異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

56話 不器用な器用者 -1-

公開日時: 2020年11月24日(火) 20:01
文字数:3,622

「今日こそ捕まえてやるぜ!」


 目覚めてすぐ、俺は意気込みを新たに、拳を突き上げつつ宣言した。

 やってやる!

 やると言ったらやってやる!


「今日一日をフルに使って、何がなんでも彫刻家を捕まえてみせる!」


 その場にいた者たちが俺に視線を注ぐ。

 背水の陣たる鬼気迫る決意表明に甚く心を打たれてのことであろう。分かる、分かるぞ、うん。


「ヤシロ……」


 陽だまり亭のテーブルに着いていたエステラが立ち上がり、ゆっくりと近付いてくる。

 そして、俺の肩に手を載せ、静かな視線を俺に向ける。


「……もう、夕方だから」


 窓の外は、鮮やかな赤色に染まっていた。


「こんな時間まで寝ていながら、よく一日をフルに使ってなんて言えたもんだね」


 ものすご~く呆れた目で見られてる。

 なにそれ、蔑み? 憐れみ? 可哀想な子を見るような目?


 しょうがないだろ!?

 昨日変な時間に寝ちゃって夜眠れなかったんだから!

 全員が寝静まった後の暗く静かな夜の闇が、これまた凶悪に怖くて全然眠れなくて……そのくせそろそろ陽が昇るかなぁっていう頃になってようやく眠気がやってきて…………で、気付いたら夕方だったのだ。


「俺、悪くなくね?」

「君の頭は、悲しいほど悪いのではないかと疑念を抱き始めたところだよ」


 失敬なヤツである。


「ヤシロさん。とりあえずお食事はいかがですか? お腹空いたでしょう?」

「ん……そう言われてみれば」

「では、用意してきますね」


 ぱたぱたと厨房へと姿を消すジネット。

 ロレッタはさっきまで誰かが飯を食っていたのであろうテーブルの片付けをしている。

 マグダは店に居並ぶ蝋像にはたきをかけている。……それ、掃除しなくていいんじゃね?

 そして、俺の前にエステラがいる。


「……なんつーか、この店、いつも同じヤツしかいないよな」

「さっきまではお客さんがいたんだけど、君が寝てただけだよ」

「客がいたといっても、どうせこの蝋像よりも少ない数だろう?」

「う…………ま、まぁ、そうだけど」


 陽だまり亭に並んでいる蝋像は全部で二十五体…………また増えてやがる。


「単純計算で、一人五体だな」

「五体もいらないからね」


 仮に持ち帰るならばという例え話だ。

 俺もこんな彫刻はいらん。だが、こいつを捨てるわけにもいかんのだ。


 そろそろ、店のスペースを圧迫してきているな……早く、彫刻家を捕まえなければ。


「すまん、ジネット! 飯はまた今度にする!」

「えっ!?」


 俺が声をかけると、ジネットが慌てて厨房から顔を出す。


「お食事、されないんですか?」

「早く捕まえなきゃいかんからな。どういうわけか、もう夕方だ……ゆっくりしている時間はない」

「どういうわけか、じゃ、ないけどね」

「で、ではせめて、お弁当を……! い、今すぐ作り直しますから!」

「いや、大丈夫だから」

「ダメです!」


 ジネットがカウンターを越えて、つかつかと歩み寄ってくる。

 珍しく、眉を曲げて少し怒ったような表情を見せている。


「しっかり食べていただかないと、ダメです。ヤシロさんにもしものことがあったら……わたしは…………」

「あ、いや…………だからな……」


 なんという気迫だろうか……

 俺が、言い逃れられないなんて…………


「それとも……わたしの作る料理では…………ヤシロさんのお役に立てませんか?」


 これはズルい!

 これはズルいだろう、ジネット!


 なんだ、その今にも泣きそうな顔は?

 両親の離婚が決まって父親が出て行く時の幼い子供みたいな表情しやがって……


 こんな顔でこんなことを言われたら…………いくら俺でも……


「おにーちゃーん!」

「にぃぃーーちゃーーーんぁ!」


 その時、勢いよくドアを開けて妹たちが食堂内へと駆け込んできた。


 でかしたぞ!

 そのままなんやかんやと騒ぎまくれ!

 ジネットがお前たちに気を取られて、有耶無耶な空気になった隙を突いて、俺はこそこそと逃げ回る彫刻家をとっ捕まえて……っ!


「彫刻置いてた人捕まえたー」

「捕まえたのかよっ!?」


 とんだ肩すかしだ!?


「確保ー!」

「ゲットだぜー!」


 俺のこれまでの努力と、この今の意気込みをどうしろってんだ!?

 俺が寝てる間に確保とか…………そりゃねぇだろ。


「それで、そいつはどこにいるんだい?」


 騒ぐ妹たちを落ち着かせ、エステラが問う。

 妹たちは揃って入り口を指さし、「もうすぐー!」「連れてくるー!」「でも暴れるー!」と口々に言う。


 もうすぐ、ここに俺の蝋像を作った彫刻家がやって来る…………一体、どんな人物なのか……


「大人しくするのー!」

「暴れないのー!」


 徐々に、表が騒がしくなる。

 下手人のご到着のようだ。


「おにーちゃーん!」

「犯人、連れてきたー!」


 妹たちが四人がかりでロープを引っ張っている。 

 そして、ロープで体をぐるぐる巻きにされた一人の男が、引き摺られるようにして陽だまり亭へと来店した。


「えぇい、幼き者どもよ! 離すでござる! 拙者は、このようなところで挫折するわけにはいかぬでござるよっ!」


 ……侍っ!?

 連行されてきた男は、ぼさぼさの髪の毛に、芋っぽい丸メガネをかけた若い男だった。

 ただやっぱり気になるのは、その口調だ。

『拙者』に『ござる』ときたか…………まさか異世界で侍口調のヤツに出会うとは……


「むっ? …………ぬはぁぁぁあああっ! ヤシロ氏っ!? あなた様はヤシロ氏ではござらぬか!?」


 …………あれ、そっち?

 侍じゃなくて、ちょっとアッチ系の感じなの?


「ほ、ほほほほ、本物でござるっ! いや、待て、落ち着け拙者! ヤシロ氏がこんなところにいるのはおかしいでござる! ヤシロ氏は天上人故、このような下界においでになるわけがないと思われ……いやしかし、だがしかし、今拙者の目の前におわすお方こそ紛れもなく英雄ヤシロ氏に相違なく……あぁ、拙者何が夢で現実か分からなくなってきたでござ候っ!」

「妹、叩き出せ」

「ちょっと、ヤシロ、落ち着いて!」


 素直な俺の要求に、エステラが待ったをかける。


「いや、たぶんそういう反応だろうと思ったけど、話を聞かなきゃ始まらないから!」

「じゃあお前が話を聞いてくれ」

「いやぁ………………ボクはちょっと…………」


 物凄く嫌そうな顔だ。


「でゅふふ……何やら拙者、婦女子に敬遠されているようでござるな。いやしかし、だがしかし、それこそが普通の反応。拙者、微塵も気にしておらぬ故、御仁もお気になさらぬよう」

「……ヤシロ」

「そんな助けを求めるような視線を俺に向けるな……俺の手にも余るタイプのヤツだ」


 さて、この灰汁の強過ぎる男をどうしたものかと考えていると、ジネットがすっと一歩踏み出し、ござる口調の男の前に立った。

 そして、ぺこりと頭を下げる。


「ようこそ、陽だまり亭へ。わたし、この店の店長のジネットです」

「ややっ、これはこれはご丁寧に。痛み入るでござる」

「よろしければお名前を伺ってもよろしいですか?」

「拙者、名乗るほどのものではござらぬ故……」


 イラ……


「名乗れや、コラ」


 余りにイラッとしたために、思わず顔面を足蹴にした俺を、誰が責められよう。


「ヤシロさん、ダメですよ」


 おぉう……責められた。


「むふぅゎああっ! え、英雄が! 英雄が拙者の顔を足蹴にぃぃぃ! か、感激のあまり、拙者、体中の筋肉がおかしな動きを始めたでござるぅぅ!」

「えぇい! 奇妙な動きをしてないでさっさと名乗れ!」


 ロープを掴んでいた妹たちが思わず逃げ出すほど気持ちの悪い蠢き方をして「むはー! むはー!」ともんどりうつござる男。

 ……なにこれ。今すぐ山に不法投棄したい。


「……ヤシロ。君の知り合いは、こんなのばっかりなのかい?」

「知り合いじゃねぇよ!」


 初対面だ!


「ごほんごほん……いや失敬。少々取り乱してしまったでござる」


 ござる男がのたうち回るのをやめ、床に正座をし、スッと背筋を伸ばす。

 ……あの悶えっぷりから急に冷静になる切り替えの早さと、両手を縛られた状態でスッと体勢を立て直せる体の柔軟性がまた一層気持ち悪さを際立たせている。

 つか、さっきのが少々だったら、お前が本気で取り乱した際は人間のカテゴリーから外れるんじゃないのか?


「名を問われ、答えぬは失礼でござるな。では、つまらぬ名前でござるが記憶の片隅に覚え置いていただきたく候…………そもそも、拙者がこの世に生を受けたのは今から十八年前のある雨の日で……」

「さっさと名乗れ!」


 すごくいい位置に顔があったので、もう一発顔面を足蹴にする。

 なんだろう、このフィット感。こいつの顔、足蹴にするためにあるんじゃねぇのと思わせる、そんな一体感を感じる。


「ヤシロさん。乱暴はダメですよ?」

「いやいや、ジネット氏。拙者、これはこれでちょっと気持ちいいでござる故」

「……うわぁ…………」

「……末期」

「……お兄ちゃん……」


 おいおい、エステラにマグダにロレッタよ。

 なんでそこで俺を見る? 悪いのはあいつで、キモイのもあいつだろ?


「ごほり、と……。では、改めて。拙者、名をベッコ・ヌヴーと申すでござる。しがない表現者故、それ以上に紹介できることは何もござらん。つまらぬ男でござる」


 ベッコ・ヌヴーか。


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