「あ、そうだ。大量購入していただきましたので、ちょっとサービスをさせていただきましょう。少々お待ちを」
そう言って、いそいそと応接室を出て行くアッスント。
数分後戻ってきた時には、手に団扇を持っていた。
「おぉっ! 団扇じゃねぇか!?」
「さすがヤシロさん。よくご存じで。こちらは十区で発明されたアイテムなのですよ」
団扇を受け取り早速煽ぐ。……あぁ、涼しい。
俺のマネをしてジネットも団扇を動かす。
「本当ですね。とても気持ちいいです」
「それを差し上げましょう」
「よろしいんですか?」
「はい。それ自体はさほど高価なものではありませんので。いつもお世話になっている方に差し上げるつもりなのです。お二人が第一号ですよ」
どうも、珍しい上に便利なアイテムなので、お得意さんにでも配り歩くつもりらしい。
そういう方向に意識が向くようになったんだな、こいつも。
「なら、アッスント」
いい物をもらった礼に、一つだけアドバイスをしておいてやる。
俺は団扇の紙の部分を指さして言う。
「団扇のここんところに行商ギルドの宣伝でも書き込んでおけ。そうすりゃ、使うヤツにも、ただ見かけただけのヤツにも宣伝が出来る。珍しい物なら尚更目を引く」
「陽だまり亭シャツと同じですね」
まぁそういうことだ。
「なるほど……宣伝効果ですか……。いや、これは盲点でした。まだまだヤシロさんには敵わないようです。そのアイデア、使わせてもらっても?」
「あぁ、使え使え。こっちの懐は痛まん」
「では、遠慮なく」
アッスントがニコニコしている。きっと、頭の中でより効果的な宣伝文句はどんなものか、なんてことを考えているのだろう。
「それでは、わたしたちはこれで」
「これからまたどこかへ?」
「はい。今日は一日買い出しです」
炎天下の中をな。
俺は団扇で首筋に風を送りつつ、うんざりする暑さに溶けかけていた。
……この団扇、骨は竹で出来てるのか…………竹、ねぇ。
「この竹は生花ギルドから買ってるのか?」
「おそらくそうでしょうねぇ。詳しい入手ルートは存じ上げておりませんが。私の管轄外ですので」
十区の職人がどこかから調達した竹で作った団扇だ。
アッスントがその製造過程を知らなくても頷ける。材料の入手先なんか、いちいち明言しないからな。
「まさか、団扇を自作されるおつもりで?」
「いや……そういうわけではないんだが……」
流しそうめんがしたい。だが、これはまだ誰にも言わない。
変に期待されるのだけは勘弁だからな。
とりあえず、どうでもいい情報でも提供しておくか。
「青い竹を踏むと健康にいいんだぞ」
「えっ?」
そう言うと、ジネットは自分の足に視線を向ける。
「……まさか、足の裏から何かしらの成分を吸収して……」
「そんなこと出来るか!」
足の裏に口でも付いてるのか、お前は。
「足にはツボってのがたくさんあって、刺激すると体内の老廃物を出してくれるんだよ」
「そうなんですか?」
「立ち仕事をしているお前なんか、老廃物の塊みたいなもんだぞ」
「な、なんだか分からないですけど……今、悪く言われたような気がします」
ジネットが軽く頬を膨らませる。
「足の裏に、……ツボ? ですか? いまいちピンと来ない話ですねぇ」
「よし、アッスント。足を出せ」
「足を? 何をなさるおつもりで?」
「これからちょっと、足つぼマッサージをしてやろう」
「そ、そんな! ヤシロさんにマッサージしていただくだなんて、恐れ多い!」
敬うな敬うな、なんか気持ち悪いから。
「ジネットさん、やっていただいてみてはどうですか?」
「ふぇえ!? わたしですか!?」
「私も、少し興味がありまして、もし話題になりそうなものでしたら、前向きに取り入れていきたいなと……是非、参考までにこの目で見てみたいのです」
「で、でも……」
ジネットが膝をギュッと閉じ、恥ずかしそうに俯く。
「き、汚い、ですし……」
「オーイ! 水と手拭いを! あと、アロマオイルも持ってきてください!」
アッスントが声をかけると、応接室の外に待機していたのであろう小間使いの者が速やかに桶に入った水と布巾とアロマオイルを持ってきた。
アロマオイル、あるんだな。
「では、お靴を……」
「ふぉぉ!? いつの間にかやる方向に話が進んでいますね!?」
アッスントが興味を持ったのだ。ジネットをエサに知識を手に入れるくらい、平気でやるさ。
流されるままにブーツを脱ぎ、素足を水の張られた桶につけるジネット。
……なんだろう。妙にドキドキする。
ジネットの入浴を覗いているような気分だ。
ちゃぷちゃぷと水音を鳴らし、ジネットが足を洗う。
おい、アッスント。あんまり見るな。何かが減りそうで嫌だ。
「で、では…………あの…………ヤシロさん」
視線を逸らしつつ、ゆっくりと水から引き上げた足を俺の目の前へと差し出してくる。
ジネットの顔は真っ赤だった。
「よろしく……お願いします……っ」
「お、おぉ!」
恐る恐る……なんでこんなに緊張してんだよ、足に触るくらいで。中学生かっ!?
足だ、足。ただの足。なんてことはない。
サッと掴んで「あたたたた」っとツボを押して「お前はもう死んでいる」って言ってやればいいんだ。……いや、死にゃしないけども。
よし、全然大丈夫。全然余裕。俺、超全然。
余裕な素振りで、特に何も気にせず、軽~い気持ちで、俺はジネットの足を手に取った。
「ひゃんっ!」
「わぁっ!? ごめん!」
ドッドッドッドッ……なにこれ!? 俺、なんか変!
「す、すす、すみません。ちょっと、くすぐったかったもので……」
「あ、あぁ、うん。そうだよな。初めてだもんな」
「はうっ…………は、はい、……その、経験は……ありませんもので……」
「『足つぼマッサージの』経験がないんだよな! なにせ、四十二区ではジネットが初めてだもんな!」
「そ、そうですねっ!」
足つぼマッサージ!
足つぼマッサージ!
さぁ、足つぼマッサージを始めようかっ!
ソファに座るジネット。
その前に片膝をついて、反対の膝は立て、立てた膝の上に布巾を置いて……その上にそっとジネットの右足を載せる。左は、水桶から出して、脱いだブーツの上に置かれている。
「あ、あの……なんだか…………ドキドキしますね。ヤシロさんに足を向けるだなんて…………申し訳なくて……」
だから、なんでみんなほんのりと俺を敬ってんの?
俺、そこら辺にいる普通の詐欺師だぜ? ほんのちょっと、組織とか壊滅させただけの。
「じゃあ、始めるけど、痛かったら言うんだぞ」
「は、はい…………」
ジネットがキュッと唇を引き結ぶ。
……なに、この『俺がこれからセクハラしますよ』みたいな空気? マッサージだからな? 健全な行為だぞ、あくまで!
「あ、あのっ……ヤシロさん…………」
土踏まずに親指をあてがい、力を込めようかとした時、慌てた様子でジネットが声を発した。
視線を向けると、少し泣きそうな顔で、ウルウルした瞳をこちらに向けている。
そして、勇気を振り絞りました感満載な声で、こんな要求を投げてきた。
「…………優しく……してくださいね…………?」
――ギュッ!
「いたっぁあああああーーーーーーーいっ!」
……お前。
今のはワザとだろう?
ワザとでなくても、今のはアウトだ!
なんだ、そのタイミングで発せられたそのセリフ!? 狙ってんのか!?
「いたひっ! ぃたひれすっ! ヤヒロしゃん…………っ!」
「……ごめんなさいは?」
「ほぇ!? あ、あぅ……ご、ごめんなさい、です……」
「よし……」
無駄にドキドキさせやがって…………まったく、お前は、まったく…………
「本来は、痛過ぎないように、これくらいの力加減でやるもんなんだ」
「あ…………っ、ん……はい……それっ…………でしたら…………んんっ! ……痛くはぁあぁあっ!」
喘ぐなっ!
「あの、お二人とも……そういう行為は、夜、ご自宅で……」
「そういう行為じゃねぇよ! マッサージ!」
アッスントが視線を逸らして気まずそうな表情をしている。
あぁ、もう! まったく、どいつもこいつも!
「あ、でも…………慣れてくると、確かに……はい、気持ちいいかもしれないです」
両目に涙をためて、ジネットが言う。
……なんか、もう、そういう表情にしか見えねぇよ。
「痛みはないのですか?」
「はい。強くされると痛いですけど、手加減していただければ」
ようやく、ジネットに笑顔が戻る。
手加減というか……俺、もうほとんど触ってるだけなんだが。押しているなんてレベルじゃない。……ジネット、相当老廃物溜まってんじゃないのか?
青竹踏み、本当に作るか?
「最初はすごく痛かったんですけど、ヤシロさんがとてもお上手なので、今では痛かった分まで気持ちよくなってぇっぇぇえええええええっ!? いぃぃいたいですぅぅぅううううっ!」
……だから、お前。ワザとやってないか、そのセリフのチョイス?
「……うぅ…………ヤシロさんがいじめました…………」
マッサージを終えたジネットがソファで三角座りをしながら泣いている。
右の足の裏をさすさすとさすっている。じんじんとした痛みがなかなか引かないようだ。
右足をちょっとやっただけで終了にしておいた。人前でやるのは危険だ。
……まぁ、どうしてもってんなら、今度は俺の部屋でやってやっても…………他意はないけどなっ!
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