異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

104話 第二の被害 -2-

公開日時: 2021年1月10日(日) 20:01
文字数:2,229

「あの、ヤシロさん」

「うひゃいっ!?」

「きゃっ!? ……ど、どうされたんですか?」

 

 アッスントと話をしているところへジネットが顔を出す。

 こいつはさっきまで厨房で食材の確認をしていたのだが……もっとゆっくり運べばいいのに……えぇい、アッスント。ニヤニヤすんな!

 

「今日は随分入念に確認してたな。アッスントがまた小賢しくチョロまかそうとかしてたのか?」

「え、いえ。そんなことは」

「ヤシロさん、酷いですよ。ほっほっほっ」

 

 くっそ、余裕かましやがって。忌々しいブタめ。

 

「アッスントさんに言われて、食材の品質を丁寧に確認していたんです」

「品質? アッスント、何か問題でもあったのか?」

「あ、いえ……実はですねぇ」

 

 アッスントの表情が曇る。

 何か、あったらしい。

 

「一昨日のことなんですが……大通りの甘味処『檸檬』はご存知ですか?」

「甘味処?」

 

 俺は首を傾げる。

 と、ジネットがその店の説明をし始めた。

 

「『檸檬』さんはたしか、以前はお茶屋さんだったのですが、ヤシロさんにケーキを教わってから甘味処に変更されたお店ですね」

「すげぇ大変身だな?」

「お茶と一緒にケーキを出すようにしたんだそうですよ」

「あ、お茶屋さんって、喫茶店のことか」

 

 お茶を飲んで一服するような店だったらしい。

 そこでケーキを出すようになり…………完全に喫茶店じゃねぇか。

 

「その『檸檬』でですね……食中毒が発生したようで」

「はぁっ!?」

 

 聞いてないぞ!?

 飲食店で食中毒なんて発生したんなら即座にギルド加盟店に連絡を寄越せよ!

 街ぐるみで対策が必要な案件じゃねぇか!

 

「いえ、それがですね…………どうも、胡散臭いんですよ」

「……また、虫みたいな案件か?」

 

 アッスントの表情が濁り、不穏な空気が流れる。

 カンタルチカの虫混入事件。あれは大々的に対策を立て撃退した。そのすぐ後で起こった食中毒騒動か…………

 

「状況は?」

「『檸檬』のマスターの弁によれば、厳つい男が急にやって来て、『この店の物を食った直後から気分が悪くなった。この店の物は腐っているのか!?』と、大騒ぎをしたそうなんです」

「…………一緒じゃねぇか」

「一緒……とは?」

 

 アッスントとジネットが揃って首を傾げる。

 

 その厳つい男――イカ男と呼称するか――イカ男は『気分が悪くなった』と言っている。『具合が悪くなった』『腹を壊した』ではなく、悪くなったのは『気分』だ。

「なんでここのケーキはこんなに美味いんだ、こんチクショウ!」……これでも、『気分』は悪くなっている。そいつの匙加減一つだ。

 で、続けざまに発せられた言葉、『この店の物は腐っているのか』。二つの言葉を並べることで別の意味を持つ第三の言葉を聞く者に想像させる手法が虫のヤツらと同じなのだ。

 すなわち、「この店の物を食って腹を壊した」という、口にしていない言葉を主張している。

 人間は、与えられた情報から解を導き出し、足りない部分を補ってしまう習性があるからな。

 

「ヤシロ君って、いい人ね」

「私、今恋人いないんだ」

 こう言われたら「ヤシロ君、付き合って」って意味だと思うだろ!? でも違うんだな、これが! これでまかり間違って告白なんぞしようもんなら「え……私、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど……」ってドン引きされるのだ。ドン引きだぞ、ドン引き!

 

 ……まぁ、つまり、あれだ。

 勝手に思い込むのは危険だってことだ。

 

「とはいえ、放置するわけにもいきませんのでねぇ」

 

 アッスントが渋い表情を見せる。

 

「申し訳なく思いながらも生産者の方々に事情を説明して品質面の確認を取っている状況なんですよ。モーマットさんなどは一定の理解を示して協力してくださっているんですが、中には機嫌を損ねる方もいましてね……」

 

 食中毒が発生した際、疑うべき箇所はいくつかある。

 

 まず店だ。保存状態や調理場、調理法に問題がなかったか。

 そして、流通業者。クール便を常温で送ったりしてないかってことなんだが……こっちの世界で言うなら、行商ギルドが輸送中に何か悪い物――例えば魔物の唾液とか――に触れさせていないか、とかな。

 さらに遡れば生産者に行き着く。作っている段階で何か悪い病気にでも侵されていないか、食材の中に有害な物質が含まれていないかってところにまで及んでくるわけだ。

 

 それらがすべて問題なしとなると……まぁ、そういうことだ。

 もっとも、俺は真っ先にそこを疑うけどな。

 

 つまり――

 

 

「てめぇ、本当に具合悪いのか?」

 

 

 だが、それを面と向かって言えないのが客商売。接客業ともなれば尚更だ。

 バカバカしくても、調査をやらざるを得ないのだ。

 

「どうにかなりませんかねぇ……このままでは、また行商ギルドと生産者の間に不協和音が生じてしまいます……」

 

 チラリ……と、アッスントが俺を流し見る。……そういう目、やめろ。

 ……それからジネット。アッスントと並んでキラキラした目でこっち見るのもやめてくれるかな?

 

 …………ったく、もう。

 

「で? 実際被害はあったのか?」

「「ヤシロさん!」」

 

 声を揃えるな。

 あと、嬉しそうな顔すんな。

 

「被害という被害はありませんね。金銭を要求されたわけでも、店を壊されたわけでもありません。しいて言うなら、評判が落ちた……くらいかと」

「評判は店の命とも言えるからな。そこを狙われたんじゃ、堪ったもんじゃないだろうよ」

「確かに。私も商人の端くれ。お気持ちは分かります」

 

 まただ。

 またしても嫌がらせのための行為。金銭目的ではないところを見ると私怨か……

 虫のヤツらと関係があったりするのだろうか……

 

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