「おぉ~! 出来てるなぁ!」
早朝も早朝、ド早朝。
三十一区へ乗り込んだ俺たちは、そこにドドーンと佇む講習会場を見て感嘆の息を漏らした。
「なかなかやるじゃねぇか、大工ども」
近付いて外壁に触れる。
木製の建物は、しっかりとした安心感をこの手に伝えてくる。
「あ……この辺のカンナ、雑ッスねぇ~」
「おいおい、マジかよ。見ろよ、この釘を打ち込んだ跡……はぁ~、こんなもんをそのままにするかねぇ、しかし」
「あいたたた~。俺だったらここはもうちょっと丸めるけどなぁ。ほら、お子様だって来るわけじゃん? 走り回ってここにぶつかったら痛いぞ~? そーゆーところへの気遣いがなぁ……」
「「「まだまだだなぁ」」」
「お前ら、仲良過ぎて若干キモい」
各工務店のナンバー2以降が総力を挙げて完成させた建物に、棟梁たちからのダメ出しが浴びせられる。
重箱の隅を突っつくような、ねちねちした粗探しだ。
たぶん、自分も携わりたかったんだろうなぁってのがよく分かる。
「この施設、ある程度分解してテーマパークの食堂に流用できるように設計してあるッス」
「おぉ、そうか!」
「じゃあ、移設の時にちょっと手直ししてやるか」
「まったく、俺がいねぇとなんにも出来ねぇんだからよぉ」
「お互い、後進の育成は頭痛の種ですなぁ」
「いやはや、まったく。がっはっはっ!」
大工は、なんでこうどこでも同じように育つんだろうなぁ。
妙に意気投合してっしさぁ。
「んじゃあ、他区の連中が来る前にアトラクションの移設を頼む」
「任せてッス!」
「おーし、野郎ども! これが『本物』だって建物を、若い連中に示してやろうぜ!」
「おぉよ!」
棟梁ズが意気揚々と、一度解体されたアトラクションの組み立てに取りかかる。
こいつら、三徹明けなのに、なんでこんな元気なんだ?
イベントやってた時も、ビックリハウス作ってたんだよな?
あと、給仕からの要望でお化け屋敷もちょっと改修してたよな?
え、お前らって光合成で大丈夫なタイプ?
「社畜どもめ……」
そんな俺の嘆息をかき消すように、重々しい女の声が耳に飛び込んできた。
「やしろぉ~……」
「ぅぎゃぁあああ!」
突然背中に「どさっ!」っと何かが覆い被さってきて、耳元で女の声がした。
頬には、長い髪が「さわり……」と触れて、俺の背筋をぞくぞくと粟立たせた。
そして、寒気に襲われた背中に、たまらん柔らかさのお山が「むにゅん」っと。
「わっほ~い☆」
「ヤシロさん、感情が乱高下してるッスよ!?」
俺の悲鳴を聞きつけ駆けつけたウーマロが、俺の満面の笑みを見てしょっぱそうな顔をする。
「っていうか、なにやってんッスか、キツネ女」
そう!
この柔らかさは間違いなくノーマ!
ノーマが俺の背後から覆い被さってきて、当ててくれている!
「すみません、延長をお願いします!」
思わず懐から財布を取り出してしまった。
手持ち、あったかなぁ~♪
「なにバカなこと言ってんさね」
ぺしりと後頭部を叩かれ、背中の『むにゅん』が離れていく。
あぁ……背中のむにゅんが…………そんな悲しみの中で作った曲です。聞いてください、『背中のむにゅん』。じゃかじゃーん♪
「おーるうぇいず らびんゆー カナシミむにゅん~♪」
「なに泣きながら歌ってんさね……」
「お前が不用意に押しつけるからッスよ」
「しょうがないじゃないかさ、勝手に当たっちまったんさよ」
「エステラさんが来る前でよかったッス、その発言」
お前も、何気に酷いよな、ウーマロ。
「それより、ヤシロ。出来たさよ!」
笑顔をきらめかせ、ノーマが手に持ったファスナーを差し出してくる。
うわぁ……本当に出来てる……
「ノーマ……お前、寝てないだろう?」
「寝たさよ。十秒間の睡眠を定期的に取っていたさよ」
いや、それ……限界までしんどい時に「ちょっとだけまぶた閉じよう……あぁ、まぶた閉じるだけで大分違う~……」って社畜が気分を紛らわせる時のヤツだから!
一瞬落ちかけて「危ねっ!?」って飛び起きるヤツだろ、それ!?
「危ねっ!?」じゃなくて、寝ろよ!
死ぬぞ!?
「……いいッスよねぇ、お前は。オイラも『寝ろ』とか言ってほしいッスよ」
「それは自慢かぃ? 苦情に見せかけた多忙自慢なんかぃ? えぇ!?」
「お前らどっちも、これが終わったら熟睡しろ」
寝不足だからイライラするんだよ。
「で、動作はどうだぃ? しっかり出来てると思うんだけどねぇ?」
わくわくしたノーマの視線に見守られつつ、ファスナーの動作を確認する。
「うん、完璧だ」
「よっしっ! ウクリネスに報告しとくさね」
「そうだ、ウクリネスは?」
姿が見えないが、さすがに無理が祟ったか? もうそろそろ無茶を出来る年齢でもないだろう。
「よこちぃやしたちぃとお揃いの服を作るって工房に籠もったさよ」
「寝かせてきて!」
もうこの際、首の後ろを『トンッ!』ってする感じでもいいから!
「はぁ……とりあえず、こいつをジネットに渡してきてくれるか? 間に合うようならよこちぃとしたちぃのボタンと付け替えてくれって」
「任せるさね」
「で、陽だまり亭で仮眠を取ってこい」
「気が向いたらね!」
しゅばっと手を上げてノーマが帰っていく。
……寝ないな、あれは。
「オイラも仮眠が取りたいッス……」
「じゃあ、組み立てはヤンボルドに……」
「さぁ、バリバリ働くッスよ!」
結局休まないんじゃねぇか。
ウーマロが社畜なのは俺のせいじゃなく、あいつの性根がそうさせるんだろうな、うん。
「やぁ、これはこれは、英雄様」
「ん。それやめてくれる、アヒム?」
アトラクションの組み立てが始まり、騒がしくなったところへアヒムがやって来る。
こいつも徹夜が続いているのだろう。目の下にくっきりとクマが出来ている。
「どうだ、社畜ライフは?」
「は? ……あぁ、なるほど」
あははと、爽やかに笑うアヒム。
体に染みついていた卑屈さが、すっかり 抜け落ちている。
「こうして無我夢中で働ける方が、部屋に一人でいるより気が楽なんです。どうやら、私にはこういう方が向いているようです」
「オルフェンは?」
「弟は設計や建設には……」
絵心が皆無……というか、あいつの場合は大雑把なのが原因なんだよな。
雑なんだよ、基本。
「オルフェンには、本日訪れる領主の方々や料理人のみなさんの対応を任せています。ですので、たっぷりと睡眠を取るように言ってあります。見栄えは大事ですからな」
確かに、多くの領主を招くのに徹夜明けのボロボロフェイスじゃ対応できないよな。
実務と対外的な役割と、うまく兄弟で分担できればそれなりに立ち回りも出来るだろう。
「大工たちは?」
「みなさん、中で仮眠を取られていますよ」
「ほほぅ……叩き起こしてくるッス」
棟梁ズが三徹なのに仮眠とは――と、ウーマロが肩を怒らせて会場へと入っていく。
いや、終わったなら寝かせてやれよ。
「下水はちゃんと出来たか?」
「はい。確認も終えています。いやぁ、素晴らしいですな、あの下水というものは! 室内にトイレを作ると聞いた時はどうなることかを思いましたが、いやはや、見事な発明です」
俺が発明したわけではないが、確かに画期的だよな。
「微笑みの領主様は、いったいどこであんな技術を…………っと、これは愚問でしたかな」
「縮め」
「や、やめてくださいますか!? これでも、背が低いことはちょっと気にしているんですからね……!」
ぐーっと背伸びをして少しでも身長を伸ばそうとするアヒム。
そんなもんで伸びるか。
そんなんで身長が伸びるなら、日本の男は全員ひなたぼっこするミーアキャットみたいな格好で街を歩いとるわ。
「中をご覧になりますか?」
「そうだな」
エステラは四十二区の料理人と共に馬車で来るらしい。
ジネットもそれに同席して、三十一区にやって来るのは昼前だ。
「では、ご案内致します」
「寝なくて平気か?」
「ここまで来れば、起きていた方が楽ですから」
まるで憑き物が落ちたようにイキイキとしているアヒムに連れられ、俺は講習会会場へと入った。
中は見事で、これならテーマパークへの期待度も上がりそうだと思える出来映えだった。
やるじゃねぇか、大工ども。
棟梁抜きでよくここまでのものを仕上げたもんだ。
そうこうしているうちに、会場の外ではアトラクションが完成した。
さて、あとはそれを動かす人材の確保、だな。
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