異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

319話 腹が減ったら“戦”の終わり -4-

公開日時: 2021年12月13日(月) 20:01
文字数:4,976

「はっはっはー! どーだ、ヒューイット弟妹のお子様たちよ! これが、私の綿菓子だ!」

「「「領主様、すごーい!」」」

「素直でいいなー、子供は!」

「ハビエルを発症してんじゃねぇよ、ゲラーシー」

「よく分からぬことを申すな、オオバヤシロ! ……なんだ、少し顔が赤くないか?」

「ねぇーよ」

 

 俺は今、お前をいじめて心の安寧を図ろうとしてるんだよ。

 甘んじて俺にいじられろ。

 

「あの後、すぐに戻ってきて綿菓子作ってたのか? さすがお姉ちゃんっ子だな」

「誰がっ!? ……脅迫であったろう、あれは」

 

 近くにマーゥルがいないことを確かめて小声で話すゲラーシー。

 怖いなら、危険な言葉を『会話記録カンバセーション・レコード』に残すなっつーの。

 

「ノーマは?」

「彼女なら厨房だ。店長殿を手伝うと言っていた」

「……なんか、微妙に敬意を払ってないか、その二人に?」

「うむ。彼女らはどちらも綿菓子への造詣が深いのでな。学ばされる部分も多くあったのだ」

 

 お前の判断基準は綿菓子か。

 

「いくらカンパニュラが綿菓子好きだからって、親友とか名乗るなよ」

「うむ。彼女は将来大物になるぞ。私には分かる。彼女はいい目をしている」

 

 綿菓子を見る時の目が――だろ?

 

「彼女は、もしかすると、ミズ・クレアモナを超える人間になるやもしれんぞ」

「おっぱいの話か?」

「違うわ!」

「エステラを超えるのは当然だろうが!」

「……そなた、そのうち刺されるぞ?」

 

 大丈夫だ。エステラはこの程度では刺さない! ……たぶん。

 

「とにかく、私は忙しい。話ならまた後にしてくれ」

 

 マーゥルに言われてすぐ編集部を出ていたゲラーシー。

 自分がいないところでどんな話がまとまったのか、興味はないらしい。

 どんだけ夢中だ、綿菓子に。

 まぁ、おそらく初めてマーゥルから綿菓子を求められたんだろうし、嬉しかったんだろうな。

 

「ヤシロく~ん☆」

「マーシャ? それにミリィも」

 

 ミリィに荷台を押されてマーシャがやって来る。

 

「こんばんゎ、てんとうむしさん」

「どうしたんだ?」

「あのねあのね~! ハムっ子ちゃんがね、港まで来てね、陽だまり亭でパーティーするって教えてくれたの☆」

「ぅん、みりぃのところにも、果物を取りに来てね、『みんなでご飯だょ』って」

 

 おぉう……『みんな』の拡大解釈。

 

「エステラ~!」

「あぁ、うん。こっちも状況を見てなんとなく把握したよ」

 

 エステラの向こうには、嬉しそうな顔をしたリカルドとカワヤ工務店の面々が勢揃いしている。

 

「ぁの……もしかして、違った?」

「あぁ、いや。大丈夫だ」

 

 どうせ、ジネットはじゃんじゃん料理を作るだろうし、この状況を見ればここにいる金持ちたちがこっそりカンパしてくれるだろうし。

 

「リカルド兄さんが半分くらい持ってくれるだろうし」

「えっ、そうなんですか、リカルド兄さん! ボク、感激しちゃうなぁ」

「息ぴったりか、貴様ら二人は!?」

 

 とか言いながら財布を出すリカルド。

 いや~、悪いっすねぇ、なんか催促しちゃったみたいで。

 

「ただ、ジネット一人じゃさすがに大変だろうから、ミリィも手伝ってくれるか、料理」

「ぇ…………ぅ、ぅん。……出来る、範囲で、なら……」

 

 あ、ミリィは料理出来ないのか。

 

「ぁのね、ちがぅよ? ぉ料理ね、出来なくはないんだよ!? でも、ぁの……じねっとさんレベルは……ちょっと……」

「さすがにそこまでは求めねぇよ」

 

 ジネットレベルなんか、誰にもマネ出来ないって。

 

「ヤーくん、お疲れ様です」

「おつかれしゃ、えーゆーしゃ!」

 

 テキパキと、出来た料理を外へ運んでくるカンパニュラとテレサ。

 

「わぁ、かゎぃい……。この娘が噂のかんぱにゅらちゃん?」

「あぁ。ミリィは初めてだっけ?」

「ぅん。会いたかったんだけど、今、オレンジの収穫がピークで」

 

 やっと会えたと喜ぶミリィ。

 わぁわぁと、小さなカンパニュラを見つめる。

 

「紹介がまだだったな。カンパニュラ、彼女はミリィ。生花ギルドの妖精だ」

「そ、そんなかゎいいものじゃ、なぃ、ょぅ……でも、ぇへへ、ありがと、てんとうむしさん」

「なるほど。把握しました。ミリィ姉様は、みなさんの癒やしなのですね」

 

 さすがカンパニュラ。

 一瞬でミリィの立ち位置を理解したようだ。

 で、そのミリィは『姉様』呼びに心を射貫かれていた。

 

「ね……ねぇさま…………あぁ、だめだょう……かんぱにゅらちゃん、かわいすぎる……」

 

 悶えるミリィを、マーシャが締まりのない顔で眺めている。

 

「かわいい~ねぇ、どっちも☆」

「その顔、ハビエルがすると斧が飛んでくるらしいぞ」

「私の場合は平気だから、存分にでれでれしよ~っと☆」

 

 ちゃぷちゃぷと水を跳ねさせるマーシャ。

 やっぱり自分からは絡んでいかないんだよな、子供には。

 可愛がられる立場は得意でも可愛がる立場はそうではないんだよなぁ、こいつ。

 

「ぁの、みりぃもお手伝い、させて」

「ミリィ姉様のような方にお手伝いしていただけると助かります。では、お願いしてもよろしいですか?」

「ぅん! まかせて! てれさちゃんも、よろしくね」

「ぅん! みりぃしゃ、いっしょ、うれしー!」

 

 あぁ、子供が三人。

 

「じゃあ、悪いが面倒を見てやってくれるか? まだ小さいが、自分で考えて行動できるしっかりとした娘だからその点は安心してくれていい。よろしく頼むぞ、カンパニュラ」

「ぇっ!? 今、みりぃがお願いされたの!? みりぃの方がお姉さんだよぅ!」

 

 んふー。

 怒るミリィはいつ見てもいい。

 

「ヤーくん。またそういうことを言って。困らせてはいけませんよ。むぅ!」

「おい、ヤシロ。いくら出したらその場所変わってくれる?」

「今朝買ったばかりのおニューの手斧が血を吸いますわよ、お父様?」

「お前ら、ガキもいるんだから暴れるなら向こうでやってくれよなぁ」

 

 にゅっと生えてきたハビエルの背後に這い寄って息の根を止めようとしていたイメルダの後ろからデリアが現れて木こり親子を抱えて遠ざかっていった。

 

 ヤバイ。

 陽だまり亭に濃い人間がいっぱいいる。

 濃度が酷いことになっている。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

 ロレッタが店内から顔を出し、駆けてくる。

 途中タートリオを見つめて「あ、行く前よりいい顔になったですね」なんて言葉をかけてジジイを有頂天にさせている。

 ……お前、下手したら「ワシの全財産をあの娘に!」的なこと言われるポジションに収まりそうだな。

 無自覚悪女か、こいつ……

 

「お兄ちゃん、料理はまだ出揃ってないですけど、始めちゃっていいですか?」

「何か急ぐ理由があるのか?」

「年少の弟妹と教会の小さい子供たちはもうすぐおねむの時間なんです」

「あぁ、それは大変だな。じゃあ、有り物で始めるか」

「ありがとうです!」

 

 ぴょんと跳ねて、ウェイトレスロレッタ渾身の笑みを浮かべる。

 俺にそんな全力出さんでも……

 

「ほらほら、あんたたちー! もうすぐ寝る時間ですから、さっさと食べちゃうですよー!」

「「「はーい!」」」

 

 そして、すぐさま長女モードに突入する。

 

「ベルティーナ」

「はい、いただきます」

「その前にガキどもにな!」

「はい。任せてください」

 

 なぜいの一番に箸を付けるかなぁ、あの奔放ママさんは!

 

「マーシャ、悪い。中を手伝ってくるよ。ガキが好きそうなヤツは先にじゃんじゃん出すように言ってくる」

「うん☆ ハムっ子ちゃんがいっぱいいるから、心配しなくていいよ~☆」

 

 ハムっ子は、マグダほどではないが力が強い。

 年中になれば、マーシャの水槽も押せる。ただ、扱いが荒いのでマーシャが避けているだけで。

 

「あとで海鮮丼でも作ってくるよ」

「わはっ☆ じゃあ、お腹に余裕持たせて待ってるね」

 

 放置してしまうので少しだけ気を遣って店内へ向かう。

 

「あ、ヤシロ君、ちょっとだけ待って~」

 

 店に入る手前で呼び止められ、手招きされる。

 近付くと、一枚の紙を渡された。

 

「手書きだけど、洞窟の内部図。大工さんがいっぱい手伝ってくれるから、拡張工事も早く終わっちゃいそうだよ」

「へぇ、そりゃよかった」

 

 手書きの内部図を見ると、洞窟は結構長いようだ。

 トルベック工務店とカワヤ工務店だけだったら、結構時間が取られたかもしれないな。

 

「予想だけど、一ヶ月くらい工期が短縮できそうなんだって」

「おぉ、やったな」

 

 港が完成すれば、海の幸が安定して手に入る。

 日本生まれ日本育ちの俺としては嬉しい知らせだ。

 

「うん。そしたら、い~っぱい遊びに来るからね☆」

「おう。楽しみにしてるよ」

 

 いつも、どこか澄ました笑みを浮かべているマーシャが、今日は心底嬉しそうに笑っている。

 港の完成が本当に嬉しいらしい。

 港が出来たら、完成記念で大海鮮祭りの開催だな、これは。

 

 もちろん、エステラの金で。

 

 

 陽だまり亭の店内にもハムっ子がひしめいており、食べている者と手伝っている者が入り乱れていた。

 急いで食べているちんまいハムっ子は、長女命令で寝る時間が決められている年齢の連中だろうな。

 

「うまいか?」

「「「うまいー!」」」

「こら! 『美味しい』ですよ!」

「「「それー!」」」

「横着するなです!?」

 

 小さい連中の面倒はロレッタが見ている。

 少し外が不安だな。デリアも席を外しちまったし。

 

「マグダ、外にマーシャがいるんだ。頼めるか?」

「……任せて。……ヤシロは?」

「お子様ランチ担当だ」

「……了解。任せた」

 

 厨房の入り口で役割をバトンタッチし、厨房へ入る。

 厨房にはジネットとノーマがいて、フル回転していた。

 

「おぉ、ノーマ、悪いな」

「構わないさね。ゲラーシーが挑戦してきた時はイラッてしたけれど、完膚なきまでに叩きのめしてやったから、気分爽快さね!」

 

 実力を認められて有頂天というところか。

 安いな、お前の自尊心。

 そして、チョロい! 心配になるレベルで!

 

 

「ガキどもがそろそろ寝る時間らしいから、ガキ用の飯を先に作るぞ」

「では、わたしもお手伝いします」

「いや、ジネットは忙しいだろ?」

「大丈夫さよ。大人向けの料理はアタシに任せておくれな。お子様ランチは、あんたら二人の方が早いさろ」

「では、ノーマさん。煮込みと焼き物をお願いしますね」

「分かったさね」

 

 ノーマが鼻歌交じりにかまどの間を行き来する。

 すごい上機嫌だな。

 

「うふふ……ノーマさん、子供たちに『大好き』って抱きつかれていたんですよ」

「いつ?」

「さっきです。綿菓子を作っていた時に」

「へぇ~」

 

 俺も「おっぱいが好きです!」って言ったら抱きつ――

 

「ヤシロさん」

 

 鼻を摘ままれました。

 ……俺の顔、液晶ディスプレイにでもなったのかな? 顔に書かれ過ぎじゃない?

 

「ハムっ子さんたち、すごく興奮されていました」

「綿菓子でか?」

「いえ。その前から。ヤシロさんが嬉しいことを言ってくれたって」

「俺が?」

 

 あぁ、もしかしてアレか。

 

「情報紙の配達員に、年少から年中を使えないかって話をしててな」

「年少の子たちもですか?」

「あぁ。年中組と二人一組くらいで組ませて、散歩気分で契約者の家に届けるんだ。引率がいれば年少でも出来そうだろ?」

「そうですね。シスターも言っていました。遠くまで歩いて、世界を広げていくのはいい経験になると」

「毎日が大冒険になるぞ、きっと」

「うふふ、そうですね」

「ただ、危険がないようによく見ててやらなきゃいけないけどな」

「はい。わたしも協力しますね」

「ハムっ子ネットワークもあるし、ハムっ子が手伝いに行っているギルドの連中にも話をしておけば、見かけたらそれとなく見守ってくれるだろう」

「そうですね。これまでのハムっ子さんたちの頑張りが評価されている証拠ですね」

「あとは、責任感にでも目覚めてくれればいいんだが」

「それは、大きくなるにしたがって、ですよ」

「いや、次女という例もある……」

「次女さんはとっても責任感のあるお姉さんですよ」

「どこがだよ!?」

「全部が、です」

 

 とんだ節穴だな、お前の目は。

 ジネットフィルターにかかると、どんなものでも三割増しでよく見えるんだろうな。

 

「あんたらの会話、まるで子を心配する親みたいさね」

「へっ!?」

 

 大根を桂剥きしながらノーマがそんなことを言う。

 

「店長さんはともかく、ヤシロが心配性なのは、やっぱりちょっと面白いさね」

「あのな、ノーマ。俺は新しい事業の成否に関わる問題点として――」

「はいはい。分かってるさよ~」

「絶対分かってないよな、お前?」

「うふふ、わたしも分かってますよ~」

「ジネットまで……」

 

 はぁ、もういい。

 

 俺はふて腐れて、にこにこ笑う美女二人にチラチラ見られながらお子様ランチを一心不乱に作っていった。

 

 

 

 

 

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