トムソン厨房に出向いた日から三日が経った。
「いらっしゃいませです!」
「ませです!」
陽だまり亭でウェイトレス修行中のガゼル姉弟、カウとオックスの接客は危なっかしくもなんとか見られる程度にはなっていた。
「おぅ! 研修生たち、仕事頑張ってるな。様になってきたじゃないか、がはは」
「えっと、このお客さんは大工さんだから……」
「扱いは適当で……」
「「よい! 水はセルフでどーぞ!」」
「ちょっとヤシロさーん! お宅の研修生についてちょっとお話がー!」
変なとこばっかり覚えが早くて困っちゃうなぁ、ホント。
でもまぁ、俺もパッと名前が思い出せないような大工その6くらいのオッサンだ。わざわざ持ち上げてやる必要もないだろう。
とか思っていると、ぷりぷり怒る大工の前に、マグダが足音もさせず進み出た。
「……いらっしゃいませ。ウチの研修生が失礼を働いてしまって……どうか、許してあげてほしい」
「マ、マグダちゃん!?」
棟梁お気に入りのマグダに頭を下げられて恐縮する大工。
「そんな、マグダちゃんが謝るようなことじゃ……、研修生が失敗するのなんて当たり前のことだしさ!」
「……そう。それはそうと、水はあっち」
「セルフは揺るがないんだ!? あっれぇ!? 先輩になってしっかりしたウェイトレスになったと思ったんだけどなぁ、今一瞬!」
ぎゃーぎゃーやかましい大工。
マグダはなぜかドヤ顔でガゼル姉弟に「……これがお手本」とか言っている。どこに誇れる部分があったんだろうな。
「あ、大工さん! いらっしゃいです」
「あはぁ、ロレッタちゃん! 俺、やっぱロレッタちゃんが一番だなぁ!」
「あはは! ありがとです! あ、お水はそこです」
「ロレッタちゃんもかぁー! けど憎めない! 悔しい!」
ロレッタ層ってのもあるんだなぁ。
まぁ、おにぎりは梅、ポテトチップスはうすしおって層も根強いからな。
「あたし普通じゃないですよ!?」
「なんも言ってないだろうが」
「顔が『普通だなぁ』って物語ってたです!」
どんな顔だ、それは。
被害妄想だろう。
……まぁ、「普通だなぁ」とは思ったけども。
「……ヤシロ」
大工を適当にあしらって、マグダが俺のもとへと歩いてくる。
「……どう? 直せそう?」
「ん~……こりゃ、本格的にダメかもなぁ」
ため息を吐きつつ、目の前に打ち捨てられているコワレモノを見下ろす。
これを直すのは、至難の業だ…………何より、直してやろうという気が起きない。
「……いいんッス、オイラなんて……どうせオイラッスから…………どうせ、どうせ……くすん」
「ウーマロさん、まだじめじめしてるですか? お兄ちゃん、早く直してです」
無理難題を軽々しく吹っかけるな。
そもそも、『ウーマロを元気づける』ってミッションに魅力を感じない。
でも、早く直さないとこの後使えないしなぁ……修理するかぁ。
「あの、ヤシロさん……」
今日も陽だまり亭の手伝いをしているモリーが不安げな表情で尋ねてくる。
「どうされたんですか、ウーマロさん?」
モリーは昨日、工場へ戻って増産体制の打ち合わせをしていたから知らないんだよな、ウーマロがこうなっちまった理由を。
「アレを見てみろ」
と、窓から見える庭先に飾られているハロウィン飾りを指差す。
木を彫って、可愛らしいフォルムのパンプキンと不気味なお城が造形されている。
今、四十二区には、大小さまざまなハロウィン飾りが溢れ返っている。
道を歩けばオバケが目につき、「ウチの庭にも是非!」と申告のあった家々には大規模なハロウィン飾りが設置されている。壁にオバケが張りついていたり、通行人を見下ろすようなオバケツリーがそびえていたり。日本でもなかなかお目にかかれないクオリティの派手なハロウィン飾りがどんどん増えている。
それらを設置、作成しているのはもちろんトルベック工務店だ。
トルベック工務店の……ヤンボルド組だ。
「はぁ~あ! オイラ、才能ないんッスかねぇー!」
「ウーマロ……お前なぁ」
ウーマロはシンプルながらも機能的で、実に無駄のない建築が持ち味だ。派手に見せることにも長けていて、どう工夫すればどのように見えるのか、その感覚は俺よりも優れている。
そして、それを実現させちまう手腕に関してはもはや言及するまでもないだろう。
だが、ハロウィンでは「見ていると不安になるくらいコミカルで危うい怖可愛さ」が求められるのだ。
ウーマロが作るような安定感と安心感のある建築物とは真逆だと言える。
「ヤンボルドは、お前が認めたお前の右腕なんだろ? こんだけ脚光浴びてるんだから誇ってやれよ」
「ヤンボルド……ふんッス」
ヤンボルドは機能性や正確性という面ではウーマロに敵わないが、ある一面だけはウーマロ以上の才能を有している。
それが、デザイン性だ。
イメルダが贔屓にしていることからも、その芸術性の高さは分かる。
ただ、デザイン性を優先し過ぎるあまり耐久性が壊滅的だったりすることもあるんだが……あいつの「ま、いっか」精神凄まじいからなぁ。
俺はウーマロ抜きのヤンボルドに仕事を頼むつもりはない。ウーマロの保証がなけりゃ怖くて使えない。
というか、ウーマロに作らせればその後何十年も安定して使えるものが出来るのだ。そりゃそっちを選ぶさ。
ただ、今回はただの飾りだ。
そこに住むわけでもなければ、そこで歌って踊るわけでもない。
不安定な、アンバランスな、不気味な、コミカルな、物理法則ガン無視な建造物や飾りを街にディスプレイするだけだ。
ヤンボルドの好き勝手にやらせても問題はないだろう。
いくらヤンボルドでも、触るだけで落下するような危険なものは作らない。
少々発想がエキセントリックではあるが、腕のいい大工であることには違いないのだ。
飾りの倒壊や破損による不祥事は起こらないだろ。……うっすい板によじ登りでもしない限りはな。
「オイラだって……飾りを考えて行ったッスのに…………」
「図案を見せて、なんて言われたんだっけ?」
「『しょーもない、面白みがない、常識の枠を飛び越えられてない』ッスよ! 何様ッスか、あいつは!?」
「あぁ、まぁ、落ち着け」
ウーマロはよくも悪くも『絶対安全』って根底を覆せないヤツだからな。
逆三角形なシルエットのお城なんか作りたくないのだろう。
大黒柱が波打っていたりするなんて言語道断なのだ。
「あんなもん、一年ともたずに倒壊するッス!」
「いいんだよ、一週間ほどもてば、それで」
ハロウィン飾りなんか、その時だけ雰囲気を大いに盛り上げてくれりゃ、あとは壊してポイだ。わっと盛り上げて、その後は儚く消えていくもんなんだよ。オバケのようにな。
「ヤンボルドのヤツが『常識的過ぎる』とか言いやがったッスから、オイラ、こんな奇抜な設計を考えてきたんッスよ!」
そう言って広げられた設計図案を見て、ロレッタが一言。
「なんか、普通です」
「うわぁー! ロレッタさんに普通って言われたらもうおしまいッスー!」
「どういう意味ですか!? なんか失礼ですよ、ウーマロさん!」
わーきゃー騒ぐウーマロとロレッタ。
ウーマロの図案は、まぁ、少々奇抜ではあるが、おしゃれな街の一画に建っていてもおかしくはないような造りで、爆発的な芸術力はなかった。
ヤンボルドのは、ブロック塀の途中からにょきっとオバケが覗き込んでいるとか、厳つい顔の小人が片手で支えている門柱とか、「意味は?」と問われたら「別に」としか言えないような、「可愛いから」以外の意味を持たないデザインばかりだ。
なのだが、そういう不気味で不条理で意味のない非常識な雰囲気がハロウィンにピッタリ合っていて、街でも非常に人気が高い。
初日にウーマロが担当した家の外壁が、翌日ヤンボルドのデザインに変わっていたのが相当こたえたようで……ちょっと今、すげぇヘソを曲げているのだ。
マグダを使って無理やり元気を出させることは容易いのだが……それが出来ない理由がある。
「あの、ヤシロさん……ウーマロさんは分かったんですが……ノーマさんは?」
モリーがこっそりと視線を向けた先で、ノーマがうじうじいじけていた。
「どうして木工ギルドなんさね……金物でやりゃあいいじゃないかさ、頭を貫通するナイフとか矢とかさぁ…………な~んで木工職人の……あんな偽物丸出しの…………」
「ガキが頭につける物だから、金物じゃ危ないって木工職人に仕事を振ったら、……あぁなったんだよ」
「作りたかったんですね……」
まったく。
こいつらは、なんでこうも仕事が好きなんだかなぁ。
自分が作ったものを認められることでドーパミンでも溢れ出してくるのかねぇ。
どんだけ承認欲求高いんだよ。
「……ヤシロ。そろそろなんとかしないと」
マグダが俺の袖を引く。
なんとかって言われてもなぁ……こいつら、もういい大人だろうに。自分でなんとかしろよなぁ……ったく。
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