アブラムシ人族のミケル。
かつて二十九区のソラマメ畑で出会ったモコカの兄。
二十九区に妹がいるってことは、ミケルも二十九区出身なのだろう。
各区の傷付いた獣人族がこの教会に集められるってのは本当らしいな。
「オレに話ってなんだぜ? 聞いてやるだぜ」
……確かにモコカの兄で間違いないようだ。しゃべり方がそっくりだ。
どうせ、この口調を敬語にすると「聞いてやるだぜです」とかになるんだろ?
教育って、環境が大事なんだなぁ。
「ヤシロ。とりあえず探りを入れてみよう」
エステラが耳打ちをしてくる。
そうだな。
リベカの思い人がこの教会にいるとするなら、なんとなく、このミケル辺りが怪しいんじゃないかと俺たちは思っている。
その思い人を突き止めた後、どうするべきなのかはまだ分からん。分からんが、まずは突き止めなければ話は始まらない。
なら、エステラの言うとおり探りを入れておくべきだろう…………だが、どうやって攻めるかな……
「な、なぁミケル。お前、好きなヤツとか、いるか?」
「モコカだぜ!」
「いや、そうじゃなくて。女でだ」
「モコカだぜ!」
「妹だから女なのは分かるけど! ラブの方で、だよ!」
「モコカだぜ!」
「お前も病気か!?」
妹をラブな目で見ちゃう重度のシスコンなのだろうか……
「ミケルさんは、本当に家族思いの優しいお兄さんで、端から見ていると気持ちの悪いくらいに妹さんを溺愛されているんですよ」
「さらっと毒吐いてるぞ、あのシスター」
「ソフィーさん的には悪意はないんだよ、きっと」
客観的事実として気持ち悪いってことか。
どっちにしろ末期だな。
「モコカは、少ない稼ぎの中から毎月仕送りをしてくれる心優しい妹なんだぜ。オレには出来過ぎた妹だぜ」
モコカはたしか、ソラマメを育てつつ、アルバイトで害虫駆除をやっているとか言っていたはずだ。
生活が苦しいとも言っていたはずだが……仕送りまでしてたのか。
ルシアが聞いたら、即「引き取る! ウチで面倒見る!」とか言い出しそうだな。……モコカの身の安全を考えて、絶対口外しないようにしよう。
……っていうか、さっきソフィーは、「故郷に残してきた妹さんに仕送りをしたいからと、毎日毎日、限界がくるまで働いて」とか言ってなかったか?
「お前が仕送りする方じゃないのかよ?」
「そのつもりだぜ! ……けど、いつももらってばっかなんだぜ…………」
もっと頑張れよ、兄貴!
……まぁ、こんなフラフラじゃそう無理も出来ないか。
つうか、教会内での畑仕事なんか、いくらの稼ぎもないだろうしな。
「出来た妹さんなんだね」
「そうなんだぜ! あんなに可愛くて、愛嬌があって、お兄ちゃんっ娘で、優しくて、頑張り屋さんなモコカを、好きにならない方がおかしいだぜ!」
「いや、お前の愛情は行き過ぎてるけどな」
「モコカ、ラァァアアアーーーーッブ! ……ごふっ!」
「血ぃ吐いたぁ!?」
「……す、すたみな……きれ…………た…………だぜ」
「ミケルさん!?」
テンションを上げ過ぎて血を吐いたミケルは、そのまま土の上へと倒れ込んだ。
ソフィーが慌てて介抱に向かうが……なんでかな、一切手伝う気が起きない。
「バーバラさん! シスター・バーバラ!」
ソフィーが慌てた様子で教会へ向かって声をかける。
すると、「はいはい、何事ですか?」と、よれよれの婆さんが姿を現した。
「あら、まぁ。ミケルさん、また妹さんのことで興奮し過ぎたんですか? 本当に……若いわねぇ」
血を吐き、ぴくぴくしているミケルを慈愛に満ちた表情で眺める老シスター。……のんびりしてんな、おい。
「ミケルさん、大丈夫? ダメそう?」
「だ……だいじょうぶ、だぜ……」
「なら、平気ね。お部屋に行って休んでなさいな」
「こ、こころづかい、かんしゃする……だぜ」
「ほらほら、みんな。ミケルお兄さんをお部屋に連れて行ってあげて」
「「「「はぁ~い!」」」」
『かくれないんぼ』を楽しそうに実践していたガキどもが、老シスターの言葉に元気よく返事をし、倒れたミケルを全員で担ぎ上げる。
「いつも、すまない、だぜ……お子たち……」
「「「「いいってことよ、きにすんなー!」」」」
ミケルを担ぎ上げたまま、ガキどもはわいわいと教会へ入っていく。……アリがセミの死骸を運んでいくようだ……
「安らかに眠れ……」
「彼は死んでないよ、ヤシロ」
「…………安らかに眠っとけ」
「安らかな眠りを強要しないように」
安らかに眠っておけばいいと思う俺の優しい心遣いを一蹴するエステラ。
そして、ぐっと身を寄せて耳打ちをしてくる。
「アレが、リベカさんの思い人だと思う?」
「もしそうなら、リベカの恋愛はどん詰まりで破局確定だからフィルマンにももうワンチャンスあるんだが……まぁ、アレはないだろうな」
「だろうね……。他に何人くらいいるのかな、候補が」
ここで働く者たちは、まだ何人かいるらしいし……地道に当たっていくか。面倒だけど。
そんな密談をする俺たちを見て、先ほど教会から出てきた老シスターが口元を緩める。
「ソフィー。あちらの方たちは?」
「あ、すみませんバーバラさん。説明が遅れました」
慌てた様子でベルティーナからの手紙を差し出すソフィー。
老シスターはそれを受け取り、懐から大きなルーペを取り出して黙読を始める。
「まぁ、まぁ、シスター・ベルティーナの……」
ルーペを外し、俺たちをまじまじと見つめる老シスター。
ベルティーナからの紹介というのは、そんなに珍しいものなのだろうか。まるで珍獣でも見るかのような視線を向けられている。
「シスター・ベルティーナはお元気かしら?」
「はい。毎日笑顔でボクたちを見守ってくださっています」
「そう。あの方らしいわねぇ」
あの方……
え、このババアもベルティーナを上に見てるのか?
「一つ聞いていいか、シスター・ババーラ」
「シスター・バーバラだよ、ヤシロ」
「おっと、失礼。シスター・ババア」
「失礼だよっ!」
いや、だから、人間は視覚からの情報が八割を占めているからだな……
「うふふふ。手紙に書いてあったとおり、面白い方ねぇ。あなたが、オオバヤシロさんね」
……何を書きやがった、ベルティーナ。
「ちなみに、『この手紙は絶対お二人には見せないように』とお願いされていますので、お見せできませんよ」
ババアがにっこりと笑う。……くっ、先手を打たれたか。
「それで、聞きたいこととは何かしら?」
「えっと、もしかしてなんだが……シスター・バーバラは、ベルティーナより年下なのか?」
「えぇ、そうよ。幼い頃、とてもお世話になったの」
マジでか!? すげぇな、ベルティーナ。
不老不死なんじゃねぇの?
「とても厳しい、でも、それ以上に優しい方だったわね……」
「今も変わらずですよ」
「うふふ。でしょうね」
バーバラとエステラが微笑み合う。
だがな、エステラ。
俺がこれまで聞いてきた話を総合すると、ベルティーナが今のような食欲を体得したのは、ジネットがそこそこ大きくなってかららしいぞ。
……変わっちまったんだよ、ベルティーナは。
その婆さんに大食いしている姿を見せたら腰を抜かすぞ、きっと。
「私も、昔は四十二区でお世話になっていた時期があったのよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。貧しくも、楽しい日々だったわねぇ」
意外なところで四十二区の話が出て、エステラが興味深そうに身を乗り出す。
もしかしたら、ゼルマルの爺さんやムム婆さん辺りなら知っているかもしれないな。
「シスター・ベルティーナほど、聖女と呼ぶにふさわしいシスターを、私は知らないわねぇ」
べた褒めだ。
ベルティーナは、他のシスターからも好意的に見られているようだ。尊敬と言っても差し障りないレベルで。
「そんなすごい人が、ずっと四十二区に留まってくれているんだよね。感謝しなきゃ」
当たり前にそばにいてくれるベルティーナ。
そのありがたさを再確認したようで、エステラが嬉しそうに微笑んでいる。いつもの四割増しくらいで。
だが、そんなエステラの言葉を聞いて、今度はソフィーが口を開いた。
「それは違いますよ、クレアモナ様」
「へ?」
幾分真剣みを増した目で、ソフィーは静かに、俺たちに言い聞かせるような口調で語り始める。
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