異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

392話 領民のために -1-

公開日時: 2022年9月30日(金) 20:01
文字数:3,275

「これは……、少し慌ただしくなりそうだね」

 

 オルキオが肩をすくめる。

 つーか、あの貴族男、オルキオがいるのにエステラにだけ用件言って帰ってったぞ。

 

「あいつ、オルキオの顔知らないんじゃないだろうな?」

「その可能性はあるね。私は、ほら、あまり目立つ方じゃないから」

 

 いやいや。

 貴族で虫人族と結婚して、お家騒動でゴタゴタしてたんだ。目立たないってことはないだろう。

 ただし、あの貴族男はまだ若そうだった。

 二十代中頃……いっても三十代前半か。

 オルキオの事件を知らない可能性は十分ある。

 

「すまないね、エステラさん。明日は騎士たちを連れてくると言ったばかりなのに」

「仕方ないよ。統括裁判所が正式な決定を下したとなると、大きく事態が動くのは分かっていたことだし。とにかく、一度館へ行った方がいいかもしれないね。統括裁判所は、君たちが仮住まいに引っ越したことまでは把握していないだろうから」

「三十区の館に書簡が送られてくるのか?」

 

 オルキオたちは統括裁判所の命を受け、三十区へ移動してきている。

 なら、現住所は三十区だと認識されているだろう。

 

「いや、三十区の館は住めない状況だからね。重要な書類なんかは三十五区の領主の館へ送ってもらう手筈になっているんだ。万が一にも紛失なんてことになったら一大事だからね」

 

 その辺はルシアと話を付けてあるらしいし、統括裁判所も、破壊されて壁が崩れ落ちている館に住めと強要は出来なかったようだ。

 だからといって、貴族間の書簡を民間の宿屋に預けるわけにもいかないし、仕事を振った手前、宿屋に待機していろとも言えない。

 

 じゃあ、オルキオに渡したい重要な書類はどこへ預ける?

 となると、やっぱり三十五区領主の館が妥当か。

 こっから一番遠い区だ。

 

「安心だが、面倒だな」

「それは仕方がないよ。とにかく、一度戻ってみるよ」

「私も行くわ、オルキオしゃん」

「シラぴょん……疲れていないかい?」

「ちっとも。それに、オルキオしゃんと会えない時間の方が疲れてしまうわ。寂しさが募り過ぎて」

「あはぁっ、可愛いっ!」

「他所でやれ」

 

 このシワファスナーどもめ。

 どこでもかしこでも引っ付くな。

 二度と外れないようにシワの間に瞬間接着剤を垂らすぞ。

 

「なんじゃい、オルキオ。もう帰るのか?」

 

 青い顔をしてへたり込んでいたゼルマルたちが集まってくる。

 

「あぁ。いよいよ、決まったからね」

「……そうか」

 

 多くは語らず、それでもしっかりと伝わる言い方をする。

 

「しっかりやれよ。ワシらはいつでもお前さんの味方じゃからな」

「あぁ。ありがとう、みんな」

 

 ジジイたちが見つめ合い、力強く頷く。

 

「とはいえ、すぐにどうこう出来るわけじゃない。まずは出来るところから一つ一つ着手していくよ」

「そうね。その方がオルキオに向いていると思うわ。……シラハさん。いろいろ大変だと思うけれど、いつでも会いに来てね。愚痴くらいなら、いつだって聞けるんだから」

「ありがとうね、ムムさん。私、こんなにいいお友達が出来たのは初めてよ」

 

 婆さん二人が手を取り合う。

 すると、ムムはシラハに身を寄せ耳打ちをする。

 

「オルキオへの愚痴も、ナイショで聞いてあげるわよ」

「うふふ。のろけ話になってしまうわ、きっと」

 

 愚痴りたいことなど一つもないということらしい。

 随分と窮屈な生活を強いられることになると思うが、それでもシラハはオルキオを支えていくのだろう。

 

「シラハさん。いつでも陽だまり亭へ遊びに来てくださいね。シラハさんには、店長権限で少しサービスしちゃいます」

「まぁっ、ありがとう、ジネットちゃん! やっぱりいい娘だわぁ。私の若いころにそっくり」

 

 食いつき方が違うな。

 さすが、飯への執着心がベルティーナ並みだった元ボンレスマダムだ。

 

「オルキオさん。……いえ、オルキオ様」

 

 ナタリアがオルキオの前へと進み出て頭を下げる。

 

「三十五区のルシア様に連絡を取りました。今すぐであれば、馬車に同乗させてくださるとのことです」

 

 いつ誰が連絡に走ったのか、ナタリアがルシアと連絡を取ったらしい。

 あいつは、エステラにイベント会場への出店許可を取り付け、急いで三十五区へ戻るところだったらしい。

 今まで何をしてたのかと思ったら、港に行って海漁ギルドの者たちと明日使用する食材に関する打ち合わせをしていたらしい。

 そういや、マーシャも途中からいなくなってたな。

 ニッカが連れて帰ったのだろう。

 

「では、急いで戻るとしようか。ありがとうね、ナタリアさん」

「いえ。四十二区領主である我が主のためになると思えばこそです」

「そうなれるよう、私も努力をするよ」

 

 統括裁判所が決定を下せば、オルキオは三十区の領主代行という立場になる。

 ナタリアも、接し方を改めるわけだ。

 

「ルピナス、カンパニュラ!」

 

 オルキオが声を上げ、親子で話をしていたカンパニュラたちを呼び寄せる。

 タイタを含めた親子三人が揃ったところで、概要を説明する。つまり、近日中に自身が領主代行となるということを、だ。

 

 こちらの案がまるごと統括裁判所、ひいては王族に認められたという事実。

 そしてそれは、将来的にカンパニュラが貴族として、三十区の領主になるということが決定したということでもある。

 

「そうですか。分かりました」

 

 カンパニュラが背筋を伸ばして、心持ち緊張した表情で呟く。

 

「大丈夫だ、カンパニュラ」

 

 緊張するカンパニュラの頭に手を載せ、オルキオは柔和に微笑む。

 

「私には二つだけ、他者に自慢できることがある。その一つが、場を取りなすのがうまいことなんだ」

 

 目線を合わせ、安心させるようにゆったりとした声音で告げる。

 

「君が領主になるまでに、三十区を以前よりもっと穏やかで幸せな区にしておくよ。もちろん、君にも教育を施そう。君は頭がいいからね、今から楽しみだ」

「はい。私も、オルキオ様に師事できることは嬉しく、幸運に思っております」

 

 なにも、今すぐ領主をやらされるわけではない。

 まずはオルキオが、領主交代で騒がしくなるであろう領地を落ち着かせてくれる。

 カンパニュラは、その背中越しに領内を見て、ゆっくりと成長していけばいい。

 

「オルキオ様。もう一つの自慢できることを伺っても構いませんか?」

「あぁ、それはね――」

 

 言って、シラハの手を取る。

 

「――妻が可愛くて素晴らしい女性だっていうことさ」

 

 言って、小洒落たウィンクを飛ばす。

 

「塩ぉー!」

「ダメですよ、ヤシロさん。とってもいいお話じゃないですか」

 

 なんか甘ったるいわぁ、この辺!

 担々麺をぶち撒けてやろうか!?

 

「それじゃあ、私たちはこれで失礼するよ。ルシア様をあまり待たせるわけにはいかないからね」

 

 一同に頭を下げ、オルキオはシラハと二人で歩き出す。

 

「あのっ、オルキオさん。よければこれを」

 

 ジネットが駆け寄り、オルキオにパウンドケーキを渡す。

 ……何個持ってきてたんだよ、お前は。

 お前のエプロンのポケットは四次元なのか?

 

「馬車の中で召し上がってください。四切れ入っていますので、ルシアさんとギルベルタさんにも、是非」

「それはありがたい。じゃあ、馬車のお礼として使わせてもらうよ」

「ありがとうね、ジネットちゃん。このお返しはいずれ」

「いえ。……あ、では、今度一緒に手巻き寿司をしてくださいね」

「えぇ。ジネットちゃんのお願いなら、なんだって聞いちゃうわ」

 

 きゅっとジネットを抱き寄せ、左右の頬に頬を触れさせる。

 チークキスだな。

 なかなかやるヤツを見かけないが、ジネットも普通に受け入れているので、あるにはあるんだろうな、この文化。

 

「今夜は戻られますか?」

「そうねぇ……」

 

 チラリとシラハがオルキオを見る。

 

「引き払ったとはいえ、シラぴょんの館はアゲハチョウ人族のみんなが管理してくれているから、そっちに泊まることは可能なんだよ」

 

 なら、向こうに泊まった方が体力的には楽だろう。

 

「でも、戻ってくるよ。夜遅くなっても」

 

 なのにオルキオは戻ってくるという。

 そしてジジイどもを見て――

 

「今日はみんなで大衆浴場に行くと約束をしているからね」

 

 ――そんな、どーでもいい約束を優先すると言った。

 ま、四十二区の方が居心地がいいってことだと受け取っておこう。

 

 

 

 

 

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