「半分こ……ふふ、半分こです」
楽しそうに笑いながら、ジャムパンをクルクルと手の中で回し始めるジネット。
何をしてるのかと尋ねたら、「ジャムパンの中のジャムは製造過程でどうしても中心からずれてしまうものですから」だそうだ。
中のジャムまで半分こにしたいらしい。
「ピッタリ半分こは初めてですからね。丁寧に半分こしますね」
謎の意気込みを吐露する。
プロ意識か、職人魂か。
はたまた、子供心か。
「子供の頃を思い出します、こうしていると」
「子供の頃? 教会で半分こしたりしたのか?」
「はい。割と」
「ベルティーナと……じゃ、ないよな?」
あいつはきっと一人で全部食っちまう。
と、思ったのだが。
「そんなことはないですよ? わたしが教会にいた時はよくシスターと半分こしてたんですよ」
「それは、ジネットがベルティーナに分けてやる時限定だろ?」
「いえ、別に限定というわけでは…………まぁ、ほとんどがそうでしたけれど」
もともと、ジネットは他人の物を欲しがるタイプじゃないからな。
というか、ベルティーナの物を分けてもらうような状況なら、きっとジネットは自分以外の幼いガキにその権利を譲ったりするのだろう。こいつは、そういうヤツだ。
少し黙った後でふと手を止め、ジネットが取って置きの秘密を教える時のような表情を見せる。
「でも、半分こしてあげるとですね、その後特別な『お返し』が待っているんですよ」
「『お返し』?」
「添い寝です」
ごふっ!
……いかん、ちょっとムセかけた。
なんてタイミングだよ、その思い出トーク……
「普段、シスターは一人の子に長く構っていられないんです。子供が多いですから。でも、『お返し』の時は眠るまでシスターを独占できるんです。それがすごく贅沢な気がして、わたし、すごく喜んでいたのを覚えています」
「まぁ、ガキにとっては嬉しいもんなんだろうな。眠る瞬間まで大好きな人がそばにいてくれるって安心感は」
「はい」
ジャムの中心を見極めたのか、ジネットが丁寧にパンをちぎり始める。
丁寧に、丁寧に。綺麗に二等分するように。
「子供の頃は、自分を守ってくれると確信している人に甘えるのが、何よりの贅沢だったように思います」
「そうかもな。マグダなんか、ジネットに甘えっぱなしだしな」
「ヤシロさんに、ですよ?」
半分こに集中しているのか、視線を上げずにくすりと笑う。
確かにマグダは俺にも懐いてはいるが、総合的に見ればジネットに一番懐いていると言える。
起こされるのも飯の時も、ジネットがいるだけで上機嫌だし、いつだってさり気なくジネットの居場所を確認している。
それにアレだ。
「マグダに添い寝をおねだりされてたろ?」
「へぅっ!?」
そんな変なことを言ったつもりはなかったのだが、ジネットの口から素っ頓狂な声が漏れて、同時に肩が跳ねた。
勢い余って、ジャムパンが三分の一くらいのところから歪に割れてしまっていた。
「あぅ……半分こ、しようとしたのに……」
歪に割れたジャムパンを見て、ジネットが自責の念を口にする。
が、そんな後悔よりも勝る感情があるらしく……
「あ、あの、ヤシロさん……」
熱に浮かされたように顔を赤く染め、潤む瞳をこちらに向けた。
「そ、それは、あの……いっぱい食べよう大会の時の……アノ件の、こと……でしょうか?」
「いっぱい食べよう大会? ……あぁ、大食い大会か。あの時の件って……」
と、そこまで言って思い出した。
大食い大会最終戦。
限界を超えて頑張るマグダに、俺は交換条件を出した。その時、マグダは俺にこんな要求を寄越してきたのだ。
「……添い寝と子守唄も要求する」
そして、接戦はデッドヒートとなり、ボルテージが上がりまくった会場で、俺はマグダの勝利のためにこんな条件を追加し、ジネットもそれを了承した。
つまり――
『マグダァ! ジネットと川の字もつけるぞぉ!』
『ふぇえ!? あ、あの………………えっと…………はい! おつけいたしますっ!』
――三人で川の字に並んで眠る、と。
……ぃゃぃゃいやいやいやいや!
それのことじゃなくて!
お前、しょっちゅうマグダに甘えられて、一緒に寝てくれだの、今晩は離れたくないだの言われてんだろうが!
ベッドに潜り込まれたことも何回もあるよな?
そのことだよ!
なんで、今、このタイミングでそんな結構前の、それでいていまだ履行されていない、かつ今後確実に履行を求められるであろう事柄を持ち出してくるんだよ!?
「ヤシロさんは、……その…………お、お好き、なんですか? …………添い寝、が」
ジネットが添い寝を引き摺っているぅ!
気にしてない素振りを見せながらも、しっかりと引き摺っているな、こいつは!?
好きかどうかと聞かれれば、そりゃあ大好きですけれど!
特におっぱいの大きな女子なら尚更ね!
でも言えるか、そんなこと!
かといって「そんなことない」なんて白々しい嘘、到底口に出来ようはずもない! そんなこと言ったら、逆に「あ、こいつめっちゃ意識してやがる!」って思われちゃうしね!
じゃあ何が正解なんだ、この場合!?
このクエスチョンにはなんてアンサーすればいい!?
教えておじぃーさぁーん! アルムのもみの木よぉー!
「ね……っ」
パンも食ってないのに、口の中がカラカラになる。
言葉が粘りついて口からなかなか出てこない。
それでもなんとか言葉をこねくり回して吐き出す。
「寝相、悪いから…………不安……かな」
答えになってねぇーよぉー、俺ぇー!
……もう、嫌だ。こんなことしか言えない自分が、ホント嫌……
「わっ、わたしも……あまり、いい方では、ない……かもしれません」
俯いて、賢明に返事をしてくれるジネット。
ロレッタ曰く、ジネットは眠ると引っ付き虫になるらしく、よくぎゅっと抱きしめられるのだそうだ。……ご褒美じゃねぇか。いいなチキショウ。
「あの……ご迷惑をかけないように、矯正……してぉ…………ぃぇ、なんでもないです」
うん。
そうだね。
なんでもないことにしようね。
それに対する返答を、俺も持ち合わせてないから。
とりあえず、きっといつかは履行することになるのだろうが、それはたぶん今すぐではない。
マグダの匙加減だからな。きっと「ここぞ」という時までとっておくつもりなのだろう。
それはきっとまだまだ先だ。
だから、今は、考えるのはよそう。
「……戻ろうか」
「はい……。そうですね」
二人並んでゆっくりと歩き出す。
そろそろ午後の競技が始まる頃合いだ。
特に何を話すでもなく、黙々と歩を進める。
「あ……。ジャムパン、食べますか?」
「……う、うん。もらう」
互いに視線を逸らし、無駄口も叩かず、差し出された大きい方のジャムパンを受け取る。
齧りついてみたら、なんだか想像よりもずっと、すんげぇ甘かった。
…………ったく。
甘過ぎるっつぅの。
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