異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

47話 被害の後に -2-

公開日時: 2020年11月15日(日) 20:01
文字数:3,913

「……ヤシロ。ポップコーンが出来た」

 

 店のドアを開けて出てきたのは、ポップコーンを手に持ったマグダだった。

 野球場の売り子のように、箱状のトレーを持ち、肩紐を斜め掛けにして、出来立てのポップコーンをそのトレーに入れている。

 屋台では行けない場所へも売り歩けるようにと、俺が考案した『売り子スタイル』だ。

 マグダは気合い十分なようだな。

 

 というのも……

 

 昨日、溜め池の拡張工事を終えた俺は、夕飯の席でそこであったことをみんなに話して聞かせたのだ。

 妹が少女の帽子を拾ってやったこと。

 そして、その少女から礼を言われたこと。

 最後に、屋台の再開を望む声があったこと。

 

 その話を聞いて分かりやすく喜んだのはロレッタとジネットだったのだが、実はマグダもかなり喜んでいたようで――

 今朝、俺が目を覚ますよりも早く厨房に入って、ポップコーンのもととなるトウモロコシを選り分けていたらしい。「……再開初日は、高品質をご提供」と、静かに闘志を燃やしていた。

 

「……ヤシロ、試食して」

「おう」

 

 差し出されたポップコーンを口に含む。

 ん!? なんかいつもより美味い気がする。

 

「……ハチミツとバターの割合を変えた。こっちの方が癖がなく食べやすい」

 

 なんと、マグダは独自にレシピを改良してきたのだ。

 しかも、グレードが上がっている。

 こいつ……ポップコーン職人の座を不動のものにするつもりだな。最近、妹たちが作れるようになってきたこともあり、ここいらで格の違いでも見せつけようって魂胆か。

 だが。

 

「美味い!」

 

 正直脱帽だ。

 ポップコーンに関しては完全に追い抜かれてしまったな。

 

「……ふふん」

 

 無表情ながら、マグダの表情は嬉しそうに見えた。

 ネコ耳がぴこぴこ揺れているから間違いはないだろう。

 

「……店長。試食」

「はい。では、いただきますね」

 

 お上品に一粒摘まみ、口に入れた瞬間……ジネットの瞳が大きく見開かれた。

 

「…………ハチミツとバターが、口の中でルリルリルララ……」

 

 あぁ、またよく分からない表現が誕生してしまった。

 今度ハム摩呂に比喩表現のなんたるかを教わるといい。あいつはプロだから。

 

「……エステラ。試食」

「ん? ボクもいいのかい? じゃあ、一つ……」

「わぁ、どんな表現で美味しさを伝えてくれるのか、ヤシロ、た・の・し・み☆」

「……なんだい、それは?」

「ヤシロ、た・の・し・み☆」

「…………別に、何かコメントとかしないからね。変な期待しないように!」

「………………じぃ~」

「しないからねっ! ……もう! 食べにくいじゃないか!」

 

 ふふん。

 さっきの仕返しじゃい。

 

「まったく…………んっ! 口に入れた瞬間、ハチミツの香りが、こう、ふわっと……いや、でもバターの風味も…………あ、これは牛乳の……………………無くなっちゃった」

「語彙力のないヤツめ」

「ヤ、ヤシロが変なプレッシャーかけるからだろう!? もう! 味もよく分かんなかったじゃないか!」

 

 あ~、そうやってなんでも人のせいにするの、どうかと思うなぁ。

 

「……モーマット。食べる?」

「え、いいのかい!? じゃあ、遠慮なく!」

 

 モーマットがデカい手でポップコーンを掴んで口へ放り込む。

 ……本当に遠慮なく食いやがったな。

 

「おぉっ! こりゃあウメェな! なんつうか、懐かしい甘さなんだけど、すっきりと洗練された風味と相まって、なんだかスタイリッシュなお菓子にランクアップした感じがするぜ」

 

 ………………なんか、ちょっといい感じのコメントを寄越しやがった。

 

「モーマットのくせに」

「モーマットのくせに」

「ヤシロさん、エステラさん。お二人とも、モーマットさんが可哀想ですよ」

「俺、なんか悪いことしたか……?」

 

 何が悪いかと言われれば……そうだな、一言で言うなら…………

 

「なんか気に入らない」

「どうしろってんだよ、そんなもん!」

 

 困り顔で吠えるモーマット。

 そんなモーマットに、マグダがそっと手を差し出す。手のひらは上を向いている。

 

「……まいどあり」

「…………へ?」

 

 突然のマグダの言葉に困惑するモーマット。

 マグダはトレーに添えていた両手をそっと離す。すると、両手によって押さえられていた紙がぺろ~んと垂れ下がり、トレーの前面にこんな張り紙が出現した。

 

『 新作ハニーポップコーン 一人前 1500Rb 』

 

「ぶふぅっ!?」

 

 その張り紙を見てモーマットが盛大に吹き出した。

 なんだ、その凄まじいぼったくり料金は……そりゃモーマットじゃなくても目玉飛び出るわ。

 

「や……いや、あの……マグダちゃんよぉ…………これ、試食……だよ、な?」

「……試食? 誰がそんなことを?」

 

 あれはマグダがすっとぼける時の表情だ。

 モーマットの焦りはピークに達する。

 

「い、いや、だって! マグダちゃんが俺に『食べるか?』って聞いたんだよな!?」

「……会話記録カンバセーション・レコード

 

 マグダの呟きに合わせて、マグダの目の前に半透明のパネルが出現する。

 マグダはそれを指でスクロールさせ、該当部分の会話を表示させる。

 

『……ヤシロ、試食して』

『おう』

 

 まず、俺に試食を勧めた時の会話だ。

 

『……店長。試食』

『はい。では、いただきますね』

 

 そして、ジネット。

 

『……エステラ。試食』

『ん? ボクもいいのかい? じゃあ、一つ……』

 

 エステラと来て――

 

『……モーマット。食べる?』

『え、いいのかい!? じゃあ、遠慮なく!』

 

「うん。『試食』とは言ってないな」

「えっ!? えぇっ!? いや、でも、『食べるか』って聞いたじゃねぇか!?」

「……『いかがですか?』は、接客業の常套句」

「うっ……そ、そりゃ…………そう、なんだろうけど…………」

 

 マグダの言葉に、ぐうの音も出ないモーマット。

 マグダ……お前、いつの間にこんなに逞しく……

 

「エ、エステラさん! ど、どど、どうしましょう!? マグダさんがヤシロさんみたいに!?」

「今すぐレジーナのところに行って毒素を抜いてもらおう! ヤシロウィルスが蔓延してしまう前に!」

「お前ら、あとで覚えてろよ」

「あぅっ、ち、違いますよ! ヤシロさんがダメなのではなくて、マグダさんがヤシロさんみたいになってしまうのはちょっと問題かと……あぁ、そうではなくて! ヤシロさんはいい人なんですけれど、ヤシロさんのようなタイプという大きな括りにするとその限りでは……いいえ、これも違います! えっと、つまり……!」

「ジネットちゃん。素直に『ヤシロは二人もいらない』って言ってやればいいんだよ」

「そ、そんなつもりは……っ! あの…………………………マグダさん、頑張って第二のヤシロさんになってください……」

「諦めちゃダメだ、ジネットちゃん!? こんなのが増えたら四十二区は食い尽くされてしまうよ!?」

「もう一回言うぞ。お前ら、あとで覚えてろよ」

 

 まったく、失礼な連中だ。

 

 で、モーマットがどうなったかというと……

 蛇に睨まれた蛙のように、ただひたすら脂汗を垂れ流していた。

 

「……せ、せせせ、せ、1500Rbっていやぁ……」

「……ヤシロを困らせた罰」

 

 無表情のマグダが、抑揚のない声で言ったその言葉に、俺は正直驚きを隠せなかった。

 こいつが、そんなことを思うなんて……

 

「そ、そんなつもりは…………なかったんだが……」

 

 モーマットがうな垂れてしまった。

 完全に諦めモードだ。こいつ、まさか払う気じゃないだろうな?

 

「分かったよ……最初に確認しなかった俺が悪かったんだ……1500ルー……」

「真に受けんなよ、バカワニ」

 

 全部を言い切る前に、モーマットの額にチョップを落とす。

 

「マグダも。冗談は冗談と分かるように言ってやるべきだ。悲しい気持ちにさせてしまっては、あとで笑えない」

「……マグダは、冗談は…………」

「冗談だよな?」

 

 やや不機嫌そうにピンと立った耳を少々乱暴にもふってやる。

 

「…………ふにゃぁ……」

 

 途端にマグダの力が抜け落ちる。

 しゃがみ込んでしまったマグダの頭を撫で、俺もしゃがんで耳元で囁く。

 

「ありがとうな。怒ってくれて。けど、許してやってくれねぇか?」

「…………ヤシロがいいなら、別に、いい」

「そっか。いい娘だ」

 

 こいつの目には、俺が強引に押し切られたように見えたのかもしれない。

 エステラやジネットのように、相手の言葉の裏に含まれる感情を汲み取ることには、まだ慣れていないのだろう。

 エステラほど狡猾になられるのは困るが、ジネットくらいにはなってもらいたいものだ。

 そうだな。もう少し、素直に甘えられるくらいにはな。

 

「マグダさん。モーマットさんの野菜に関してですが」

 

 俺とマグダが向かい合ってしゃがみ込んでいるところへ、ジネットがやって来て同じようにしゃがむ。

 そして、幼い子に言い聞かせるように優しくも聞きやすい、温かい声で囁きかける。

 

「ヤシロさんは最初からモーマットさんを助けるつもりでいたのだと思いますよ。ヤシロさんは、口は悪いですが、とてもいい人ですから」

 

 悪かったな、口が悪くて。

 

「……困っているように、見えた」

「照れ隠しです」

 

 いや、照れてはいないけどな。

 

「でも、マグダさんのその優しい気持ち。わたしは大好きですよ」

 

 モーマットにとっては悪魔のような仕打ちだっただろうけどな。

 

 まぁ、あとはジネットに任せておこう。

 うまく宥めてくれるだろう。

 

「ヤ、ヤシロ…………俺、嫌われたのかな?」

 

 不安な表情を顔面に張りつけて、モーマットが俺に近付いてくる。

 心配性め。

 

「大丈夫だよ」

「そ、そうか……」

「もともと好かれてたわけじゃないんだから」

「それはそれで悲しいんだよっ!」

 

 いいじゃねぇか。ゼロがマイナスになったくらい。

 

「マ、マグダちゃん! 俺は、ヤシロとマブダチなんだよ! たまにキツイ冗談も言い合うが、本当は仲良しだからな!?」

 

 勝手に肩を組み、勝手なことを抜かすモーマット。

 いつからマブダチになったって?

 俺のマブダチは月額料金発生するぞ? 入会費も。

 

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