異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

271話 年の瀬は慌ただしく、賑やかに -1-

公開日時: 2021年6月10日(木) 20:01
文字数:3,476

 大衆浴場開店初日、四十二区に住むほとんどの者がそこへ詰めかけていた。

 俺は知らなかったのだが、着工直後から街はその噂で持ちきりだったらしい。

「またヤシロが面白い物を作るらしいぞ」と。

 

 ……俺じゃなくて、領主とトルベック工務店が作ったんだっつの。

 

 開店日が年末ってこともあり、どこのギルドもその日は仕事を休みにしたらしく、大衆浴場は朝から人、人、人の大混雑だった。

 まさに、芋を洗うような混みっぷりで、俺は真夏のプールを思い出していた。流れるプールと波の出るプールには、いつも人がぎっしりひしめいていたっけな。俺は絶対行かなかったが、ニュースでちらほら見た。

 だってほら、いくら人が犇めいていたってさ、四十二区と違って日本では水着美女のおっぱいに触れると犯罪だろ?

 

 ……あ、この街でも一緒か。そっかそっか、失念していた。

 

「くぁ~! 気持ちよかったぁ!」

 

 行列が出来る大衆浴場から、さっぱりした顔の大工が出てくる。

 こんなに混み合っていては、いくらデカい浴槽といえど足も伸ばせず大して寛げはしなかっただろうに、大工はこれまで見せたこともないような清々しい顔で上機嫌な様子だった。

 

「いやぁ、あんなに思いっきり湯を使えるなんて、最高だなぁ!」

 

 たらいで体を拭くのが普通のこの街の領民たちにとって、たっぷりの湯を頭から思いっきりぶっかぶるなんてのはそうそう体験できないことなのだ。

 オッサン共は川で水浴びとかしないしな。

 精々ガキどもくらいだ。

 

 川にはだいたい川漁ギルドの誰かがいるし、そんな場所で水浴びは出来ないのだろう。

 川を汚すと、怖ぁ~いギルド長が怒りに来るからな。

 

「サウナに入れなかったのだけが残念だが、時間制限がなくなったらまた入りに来るぜ」

 

 本日は、あまりに客の入りが多過ぎるため、一人あたりの入浴時間を三十分までとしてある。

 もっとゆっくりしてほしいのだが、こうでもしないとずっと入れないヤツが出てしまうし、日が暮れてしまう。

 事情を説明すれば、領民たちは快く受け入れてくれて大きな混乱は見られなかった。

 

 やっぱアレかな?

 お人好しの領主が――

 

「制限時間を設ける代わりに、今日は入浴料を半額にするよ」

 

 ――なんて言い出したからかな。

 バカだなぁ。初日なんて、サービスが行き届いていなくても、全然満足させられなくても、満額取ったってクレームなんか出ないのに。

 むしろ倍払ってでも「え、まだ行ってないの、大衆浴場? 俺、もう行ったぜ~」って自慢したいヤツが出るってのに。

 

 みんな平等に。

 みんなで一緒に。

 楽しいことを共有しましょう。

 

 そんなスローガンでも掲げてんのかねぇ、ここの領主は。

 

 

 そんなことを考えながら、俺は大衆浴場の外で出入りする客たちをぽへ~っと眺めていた。

 エステラに頼まれて、客の反応を見ているのだ。

 まぁ、もうすでに反応は上々だって分かったんだが、もう少し調査を続けるか。

 言い出しっぺだしなぁ、一応。

 

「おぉ~い、ヤシロぉ~!」

 

 モーマットが手を振りながらにっこにこ顔で駆けてくる。

 心なしか、ウロコのツヤがいつもと違う。

 

「すっげぇ気持ちいいなぁ、大衆浴場! 特にサウナ! あれはいいもんだ!」

 

 風呂上がり独特のちょっといい香りをさせてモーマットが熱弁を振るう。

 

「最初は、暑い部屋に入ってなんの意味があるんだって思ったんだがよぉ、オメロのヤツが限界までガマンすると世界が変わるとか言うからよぉ」

 

 オメロは昨日の試運転調査隊で倒れるまでサウナに入ってたしな。ベッコと。

 

「サウナから出た後の水風呂がなぁ、最高なんだよぉ!」

「分かった! 分かったからあんま近付くな! オッサンからいい匂いがしてると軽く殺意を覚える」

 

 そういうのは美少女から漂ってこそだろうが!

 

 どうやら、この街でもサウナは受け入れられたようだ。

 極限まで我慢して、我慢して、我慢して……我慢からの解放!

 

 あの快感たるや……うん、俺ももう少し空いたら入りに行こう。

 

「レジーナの作った石けんってのはいいもんだな。最初は『女じゃあるまいし、男が香りのいい石けんなんて』と思ったんだが、番台でお一人様一個プレゼントしててよぉ。折角だからってんで使ってみたら、見てくれよ、ほら! ウロコのツヤが全然違うだろう!? おまけになんだか、しっとり柔らかくなった気がするんだよなぁ、ウロコ」

「ウロコの役割果たせなくなってんじゃね、それ?」

 

 いいのか、ウロコが柔らかくなって。

 天然の鎧なんだろ、ウロコって。

 まぁ、モーマットならどんな防具を身に着けようが瞬殺されるんだろうけどな。

 

「新たな強敵が現れた時は、真っ先にやられてくれよ」

「なんの話だよ!? 絶対ヤダよ!」

 

 お前はそーゆーポジションだろうに。

『モブキャラ戦闘員C』くらいの立ち位置なんだから。

 

「で、なんの香りをもらったんだ?」

「ラベンダーだ!」

「女子か!?」

「いいだろう!? いい匂いだったんだからよぉ!」

 

 今回、大衆浴場の受け付け――番台にて、使い切りサイズの石けんを無償プレゼントしている。

 香りの石けんは贅沢品だからな。なきゃないで構わないものなのだ。

 

 だが、一度使うと「また使ってみたい」と思うし、なくなれば「あぁ、なくなっちゃった」と思うし、「これくらいなら、ちょっと奮発してもいいかな」と思うようになり、やがて「あって当然、ないと物足りない!」って風になればいつまでも売れ続けてくれる。

 その足がかりとしての試供品だ。

 

 香りは花の香りや果物の香り、ハチミツやミルクといったものまで多岐にわたる。

 はてさて、一番人気に輝くのは一体なにかな?

 

「気に入ったんなら、お前にお勧めの香りを教えてやろう」

「お、ヤシロのお勧めか。気になるな。なんの香りだ?」

「『メンズフルーティー』って言ってな?」

「オッサンの汗のにおいじゃねぇか!? 番台にいたハム摩呂に嗅がされて悶絶したんだからな、俺ぁ!」

 

 そうか、もう知っていたのか。

 見たかったなぁ、悶絶するモーマット。

 つか、番台に座ってんのハム摩呂なのかよ。

 それでいいのか? 初日だぞ?

 

 若干の不安を覚え、大衆浴場の入り口へ視線を向けると、――なんでここに居るのか――リカルドが嬉しそうなつやつやした顔で手を振っていた。

 

「おぉ、いたいた! おぉーい、オオバ!」

「モーマット、呼んでるぞ」

「俺じゃねぇよ! 明らかにお前だよ、ヤシロ! オオバって言ってんだろ!?」

 

 ちっ。

 なんでこう、オッサンにばっかり声をかけられるのか……

 

 エステラが――

 

「今日は入浴初体験の女性が多いだろうから女湯には近付かないように。不慮の事故は起こらないように注意喚起するけれど、……割と開放的でノリがいいからねぇ、四十二区の女子たちは……」

 

 ――みたいな乾いた笑顔で接近禁止を命じやがったせいだ。

 俺も女湯の方の調査がよかったなぁ! 

 

「いいな、アレ! ウチにも作れ」

「お前はルシアか」

 

 人の顔を見るなり平気な顔で命令してきやがって。

 やっぱ、この街の領主共はもっと俺を敬うべきだと思う。

 

「新しい物に飛びつく前に、『素敵やんアベニュー』はどうなってんだよ?」

「ん? あぁ、順調だぞ」

 

 もうかれこれ数ヶ月経ってるけども!?

 

「時間掛け過ぎなんじゃねぇの?」

「あのなぁ。通りを作り変えるほどの大工事だぞ? 時間が掛かって当たり前だろうが! 一体何棟の建物を建て替えると思ってんだ」

「ウーマロは、一週間と掛からずに大衆浴場を二棟作ったぞ」

「アレと比べるな! 規格外過ぎるんだよ、トルベックは!」

 

 リカルドから見れば、ウーマロたちは規格外に映るようだ。

 まぁ、「いや、陽だまり亭で一回大浴場を作ったッスから、ノウハウさえあれば規模が大きくなっても工期は短縮できるッスよ」とか、平気な顔で言われた時は「こいつ、マジか……」って愕然とした気持ちになったけどな。

 

 いくらトルベック工務店総動員と言ったってさぁ……陽だまり亭リニューアルの頃は、割と普通の速度だったと思うんだけど……え、俺ってそんなに無理を強いてる? 俺のせいじゃないよな? ウーマロのせいだよな、絶対。

 

「リカルド」

「んだよ?」

「俺、悪くないよな?」

「なんの話か知らんが、お前が悪くなかったためしがあるか?」

「けっ! お前に聞いたのが間違いだった! モーマット!」

「まぁ、ヤシロのせいなんじゃねぇのか? 知らねぇけどよ」

 

 なんてヤツらだ!

 憤懣やるかたない系男子か!?

 

「なんの話をしてるッスか?」

 

 そんな時、噂の男、ウーマロが現れた。

 

「ウーマロ、俺のせいかな!?」

「は? えっと……たぶん、そうなんじゃないッスかね? 知らないッスけど」

 

 お前もか、ウーマロ!

 非常に不愉快な気分になった俺は、今後もこいつらをアゴで使い続けようと心に決めたのであった。まる!

 

 

 

 

 

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