「そ、そうだ、デリア。お前に話があったんだよ」
俺は、話題を変えつつデリアから距離を取る。
ジネットみたいな絵本の世界の純真無垢生物とか、マグダみたいなお子様とか、エステラみたいなしょんぼりおっぱいと違って、デリアは完全に成熟した女性なのだ。……リビドーを抑えつけるのも楽じゃないっつうの。
「実はな、マグダが怪我をしちまってな」
「マグダってのは、あのトラ人族の娘か?」
「あぁ、そいつだ。だから、しばらく川漁ギルドから買い取る魚の量を減らしてほしい」
「なんでだい!?」
「よく食うヤツが食わなくなったからだよ」
マグダが狩りをする際、大量の食料を消費する。
そのためにゴミ回収ギルドでは農業ギルドや川漁ギルドからこれまでの三倍近くの量を買い込むようになっていた。
それを、マグダの傷が癒えるまでの間元に戻してもらうのだ。マグダが狩りに出られない以上、そんなに食料は必要ないからな。
「……そんな。ただでさえ川がこんな状態で漁が出来ないってのに…………収入が……」
デリアの顔が真っ青になっていく。
川の増水に伴い漁が出来なくなったのだろう。
それで行商ギルドとの取引も出来ず、ゴミ回収ギルドとの取引もセーブされて、一気に収入がなくなったのだ。
「……こうなったら…………やりたくはないが…………体で稼ぐしか……」
「ふぁっ!?」
思いがけないデリアの発言に変な声が出てしまった。
デ、デリア……お前、まさか…………
「金を持っていそうな旅人を背後から襲って……金品を……っ!」
「俺の思ってた稼ぎ方と随分違った!?」
「ほら、親方……これで結構乙女だからよぉ」
いや、オメロ。俺の知っている乙女はそんな野盗みたいな発想を持ち合わせてはいないんだが。
「そうだ、オメロ! お前の泳ぎを監督してやるから年会費を払え!」
「えぇっ!?」
「なんだよ? お前も泳げるようになりたいだろ?」
「い、いや…………(泳げるようになる前に三途の川を渡っちまう気がするんですが……)」
後半部分は物凄く小さい声な上に三倍速ばりの早口だったが、俺にははっきりと聞き取れた。
「どうにかしてお金を稼がなきゃヤバいんだよ。協力してくれよぉ!」
オメロに詰め寄るデリア。オメロは涙目で俺に助けを求める視線を投げつけてくる。
……こいつ、本当に副ギルド長やめた方がいいんじゃねぇか?
「デリア。お前、借金でもあるのか?」
真っ先に浮かんだのは、大通りで見かけたゴッフレードだ。
あいつに借りた金を返せないと、カエルにされてしまう。恐ろしい男だ。
「いや……借金はないけど…………ただ……」
ごにょごにょとデリアが呟く。
照れたように俯き、上目遣いで俺を見つめてくる。
「甘い物が……食べたいから」
は?
「あ、あたいは、甘い物が大好きなんだよ! 一日の終わりに甘い物が食べられないと悪夢を見るんだ! すごく怖い悪夢なんだぞ! 泣いちゃうんだからな!?」
なに、その可愛い理由……
「だからオメロ! 漁が出来ない間、お前を川底に沈めて金を巻き上げる!」
「親方、それもう監督でもなんでもないですっ!」
脅迫、恐喝、強盗事件だよな。
水責めは苦しいらしいしな……オメロが号泣しながらこちらに助けを求める視線を投げまくってくる。
「オメロ。有り金全部貢いだらどうだ?」
「それはダメだ! いくらギルドの仲間だからって金銭関連はきちんとしておかないと、組織が崩壊してしまうだろ? 貸し借りはもちろん、贈与も禁止されてんだよ。だから、あたいはきっちりこいつを川底に沈めなきゃいけないんだ!」
途中まではもっともな意見だったんだが、「だから」以降が一切理解できない。
「兄ちゃん…………オレの遺言、聞き届けてくれるかい?」
「待て待て。まだ人生を諦めるのは早いぞ、オメロ」
涙も枯れ果て、切腹直前の侍みたいに悟り切った表情になったオメロに、俺はとりあえず待ったをかける。
さすがに見殺しは後味が悪い。
ここで俺はオメロにアイコンタクトを送る。
「お前を助けてやったら、見返りに何をしてくれる?」と。
するとすぐさまオメロから――
「なんだってやる! 殺しと泥棒、親方の機嫌を損ねないことならなんだって!」
――と返ってきた。
デリアの機嫌を損ねるのはそこに並ぶほどの重罪なのか?
では……と、俺は考える。
オメロに頼みたいこと……オメロが役に立ちそうなことで、俺が欲しているもの…………川魚の取引はデリアと直接行っているからオメロに言って量を増やしてもらうことは出来ないし、こいつからデリアに融通するように口添えしてもらうことは不可能だろうし…………オメロ単体で出来そうなこと…………あっ、アレがあったな。
すぐさま俺はオメロにアイコンタクトを送る。
「雑草まみれの小道があるんだが、お前の巨体で雑草を踏み固めて道を作ってくれないか?」
「やる! それくらいお安い御用だ! 道がぬかるんでいるうちに雑草を排除して、土が乾いたら踏み固め、道が安定するまでオレが責任を持って踏み固めてみせるっ!」
瞬時にそんな意思疎通を行い、俺たちは目と目で契約を結んだ。
これで、ヤップロックの家に行く獣道も通りやすくなるだろう。無駄にデカいだけのヤツもたまには役に立つんだな。
んじゃ、助けてやるか。
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