「よし、ロレッタ! お前の力を見せてやれ!」
「ふんすっ! 頑張ってくるです!」
拳を握り、気合いを入れて、ロレッタは舞台へと上がる。
「大丈夫かな、ロレッタ」
エステラが不安そうに言う。
まぁ、望み薄ではあるな。なにせ、ロレッタは『他の一般人より、ほんのちょっとたくさん食べる』程度なのだ。
ここに出てくるような、大食い自慢相手に太刀打ちできるとは思えない。
「まぁ、負けてもともと、勝てればラッキーだ」
「なんだ、そういうつもりだったのかい?」
エステラがため息を漏らす。
少しは気楽に見ることが出来るようになったんじゃないのか。
そう思ってチラリと視線を送ると、エステラはすごく真面目な表情をして俺を見つめていた。
……え?
「ちゃんと、フォローはしてあげるんだよ。ロレッタは、あれでなかなか負けず嫌いだからね」
「え……」
負けず嫌い…………か。
確かに、そういう一面もあるかもしれんが…………
フォロー……フォローねぇ……
「ロレッタたちは駒じゃないんだよ。ちゃんと、感情の部分を配慮してあげなきゃね」
「ふん……」
そんなこと、分かってるわい。
…………分かって、いたかな?
う~ん……しょうがない。あとで好きなものでも奢ってやるか。
「……つか、責任を丸投げしてきた領主代行に言われたくはねぇな」
「あ、見て見て、他の区の選手も出てきたよ」
……こいつ。
「あぁ、よかった。間に合いました」
ぱたぱたと、ジネットが駆けてくる。
会場の外から走ってきたのだろう。ベルティーナがまだ戻ってきていないところを見ると、ガキどもに捕まってたな。
「ふふ、ロレッタさん。緊張されてますね」
「声援でも送ってやれ。お前の声で勝利がぐっと近付くかもしれんぞ」
「そうなんですか? ではっ。がんばってくださぁ~い! ロレッタさぁ~ん!」
「……残念ながら、一筋縄ではいかないと思われる」
ジネットの声援の余韻を断ち切るように、マグダがぬっと現れる。
「どういうことだ?」
「……四十一区の出場選手が分かった」
こいつはそんなもんを調べに行っていたのか。
「……次に出てくるのは、スイギュウ人族のドリノ。四つの胃を持つ、驚異的な男」
と、マグダが言った、まさにその時、四十一区の観覧席から歓声が湧き起こった。
ドリノとかいうスイギュウ人族が舞台に上がってきたからだ。
頭に太い二本の角を生やした大男だ。
まさにスイギュウだな。
見るからによく食いそうな、手強そうなヤツだ。
だが……
「四つの胃を持ってるっつっても、順番に通っていくんだろ? 別に使い分けられるわけじゃないし、あんま意味ないんじゃないのか?」
「……それが、そうでもない」
「え……?」
マグダの瞳が妖しく揺らめく。
「……『チェンジ・ザ・ストマック』という、牛系の獣人族の中ででもほんの一握りの者しか使えない技を、ドリノはマスターしている」
「『チェンジ・ザ・ストマック』?」
「……四つの胃を自在に使い分ける、驚異的な技」
「そんな、大食い大会でしか使えないような技があるのか……?」
「……牛系の獣人族の中でも、一握りの者しか使用できない、レアな技」
「いや……、需要がないだけじゃないのか、その技?」
どう考えても他に使いどころが思い浮かばない。
しかし、四つの胃を自在に使い分けられるとなれば……こりゃ勝てないぞ。四対一みたいなもんだ。
「……四十一区は、勝ちを取りに来た」
「みたいだな」
「四十区の選手も手強いですわよ」
と、四十区に精通しているイメルダが情報を持ってきてくれる。
「不屈の精神を持つ、キジ人族のゼノビオス。彼は、かなり厄介な男ですわ」
舞台上に、鮮やかな赤い顔をした、なんとも派手な男がスタイリッシュなポーズで立っていた。
なんというか、こう……『スタイリッシュッ!』って言いたくなるような立ち姿なのだ。
「……スタイリッシュだな」
「彼を見た人はみんなそう言いますわね」
線が細く、華美で、どちらかというと、大食いよりも美食の方が似合いそうな、どこかの貴族然とした男だ。
あいつが、そんなに厄介な相手なのだろうか……
「彼は…………通算二百三十九回ワタクシを食事に誘い、二百四十回断られてもなお食事に誘ってくる、不屈の精神を持っているんですの」
「それ、しつこいだけじゃねぇか!?」
で、お前はなんで毎回誘われた回数より断った回数が多いんだよ?
「彼のモットーは『ネバーギブアップ』。好きな言葉は『粘着』」
「うわぁ……もう、関わりたくねぇよ……」
で、肝心の大食いの方はどうなんだよ?
まぁ、選手に選ばれるくらいなんだから、それなりにはすごいのだろうが……
「みんな。準備が出来たみたいだよ」
エステラが舞台を指さして言う。
三人の選手が各々座席に座り、それぞれの前に最初の一皿が配られる。
テーブルに置かれた今回の料理は、実にシンプルな肉料理だ。拳大の肉の塊をこんがりと焼いただけ。各テーブルには四種類のソースが置かれており、お好みで肉にかけて食べるらしい。
すごくシンプル。故に、誤魔化しの利かない勝負になりそうだ。
――ッカーン!
高らかに鐘が打ち鳴らされ、試合が始まった。
「ぅぉおおおっ! 見るです! これがあたしの、本気ですっ!」
開始早々、ロレッタが肉へと齧りつく。
ナイフとフォークで肉の塊を突き刺し、そのまま持ち上げ、丸齧りしていく。
……切らないんだ…………
小さな口で、大きな肉の塊にかぶりつき、ガジガジガジと、前歯で肉をこそげ取っていく。
その様はまさにハムスター。げっ歯類特有の食べ方だった。
「……なんだろう、ロレッタの食べ方…………かわいい」
「……ふむ、同意」
「なんだか、小動物みたいですね」
「ワタクシも、その気になればあれくらい出来ますわよ?」
エステラとマグダがロレッタの食べ方にときめいている。
まぁ、確かに、なんか可愛いけどな。何がかはよく分からんのだが…………なんか可愛い。
で、イメルダ。張り合わなくていいから。
「あっ、見てください! 一番で食べ終わりますよ!」
ジネットが興奮気味に声を上げる。
「おかわりくださいですっ!」
腕をピーンっと伸ばし、高らかに宣言する。
ロレッタが一足早く、一皿目を完食した。
いいぞ。今のところはいい感じだ!
だが、最初からこんなに飛ばして、あとが持つのか?
「食事は、ゆっくりすると量を食べられないからね。最初に詰め込めるだけ詰め込んで、後半は調整して食べるってやり方がいいんじゃないかな」
エステラが、独自の考えを披露する。
それはつまり、ベルティーナ戦法だな。
それが通用する相手なら……いいんだけどな。
「オラにも、おかわりくれダ!」
すぐ後を、四十一区のスイギュウ人族ドリノが追従する。
キジ人族のスタイリッシュ・ゼノビオスは……ナイフとフォークを器用に使い、スタイリッシュに食事を楽しんでいた。……あいつ、やる気あんのか?
「ロレッタ! 負けたら承知しないからねー!」
パウラの激励に、ロレッタが一瞬肩をビクッと震わせる。
と、パウラの背後から伸びてきた拳骨が、こつんとパウラを小突いた。
「こら、パウラ。選手を脅す応援団がどこにいるんだい? 応援は、心の支えになるようにしなきゃダメさね」
なんか、精神面でもノーマがチアガールとして開花している。
「もっとロレッタが喜ぶようなことを言ってやるのが、アタシらチアガールの務めだよ」
「喜ぶって…………」
ノーマに諭され、パウラが腕組みをして考える……
「い、一位になったら……ウチのソーセージ一ヶ月間食べ放題―!」
「燃えてきたですっ!」
ロレッタの食べる速度が格段に上がった。
お前、どんだけ好きなんだよ、カンタルチカの魔獣ソーセージ。
――パチンッ!
と、舞台の上で乾いた音がする。
見ると、四十区のゼノビオスが右腕を高く上げていた。どうやら指を鳴らしたようだ。
そして、鮮やかな赤い顔を、前髪を掻き上げるような仕草で撫でて少し斜に構えて言う。
「ヘイ、シェフ! これ、もう一皿もらえるぅ?」
スタイリッシュッ!
……いや、そんなこと言ってる場合じゃないんだ。
もうあいつは気にしないでおこう。大食い的には取るに足らない相手のようだし。
……なのに、視界の端っこでチラチラ見切れて……気になるんだよなぁ、あの赤い顔!
「おかわり、お願いするです!」
そうこうしている間にも、ロレッタは三皿目に突入した。
いいペースだ。
肉の塊は、見た目以上に重量があるらしく、どの選手も思いのほか食が進んでいない。
砂時計の砂はどんどんと落ちていき、現在、十分が過ぎたところだ。
約四分の一が経過した時点で、一皿近いリードか…………このまま何事もなく終わればいいのだが。
ロレッタのげっ歯類食いも、今のところは衰えを見せない。軽快に飛ばしている。
「ぁ……ふ、ふれー、ふれー! がんばってー!」
ミリィが懸命に声を張り上げる。
小さな体を大きく見せようと、腕を振り上げてぴょんぴょんと跳ねる。
なにこれ。テイクアウトしたい。
こういう目覚まし、どこかにないかなぁ?
「ロレッタさん、頑張ってください……」
胸の前で手を組み、ジネットが祈りを捧げている。
「……けれど、どうか、無理だけはしないでください」
祈っているのは、勝利ではなく、ロレッタの体のことのようだが。
「ほらほら! あんたたちも声を出すさね! ウチの、四十二区の代表が戦ってるんだよ! もっと気合い入れて応援するんさよ!」
ノーマが観客席に向かって檄を飛ばす。
腰に手を当て、ビシッと腕を伸ばし、なんとも勇ましく群衆を指導している。
……の、だが。男性客の八割以上が、ノーマの荒ぶる谷間に視線が釘付けだった。
試合見ろ、お前ら。そして応援くらいしてやれ。
「いいぞー!」
「俺たちが見守っているぞー!」
「もっとやれー!」
「揺れろー!」
「暴れ狂えー!」
って、お前ら、おっぱいの応援してんじゃねぇよ! ロレッタの応援するの!
ほら見ろ! ロレッタも、なんか言われたから、よく分かんないけどとりあえず揺れてみちゃってるじゃねぇか! 「なんで揺れるんだろう?」みたいなキョトンとした顔しちゃってんじゃねぇか!
「ロレッタ! お前のペースでいい! 自分のペースを守って食い進めろ!」
「はいです!」
観客席の野郎どもがあまりにもアホ揃いなので、俺がきちんと応援してやる。
ロレッタだって頑張ってんだ。
応援してやらなきゃ可哀想じゃねぇか。
「ふふ……」
「なんだよ、エステラ?」
「いや、『負けてもともと』って言ってた割には、熱心に応援するなって思ってね」
「……うっせぇな。悪いかよ」
「その反対さ」
エステラが俺の肩に手を載せ、もたれかかるようにして身を寄せてくる。
「ヤシロは、そうやって親心を発揮してる方が『らしい』よ」
嬉しそうに笑って、俺の背中をぽんぽんと叩く。
……何が『らしい』だ。本来の俺は、もっとクールでダーティーな男だっつの。
知らないだけなんだよ、お前らが。
「おかわりお願いするです!」
「オラも頼むダ!」
そして、ロレッタ優勢のまま、三十分が経過した…………異変は、そこから始まった。
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