「じゃあ、ベルティーナ。おまじないをかけるからな」
「へ?」
以前、ジネットがマグダにやっていたことがあったのでベルティーナも知っているはずだが……よもや自分がやられるとは思っていないせいか、何をされるのか見当がついていない様子だ。
一度ウィンクを飛ばして合図をしてから、ベルティーナの膝に手を乗せる。
「ひゃぅ!?」
思わず漏れた自身の変な声に頬を一層赤くして、ベルティーナが膝に置かれた俺の手と顔を忙しなく交互に見る。
大丈夫だ、これは痴漢じゃない。
……ホント、マジで痴漢じゃないからいつの間にか俺の背後に立ってるマグダはじめおっぱいパトロールのメンバーたち、大人しくしてろよ。ホント、マジで。
「痛いの痛いの、飛んでいけ~」
言いながら、膝をさすった手を空に向かって振り上げる。
「……へ」
俺の手を追うように空を見上げたベルティーナの口から、驚きと呆然が組み合わさったような吐息が漏れる。
「どうだ? 痛いのは飛んでいったか?」
「え…………」
俺の声に視線を下ろしたベルティーナは、素早く辺りを見渡し、ガキどもの不安そうな顔を確認した後で、いつもの笑顔で頷いた。
「はい。飛んでいっちゃいました」
まぁ、今日は『精霊の審判』が禁止されているしな。
この程度の嘘は許容されてしかるべきだろう。な、そうだろ? 精霊神。
「もう全然へっちゃらですよ」
心配顔のガキどもへ、ベルティーナが聖母の笑みを向ける。
そうやって『騙す』方が、『隠す』よりも安心できるんだよ。ガキなんて単純な生き物はな。
「しぅたー!」
「シスター!」
「よかったぁー!」
「シスタァー!」
ガキどもが一斉にベルティーナへと群がる。
我先にと飛びつき抱きしめ、あっという間にベルティーナの体がガキの波に飲み込まれる。
巻き込まれてはたまらないと、俺は早々にその場を離脱する。
「ちょっと、みなさんっ、落ち着いて……っ!」
もみくちゃにされながらも、ベルティーナはどこか嬉しそうだった。
安心が声に表れていた。
「ありがとうございます、ヤシロさん」
立ち上がった俺に、ジネットがぺこりと頭を下げる。
「子供たちの不安がなくなって、よかったです」
「本当によかったよ、ヤシロ」
ジネットの後ろからエステラが、そしておっぱいパトロールの面々が俺をにこやかな笑顔で見つめてくる。
「君を失わずに済んで」
「……何をされる直前だったんだよ、俺は?」
人助けだ、人助け! お前らの大好きなな!
と、周りを見ると…………
「野郎どもがトラックの外に……」
「シスターの艶めかしい姿を衆目にさらすわけにはいかないからね。良識ある領民の皆様には場外へとご退場いただいたよ」
「うわぁ……脅迫だ。恐怖政治ここに極まれりだな」
にこやかな領主の後ろで氷の微笑を湛える給仕長やら、分かりやすく指の関節を鳴らす川漁ギルドのギルド長、一目見ただけで悪夢にうなされそうな狩猟ギルドのギルド長が涼やかに微笑んでいる。……怖ぇ…………なに、その笑顔。静止画でB級ホラーに勝てそうだな。
かくして、シスターの艶めかしいシルクのような生足を目撃した男は俺とガキどもだけだった。まぁ、それはそれでいいんだけども……
「お前らだって生足さらしてんの忘れてないか?」
お前らの生足だって十分艶めかしいだろうが。
頬摺り券を発売したら二分で完売するぞ、きっと。
「こっ、これはっ、……運動会の衣装だから……健全な格好なんだよ! 君がそう言ったんじゃないか!」
指摘されると恥ずかしいらしく、しかしながらその恥ずかしさを認めてしまうとこの後意識して身動きが取れなくなってしまうことも重々承知しているようで、エステラは話の根幹を棚上げするという選択をしたようだ。
ちょっと赤くなって俺を睨んでいる。
「それに、こうやって健全に出しているのと、シスターのローブを捲って中から見えるのとじゃ違うだろう……その、よ、妖艶さ、みたいなヤツが」
「うわ、エステラ、表現がオッサン臭っ」
「い、言わんとすることは間違ってないはずだよ!」
まぁ、そうだな。
ミニスカートよりも、ロングスカートをミニスカートと同じ高さまで捲り上げた方がエロさは上だからな。
「中から覗く」とか「チラッと見える」ってのが、エステラの言うところの『妖艶さ』ってのを引き立たせてしまうのだ。
つまり。
「全員全裸だったらなんにも恥ずかしくないというわけだ!」
「君は頭の中身をどこかに置き忘れてきたのかい!?」
アホたれ。
今日も元気にフル回転してるっつうの。
「あ、あのっ! もう、もう大丈夫ですよ! みなさん、落ち着いて!」
ガキどもに埋もれたベルティーナがまた困った時の声を上げる。
今度はなんだと覗き込んでみると……
「ぅおぉおぅい!?」
ガキどもがベルティーナを押し倒して衣服をはぎ取ろうとしていた。
ローブが、太もものかなり際どいところまでめくれ上がっている。
「ちょっ!? やめたまえ、君たち! こんな公衆の面前で!」
慌てたエステラとおっぱいパトロールの面々が、ベルティーナに群がるガキどもを引きはがし落ち着かせにかかる。
その隙に、ジネットがベルティーナに駆け寄って乱れたローブの裾を素早く整える。
「ヤシロさん、見てませんよね!?」
「んぬぉおおう、おう! 今、ちょうどなんか、めまいがして目の前真っ白だったから!」
真っ白な太ももが、鮮明にまぶたの裏に焼きついている。
ちょっとテンパっちゃって、ジネットの問いに対する咄嗟の嘘がうまいこと出てこなかった。
とりあえず顔を背けておく。
「どうしてこんなことをしたんだい、君たち?」
ベルティーナから引きはがされて泣きそうになっているガキどもの中で比較的話が出来そうな少女に向かって、エステラが諭すような雰囲気で声をかける。
少女は不安そうな顔でベルティーナを見つめながら、震える唇をゆっくりと動かす。
「まだ……怪我…………シスター、いつも痛いのとか隠すから……」
要するに、派手に転んだベルティーナはきっと全身怪我だらけになっているのに、自分たちを心配させまいとそれを隠しているのだとガキどもは思っているわけだ。
そして、俺がやったのを見て『痛いの痛いの飛んでいけ~』でシスターの怪我を治そうと…………って、少女よ。お前見た感じ十歳くらいだよな? お前はちっこいガキどもの暴走を止める側にいなきゃいけない年齢だろうに……
「そんなに心配なのかねぇ……」
「シスターは、いつも無理をされますから」
ジネットが実感のこもった声で言う。
昔からベルティーナはそうだったのだろう。
ガキどものために、いつも無理をして笑顔を作って。
で、ガキどもの方もそれに気が付いていて……ってわけか、
けどなぁ、運動会で転んだくらいでそんなに取り乱すか……?
「だって、オレ聞いたことあるもん!」
デリアに拘束されながらも体をバタつかせて抵抗する獣人族のガキ。あいつは教会最年長の、暗算が出来ない男子だな。
どうやら、最年長のリーダー的兄貴が取り乱しているせいで、ガキどもが全員取り乱しているようだ。
そして、その最年長のガキが取り乱している理由ってのが……
「歳を取ると、転んだだけで骨折して、寝たきりになって、ボケちゃったり死んじゃったりするって!」
……どこかで聞きかじった、中途半端な知識によるものだったらしい。
「しすたー、しんじゃやだぁぁぁあああ!」
「しすたぁあああ!」
「やぁああだぁぁぁああああ!」
阿鼻叫喚である。
怪獣のようにちんまいガキどもが泣き叫ぶ。
……が。
「みんな、ダメだ!」
「そうさね! 近付くんじゃないよ!」
「……マグダたちの言うことを聞くべき」
「マグダっちょの言うとおりです! 今シスターに近付いたら――巻き添えを食らうですよ!」
エステラたちが必死にガキどもを取り押さえ……いや、守っている。
小さな体をしっかりと抱きしめ、腕をがっしりと固定して。
ガキから腕を離したのはただ一人。
最年長のガキを拘束していたデリアだけだ。
……デリアが、そそそっと、音もなく最年長のガキから離れていく。
「…………そうですか。私のことをそこまで心配していてくれたんですね……」
ゆらり……と、ベルティーナが立ち上がる。
……って、えぇぇえ!? ジネット!?
ジネットまでそんな遠くに避難するの!?
お前だけはベルティーナ完全擁護派じゃないの!?
え、危険なの!? そんなになの!?
「ですが……」
俺たちは、刹那の間に目配せをして、一斉に四歩後ずさった。
ベルティーナが一歩、最年長のガキに近付く度にガキの額から一粒冷や汗が溢れ落ちていく。
ローブが黒く汚れてしまったからかもしれないが……今日の暗黒オーラ、いつもよりも闇が深いなぁ…………
「私は、老人では、あ・り・ま・せ・ん・よ?」
「いや、あの……老人と言ったつもりは……なく……て…………」
「『歳を』…………なんと言いましたっけ?」
「あ…………いや…………あれ? オ、オレ、なんて言ったかなぁ~……あは、あはは」
「……会話記録を、申請しますか?」
「そこまですることかなぁ!?」
「私、骨には……自信があるんですよ?」
「ごめんなさぁぁあーい!」
憐れ。
最年長のガキは――以下略。
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