「おい、バルバラ。あんまケンカすんな」
「あいつが悪いんじゃねぇか!」
「どっちも悪くない。スポーツなんだから勝ち負けはあって当然なんだよ」
「けど、アーシだけなら絶対勝てた!」
お前だけだったらそもそもルール違反で失格なんだよ。
が、そんな理屈はこいつには通用しないので……
「そんな怖い顔、テレサに見せていいのか?」
「うぐ……っ!」
「テレサは、お前がぶっちぎりで優勝するところより、お前が楽しそうに笑ってるところを見たいんじゃないのか? なぁ、ジネット」
「はい。わたしもそう思います。勝負という厳しい世界の中にいても、いつも笑顔を忘れずにいられる方は、とても素敵だと思います。バルバラさんにも、そんな素敵な人であっていただきたいです。テレサさんのためにも」
「う……うぅ………………分かった、よ……」
まぁ、分かってないんだろうが、これで少しは落ち着いてくれるだろう。
こいつを操るにはテレサ。これ以上に効果のあるワードはない。
……ってわけだから、「ヤシロさん、いいこと言いましたね」みたいな顔でこっち見るのやめてくんない? アホのバルバラを乗せただけだから。
「それにな、バルバラ」
都合よく分かりやすい『お手本』が目の前にあったので、それも利用させてもらう。
「はしゃぎ過ぎると、あーゆー目に遭うからな?」
黄組の方を指差して、バルバラをそちらへ向かせる。
黄組ではメドラが地べたに正座させられ、パウラとノーマに叱られていた。
「メドラさん! ちゃんと反省してるんですか!?」
「勝敗はもとより、怪我人が出るところだったんさよ!?」
「……申し訳ないと、思ってる」
そして、反対側へ視線を移すと、ベルティーナの前でデリアが正座して半泣きになっていた。
「デリアさん。あなたは少々『力加減』というものを学ぶ必要がありますね」
「……ごめん、なさい」
白組の両サイドで、繰り広げられる珍しい光景。
よぉく見ておくといい。
あれが、悪いお手本だ。
「テレサの前で叱られるのは嫌だろう?」
「お、おぅ……気を付ける、ぜ……」
バルバラも、ベルティーナに幾度も叱られている身だ。叱られることのつらさはよぉ~く身に沁みているはずだ。
現在、テレサは大会本部横の救護テントの中で区民運動会を見学している。
レジーナがそばについているので心配はしていない。
教会の寮母たちも待機してくれているしな。
バルバラがテントへと視線を向ける。
するとレジーナがそれに気付いてテレサに何かを耳打ちし、その直後、テレサが嬉しそうに大きく両手を振ってきた。
「あはぁ……テレサかわいい…………そして、かわいい」
バルバラの表情が一瞬で融解する。もう、緩んでるとかじゃなくて液体だな、お前の表情筋。水風船みたいになってんじゃねぇの?
テレサの目は、現在おぼろげに世界の色と輪郭を捉えることが出来るようになっている。
とはいえ、さすがにこの距離でバルバラの視線の向きを察知できるほどは回復していない。
レジーナがいろいろ気を利かせてテレサの世話を焼いてくれているようだ。
いいところあるじゃねぇか。腐っても医療関係者ってところか。
珍しく真面目に職務をまっとうしているレジーナに敬意を表して右手を上げておく。
すると、レジーナは自分のおっぱいを「むぎゅっ」と押さえて、その反動を利用するかの如く右腕をこちらに向かって振り抜いた。
投げキッスならぬ、『投げおっぱい』だ。
「へいへーい、パス! おっぱいパース!」ってしたわけじゃねぇんだわ!
でもありがとう! 大切にしまっておくよ!
「……あいつは、ちょっと褒めるとすぐこれだ」
と、投げて寄越された『エアおっぱい』を懐にしまおうとしたところ、その手をジネットにそっと押さえられ、肩についた糸くずを取るかのようなさりげなさで『エアおっぱい』を没収された。
「褒められるとくすぐったいですからね。照れ隠しなんですよ」
ほほぅ。『エアおっぱい』没収に関してはノーコメントか。
「褒められると、……『くすぐったい』?」
ジネットの言葉に引っかかりを覚えたのか、バルバラが小首を傾げている。
まぁ、お前なら、褒められた途端図に乗って増長しちまうだろうからな。くすぐったいって感覚は味わうこともないんだろうけれど。
ふと見ると、イネスとデボラがモコカを挟んで何か言葉をかけていた。
モコカが「ふんふん」と首を縦に振っている。
理解しているのかはさておき、おのれよりも遙か前方を突き進む給仕の大先輩の言葉だ、興味を引かれるところも多いのだろう。……理解できているかは別の話としてな。
「バルバラ。次のレースも参加できるよな? まぁもし、疲れているなら別のヤツに……」
「大丈夫だ! アーシのパワーは無限大だからな! テレサにカッコいいところ見せまくってやるぜ!」
と、当然のように参加させておく。
こいつはへばっても参加するって言うだろうし、乗せるのは容易い。
「んじゃ、入場門に行ってくれ」
「おう! 今度こそ敵をぶっちぎってやるから、そこで見てろよな、英雄!」
右手を高々と掲げ、バルバラが入場門へと駆けていく。
……それにしても、豪華な入場門だこと。十分の一スケールの四十二区街門がそこに聳えていた。
まぁ、約十分の一だけど。
無駄に凝ってるんだよなぁ、細かいところまで。
入門税の徴収場所まで再現してあるから、ハムっ子年少組と街のガキどもが群がって門番ごっこをやってやがる。
競技に参加するにはこの門の通行税を納めよ――ってか? アコギだな、ウチの領主。
「あれ、マジで金取れば儲け出たのにな」
「そんなことしたら、参加できない人が出てしまいますよ」
くすくすと、俺の冗談に肩を揺らすジネット。
こんなくだらない話でもきちんと相づちを打ってくれるなんて、企業にいたらオッサン上司に引っ張りだこの人気者になるだろうな。
家庭では空気扱いの寂しいオッサンどもの心のオアシスとなることだろう。
「そういえば、次の競技はなんでしたっけ? たしか、えっと……」
「……大玉転がし」
俺たちの背後にマグダが立っていた。
ジネットの肩が「びくっ!」と跳ねる。
だからさ、気配を適度に醸し出せってのに……
「お兄ちゃん。さっきからレジーナさんが懸命に何かを訴えかけてきてるですよ?」
ロレッタに言われて救護テントを見てみると――
『大っきいたまたまの持ち主は、早よ集合しぃや。美女美少女に転がしてもらえるでぇ~。ぷくすぅ~』
――というジェスチャーをしていた。
よし、無視しよう。
つか、気持ち悪いくらいによく伝わるジェスチャーだな!?
よかったよ、一番近くにいるテレサの目がまだはっきり見えない状態で!
ちょっと離れろ、レジーナ! 感染する!
「ヤシロさん……アレは?」
「見るな。目がただれるぞ」
有害図書ですら隔離されるのが世の常だ。
有害人物も黒い怪しげなカーテンで間仕切られた個室に隔離すればいいのに。
……あ、ベルティーナが救護テントに向かった。
それを察知したレジーナが意味なくガーゼの数とか数え始めて「なんもしてへんで~」アピール始めやがった。
……あ~ぁ、正座させられてやんの。
ベルティーナ先生、今日は大忙しだな。
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