。

 

「お兄ちゃん! カーテン越しにエロいオーラが漂ってきてるですよ!? 自重してです!」

 

 えっ、そんな漏れ出てた!?

 ごめんごめん、気を付ける。

 

「「お洗濯、おわりー!」」

 

 ばしゃっと、水音をさせて、妹たちが声を上げる。

 そして、ぺたぺたと駆ける足音が移動していく――カーテンの向こう側へ。

 

「ちょっ!? 自分ら、何入ってきてんの!?」

「おふろー!」

「よごれたー!」

「ウチと一緒に入る気ぃかいな!?」

「おにーちゃんの方は入っちゃダメって言われたー」

「おねーちゃんが独占ー!」

「あたしも入らないですよ!?」

「……ロレッタのエッチ」

「入らないって言ってるですよ、お兄ちゃん!?」

 

 こっちの囁きもきっちり拾って突っ込んでくるロレッタ。

 きっと、今頃顔を真っ赤に染めているのだろう。

 

「水つめたかったー!」

「いれてー!」

「あぁ、もう……これ、どないしたらえぇん?」

「あ~、ごめんですけど、ちょっとだけ一緒に入れてやってです。あんたたち、レジーナさんに迷惑かけるんじゃないですよ」

「「はーい!」」

「いや、もうすでに……はぁ……しゃーないなぁ」

 

 一人を好む引きこもり薬剤師が、一緒を好むハムっ子たちにぐいぐい詰め寄られ、観念するように息を漏らす。

 ふふ……こいつらの相手をしてると、自分をぐんにゃりと曲げられるだろ?

 俺も随分と調子を狂わされたもんだ。

 

 お前も道連れだぞ、レジーナ。

 精々、無限の甘えられ地獄を味わうがいい。

 

「泥をおとすー!」

「ばしゃー!」

「全然かかってへんやん!? ほら、こっちおいで。お湯かけたげるさかいに」

「「わーい!」」

 

 なんだかんだ、妹たちのペースに巻き込まれて、レジーナがお姉さんをやっている。

 つか、こっちに木桶を投げたはずなのに、なぜまだ木桶があるんだ?

 え、もしかしてさっきの木桶って投げる用? そんなもん用意しとくなよ。

 

「あ、レジーナさん上手です。その子たち髪の毛自分で洗えないですから、洗ってやってです」

「って、なに普通に覗いてんのんな、普通はん!? で、トラの娘はんはいつまでカーテン捲っとんねんな!?」

「……買い物」

「分かったって! 行くさかいに、カーテン直してんか!」

「……なおす? …………破れてないけれど?」

「あ~っと、『直す』は『元の状態に戻してんか~』っちゅうことや」

 

 ほほ~ぅ。さすが『強制翻訳魔法』。関西弁の人が関東で苦労する単語まできっちりと翻訳で再現してやがる。

 ……無駄なクオリティ求めてねぇで、そこは素直に『戻す』って訳してやれよ。なんのこだわりを持ってんだよ、精霊神は。

 

「……じゃあ、今度の休みに一緒に買い物。約束」

 

 マグダが心持ち嬉しそうな声で言って、バサッとカーテンが垂れ下がる音がした。

 どぼんどぼんと、妹が湯船に飛び込んだような音がした後、しばらく沈黙が落ちる。

 レジーナが頭抱えてる姿が目に浮かぶようだよ。

 

「……なぁ、自分」

 

 カーテンの向こうからレジーナの声が飛んでくる。

 

「陽だまり亭の休みって、いつなん?」

「さぁ。定休日があるとは聞いてねぇな」

 

 けれど、マグダが望めばその日が休みになるさ。

 なにせ、店長が究極の甘やかしマシーンだからな。

 その日は俺とジネットで留守番かな。

 

 きっと、俺一人で残ると言ったらジネットは自分も残ると言うに違いない。

 あいつはそういうヤツだ。

 

「じゃあ、エステラ。素敵やんアベニューの視察、よろしくな~」

 

 ウーマロとリカルドから、一回見に来いとうるさく言われていたのだ。

 俺が見たって、別に何も言うことなんかないっつってんのによ。

 

 エステラが行けばちょうどいいだろう。

 領主だし、女子だし。

 

「視察に行く時はリカルドが案内してくれるってよ」

「下着売り場にかい? 御免だよ」

 

 いやいや、選んでもらえばいいんじゃないか?

 ブーブークッションの応用で、膨らむ乳パッドとか売ってるかもしれんぞ。ぷぷぷ。

 

「ヤシロ。ボクは標的が見えなくてもかなりの確率でナイフを命中させることが出来るんだ」

「なんも言ってねぇだろうが」

 

 なんか、このカーテンいろんな感情漏れ出し過ぎじゃね?

 

「せやけど、まずはここの泥の解析と、あの花の調査が先やさかい、それが終わってからやで」

「……では、明後日までによろしく」

「鬼やなぁ、トラの娘はん……」

 

 一回断ったことへの意趣返しなのだろうな、きっと。

 

「まぁ、ボクも遊んではいられないんだけどね」

「いや、調査はこれ以上行いようがないだろう」

 

 なにせ、カエルは俺たちの想像を超えるような移動をしている可能性があるのだ。

 人智を超える現象を前に、専門家未満の俺たちが躍起になったところで事態の解明には到底行き着けない。

 

「どうするか、ちょっと考えてみるから、お前は気晴らししてこいよ。気分を変えるといいアイデアが浮かぶこともあるからな」

「……そう、だね。じゃあ、一度頭を切り替えてくるよ」

 

 

 そういうことにして、俺たちは一度時間を空ける選択をした。

 

 

 

 

 

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