「時間がない。パーシー、簡潔に答えろ」
詰め寄ってきたパーシーの肩を掴んで、逆に追い詰めるように体を近付ける。
「え、お、おぅ……」と戸惑いを見せるパーシー。だから、そんなんいいから聞かれたことにだけ答えろ。いいな? 聞くぞ。
「お前、ネフェリーの行動を監視していたよな?」
「か、監視なんかしてねぇし! た、ただ……遠くから見つめていただけ……」
「定義はどうでもいい! 見てたんだよな!?」
関係のない話をしている時間はない。イエスかノーで答えられる質問だ。時間をかけるな!
「こ、ここ最近は……その……モリーがうるさくて……ちゃんと仕事しないなら、代表の座を正式に譲れって……でなきゃ従業員とお得意先に失礼だからって……だから、俺……ここ最近は四十区に缶詰めでさぁ……」
「つまり、ネフェリーが倒れた理由に心当たりはないんだな?」
「あ、あったら、あんちゃんに聞きに来たりしないっつーの!」
「そうか……」
どうでもいい時は執拗にストーキングしていたくせに……
「使えねぇタヌキだな!」
「ひでぇーよ、あんちゃん! 俺だって、出来ることならずっと見つめていたいっつーの! でも、モリーも怖いんだよ! あいつ、怒るとさぁ……!」
「ジネット」
「はい」
くだらない話をし始めたパーシーを無視して、作戦の変更を伝える。
「ネフェリーに何か精の付く物を作ってやれるか? あとでハムっ娘にでも持たせてやってくれ」
「はい。温かいおじやを作っておきます」
「あとマグダ。大至急デリアを呼んできてくれ。仕事が滞るようなら後日俺が補填するからって。悪いが拒否権はなしだ」
「……心得た。四分半で戻る」
言うが早いか、マグダの姿が店内から消えた。
凄まじい速度で飛び出していったマグダの足音が、もう聞こえなくなっていた。
「デリアが来たら、マグダにはノーマとレジーナを呼んできてもらってくれ」
「そうですね。レジーナさんのお力が必要になるかもしれませんね」
嫌な想像ばかりが膨らんでいく。
インフルエンザも怖いが、ペストや赤痢、腸チフス、マラリア……衛生面が改善されたとはいえ、ここは医学の進歩していない異世界なのだ。下水だって、俺が伝えた原始的で簡易的なものしかない。
流行病が蔓延したら……打つ手がなくなってしまう。
「あ、あんちゃん! ネフェリーさんのお見舞いだったら、俺が行って看病までしてやるぜ! いや、遠慮とかいらねぇし!」
「あほ。体調が悪い時の姿を男になんか見せられるか。そういうところに気を遣ってやれないと、本っ気で嫌われるぞ」
「そ、……そんなに、か?」
ネフェリーはイマドキの普通の女の子で、中でもファッションや流行に敏感な多感な時期だ。恋人でもない異性に絶不調の姿を見せたくはないだろう。
「ミリィが看病に行ってくれりゃ安心なんだが……ミリィ、ちょっと行ってきてくれないかな……」
「ネフェリーさんのお見舞いはわたしが考えます。ミリィさん、可能かどうか聞いておきますね」
「聞きに行ってもいーよー!」
「ありがとうございます。では、お手紙を書きますから、少し待ってくださいね」
「はーい!」
ハムっ娘の勢い任せの説明では、おそらく正確な情報は伝わらないだろう。この、今の切迫した状況は。
そのあたりを考慮して、ジネットは手紙を書くと言ったのだろう。
きちんと、人の能力と効果的な使い方を考えているな。さすがだ、店長。
「な、なぁ、あんちゃん! 俺にも、何か出来ることねっかな? なんだってやるぜ! 今は四十二区の一大事なんだろ!? 四十二区は俺たちの工場を生き返らせてくれた大恩人だ。その恩人のために一肌脱がねぇで、何が砂糖工場の責任者だ! なぁ、そう思うよな!?」
熱い。
お前が意気込んでも出来ることなんかたかが知れている。
こいつは料理も掃除も接客すら碌に出来ないのだ。
忙しい時にフォローが必要な人材は枷になる…………なので。
「じゃあ、エステラに状況を説明してきてくれ。まだ未定だが、下手したら区を挙げて対策を講じる必要があるかもしれない異常事態だとな」
「お、おう! 任せろ!」
「ちゃんと説明できるか?」
「大丈夫! 会話記録見せっから!」
言って、来た時同様慌ただしく店を出ていくパーシー。
……まぁ、それが一番確実ではあるんだけど…………ちっとは自分で努力しろよ。どう話せば伝わりやすいかとか、頭使ってよぉ……
「ヤシロ! なんか一大事なんだって!?」
「……ヤシロ、デリアに説明を、マグダはノーマを呼んでくる」
パーシーと入れ替わりでデリアとマグダが入ってくる。
「あ、待てマグダ! レジーナも呼んできてくれ!」
「……レジーナ? …………なるほど。理解した」
こくりと頷いて、マグダが飛び出していく。
全速力で飛ばしている。たぶん、途中でパーシーを追い抜くだろうな。
「すまんな、デリア。仕事、大丈夫だったか?」
「この後、夜釣りをやる予定だったけど、ちょっと先に延ばすことにした。ヤシロの一大事の方が重要だって、オメロたちも言ってたし」
あいつら……そう言っとかないとこっちの一大事が気になってデリアの気が荒れると踏んだんだろうな……ま、ありがたいが。
「悪かったな。その夜釣り、今度俺も手伝うから、今日はこっちを手伝ってくれ」
「ホントか!? ヤシロと一緒に夜釣りできるのか!? やる! あたい、こっちの手伝いめっちゃやる!」
なんだか知らんがメチャクチャ嬉しそうだ。
アレかな?
子供って、お祭りとか花火とか夕べの集いとか、夜に外で何かをするとテンション上がるし、アレな感じなんだろうな、たぶん。
「はい。お手紙書けました。では、これをミリィさんに渡してくださいね」
「はーい!」
「一人だと不安だから、一緒に行くー!」
ジネットの手紙を持って妹が二人出て行く。
残った妹が三人、俺の足下に集まってくる。
「「おにーちゃーん! ネフェリーさんのとこは、もういいのー?」」
「あたし、お仕事あぶれたー!」
「じゃあ、お前らは俺とカンタルチカの手伝いな」
「「「はーい!」」」
俺が妹の相手をしている間に、ジネットがデリアに状況を説明していた。
こっちはジネットたちに任せよう。
カンタルチカの最ピーク時間帯か……未体験なだけに、妙に怖いぜ。
まぁ、こういう状況だからな……仕方ない……本当は関わらせたくなかったのだが……
「オシナ……、頼みたいことがあるんだが」
「ウンウン。ば~っちり、任せちゃってネェ~☆」
オシナに手を貸してもらう。
だが、こいつは俺が連れて行く。陽だまり亭に残して勝手をされては困る。自分の居場所を作りかねないからな、この手の大人女子は。したたかなんだ、とにかく。
「ちなみに、何が出来る?」
「お料理と~、お酒も結構知識あるのよネェ。あ、デモデモ、あんまり早く動くのは好きくないネェ」
ま、想像通りのスキルか。
こいつはカウンターにでも立たせて、しっとりと客の相手でもさせておこう。
カンタルチカなら、厨房で主導権を奪われようが知ったこっちゃない。そこはあのブルドッグ耳マスターが頑張るところだ。
「ジネット、カンタルチカがそろそろ限界だろうから、もう行くな」
「そうですね。きっと今頃マスターさん一人で困っていると思います。急いであげてください」
「こっちに来たヤツの対応は任せた。分からなければ俺に振ってくれていいから」
「はい。そうします」
必要最低限の伝達だけして、俺はオシナと妹たちを連れて店を出る。
「あ、そうだ、デリア。ロレッタ、パウラ、ネフェリーと何か話をしなかったか? 気付いたことでもいいんだが」
「ロレッタにパウラにネフェリーか……特にはないなぁ……。何か思い出したら店長に話しとくよ」
「そうしてくれ。じゃ、悪いが陽だまり亭を頼むな」
「おう! 任せとけ! あたいは頼りになるからな!」
ドンと胸を叩いて送り出してくれる。
ホント。どこかでまとめて恩返ししとかなきゃな……借りを作りっぱなしってのは落ち着かないんだよなぁ。……詐欺師としての性分かねぇ。
「たぶん、すげぇ忙しい店だと思うが、お前のペースでやってくれていいから」
「ウンウン。そ~ゆ~気遣い、ほ~んとダ~リンちゃんは居心地のいい系男子だネェ~」
人間を指して居心地がいいとか……背後霊くらいしか言わねぇぞ、そんなの。
溺れそうだったので藁にも縋ってしまったわけだが……
「オシナ」
「ン~?」
「お前の悩みも、出来る範囲でなんとか出来ないか、考えてやるからな」
「ほょっ?」
恩返しなんてのは気恥ずかしいので視線を合わせずに言ったのだが、オシナがガン見してくる。……いや、見過ぎだ見過ぎ! 回り込んでくるな! 顔を覗き込むな!
「ダ~リンちゃん、ホンット~に、やっさしぃ~子ネェ~」
によによと口元を緩ませて俺の頭を撫でようと腕を伸ばしてくる。
させないけどな!
「あ~ぁ、ホント……メドラちゃんとシェアしたいネェ~」
「そもそも、メドラの物じゃねぇから」
シェアとか、サブイボ立つからやめてもらえませんかねぇ。
「それじゃ~ネェ~…………単独所有、狙っちゃお~かネェ~……」
一本線で描かれたようなオシナの目が開いておっとり垂れ目が少しだけ蠱惑的な色味を増す。
見られているだけで心臓が締めつけられるような息苦しさを感じた。
「……な~んて、ネ」
ほろっと、落雁が口の中で溶けるように妖しい雰囲気を霧散させて、元のはんなり笑顔を浮かべるオシナ。
……だから、怖いんだよ。たまに垣間見せる大人女子の本気モード。今俺、草食動物の気持ちすげぇ分かるからな? 居酒屋にシマウマとかいたらめっちゃ意気投合しそうなほどに。
「とにかく、今晩を乗り切ることを最優先してくれ」
「ウンウン。まぁ~かせなさいっネェ~」
ともすれば、純朴な男子高校生が夢中になってしまいそうな『可愛らしい年上お姉さん』的な雰囲気に見えるオシナ。
俺が油断できないと感じているのは、メドラの親友を長年やっているという経歴からか、詐欺師である俺に近しい何かを感じているからか……纏う雰囲気の割に乳がCカップといまいち盛り上がりきれていないからか…………三番、かな?
いやいや、まさかそんな。はっはっはっ。
足早に大通りを進み、俺たちはカンタルチカへと急いだ。
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