「あ、あの……」
各々に仕事を割り振ったところで、モリーが俺に声をかけてくる。
「に、兄ちゃんはバカだから理解できないだろうから、……私に教えてくれませんか?」
その前置き、いる?
ほら見ろよ、すぐそこで「え~っ!?」みたいな顔してんぞ、お前の兄ちゃん。
「何を、するつもりなんですか?」
「砂糖を流通させるんだよ」
「でも、そんなことをしたら貴族が…………ウチの工場、ちょっと砂糖を市場に流しただけで潰されかけたし……」
「だからこそだよ」
「……え?」
三ヶ月もサトウキビが入ってこないなんてのは、工場経営者にとっては死活問題だ。
そんなことがまかり通っているシステムが狂っているんだ。
だから、ぶっ壊す。
ぐうの音も出ないほどに。
「バンバン作って、ガンガン流通させる。あとから貴族が足掻いても収拾がつかないくらいに、ドンドン市場に放流するんだ」
「そんなこと……出来るの?」
「アッスントがなんとかしてくれるさ。なぁ?」
向こうでそろばんを弾いて何かの計算を始めていたアッスント。
その瞳がきらりと光る。
「計算しましたところ、最も低く見積もって、六つの工場で『新砂糖』の生成が始まれば貴族は手出しが出来なくなります。下手に工場へ圧力をかければ、工場経営者がすべて『新砂糖』へと流れ貴族の砂糖から離れてしまう構造を構築できます」
「で、工場の宛てはあるのか?」
「三つまでは宛てがあります」
「んじゃあ、早急に残り三人探しておいてくれ」
「なかなか難しいことを……分かりましたよ。やってみせましょう」
アッスントは眉を寄せながらも、妙に生き生きした目をしている。
策略を張り巡らせていた頃とは違う、楽しそうな目だ。
「あ、そういえば……工場が火事で全焼した砂糖職人がいますね。工場さえ建てられれば彼も入れて四つになりますね」
「よし、四十二区に来てくれることを条件に、四十二区に一つ建てよう。エステラ、金あるか?」
「ないよ! ないけど……もう、好きにしなよ。今さらだよ、工場の一つや二つ……はは」
「よし! じゃあ、マグダ! ヤツの近況は?」
「……ちょうど明日、四十区の下水工事が完了して、ウーマロは一週間ぶりの休暇になる」
「よし、ラッキー! じゃあ休暇の間にちゃちゃっと工場を作ってもらう!」
「あの、ヤシロさん……さすがに、それは酷なのでは……」
「……店長」
「は、はい。なんでしょうか、マグダさん?」
「……マグダは、一生懸命頑張る人が、大好き」
「やるッスー! その工場! オイラが完璧に建ててやるッスー!」
「ぅひゃあああっ!?」
どこから現れたのか、突然陽だまり亭の庭にウーマロが出現した。
突然の出現に、ジネットが可愛らしい悲鳴を上げる。
「ど、どど、ど、ど、どうしてウーマロさんが、ここに……?」
速まる心臓を押さえ…………届いてるのかな、あんな弾力のある壁に阻まれて……ジネットがウーマロに尋ねる。
「ひゃ、ひ、ふぁ、ふぁのっ! ひ、ひひひ、ひつふぁれふふぇっ!?」
……ダメだこいつ、まだジネットに免疫が出来ないのか……
しょうがない、俺が聞いてやるか。
「なんでこんな時間にここにいるんだよ?」
「あ、実はッスね。さっきまで残業してて今から帰るところなんッス」
この態度の変化は、若干ムカつくんだよなぁ。
別に、俺相手に緊張しろとは言わねぇけどさ……
「じゃあ、下水工事は終わったのか?」
「バッチリッス!」
「あの、ヤシロさん……ウーマロさん。酷くお疲れのようですけれど……」
ジネットが心配そうに尋ねてくる。……俺は通訳か。
「死にそうだな」
「はは…………まぁ、一週間休みなしだったッスからね……」
そんな感じがスゲェ出ている。ウーマロはボロボロでげっそりとやつれていた。
つか、毎日こんな深夜まで残業してたのか。
大変だったろうな……少しは癒してやるか。
「マグダ」
「……任せて」
マグダは、ジネットが持ってきたティーセットから、お茶を一杯カップに注ぐ。
そしてそれをウーマロに手渡しながら、いつもの平坦な口調でこう言った。
「……お疲れ様。よく頑張りました」
はい。みなさん、避難してください。
などと言うまでもなく……
俺たち、顔馴染みはみんな一斉に、自然と、無言で、一歩距離を取った。
「なっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああんっ!? 疲れもぶっ飛んだッスぅぅぅぅううー! マグダたん、マジ天使ッスぅううー!」
……これだけ元気なら、工場の一つや二つ半日で完成できるだろう。
ウーマロ、あと一週間は不眠不休で働けるな。
と、思ったのだが……ウーマロがフラフラとよろけて、地べたに座り込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか、ウーマロさん!?」
「は、はわわわわわ、だだだだだ、だいじょ、いじょ、じょ、いじょ、異常ッス!」
大丈夫が真逆の意味になってんじゃねぇか。
「ジネット、お前じゃダメだ。ウーマロの体力を削り取っちまう。ここはやっぱり……」
「……ふむ、マグダの出番」
マグダが地べたに座り込むウーマロの前まで歩いていき、いつも俺がするような手つきで、ウーマロの頭をもふもふと撫でた。
「……いいこいいこ。えらいこ」
「工場、1ダース建てるッス!」
「いや、そんな要らねぇよ」
いいな、ウーマロは。バカで。
「な……なんなんだよ、こいつら……なんで、そこまで突き進めるんだよ?」
パーシーが困惑の表情を浮かべている。
「もし失敗したら……貴族に目をつけられたら、お前ら全員終わりなんだぞ!? この街で暮らしていけなくなるかもしれないんだぞ!? なのに、なんで……そんな、自信満々で行動に移せるんだよ!?」
これまで、結果を恐れて思い切った行動に出られなかったパーシー。なら、戸惑う気持ちは分からんではない。
だが、行動しないヤツは成功を手にすることは出来ない。絶対にだ。
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