異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

91話 真夏の日の足の裏 -1-

公開日時: 2020年12月27日(日) 20:01
文字数:2,560

 暑いっ!

 なんじゃこりゃ!?

 

「どうなってんだ……じゅ、十二月だろ……?」

 

 アゴを伝い落ちる汗を腕で拭う。

 この暑さ……八月にも感じたことなかったのに……常春の街、どこいったよ!?

 

「この時期は毎年猛暑日が続くんですよね」

「……マジか……」

 

 たしか25℃以上で夏日、30℃以上で真夏日、35℃以上で猛暑日だったはずだ。

『強制翻訳魔法』を信用するのであれば、35℃超えの日が続くってのか?

 十二月だぜ?

 

「この暑さを感じると、年の瀬を感じますね」

「そんなもんなのかぁ……」

「ヤシロさんは、初めての猛暑期ですよね」

「前に何度か『暑いな~』くらいの時はあったけどな」

 

 祭りをやった時などは、浴衣がいい感じに着こなせる気温だった。

 それが、ここまで暑いと……もう、家に閉じこもって出てきたくなくなるレベルだな。

 あ、それで昨日レジーナが珍しく外にいたのか。

 こうなることが分かっていたから、涼しいうちに買い出しを済ませようと……くっそ、教えろよな!

 

「何を買いに行くんだ?」

「三週間分程度の食料と、年の瀬のあれこれですね」

「アッスントに持ってこさせようぜ……」

「では、アッスントさんには、陽だまり亭用の食材をお願いしに行きましょう」

 

 店用と自宅用を分ける必要あるのか?

 

「さぁ、出発です!」

「……ぉおうっふ」

 

 ジネットに腕を引かれ、俺は炎天の真っ只中に引っ張り出される。

 さらば陽だまり亭。

 さらば日陰……

 

 時刻は昼前。

 朝から今までジネットは、今日一日、店で提供する料理の下ごしらえをしていた。

 これで、マグダとロレッタだけでも店は回るだろう。

 

「おそらく、これからしばらくお客さんは減ると思いますよ。みなさん、年の瀬の準備で忙しいですから」

「年の瀬だからこそ、外食で簡単に済ませるんじゃないのか?」

「外出できるうちはそれでいいんですが……」

 

 え、なに?

 外に出られないほど暑くなるの?

 やめてくれよ、マジで……

 

「まずは、アッスントさんのところへ行きましょう」

 

 じりじりと肌を焦がす日差しを浴びながら、俺はジネットに手を引かれ大通りへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 アッスントは、いつの間にか支部を四十二区へと移していた。

 かつては四十区にあったらしいのだが、祭りの前後でこっちに引っ越してきたらしい。

 トルベック工務店には頼まず、すぐに着工できる業者を選んだらしい。

 そんなに早くこっちに来たかったのかよ……まぁ、金は素早いヤツが掻っ攫っていくものだからな。

 

 

「おや、お二人ご一緒にようこそ」

 

 ハンカチで汗を拭いながら、アッスントが俺たちを出迎えてくれる。

 

「いやぁ、おアツいですね」

「ふぇっ!? い、いえ! あの、これはっ、別に、そういうことではなくてっ!」

 

 アッスントに言われ、ジネットは繋いでいた手を慌てて離す。

 いや、ジネット。気温の話だ。

 

「外はお暑いでしょう、中へどうぞ」

「あ…………はい」

 

『おあつい』の意味を理解し、ジネットが顔を赤く染める。

 まぁ、無暗に突っ込んだりはしないけどな、俺も。

 

 アッスントに案内され、行商ギルド内の応接室へと入る。

 ……クーラーとか、効いてないんだよな。当然だけど。

 

 高級そうな革張りのソファを勧められ、俺とジネットは二人掛けの方へ腰を下ろす。

 向かいにアッスントが座り、様々な商品が記された紙を机に広げる。メニューみたいなもんだな。

 

「今日はどのようなご用向きでしょうか?」

「あの、年の瀬の準備をしたくて」

「なるほど。では、大豆などいかがでしょう?」

「いいですね。大豆」

 

 ジネットがあれこれと欲しい食材をアッスントに伝えている。

 俺はというと、……もう無理だ。暑くて耳に入ってこない。

 こう暑いと食欲もなくなる。食い物の話とかどうでもいい……………………あ、そうだ。

 

「なぁ。素麺とかないか?」

「ございますよ」

 

 あるんだ!?

 

「ソバもうどんもご用意できますが、いくつかお持ちしましょうか?」

「そうだなぁ」

 

 夏バテには素麺。だが、意外と飽きるのが早いからな、ソバやうどんがあってもいいだろう。

 

「じゃあ、とりあえず頼む」

「かしこまりました」

 

 あぁ、流しそうめんとかやってみたいなぁ……

 冷やし中華とか……

『冷やし中華はじめました』も、ついに異世界デビューしちゃうか?

 

「そうだ。もち米なんていかがですか?」

 

 アッスントがニコニコと俺を見つめている。

 もち米…………この暑いのにモチを食えと?

 あ、でも、山菜おこわとかなら美味いかもしれんな。ちょうど野草とかもらってきたし。

 

「どうしますか、ヤシロさん」

「じゃあ、もらっておくか」

「今ですと、小豆もお安くご提供できますが?」

 

 ……なに、こいつはこのクソ暑い中ぜんざいでも食えと言いたいのか?

 ガマン大会かよ。

 

「小豆は、どうやって食べるものなんですか?」

 

 ジネットが俺に尋ねてくる。

 って、いやいや。

 

「今川焼きの中身だぞ」

「今川焼きの!? ください! アッスントさん、それ、ください!」

 

 いや、すげぇ食い付きだな……知らなかったのかよ。

 

「小豆でカボチャを煮込むと、甘くておいしいですよ」

 

 冬至カボチャか。……それも寒い時に食いたいもんだよな。

 もうちょっと夏向きなものはないのか。

 例えばかき氷とか。

 

「なぁ、どっかに大きな氷が取れる場所とかないか?」

「氷……ですか?」

 

「この暑いのに、何言ってんだこいつ?」みたいな目で見られている。

 分かってる、分かってるよ。無茶なこと言ってるってことくらいは。

 でもな、かき氷とか、そうでなくてもカチ割り氷を浮かべたタライにスイカだとか飲み物を入れて冷やしたりさ、したいじゃん。

 

「すぐにご用意するのは無理ですが……二週間ほど時間をいただければ」

「本当か!?」

 

 この世界には冷蔵庫なんかないから、たぶん洞窟の奥とかで凍らせるんだろうが……二週間後にかき氷が食えるかもしれないのか…………買うか?

 いや、その前に氷を掻く機械が必要だ。かき氷器がな。シロップもないし……。

 

「まぁ、まだいいわ」

「そうですか。まぁ、氷などにお金を出すのもバカバカしいですからね」

 

 ほほほと、上品に笑うアッスント。

 こいつも変わったな。昔なら、何がなんでも売りつけていたに違いないのに。

 

「では、明日……遅くとも明後日にはこれらの食材をお届けしましょう」

「暑い中、大変かと思いますが、よろしくお願いします」

「いえいえ。商売ですので」

 

 偉いな。

 真夏の引っ越し屋くらい尊敬するぜ。俺には絶対真似できん。

 

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