異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

137話 第二試合 詰め込む詰め込む -2-

公開日時: 2021年2月14日(日) 20:01
文字数:4,409

「よし、ロレッタ! お前の力を見せてやれ!」

「ふんすっ! 頑張ってくるです!」

 

 拳を握り、気合いを入れて、ロレッタは舞台へと上がる。

 

「大丈夫かな、ロレッタ」

 

 エステラが不安そうに言う。

 まぁ、望み薄ではあるな。なにせ、ロレッタは『他の一般人より、ほんのちょっとたくさん食べる』程度なのだ。

 ここに出てくるような、大食い自慢相手に太刀打ちできるとは思えない。

 

「まぁ、負けてもともと、勝てればラッキーだ」

「なんだ、そういうつもりだったのかい?」

 

 エステラがため息を漏らす。

 少しは気楽に見ることが出来るようになったんじゃないのか。

 

 そう思ってチラリと視線を送ると、エステラはすごく真面目な表情をして俺を見つめていた。

 ……え?

 

「ちゃんと、フォローはしてあげるんだよ。ロレッタは、あれでなかなか負けず嫌いだからね」

「え……」

 

 負けず嫌い…………か。

 確かに、そういう一面もあるかもしれんが…………

 フォロー……フォローねぇ……

 

「ロレッタたちは駒じゃないんだよ。ちゃんと、感情の部分を配慮してあげなきゃね」

「ふん……」

 

 そんなこと、分かってるわい。

 …………分かって、いたかな?

 う~ん……しょうがない。あとで好きなものでも奢ってやるか。

 

「……つか、責任を丸投げしてきた領主代行に言われたくはねぇな」

「あ、見て見て、他の区の選手も出てきたよ」

 

 ……こいつ。

 

「あぁ、よかった。間に合いました」

 

 ぱたぱたと、ジネットが駆けてくる。

 会場の外から走ってきたのだろう。ベルティーナがまだ戻ってきていないところを見ると、ガキどもに捕まってたな。

 

「ふふ、ロレッタさん。緊張されてますね」

「声援でも送ってやれ。お前の声で勝利がぐっと近付くかもしれんぞ」

「そうなんですか? ではっ。がんばってくださぁ~い! ロレッタさぁ~ん!」

「……残念ながら、一筋縄ではいかないと思われる」

 

 ジネットの声援の余韻を断ち切るように、マグダがぬっと現れる。

 

「どういうことだ?」

「……四十一区の出場選手が分かった」

 

 こいつはそんなもんを調べに行っていたのか。

 

「……次に出てくるのは、スイギュウ人族のドリノ。四つの胃を持つ、驚異的な男」

 

 と、マグダが言った、まさにその時、四十一区の観覧席から歓声が湧き起こった。

 ドリノとかいうスイギュウ人族が舞台に上がってきたからだ。

 頭に太い二本の角を生やした大男だ。

 まさにスイギュウだな。

 

 見るからによく食いそうな、手強そうなヤツだ。

 だが……

 

「四つの胃を持ってるっつっても、順番に通っていくんだろ? 別に使い分けられるわけじゃないし、あんま意味ないんじゃないのか?」

「……それが、そうでもない」

「え……?」

 

 マグダの瞳が妖しく揺らめく。

 

「……『チェンジ・ザ・ストマック』という、牛系の獣人族の中ででもほんの一握りの者しか使えない技を、ドリノはマスターしている」

「『チェンジ・ザ・ストマック』?」

「……四つの胃を自在に使い分ける、驚異的な技」

「そんな、大食い大会でしか使えないような技があるのか……?」

「……牛系の獣人族の中でも、一握りの者しか使用できない、レアな技」

「いや……、需要がないだけじゃないのか、その技?」

 

 どう考えても他に使いどころが思い浮かばない。

 しかし、四つの胃を自在に使い分けられるとなれば……こりゃ勝てないぞ。四対一みたいなもんだ。

 

「……四十一区は、勝ちを取りに来た」

「みたいだな」

「四十区の選手も手強いですわよ」

 

 と、四十区に精通しているイメルダが情報を持ってきてくれる。

 

「不屈の精神を持つ、キジ人族のゼノビオス。彼は、かなり厄介な男ですわ」

 

 舞台上に、鮮やかな赤い顔をした、なんとも派手な男がスタイリッシュなポーズで立っていた。

 なんというか、こう……『スタイリッシュッ!』って言いたくなるような立ち姿なのだ。

 

「……スタイリッシュだな」

「彼を見た人はみんなそう言いますわね」

 

 線が細く、華美で、どちらかというと、大食いよりも美食の方が似合いそうな、どこかの貴族然とした男だ。

 あいつが、そんなに厄介な相手なのだろうか……

 

「彼は…………通算二百三十九回ワタクシを食事に誘い、二百四十回断られてもなお食事に誘ってくる、不屈の精神を持っているんですの」

「それ、しつこいだけじゃねぇか!?」

 

 で、お前はなんで毎回誘われた回数より断った回数が多いんだよ?

 

「彼のモットーは『ネバーギブアップ』。好きな言葉は『粘着』」

「うわぁ……もう、関わりたくねぇよ……」

 

 で、肝心の大食いの方はどうなんだよ?

 まぁ、選手に選ばれるくらいなんだから、それなりにはすごいのだろうが……

 

「みんな。準備が出来たみたいだよ」

 

 エステラが舞台を指さして言う。

 

 三人の選手が各々座席に座り、それぞれの前に最初の一皿が配られる。

 テーブルに置かれた今回の料理は、実にシンプルな肉料理だ。拳大の肉の塊をこんがりと焼いただけ。各テーブルには四種類のソースが置かれており、お好みで肉にかけて食べるらしい。

 

 すごくシンプル。故に、誤魔化しの利かない勝負になりそうだ。

 

 

 ――ッカーン!

 

 

 高らかに鐘が打ち鳴らされ、試合が始まった。

 

「ぅぉおおおっ! 見るです! これがあたしの、本気ですっ!」

 

 開始早々、ロレッタが肉へと齧りつく。

 ナイフとフォークで肉の塊を突き刺し、そのまま持ち上げ、丸齧りしていく。

 ……切らないんだ…………

 

 小さな口で、大きな肉の塊にかぶりつき、ガジガジガジと、前歯で肉をこそげ取っていく。

 その様はまさにハムスター。げっ歯類特有の食べ方だった。

 

「……なんだろう、ロレッタの食べ方…………かわいい」

「……ふむ、同意」

「なんだか、小動物みたいですね」

「ワタクシも、その気になればあれくらい出来ますわよ?」

 

 エステラとマグダがロレッタの食べ方にときめいている。

 まぁ、確かに、なんか可愛いけどな。何がかはよく分からんのだが…………なんか可愛い。

 

 で、イメルダ。張り合わなくていいから。

 

「あっ、見てください! 一番で食べ終わりますよ!」

 

 ジネットが興奮気味に声を上げる。

 

「おかわりくださいですっ!」

 

 腕をピーンっと伸ばし、高らかに宣言する。

 ロレッタが一足早く、一皿目を完食した。

 

 いいぞ。今のところはいい感じだ!

 だが、最初からこんなに飛ばして、あとが持つのか?

 

「食事は、ゆっくりすると量を食べられないからね。最初に詰め込めるだけ詰め込んで、後半は調整して食べるってやり方がいいんじゃないかな」

 

 エステラが、独自の考えを披露する。

 それはつまり、ベルティーナ戦法だな。

 

 それが通用する相手なら……いいんだけどな。

 

「オラにも、おかわりくれダ!」

 

 すぐ後を、四十一区のスイギュウ人族ドリノが追従する。

 キジ人族のスタイリッシュ・ゼノビオスは……ナイフとフォークを器用に使い、スタイリッシュに食事を楽しんでいた。……あいつ、やる気あんのか?

 

「ロレッタ! 負けたら承知しないからねー!」

 

 パウラの激励に、ロレッタが一瞬肩をビクッと震わせる。

 と、パウラの背後から伸びてきた拳骨が、こつんとパウラを小突いた。

 

「こら、パウラ。選手を脅す応援団がどこにいるんだい? 応援は、心の支えになるようにしなきゃダメさね」

 

 なんか、精神面でもノーマがチアガールとして開花している。

 

「もっとロレッタが喜ぶようなことを言ってやるのが、アタシらチアガールの務めだよ」

「喜ぶって…………」

 

 ノーマに諭され、パウラが腕組みをして考える……

 

「い、一位になったら……ウチのソーセージ一ヶ月間食べ放題―!」

「燃えてきたですっ!」

 

 ロレッタの食べる速度が格段に上がった。

 お前、どんだけ好きなんだよ、カンタルチカの魔獣ソーセージ。

 

 ――パチンッ!

 

 と、舞台の上で乾いた音がする。

 見ると、四十区のゼノビオスが右腕を高く上げていた。どうやら指を鳴らしたようだ。

 そして、鮮やかな赤い顔を、前髪を掻き上げるような仕草で撫でて少し斜に構えて言う。

 

「ヘイ、シェフ! これ、もう一皿もらえるぅ?」

 

 スタイリッシュッ!

 

 ……いや、そんなこと言ってる場合じゃないんだ。

 もうあいつは気にしないでおこう。大食い的には取るに足らない相手のようだし。

 ……なのに、視界の端っこでチラチラ見切れて……気になるんだよなぁ、あの赤い顔!

 

「おかわり、お願いするです!」

 

 そうこうしている間にも、ロレッタは三皿目に突入した。

 いいペースだ。

 肉の塊は、見た目以上に重量があるらしく、どの選手も思いのほか食が進んでいない。

 

 砂時計の砂はどんどんと落ちていき、現在、十分が過ぎたところだ。

 

 約四分の一が経過した時点で、一皿近いリードか…………このまま何事もなく終わればいいのだが。

 ロレッタのげっ歯類食いも、今のところは衰えを見せない。軽快に飛ばしている。

 

「ぁ……ふ、ふれー、ふれー! がんばってー!」

 

 ミリィが懸命に声を張り上げる。

 小さな体を大きく見せようと、腕を振り上げてぴょんぴょんと跳ねる。

 

 なにこれ。テイクアウトしたい。

 こういう目覚まし、どこかにないかなぁ?

 

「ロレッタさん、頑張ってください……」

 

 胸の前で手を組み、ジネットが祈りを捧げている。

 

「……けれど、どうか、無理だけはしないでください」

 

 祈っているのは、勝利ではなく、ロレッタの体のことのようだが。

 

「ほらほら! あんたたちも声を出すさね! ウチの、四十二区の代表が戦ってるんだよ! もっと気合い入れて応援するんさよ!」

 

 ノーマが観客席に向かって檄を飛ばす。

 腰に手を当て、ビシッと腕を伸ばし、なんとも勇ましく群衆を指導している。

 ……の、だが。男性客の八割以上が、ノーマの荒ぶる谷間に視線が釘付けだった。

 試合見ろ、お前ら。そして応援くらいしてやれ。

 

「いいぞー!」

「俺たちが見守っているぞー!」

「もっとやれー!」

「揺れろー!」

「暴れ狂えー!」

 

 って、お前ら、おっぱいの応援してんじゃねぇよ! ロレッタの応援するの!

 ほら見ろ! ロレッタも、なんか言われたから、よく分かんないけどとりあえず揺れてみちゃってるじゃねぇか! 「なんで揺れるんだろう?」みたいなキョトンとした顔しちゃってんじゃねぇか!

 

「ロレッタ! お前のペースでいい! 自分のペースを守って食い進めろ!」

「はいです!」

 

 観客席の野郎どもがあまりにもアホ揃いなので、俺がきちんと応援してやる。

 ロレッタだって頑張ってんだ。

 応援してやらなきゃ可哀想じゃねぇか。

 

「ふふ……」

「なんだよ、エステラ?」

「いや、『負けてもともと』って言ってた割には、熱心に応援するなって思ってね」

「……うっせぇな。悪いかよ」

「その反対さ」

 

 エステラが俺の肩に手を載せ、もたれかかるようにして身を寄せてくる。

 

「ヤシロは、そうやって親心を発揮してる方が『らしい』よ」

 

 嬉しそうに笑って、俺の背中をぽんぽんと叩く。

 ……何が『らしい』だ。本来の俺は、もっとクールでダーティーな男だっつの。

 知らないだけなんだよ、お前らが。

 

「おかわりお願いするです!」

「オラも頼むダ!」

 

 そして、ロレッタ優勢のまま、三十分が経過した…………異変は、そこから始まった。

 

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