「とりあえず、貴族しか役員になれないってルールを取っ払うんだよね」
陽だまり亭懐石を平らげて、「おいしかった~」っと満足げな顔を浮かべるクルスが言う。
現在、組合の役員は貴族しかいない。
それはもう、当然のように。
「王族や有力貴族に伝手を持つ大工が組合を忌避する要因の一つに、自分たちのコネを利用して貴族が権力を振るうのを嫌っているというものがあります」
王族にコネを持つ大工が組合に入れば、組合の役員という立場を利用してそのコネを『自分のコネ』として扱うようになるのは目に見えている。
取られるばかりでメリットがないばかりか、プラスで制約が設けられる。
そりゃ、組合に入るわけがない。
「ですので、役員は大工の中からも数名選出するべきだと考えました」
「けど、それじゃ、その大工がいる工務店ばかりが優遇されないッスかね?」
「もちろん、そうしようとする者が出てくるでしょう。ですので、公平性に欠ける役員を解任するための制度を設けるつもりです」
組合の役員が提議すれば話し合いの場を設け、賛同者が多ければその役員を解任できる制度らしい。
「それから、役員ではない組合員から上告することも可能にしたいと思います。これは、役員同士が結託をして組合員に不当な扱いを強いるのを防ぐためです」
役員が結託すれば解任は出来なくなる。
だが、組合員の大多数がその役員を不的確だと判断した場合には強制的に役員を辞めさせることが出来る。
それだけの監視体制があれば、腐敗の抑止としては機能するか。
「面倒過ぎてなりたがるヤツが減りそうだけどな」
「その程度の志の者なら、役員にしない方が組織のためになります」
ま、そりゃそうだ。
甘い汁を啜りたいってヤツばっかり集まってもな。
「大工からは役員を目指す者が多く出ると思うッス。現場の小さな不満を上に直接伝えるパイプが出来るのは、全大工にとって願ってもないことッスから」
役員に大工が入れば、上が勝手に決めて現場が苦労するなんてことは減るだろう。
「道路や家屋、そして大衆浴場のような大きな施設の建設がスムーズに出来るようになれば経済は回り、街にお金が巡るようになります。領民が潤えば領主が潤い、領主が力を付ければその区に住む貴族にも恩恵があります。私の目指す組合は、その官と民を繋ぐパイプであり、潤滑油の役割を担う存在なのです」
すべてがうまく回れば、利益は様々な方面へと還元されていく。
だからこそ、それを統括する者が清廉でないと利益が滞るわけで。
逆に言えば、分配するために集まってきた利益に目が眩んだヤツが組織を腐敗させていくんだよな。
「私が役員に潜り込むのに数年。そこから改革を完了させるのにさらに数年。そこからようやく、王族と繋がる大工たちを説得して取り込めるよう動きます。ですので、早くても十年くらいは時間がかかります」
随分先の長い話だ。
だが、それでも見積もりが甘いくらいだ。
上だけを睨み付けていればいい今とは、状況が変わる。
そのうち、下からの突き上げも出てくるだろう。
相当苦戦するぞ。
楽して美味い蜜を啜れるポジションを正常化するなんてのはな。
「こびりついた頑固汚れは、必死に擦ってもなかなか取れないものですから」
「貴族のぼんぼんが、こびりついた頑固汚れなんか擦り落としたことがあるのか?」
「はい。お恥ずかしながら、次男坊などというものは、貴族であって貴族ではないような者なのです。兄が跡を継げば家を追い出される宿命ですから」
「三男坊なんてもっと悲惨なんだよ~。僕なんか、教育も全然手抜きなんだもん。将来どうしようかって、ずっと悩んでたんだよねぇ」
長男に何かあった時の予備。
貴族にとって次男以降の男児などそのような扱いなのだろう。
三男ともなれば、長男の予備の次男の予備だ。
教育もおざなりになるだろう。
「ですので、料理に掃除は一通りできますよ」
「僕は出来ないけどね~」
「自分は、剣技を少々!」
面接だとでも勘違いしたのか、トトが見当違いな申告を。
「トトは、家を継いだり政略結婚したりって話はないのか?」
「自分は、このような可愛げのない容姿な上、特技が剣技ですので、結婚など……」
「何を言う、そんないいおっぱいをして!」
「貴族にはいろいろあるんだよ。いいから口を閉じて、ヤシロ」
トトの親は王族を守る騎士団の部隊長を務めているらしい。
ナンバーワンでこそないが、トップテンに入るくらいの強者なのだとか。
そして長男が父の後を継ぐべく騎士団に入って剣を磨いていると。
「自分も女騎士を目指したのですが、兄のような才覚がなく、試験に落ちました」
トトの腕はそこまで大したことがないようだ。
「オトトちゃん、本当はすごく強いんだよ。でもおっぱいが大きいから、あまり速く動けないんだって。なんか、速く動くと物凄く揺れて、千切れそうに痛いんだって。ね?」
「その通りだけれど、なぜこんな大勢の前でそれをバラした!?」
「可哀想だなって」
「そんなことをバラされたことの方がよほど可哀想だわ!」
フロアにいる全男子の視線がトトの雄大な膨らみへと注がれる。
アレが暴れたら、痛いよなぁ……
「しょうがない。俺がスポブラをプレゼントしよう」
「すぽ、ぶら?」
「大きな胸をしっかりと押さえて揺れを抑止し、かつ締め付け過ぎないので息苦しくもならない最高の下着だ」
「なんとっ、そのようなものがあるのか!?」
「俺なら、最高のスポブラが作れる!」
「後生だ、ヤシロ君! 自分にそのスポブラを作ってくれ!」
物凄く感激しているのだろう。
口調がクルスに対するものと同じになった。
親近感が幼馴染レベルにアップしたようだ。
ならば、俺もそれに答えねばなるまい!
「よし! ちゃんと着け方も教えてやるからな☆」
「いい加減にしないと刺すよ、ヤシロ?」
「大丈夫だ、エステラ。ちっぱいにもよく似合う、可愛いブラだから☆」
「よし、刺そう。今刺そう!」
エステラがナイフを取り出したのでお口チャックする。
「遅いよ、閉じるのが」と睨んでくるエステラ。
でもこれって、人助けだと思うけどなぁ。
お前、好きでしょ、人助け? ねぇねぇ?
「しかし、今さら騎士団には入れない。年齢も年齢だしね」
「オトトちゃん、今年で二十四だしね」
年齢制限があるらしい。
まぁ、あぁいうところは才能のある若者を集めて育てていくのだろう。
中途採用なんてのはそうそうないだろうし。世知辛いな。
「だから、組合を一緒に盛り立ててね」
「自分を必要としてくれたのは、クルス君とネグロ君だけだ。この身を賭して君たちに協力するよ」
堅苦しい発想も武士っぽい。
「クルスも組合を変えたいって思ってるのか?」
いまいち本心が掴みきれないクルスにも聞いてみる。
「うん。僕は小さいころからネグっちのサポートをしてきたからね。この先も一生そうやって生きていくつもり。ネグっちの隣が、一番居心地がいいからね」
熱い男、ネグロ。
絶対的な味方となるクルス。
そして義に厚いトト。
まぁ、この三人なら仲間割れをすることもないだろう。
で、こういう連中にはちょっと期待をしちまうんだよな。
何かをやらかしてくれるんじゃないかって。
何より、こいつらが独自に動いてくれるなら、俺たちが進んで組合を潰しにかかる必要はなくなった。
組合が存続すれば、懸念していた『仕事にあぶれて貧困に窮する大工』なんてものも出なくなるだろう。
街が荒れないってのが、金の巡りをよくする条件だ。
だから、こいつらに協力するのは、悪い話ではない。
「よし。俺も本気を出すぜ」
「本当ですか、ヤシロ様!?」
歓喜に顔を輝かせるネグロに頷いてやる。
「あぁ、任せておけ。最高のスポブラを完成させてやる!」
「それじゃないよ、君が求められているのは!」
えぇ~、折角やる気になったのにぃ。
「ほっほっほっ。冷凍ヤシロがオヌシらに付くなら、ワシも協力してやらんでもないぞい」
ずっと黙って話を聞いていたタートリオが口を挟んでくる。
「代替わりを待たずに、お前さんを役員へ押し込むことが、可能かもしれんぞい」
「しかし、あまり性急に事を進めては――」
「甘いぞい! センセーショナルな話を利用するなら、タイミングが重要なんじゃぞい。エチニナトキシンの話は時間が経つにつれインパクトを失うぞい」
確かに、「そんな薬があるのか!?」という驚きと同時に「それを愛用していたのはコイツです!」と名指しすれば、最大級のダメージを与えられるだろう。
暴露とは、世間の注目が集まっている時に投下することで最大の威力を発揮する。
代替わりを待つ間に一年二年と時間が過ぎれば、与えるダメージはその分弱まる。
「お前さんらの決意が本物じゃというなら、ワシに覚悟を見せてみぃ!」
タートリオが険しい顔でネグロに言う。
ネグロはぐっと奥歯を噛みしめ、そして床に片膝を突いてタートリオに頭を下げた。
「ご助力、お願いいたします」
「うむ。チャンスは一度。抜かるでないぞい」
情報紙発行会と土木ギルド組合。
ウィシャートによって内部をぐちゃぐちゃにされた二つの組織が、腐敗から脱却するためにタッグを組んだ瞬間だった。
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