異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

313話 四十二区流おもてなし -4-

公開日時: 2021年11月19日(金) 20:01
文字数:4,667

「これは見事じゃぞい!」

 

 タートリオコーリンが食いついたのは、陽だまり亭懐石の見事な飾り切り――ではなく、食品サンプルだった。

 

「これがすべて蝋で出来た偽物だとは……はぁ~、よく出来てるぞい」

 

 不意に店を出て行き、庭先で大はしゃぎを始めたので何事かと見に行ったら、食品サンプルを見て目をキラキラさせていたのだ。

 そろそろ懐石が出来る頃合いだというのに全然店内に戻らないから、店先に並べていない食品サンプルを持ってきて、無理やり席に座らせたのが今さっきだ。

 

「本当に、本物そっくりね」

 

 ルピナスも偽物のケーキを手に取りまじまじと観察している。

 すっかりお馴染みになっていたから忘れていたけれど、食品サンプルって食いつきいいよなぁ。

 

「これはなんという料理じゃ? エビの尻尾に似ておるが……」

「エビフライだな」

「エビフライとな!?」

「海のそばにある三十五区でも聞いたことがない料理ね。……え、四十二区の港ってまだ完成していないわよね?」

 

 海に近い区に住む二人が、海から遠い四十二区に存在する自分たちが知らない海鮮料理に興味津々だ。

 

「マーシャに――海漁ギルドのギルド長に融通してもらってな」

「デリアと仲がいいものね、マーシャギルド長は」

「あぁ。親友だぞ」

 

 デリアの功績で誕生した……ってわけでもないんだが、まぁ、そう思っておいてもらってもいい。

 妙に懐かれると後々面倒なことになるのは経験済みだからな。

 ルシアみたいに「アレ作れ、コレ作れ、それを教えろ」とやかましくされては堪らない。

 

「この周りの茶色い物はなんじゃぞい?」

「これはパン粉だな。パンの価格が落ちたから、今後はいろんな区で見かけるかもしれないぞ」

「なんと!? パンをこのような使い方で!? ……なるほど、これは贅沢じゃぞい」

 

 パンは無駄に高かったからな。

 しかも、供給が安定していなかった。

 だが、今後は安定してパンが食べられるだろう。

 

 菓子パン人気はどの区でも凄まじく、教会も出し渋りが出来なくなったのだ。

 一日焼くのをやめるだけで、店の前で抗議活動が巻き起こるくらいなのだとか。

 おまけに、貴族の中にもパンにハマった者が多いとかで、とにかく毎日食べられるようにと方々から圧力がかかっているそうだ。

 けけけ、ザマァミロ。ちったぁ人々のために苦労をしやがれ。

 

「……まさか、あの柔らかいパンを考案したのも、そなた――とか言わんじゃろうのぅ?」

「考案者が知りたきゃ教会にでも問い合わせるんだな」

 

 柔らかいパンの考案者は秘匿されている。

 さすがに二十五区くらい離れていると、考案者が誰かは分からないらしい。

 ……もっとも、近隣三区と『BU』連中は運動会に参加していたから、概ね知っているだろうけど。

 その辺を探られると案外あっさりバレそうだ。

 

「お待たせしました。陽だまり亭懐石~彩~です」

 

 運ばれてきた懐石に、ルピナスが目を輝かせ、タートリオが運んできたジネットの谷間をガン見する。

 

「はい、1000Rb」

「有料なのか!?」

「罰金ですわよ、タートリオおじ様」

 

 俺が手を出し、ルピナスが援護射撃を寄越してくる。

 このジジイ、外の森に埋めてやろうか?

 

「見事な料理ね。まるでこの箱の中に花が咲き乱れているようだわ」

「ありがとうございます。『お重』という漆器になります。この黒と赤が食材をより一層引き立ててくれるんですよ」

「確かに、いい色合いね。お重、私も買ってみようかしら」

 

 ルピナスは懐石の見た目に興味津々だ。

 一方のタートリオは見た目よりも味が気になるようで、さっさと里芋を口へと運んだ。

 

「んっ! 上品な味じゃぞい。色味は鮮やかでありながら味は優しく落ち着く……いささか量が多く見えたが、これならペロリと食べられそうじゃぞい」

 

 さすが記者、というべきか。

 あっさりとした反応かと思いきやしっかりと見ている。押さえるポイントを押さえて、無駄のない取材だ。

 料理の見た目は第一印象がすべてだ。

 じっくりたっぷりいろんな角度から見て、小さなこだわりを発見する。そんな楽しみ方はしない。

 パッと見た印象、それがすべてなのだ。

 

 なので、ルピナスのように一つ一つを丁寧に見ていくこともしない。

 味も、おそらく容易に想像できるものでもなく、こだわりが感じられる複雑そうなものでもなく、一口で味の良し悪しが分かりそうなものを選んだのだろう。

 あの一口で、記事を書くには十分過ぎる情報は得られる。

 

 いろんな物に興味を引かれてしまう、記者って生き方をしていたのであろうタートリオにとって、人生というものはあまりにも短過ぎるのだろう。

 実に無駄がない。

 

「ター爺、これ! これです! これを見てみてです!」

 

 ロレッタがタートリオに催促するように、カブの飾り切りを見せつける。

 

「これ、あたしが切ったですよ! ここまで来るのにすっごく練習したです!」

「あはぁ、得意げなロレッタちゃん可愛いぞいっ、ぼぃんでこそないけれど」

「味付けは店長さんなので、美味しさは折り紙付きです!」

「むはぁ、なんか肝心なところが他人任せなところがまたいいぞいっ、ぷるんとはしていないけども」

「今は、にんじんの飾り切りを練習中です!」

「むっほっほ~ぅ、出来てもいないことを自慢げに語っちゃうなんて、姪と叔父みたいな親密さを感じちゃってトキメキじゃぞいっ、ばるぅ~んとはほど遠いけれども」

「その注釈いるですかね!?」

 

 いやぁ~、やっぱいくら可愛くてもノーマを見ちゃった後だとなぁ。

 タートリオの好みは、きっとロレッタのようなタイプなのだろう。

 だが、好みとか理想とかそんなものは関係なく、やわふわたゆんぷるんなおっぱいは、もうそれだけで最強なのです!

 

「ノーマ、いつもありがとう」

「このタイミングでなけりゃ、素直に聞き入れたんだけどねぇ」

 

 煙管でこめかみを小突かれる。

 褒めたのに。

 

「あぁ、私、ダメだわ。これはゆっくり食べちゃうわ。一つ一つがとても綺麗なんですもの」

「ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」

 

 ルピナスは、飾り切りの施された食材を一つ小皿にとっては、じっくりと全方位から観察して、そして大切に大切に口へと運ぶ。

 こんな食われ方をされたら、作った方は嬉しいだろうな。

 

「タートリオさんも、どうぞごゆっくりとおくつろぎください」

「うむ。食品サンプルが他にもあれば拝見させてもらえるかな?」

「では、お持ちしますね」

「……それはマグダが。店長は、アレを」

 

 ルピナスとタートリオが店に来て、陽だまり亭懐石を食べ始めた。

 懐石はフルコースが一つのお重に盛り付けられた豪華な料理だ。

 食べるのにも結構な時間がかかる。

 

 その時間を利用して――

 

 

「それじゃあ、カンパニュラ、それからテレサも」

 

 ――子供っぽくないお子様に、実に子供らしい贈り物をしようじゃないか。

 

「こっちに座ってくれ」

「ですが、ウェイトレスのお仕事に支障が出ませんか?」

「いいんだよ。これも大事な、お前の役割だ」

 

 精々、いい表情を見せてくれ。

 

「さぁ、テレサもこっちへ」

 

 エステラが椅子を引き、テレサをエスコートする。

 おっかなびっくり、言われた座席へ座るテレサとカンパニュラ。

 

 何が始まるのかと興味を向けるルピナスにタートリオ。

 まぁ見ておけ。

 すごくいいものを見せてやるから。

 

「……テレサとカンパニュラはとてもいい子」

「でもですね、周りに迷惑をかけないようにって、ちょこっと頑張り過ぎです」

 

 マグダとロレッタに言われ、互いの顔を見合わせる二人。

 自覚はないようで、小首を傾げている。

 

「だから、今日はお前ら二人には……ガキっぽいガキになってもらおうと思う」

 

 俺の宣言に合わせるように、ジネットがトレーを持ってやって来る。

 

「お二人の今日のお昼ご飯は――お子様ランチです」

 

 小さな少女たちの前に、可愛らしいワンプレートのお子様ランチが配膳される。

 一口ハンバーグに、小さなエビフライ。

 コーンクリームコロッケにナポリタン。

 そして、エビピラフ。丸く山のように盛り付けられたピラフの頂上には陽だまり亭という文字の入った旗が刺さっている。

 

 あとは千切りキャベツにミニトマト。

 プレートの端っこにはリンゴジュースとオレンジゼリーが付いている。

 

「わぁ……すごい。可愛いです」

「かぁいぃ、ね? これ、おこさま、らんち?」

「そのようですね。テレサさんはご存じだったんですか?」

「はい! きょーかいの、おともらち、ね、みんな、しゅちって、いってたぉ」

 

 テレサも、まだお子様ランチを食べたことがなかった。

 テレサはおねだりなんかしないからな。

 基本的にバルバラやヤップロックたちと同じ物を食べるのだ。

 シェリルやトットもいるが、あいつらは滅多に外食をしないからなぁ。

 

「ぁう……でも、しぇりぅちゃん、たべたい、かもだから……」

「いいんだよ、そんなことは気にしなくて」

「そうですよ、テレサさん。今は、カンパニュラさんと一緒に食べてあげてくださいね」

「……ぅん」

 

 シェリルも食べたいだろうと、そんなことを気にして元気をなくすテレサ。

 ここに来ればいつだって食えるってのに……ったく。

 

「テレサ、ヤップロックに伝えておいてくれるか? 『トウモロコシで儲けてるんだから、家族を連れて売り上げに貢献しに来い! 陽だまり亭懐石とお子様ランチを作って待っているからな』ってよ。『会話記録カンバセーション・レコード』をそのまま見せればいいから」

「ぅん! しぇりぅちゃん、ちっと、よぉこぶ、ね!」

 

 給仕長モードが切れると、いつもの舌っ足らずに戻るテレサ。

 けれど、もう少し練習させれば、口調も綺麗になりそうだ。

 ルピナスがキラキラした目をしている……ヤバいな、連れ去られないように見張っておかなきゃ。

 

「それでは、折角のご厚意ですので、いただきましょうか」

「はい。いただちます」

 

 二人で手を合わせて「いーたーだーきーます」と合唱し、先割れスプーンでお子様ランチを食べ始める。

 カンパニュラはエビピラフを、テレサはハンバーグを選んだ。

 一緒に口へ運び、一緒にもぐもぐと噛んで、一緒に瞳をきらめかせる。

 

「「おいしぃ~」」

 

 その顔がそっくりで、見ていた大人たちが一斉に噴き出した。

 

「え? な、なんでしょうか? 私たちはそんなにおかしなことをしましたか?」

「へん、だった? あーし、まちがった?」

「いいえ。何も間違っていませんよ」

 

 不安そうな二人に、ジネットとルピナスが笑みを向ける。

 

「ただ、二人がとっても可愛かっただけよ」

「はい。とぉ~っとも、可愛かったですよ」

 

 髪を撫でられ、恥ずかしそうに俯くカンパニュラとテレサ。

 そんな仕草もそっくりで、仲のいい姉妹のように見えた。

 

「冷凍ヤシロ、ワシもこれが食べてみたいぞい」

「残念だったな、これは十二歳以下限定なんだ」

「なんと!? それは……悔しいぞい」

「ご試食くらいなら、いいのではありませんか?」

 

 ジネット、ジジイまで甘やかすんじゃねぇよ。

 ルピナスまで期待した目をしちゃってるし……

 

「お前ら、懐石残すつもりじゃないだろうな?」

「とんでもないわ! とっても美味しいのに!」

「お子様ランチは別腹じゃぞい」

 

 いいや、100%同じ腹に収まるよ。

 

 

「……ったく。ジネット」

「はい。……くすくす」

 

 年配者のわがままに嘆息する俺を見て、ジネットが肩を揺らす。

 

「なんだよ?」

「いえ。ヤシロさんは、大人にも甘いんだなぁ、と思いまして」

 

 いや、それはお前だろうが。

 

 その後、中身の見えない粘土型を一人一個ずつ引かせてやったら、タートリオが「そっちの方がいいヤツじゃぞい」とテレサのを取ろうとしたので全力で締めておいた。

 デリアを使って。

 

 大人げないんだよ、ジジイ。

 子供らしいことするのは、カンパニュラとテレサだけでいいっつーの。

 

 

 

 

 

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