「でだ! このお子様ランチはまだ完成じゃない」
ザワッ……と、波が引いていくように、陽だまり亭の中に不気味な静寂が落ちる。
「こ、こんなに可愛いのに、まだ、完成じゃないんですか?」
ジネットの頬を、大粒の汗が流れ落ちていく。
その通りだ、ジネット。
このお子様ランチはまだ未完成、不完全なんだ。
こいつには、まだ、……『引き』がない!
「そこで、お前たちに相談がある。まぁ、そのために集まってもらったわけだが……」
ここにいる連中の協力が得られれば、このお子様ランチは完成する。
「これは、あくまで試作だ。ここでしか使わないし、許可が出来ないのであればすぐさま廃棄する。だから、怒るなよ?」
そう前置きして、俺は事前に作っておいたものをズラリとテーブルに並べた。
「こっ、これはっ!?」
エステラの声と共に、一同が驚きの声を漏らす。
そこに並べられたのは、つまようじに四角い紙が取り付けられた小さなフラッグ。
そう! お子様ランチといえば、ピラフの上に旗を立てなきゃ完成しないだろうがっ!
「これ……領主の紋章じゃないか……」
「海漁ギルドの紋章もあるよ~ぅ?」
「川漁ギルドのもだ」
「木こりギルドの紋章もですわ!」
「あ、あの、ヤシロさん。これは一体……?」
説明を求めるような視線が俺に集中する。
こういうのは大抵、論より証拠とか、百聞は一見に如かずってなもんで、実際やって見せた方が、説得力があるのだ。
というわけで、俺は領主の紋章が描かれた旗をピラフの頂上に突き立てた。
瞬間、お子様ランチは完全体へと変貌し、目も眩むような圧倒的な存在感を放ち始めた。
「「「「「おぉっ!?」」」」」
その場にいる者の魂が震え、世界がそれに共鳴する。
思わず漏れた声は、オッサン美少女問わず、みんな低っくい、野っ太い声だった。
「す、素晴らしいよ、ヤシロッ! ま、まるで、領主を称えた料理のようだっ!」
エステラが、顔全体の筋肉を弛緩させてにまにま笑いながら、なんだか訳が分からない感じで感涙している。
言葉では言い表せない、そんな感情が渦巻いているのだろう。
「ヤ、ヤシロさんっ! ワタクシの旗もそこに立ててくださいませんこと!?」
「い、いや! あたいんとこの、川漁ギルドの旗をっ!」
「ダ~メッ! 次は海漁ギルドのって決まってたのぉ☆!」
イメルダが、デリアが、そしてマーシャが各々の旗を持ち押し合いへし合いしている。
誰が最初にピラフにたどり着けるのか!? 勝者だけが、その頂に己の標を掲げられるという! ……って、そんなムキにならなくてもいいだろうに…………
「すごいですね、ヤシロさん。この様子でしたら、大ヒット間違いなしですね!」
「いや……旗を立てる方が盛り上がるようなもんじゃないんだがな、本来は」
ふと見ると、マグダとロレッタ、ついでにベルティーナが何やらもくもくと作業をしている。
「……これはマグダの紋章。狩猟ギルドの紋章をモチーフに、トラ人族のイメージを押し出した先鋭的なデザイン」
「あたしはたくさんいる弟妹を全部書き込むです! すごく時間かかるですが、頑張るです!」
「『お子様ランチとケーキのセットが食べたいです。ベルティーナ』……っと」
なんか、こいつらも自分の旗が欲しくなったらしい。
つか、ベルティーナは七夕がちょっと混ざってる気がするんだが?
「でも、どの旗を刺せばいいんでしょうか?」
お子様ランチの旗は、子供の心を晴れやかにもするし、地獄へ突き落としもする。
甘く見られがちだが、責任重大なのだ。
日本の国旗がいいなぁ、と思っていたら、どこだか分からない国の見たこともないような国旗だった時のあの喪失感……ピラフが紙粘土みたいな味に思えたもんだ……
「刺す順番は俺が決める。子供が泣こうがねだろうが、俺の決めた順番で出せ」
「は……はい! わたし、頑張ります!」
現在、目の前で繰り広げられている壮絶なバトルを目の当たりにして思う……ひょっとして、とんでもない領域に踏み込もうとしているのかもしれない……と。
なんて、大袈裟だっつの。
「おい、旗はもういいから、誰か試食してくれ」
「「「「「どうでもよくないっ!」」」」」
「えぇ~…………」
あのベルティーナまでもが『食』よりも『旗』を優先させている。
お子様ランチの旗……お前、やっぱすげぇ存在だったんだな。
「じゃあ、お前ら。旗の使用は許可してくれるんだな?」
「「「「「「もちろん! だからこの旗を使って!」」」」」」ですわ!」
満場一致。全員即決。
なんだかなぁ……
こいつら、こんなチョロくていいのかねぇ……
ギルドや一族の紋章なんだろ、それ。
「あ、あの、ヤシロさん!」
「なんだよ?」
「陽だまり亭の旗とか、作れないですかね!?」
「……いや、この店紋章とかないだろ?」
「はぅ…………そうでした…………」
ジネットまで、熱にあてられてそんなことを言い出す始末だ。
これはまた、ブームにでもなってくれるかもしれねぇな。
「じゃあ、今度何か考えてみるか」
「はい! ヤシロさんならきっと素敵な紋章を作ってくださるって、信じてます!」
いや、そんな信頼されても……
「……ヤシロが、陽だまり亭の紋章を……?」
マグダの呟きで、店内が一瞬で静まり返る。
全員が腕を組み、何か、深く考え込むような素振りを見せる。
「ヤシロのことだから、陽だまり亭らしさや……ジネットちゃんっぽさみたいな要素を含んでくるだろうな……」
ん?
なに、エステラ。お前さり気なくハードル上げてんの?
「店長さんっぽくて、お兄ちゃんが考える紋章………………あっ!」
ロレッタの声と同時に、考え込んでいた全員が同時に顔を上げる。
「「「「「「「「「おっぱいっ!」」」」」」」」」
「お前らなぁ……」
「も、もうっ! ヤシロさん、懺悔してくださいっ!」
「なんで俺だ!?」
とばっちりもいいところだ。
こりゃあ、しばらく陽だまり亭の紋章は保留だな。
……なんか、そう言われたからか…………おっぱいモチーフの紋章しか思い浮かばなくなった。うん、一回時間をあけよう。これからガキどもを呼び込もうって矢先に、それはないよな。うん。ないない。
こうして、確かな手応えと共に、陽だまり亭の新メニューが誕生した。
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