「それじゃあ、もう脱いでもらっても構いませんよ」
「では……」
「奥行って脱いできて、ナタリアッ!」
すっかり板についてきたな、その主従漫才。
エステラの胸はツッコミのし過ぎで磨り減ってしまったのではないだろうか……カロリー消費しそうだしな。
「しかしながら、エステラ様。先ほどからずっと、ヤシロ様がエロい目で私を見ておられますので、少しくらいはご期待に添う必要があるのではないかと……」
「ジネット。ウクリネスを手伝って、今すぐナタリアを奥へ連行してくれ」
「は、はい。分かりました!」
普段と違う服を着るとテンションが上がる。
その状態のナタリアを野放しにするのは非常に危険だ。なので、即撤収!
ウクリネスとジネットに引き摺られるようにして、ナタリアが厨房へと消える。
……世界に、平和が戻った。
「ヤシロ。エロい目もほどほどにね」
「あれ? 俺、たった今までお前はまともな思考してると思ってたんだけど、勘違いだったか?」
ボケるヤツがいなくなると途端にボケてくる。この欲しがりさんめ。
「お兄ちゃん」
ロレッタが「えへへ」と、俺の前にやって来てカカトを揃える。
手を後ろで組んで、俺の顔を覗き込むように窺っている。
「どうです?」
「感想ならさっき……」
「聞いてないですよ。おっぱい以外の感想は」
おっぱいの感想を聞いていたならいいじゃないか。
それがすべてだ。
「ドレスの作りが特殊だからなんとも言い難いってのが正直なところだな」
「むむぅ……そうですか。あたしは結構好きなんですけどねぇ」
「お前には、もっと似合うドレスがあると思うぞ」
「もっと?」
テーブルを挟んで、全身がよく見えるような距離をあけた先に立つロレッタ。
無駄な肉はついておらず、まだ幼さの残る細い体躯。しかしながら、少し伸びてきた髪の毛は、以前よりも少しだけロレッタを大人っぽく見せていた。
少女から大人へと変わり始めた年頃のロレッタには、もっと華やかで可愛らしい、明るめのドレスが似合うと思う。
「ウェンディの代わりじゃなくて、お前のためのドレスを着た時、惜しみない称賛を贈ってやるよ」
「ホ、ホントですか!? 約束ですよ!? 嘘吐いたらカエル百匹飲ませるですよ!?」
「う~っわ、なにその拷問……」
ウクリネスのドレスは確かによく出来ていた。
だが、やはりまだ未完成だ。
ウチのロレッタを受け止められるだけのパワーが備わっていない。
「そのドレスじゃ、お前の良さは出し切れないからな」
「ほにゃっ!?」
「……つまり、今回はドレスを上回ったロレッタの勝ち」
「もちょっ!?」
「確かに、そうかもしれないね」
「エ、エステラさんまで!? ど、どうしたです!? どうしてみんな褒めるです!? こうも褒められ続けるとちょっと不安になるです!?」
貧乏性というのか、いつも褒められたい褒められたいと言っているロレッタだったが、いざ褒められるとどういう顔をしていいのかが分からないらしく、ただただオロオロするだけだった。
結局、ロレッタが助けを求めたのは陽だまり亭の駆け込み寺、ジネットだった。
「て、店長さぁんっ!」
カウンターを越えて厨房へと駆け込むロレッタ。
厨房からデカい声が聞こえてくる。
「あたしを罵ってですっ!」
「ぅええっ!? わ、わたしには、少しハードルが高い気がしますっ」
どんだけ慣れてないんだよ、褒められるの……心の安寧を求めて自らいじられに行くとか…………ありゃ病気だな。
まぁ、ジネットなら本当に心を抉るようなことは言わないだろうし。安全策だな。
「ドレス、綺麗だった思う、私は」
「ギルベルタは着る機会ないのか、あぁいうドレス?」
「裏方が本分、給仕は。目立つ必要などない、私には」
「それでも、たまにオシャレとかしてみたいだろ?」
「オシャレをしたところで、いない、見せる相手が」
表情が少し曇り、微かに覗く小さな触角がぴこぴこと揺れた。
一人でオシャレしても、まぁ、寂しいか。
「……なら、今着ればいい」
俺の膝から「ぽーんっ!」と飛び降り、体操選手のように華麗な着地を決めるマグダ。
ギルベルタの前に立ちキリッとした無表情で言う。
「……ここには、きちんと見て、『マグダは世界一可愛い』と心からの絶賛をしてくれるヤシロがいる」
「あれ? 俺今、なんか強要されてる?」
俺のささやかな抗議はサラッと無視され、マグダが熱のこもる無表情な半眼でギルベルタの手を取る。
さながら、熱血教師のような熱さを持って。
「……オシャレはいつするの? 今でしょ」
「なぁ、マグダよぉ………………いや、もう何も言わないけどさ」
お前、何年くらい日本に住んでたの?
住んでたよね? それともなに? こっちの世界にすごく似た人が何人かいるの?
「……ちょうど今、この店にはドレスが二着ある」
「借りていいのか、さっきのドレスを?」
「……いいか悪いかではない。借りるのだ」
「マグダ。それ名言っぽいけど、ただの強奪だからな?」
ジャイアニズムってヤツだ。
「いいのか? 友達のヤシロ?」
「まぁ、頼んでみたらどうだ? 着るくらい許してくれんじゃねぇの?」
ウクリネスは美少女に服着せるの好きだし。ギルベルタもそれなりに可愛いからな。
頼めば断られることはないだろう。
「……さぁ、腹を決める時」
「着てみたい思う…………許されるのなら、私は」
「……話は決まった。いざ、行かん」
「行く、私はっ!」
年中無表情のマグダと表情に乏しいギルベルタがキリッとした顔で厨房へ向かう。
やっぱり着てみたかったんだな、マグダ。
体よくギルベルタをダシにしやがった。
「お前は着なくていいのか?」
「ボクは結構あるからね、ドレスを着る機会は」
「そりゃそうか」
「ヤシロが、『エステラは世界一可愛い』と心からの絶賛をしてくれるっていうなら、着てもいいけどね」
「言ったら言ったで照れるクセに」
「さぁ、それはどうかな?」
広い食堂に二人きり。
エステラと二人の時にだけ漂うこの雰囲気は、割と好きな方だ。
言葉尻を捕まえて相手をやり込めてやろうと互いを探る感じ……悪くない。
マグダとギルベルタが着替え終わるまではそんな遊びでもして時間を潰そうかと思っていたのだが……
「……敗戦」
「諦めることにした、私たちは」
マグダとギルベルタが元の服のままカウンターを越えて戻ってきた。
あれ?
ドレスは?
と、厨房へ視線を向けると、ドレスから着替え、いつもの服装に戻ったロレッタとナタリアが揃って出てくる。
二人とも表情が曇っている。
……一体なんだ?
「ヤシロ様。エステラ様…………本日の私の思い上がった言動の数々、ここにお詫びさせていただきます」
「あたしもはしゃぎ過ぎて申し訳なかったです。ごめんです」
「どうしたの、二人とも!?」
どうした!?
さっきまで可愛いとか言われて有頂天だった二人が、揃って打ちのめされている。
……はっ!? まさかっ!?
おおよその事態に予測がついた俺は、この次訪れるであろう最大級の衝撃に備えて座り直し、そして厨房のその奥へと意識を飛ばす。
……来る。来るぞっ!
「あ、あの…………」
ゆっくりと、厨房から食堂のフロアへ繋がる出入り口を通り、ジネットが姿を現す。
先ほどナタリアが着ていた『胸の部分にかなりのゆとりを持たせて作った』ドレスを身に纏って…………
「おっぱい、ぼぉぉおおんっ!」
「ヤシロ! 気持ちは分かるけど、ダイレクト過ぎる表現は控えてくれないか!?」
「いやっ、でもっ、ぼぉぉおおおんっ!」
「ぼぉぉおおんっだけども!」
「あ、あの、やめてください、お二人ともっ! ぼぉんじゃないですからっ!」
と、おっぱいをぼぉぉおおんっと突き出してジネットが言う。
あれ。あのドレス。
ナタリアが着た時には、余った布をピンで留めたあのドレス。
今は絶対、手を加えていない。
何もしなくてもはち切れそうだ!
「正直。私は少々思い上がっていました」
「あたしも……店長さんに比べればまだまだです」
「そんなことないですよ!? ナタリアさんも綺麗でしたし、ロレッタさんも可愛かったですよ!? ね? そうですよね、ヤシロさん!?」
「あぁ。でも、ジネットが一番おっぱい大きいなっ!」
「おっぱ…………む、胸の話はいいんですっ!」
「あぁっ! 胸の話はいいよなっ!」
「意味が変わってますっ! もう、懺悔してくださいっ!」
その後、少し落ち着いてから、「ナタリアさんの着替えを手伝いに裏に行ったところ、ウクリネスさんとナタリアさん、そしてロレッタさんに説得させられて袖を通すだけのつもりでドレスを着たのですが…………なんだか、変な空気になってしまいまして…………申し訳なかったです」という説明を聞いた。
結局、ジネットもすぐにドレスを脱いでしまった。
あんまりじっくりと見ることは出来なかったな。……ぼぉぉおおんっにばっかり目が行ってしまって…………
でもまぁ、いいだろう。
おっぱいがすべてだからな。
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