異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

79話 夜中の会談 -4-

公開日時: 2020年12月15日(火) 20:01
文字数:2,325

「あ、あの……」

 

 各々に仕事を割り振ったところで、モリーが俺に声をかけてくる。

 

「に、兄ちゃんはバカだから理解できないだろうから、……私に教えてくれませんか?」

 

 その前置き、いる?

 ほら見ろよ、すぐそこで「え~っ!?」みたいな顔してんぞ、お前の兄ちゃん。

 

「何を、するつもりなんですか?」

「砂糖を流通させるんだよ」

「でも、そんなことをしたら貴族が…………ウチの工場、ちょっと砂糖を市場に流しただけで潰されかけたし……」

「だからこそだよ」

「……え?」

 

 三ヶ月もサトウキビが入ってこないなんてのは、工場経営者にとっては死活問題だ。

 そんなことがまかり通っているシステムが狂っているんだ。

 

 だから、ぶっ壊す。

 ぐうの音も出ないほどに。

 

「バンバン作って、ガンガン流通させる。あとから貴族が足掻いても収拾がつかないくらいに、ドンドン市場に放流するんだ」

「そんなこと……出来るの?」

「アッスントがなんとかしてくれるさ。なぁ?」

 

 向こうでそろばんを弾いて何かの計算を始めていたアッスント。

 その瞳がきらりと光る。

 

「計算しましたところ、最も低く見積もって、六つの工場で『新砂糖』の生成が始まれば貴族は手出しが出来なくなります。下手に工場へ圧力をかければ、工場経営者がすべて『新砂糖』へと流れ貴族の砂糖から離れてしまう構造を構築できます」

「で、工場の宛てはあるのか?」

「三つまでは宛てがあります」

「んじゃあ、早急に残り三人探しておいてくれ」

「なかなか難しいことを……分かりましたよ。やってみせましょう」

 

 アッスントは眉を寄せながらも、妙に生き生きした目をしている。

 策略を張り巡らせていた頃とは違う、楽しそうな目だ。

 

「あ、そういえば……工場が火事で全焼した砂糖職人がいますね。工場さえ建てられれば彼も入れて四つになりますね」

「よし、四十二区に来てくれることを条件に、四十二区に一つ建てよう。エステラ、金あるか?」

「ないよ! ないけど……もう、好きにしなよ。今さらだよ、工場の一つや二つ……はは」

「よし! じゃあ、マグダ! ヤツの近況は?」

「……ちょうど明日、四十区の下水工事が完了して、ウーマロは一週間ぶりの休暇になる」

「よし、ラッキー! じゃあ休暇の間にちゃちゃっと工場を作ってもらう!」

「あの、ヤシロさん……さすがに、それは酷なのでは……」

「……店長」

「は、はい。なんでしょうか、マグダさん?」

「……マグダは、一生懸命頑張る人が、大好き」

「やるッスー! その工場! オイラが完璧に建ててやるッスー!」

「ぅひゃあああっ!?」

 

 どこから現れたのか、突然陽だまり亭の庭にウーマロが出現した。

 突然の出現に、ジネットが可愛らしい悲鳴を上げる。

 

「ど、どど、ど、ど、どうしてウーマロさんが、ここに……?」

 

 速まる心臓を押さえ…………届いてるのかな、あんな弾力のある壁に阻まれて……ジネットがウーマロに尋ねる。

 

「ひゃ、ひ、ふぁ、ふぁのっ! ひ、ひひひ、ひつふぁれふふぇっ!?」

 

 ……ダメだこいつ、まだジネットに免疫が出来ないのか……

 しょうがない、俺が聞いてやるか。

 

「なんでこんな時間にここにいるんだよ?」

「あ、実はッスね。さっきまで残業してて今から帰るところなんッス」

 

 この態度の変化は、若干ムカつくんだよなぁ。

 別に、俺相手に緊張しろとは言わねぇけどさ……

 

「じゃあ、下水工事は終わったのか?」

「バッチリッス!」

「あの、ヤシロさん……ウーマロさん。酷くお疲れのようですけれど……」

 

 ジネットが心配そうに尋ねてくる。……俺は通訳か。

 

「死にそうだな」

「はは…………まぁ、一週間休みなしだったッスからね……」

 

 そんな感じがスゲェ出ている。ウーマロはボロボロでげっそりとやつれていた。

 つか、毎日こんな深夜まで残業してたのか。

 大変だったろうな……少しは癒してやるか。

 

「マグダ」

「……任せて」

 

 マグダは、ジネットが持ってきたティーセットから、お茶を一杯カップに注ぐ。

 そしてそれをウーマロに手渡しながら、いつもの平坦な口調でこう言った。

 

「……お疲れ様。よく頑張りました」

 

 はい。みなさん、避難してください。

 などと言うまでもなく……

 俺たち、顔馴染みはみんな一斉に、自然と、無言で、一歩距離を取った。

 

「なっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああんっ!? 疲れもぶっ飛んだッスぅぅぅぅううー! マグダたん、マジ天使ッスぅううー!」

 

 ……これだけ元気なら、工場の一つや二つ半日で完成できるだろう。

 ウーマロ、あと一週間は不眠不休で働けるな。

 

 と、思ったのだが……ウーマロがフラフラとよろけて、地べたに座り込んでしまった。

 

「だ、大丈夫ですか、ウーマロさん!?」

「は、はわわわわわ、だだだだだ、だいじょ、いじょ、じょ、いじょ、異常ッス!」

 

 大丈夫が真逆の意味になってんじゃねぇか。

 

「ジネット、お前じゃダメだ。ウーマロの体力を削り取っちまう。ここはやっぱり……」

「……ふむ、マグダの出番」

 

 マグダが地べたに座り込むウーマロの前まで歩いていき、いつも俺がするような手つきで、ウーマロの頭をもふもふと撫でた。

 

「……いいこいいこ。えらいこ」

「工場、1ダース建てるッス!」

「いや、そんな要らねぇよ」

 

 いいな、ウーマロは。バカで。

 

「な……なんなんだよ、こいつら……なんで、そこまで突き進めるんだよ?」

 

 パーシーが困惑の表情を浮かべている。

 

「もし失敗したら……貴族に目をつけられたら、お前ら全員終わりなんだぞ!? この街で暮らしていけなくなるかもしれないんだぞ!? なのに、なんで……そんな、自信満々で行動に移せるんだよ!?」

 

 これまで、結果を恐れて思い切った行動に出られなかったパーシー。なら、戸惑う気持ちは分からんではない。

 だが、行動しないヤツは成功を手にすることは出来ない。絶対にだ。

 

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