「『精霊の審判』にも誤審はあるのか……」
「ボクが女で、嘘を吐いていないという証拠だよ!」
「ヤシロさん。『精霊の審判』には心情や感情が入り込む余地はありませんので、誤審はあり得ませんよ」
そうなのか。
ってことは、マジで女なのか……
そう思って、改めてエステラを見つめる。
中性的な顔は、見ようによっては美人に見え、細く長い手足も女性的と言われればそう見える。
…………残念なのは真っ平らな胸だ。これのせいで男だと勘違いをした。
「お前の胸と俺の勘違いで、有責は五分五分だな」
「統括裁判所に告訴すれば『10:0』で勝つ自信があるけど?」
エステラの額に青筋が浮かぶ。
それにしてもこいつは雅量のあるヤツだな。普通の女子ならブチ切れて平手の一発でも飛ばしてくる頃合いだ。
物腰といい、しゃべり方といい……こいつ、お金持ちか?
そういえば、服もそこそこいい感じの作りだな。
「お前が『ボク』なんて一人称を使ってるのは、家庭の事情ってヤツか?」
「……え?」
「わざわざ男っぽい格好や仕草をしているのは、女であることがバレたくないからなのかと思ってな。まぁ、性別は別に秘密にしているわけではなさそうだけど」
「……どうして、そう思ったのかな?」
「どうしてって……金持ちの家には、何かしら面倒くさいことが山積みなもんだろう、どこの世界でも」
「へぇ…………」
急に言葉数を減らし、エステラはアゴを摘まんでしげしげと俺を見つめてきた。
う~ん、やっぱりまだ俺の中で女子認定できていないからか、見つめられてもドキドキしないな……むしろ「あ? なにガンつけてんだ、コラ?」って気分になる。
「君……頭キレるんだね」
「誰が頭のキレた危険人物だ!?」
「言ってないよ…………褒めた直後に褒めたことを後悔させないでくれるかな?」
エステラはため息を漏らす。
そして…………、先ほどまでとは違う鋭い目つきで俺を睨んだ。
な、なんだ? やる気か?
「ジネットちゃん。ごめん、ヤシロ君をちょっと借りていってもいいかな?」
「え? あ、はい。こっちはもう盛り付けるだけですので」
「じゃあ、あとよろしくね」
そんなことを言いながら、エステラは俺の腕をがっしりと掴んで厨房を出て行こうとする。
「おい、なんだよ?」
「いいから、付き合ってよ」
屋上への呼び出しか? 「久々にキレちまったぜ……」ってヤツか?
あらかじめ言っておくが、俺は殴り合いに自信はないぞ。俺だけ武器を持った上で引き分けるのが精一杯だからな?
「話があるんだよ」
「ここでしろよ」
「彼女の前じゃ、ちょっとね……」
「…………エロい話か?」
「なんでそうなる?」
「いや、女子の前では出来ない話と言えば……」
「ボクも女子だ」
「『精霊の審判』」
「……ホント、殴るよ?」
淡く輝くエステラが握り拳を震わせる。
ガッと、首に腕を回され、ヘッドロックされる。そして、強引に厨房から引き摺り出されていく。
強い強い強い! 力、俺より強いじゃん!
痛い! 柔らかい成分が一切ない! なんで小脇に頭を抱えられてるのに後頭部に何も触れないの!? 精霊神、ちゃんと仕事してる!?
「あー! 格闘ごっこだぁ!」
などと言う子供たちの声に「あはは、みんなはご飯食べてからね~!」と、エステラはにこやかな声で言う。
俺もご飯食べてからにしてほしい。
そのまま談話室を出て、俺は教会の外へと連れ出された。
再びの外。
そこで解放される。
「硬い!」
「……君、これまで積み重ねた無礼は、いつかきっとまとめて償わせてやるからね!」
変な形で固定されていた首をクキクキと鳴らす。……筋でも違えていたら慰謝料を請求してやる。
「君は……ジネットちゃんを狙っているのか?」
唐突に、エステラがそんなことを口にした。
俺がジネットを狙っている?
バカな。そんなわけないだろう。
俺が狙っているのはあの食堂の所有権だ!
……が、そんなことは言えるはずもないので…………
「俺はこの街に来たばかりで、ここのことがよく分かってないんだよ。それで、ジネットのところでしばらく厄介になることになったんだ」
「お人好しのジネットちゃんなら、一も二もなく承諾しただろうね」
エステラの視線が鋭くなる。
「これまでも、ジネットちゃんの優しさに付け込もうとした不届き者は何人もいたんだ」
言われて、当たり前のことにようやく気が付く。
あんな、食物連鎖の最底辺にいるようなジネットが、これまで狙われなかったはずがない。
金や土地はもちろん、あの巨乳……女としてのジネットを狙った者もいたことだろう。
……そんな連中に言い寄られて、ジネットが断れるはずがない…………ってことは、まさかジネットは!?
「そいつらは、全部ボクが追い払ったけどね」
「お前が?」
「あぁ。親友に危害を加えようとする虫を追い払うのは当然だろう?」
そうか。
ジネットがこれまで平和に暮らせていたのは、こいつがそばで目を光らせていたからなのか。
「それはよかった。どうもな、って俺が言うのも変だが、なんだか安心したよ」
ジネットがこれまでつらい思いをしていないと分かり、なぜかとても安心した。
が、エステラの視線は依然鋭いままだ。
「君も、振り払われる男の一人になるんだよ、これからね」
「はぁ!?」
ちょっと待て!
俺はジネットを狙ってなどいない!
あいつの金や店は…………まぁ、あわよくば、程度だ。真の目的ではない!
「俺はこの街のことを知りたいだけだ。誓って、ジネットに危害を加えるような真似はしていない!」
「『精霊の審判』」
「――っ!?」
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