「「「「いけぇー、マグダぁーーーーー!」」」」
「「「「負けんじゃねぇーぞ、アルヴァロぉぉおおおお!」」」」
両者とも、熱い声援を受けて、同時に串肉に齧りつく。
「…………あむあむ」
「もぐもぐ……だゼ」
普通っ!?
速度、すげぇ普通!?
「なんか、美味しそうに食べてるです……」
「マグダさん、普段は小食な方ですから」
そうなのだ。
マグダは『赤モヤ』を使わなければ、そこらの子供程度にしか食わないのだ。
「だ、大丈夫なのかい、ヤシロ!?」
「大丈夫だよ」
こちらには秘密兵器がある。
「ロレッタが捨て身で言質を取ってくれたろ? アレのおかげで大手を振って『応援』できるぜ」
「ほぇ!? あ、あたし、なんかしたですか?」
ロレッタが反則負けを喫した第二回戦。
リカルドとデミリーは確かに認めたのだ。
『獣特徴を使用して食べることは、ルール上有りだ』と。
つまり……
「ベッコ!」
「待ち焦がれたでござる!」
俺の呼びかけに、ベッコが巨大な箱を背負ってやって来る。
エステラとロレッタが場所をあけ、ベッコは俺の隣へと陣取る。
「これは、一体なんなんだい?」
ベッコが背負ってきた大きな木箱を見て、エステラが訝しげな表情を見せる。
「こいつは、ウーマロ特製『一匹ずつ出ちゃうんです』だっ!」
「いや、名前を言われても……」
「今ご購入の方には、同じものをもう一つプレゼントだ!」
「うん……いらないからさ、これ、なんなのさ?」
まるで食いついてこないエステラ。
お前も女子なら、お買い物魂に火を点けろよ。
「あぁっ! マグダっちょの手が止まったです!」
「えぇっ!? まだ二皿目なのに!?」
「対戦相手の方は、三皿目に入ったところですね」
アルヴァロも、特に大食いという感じではないが……ノーマル状態のマグダではさすがに荷が重い。
だが……この『一匹ずつ出ちゃうんです』があれば!
「ベッコ!」
「準備万端でござる! ここでお役に立てるのであれば、あの日の悪夢も報われるというものでござる! さぁ、盛大に暴れるでござるよっ!」
ベッコが『一匹ずつ出ちゃうんです』に取り付けられたレバーを引くと、箱の中から身の毛もよだつような嫌な音が聞こえてきた。
――ブゥ………………ンッ!
羽音だ。
それも……巨大なハチの。
そして、箱から一匹の魔獣が飛び出した。
手のひらサイズの巨大なハチだ。
「ヤシロッ!? それって!?」
箱から飛び出したハチを見て、エステラが表情を引き攣らせる。
同様にジネットとロレッタも顔を強張らせていた。
「そうだ! 以前ベッコが襲われて死にそうな目に遭わされた、エンジュバチだ!」
「そんなヤツをこんなところで放ったりしたら……っ!?」
心配には及ばねぇぜ、エステラ! 抜かりはない!
「マグダにはあらかじめ、『囮槐』を触らせてある!」
このエンジュバチは、他の何物にも見向きもせずに囮槐へと突進していく習性がある。
観客に被害が出ることはまずない!
「あ、エンジュバチがマグダっちょに!」
それを証明するように、解き放たれたエンジュバチは一直線にマグダへ向かって飛んでいった。
「マグダさん、危な…………」
ジネットが声を上げかけた時――
マグダの右腕から、赤くモヤモヤとしたオーラが放出され、次の瞬間、「パーン!」と、エンジュバチが破裂した。
俺たちの目には見えなかったが、デコピンをしたらしい。
……マグダとはジャンケンデコピンやらないでおこう。
「…………く、は、ない、よう、です、ね?」
目の前で繰り広げられた事象にいちいち驚いて、ジネットの言葉が片言になっていた。
だが、注目すべきはそこではない!
「あっ! マグダが!」
エステラが指さす先で、完全に手が止まっていたマグダに異変が起こる。
「おかわり!」
皿に残っていた串肉をぺろりと平らげたのだ。
「『赤モヤ』の力を使わせて、マグダを飢餓状態にさせているんだね!」
「あぁ! 獣特徴を使っても『食いさえすれば』反則にはならない!」
そう、リカルドが言ったのだ!
これが反則になるってんなら、二回戦の『チェンジ・ザ・ストマック』も反則だ!
「オイ、コラ、オオバヤシロ!」
だというのに、隣のスペースからリカルドが乗り込んできやがった。
「これは反則だろう!?」
とか怒鳴られている間に、二匹目、レッツゴー。
「あぁ、コラ! 言ってるそばから使うんじゃねぇよ!」
「獣特徴の使用は反則じゃないんだろ?」
「あの小娘が自分で使う分には文句は言わねぇが、お前が外から協力するってんなら話は別だ!」
なんだかんだと、都合よくルールをいじくりやがって。
「じゃあ、領主会議を開いてもらおうか。それでじっくり三時間くらい協議してくれ」
「それじゃあ試合終わっちまうだろうが! で、さり気なく三匹目を放出するな!」
細かいことを気にする男だな……
「分かった。次から気を付ける」
「次なんかあるかっ! そして、四匹目を出すな!」
ちらりとマグダを見やる。
六皿を完食し、現在七皿目が運ばれてきたところだ。
『一匹ずつ出ちゃうんです』の中には三十匹のエンジュバチが入っている。
アルヴァロとかいうヤツのペースを見ていても、ヤツが三十皿以上食えるとは思えない。
……もらったな、この勝負。
「とにかく! あと一回でもそのレバーに触ってみろ! お前らの失格負けにしてやるからな!」
「なんだよもう! いい作戦だと思ったのに!」
俺は声を荒らげ、八つ当たりをするように『一匹ずつ出ちゃうんです』を蹴り倒した。
それはそれは、『絶妙』な角度で。
そして、地面へと倒れた『一匹ずつ出ちゃうんです』は、ボキッという音を響かせた。
音と共に細長い木の棒が宙を舞う。
レバーだ。
「あっ、いっけね、壊れちゃったー」
「テメェ! ワザとやりやがったろ!?」
「おいおい、怒り任せに蹴り倒して、うまい具合にレバーを破壊するなんてこと、出来ると思うか?」
「思うか?」と尋ねただけで、嘘ではない。ちなみに、出来るんです! ワザとです!
「クッソ! どうなるんだよ、これ!?」
「さぁ? まぁ、蓋が開きっぱなしになる、とか?」
「テメェなぁ!?」
リカルドが詰め寄ってくるのでぴ~ぴ~と華麗な口笛を吹いて誤魔化す。
『一匹ずつ出ちゃうんです』の内部は、三十個の小部屋に分かれており、一部屋に一匹エンジュバチが入れられている。
すべての部屋のドアは連動しており、左上から順にドアが開く仕掛けになっている。一つのドアが開くと他のドアはすべてロックされ、内側から外へと押し開けることが可能な外へ続くドアを通過すると、次の部屋のロックが解除される、そういう仕組みだ。
プログラムで考えると分かりやすいかもしれない。
「A」を通過した後「B」を通過すると「A´」がアクティブになる、みたいなことだ。
まぁ、要するに、この中に収納されている三十匹のエンジュバチが一匹ずつ放出されるっつうわけだ。
そうそう、エンジュバチが人間に危害を加える危険なハチであり、また恐ろしいほどに繁殖力が高いため、四十二区では駆除対象魔獣に指定されている。
なので、エンジュバチを駆除しているマグダには一切の非は無い。
非があるのだとすれば、わざわざ山からこんな場所へ持ってきて、己の願望のために魔獣を利用している、この俺にかな。
「中止だ! こんな試合は無効だ!」
リカルドが想像通りの行動に出る。
なので、こちらも用意しておいた反論をする。
「なに、お前。そうやって負けそうになる度になかったことにするつもりか? 卑怯者」
「……なんだと?」
怒りを顔に浮かべるリカルドを煽るように、俺は満面の笑みで言ってやる。
「だってそうだろ? テメェんとこは『チェンジ・ザ・ストマック』なんて奇抜な技使っておいて、相手が予想外の手を使ったら『反則だ』なんて…………先に手のうち明かしておかないと反則にするって言ってるようなもんじゃねぇか」
切り札は、隠しておくもんだろうが。
「自分の思い通りに行かないと癇癪を起こして『無しだ』『ズルだ』『こんなの認めない』と騒ぎ立てる……お前、それがマジでまかり通ると思ってんの?」
「ドリノの『チェンジ・ザ・ストマック』と、テメェのやってることは全然違うだろうが!」
「騙し討ちには違いないだろうが。あいつがそんな技使えるんだと知ってりゃ、こっちだってそれなりの対策を立てられたんだぜ?」
四つの胃袋をどう抑え込めばいいかなんて分かりゃしないが、今はそう言っておく。
「もし、この試合を無効だと言うのなら、二回戦のドリノは失格。ついでに、激辛チキンなんてとても食えたもんじゃない料理を出してきた四十区も反則だよな? んじゃあよ、反則のあった二戦目と三戦目、ついでにこの五戦目も無効試合ってことにしようぜ。そうすりゃ、ウチだけが二勝してるってことで、四十二区の優勝だな」
「そんなメチャクチャな理論がまかり通るか!?」
「だったら、大人しく観戦してろよ」
「テメェ……!」
リカルドが俺の胸倉を掴もうと手を伸ばした、まさにその時。
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