異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

233話 酔いが回ったらスキンシップも増える -3-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:2,363

 ここまでは、リベカとフィルマンの戦いだった。

 麹工場の未来をかけた戦い。

 自分たちの幸せをかけた戦い。

 ドニスは、まだ完全ではないかもしれないが、随分と好意的な意見を現段階で持っている。

 

 

 ならば、ここからは俺たちの戦いだ。

『BU』との交渉を有利に進めるために、ドニスをこちらへ巻き込む。

 そのためにフィルマンの戦いに協力してやったのだ。

 

 さぁ、動くぞ。

 一気に畳み掛ける。

 

 その合図として、エステラに視線を向ける。

 ――と、顔を逸らされた。

 

 ……おい。

 

「なんで目を背ける」

「べ、別に……」

 

『別に』の顔じゃねぇだろ、それは。

 フィアンセとか言われて意識してんじゃねぇよ。

 ドニスはちょっと極端なラブ思考を持ってる一本毛なだけだっつの。

 

 しょうがねぇな。俺が仕掛けるか。

 

「ドニス」

「女にだらしない男はしゃべりかけないでくれ。同類と思われる」

 

 バーリア! ――じゃねぇんだわ!

 

「お前の悩みを解決したら、こっちに協力するって約束だろうが!」

「ワシの悩みはまだ解決しておらん! フィルマンが身を固め、きちんと跡目を継ぐまでは不安の種は尽きんわ」

「そのきっかけを作ってやったろうが!」

 

 フィルマンの駄々の元は除去してやった。

 あとは、フィルマンたちが自分で決めるさ。

 何年か経てば、きちんと身を固めて跡目を継ぐことだろう。

 

 だが、こっちはそこまで待っていられない。

『BU』からの賠償金請求とかいうふざけたもんを撤廃させなきゃいかんのだ。

 

「ドニス、俺は『BU』の固定観念をぶち壊すぞ」

「それはまた、大胆な宣戦布告だな」

 

 ドニスは意外とデカい。

 俺よりも数センチほど背が高い。そして、がっしりとした体をしている。

 なので、威圧感も迫力もたっぷりだ。

 

 そんな大迫力の一本毛を睨みつける。

 

 お前の価値観をぶち壊して、儲けさせてもらうぜ、ドニス。

 

「まずは、大豆生産量の制限を解除して、豆腐を流通させてもらうぜ」

「そんなことをすれば、他の区が黙っておらん。各区の豆の生産量は統一されており、故に、我が二十四区で採れる大豆は味噌や醤油と使用用途が決められておる。ワシ一人の意見ではどうしようにもないルールだ」

「それを曲げろっつってんだよ」

「曲げようにも、畑がないのでな」

「他の区に作らせればいい」

「はっはっはっ! 我が区の財産を他区へ流出させろというのか? もしそうなる時は『BU』が崩壊した時。そうなれば、我が区は壊滅だ。到底協力できる話ではない」

「『BU』は残すさ」

「ん?」

 

 俺が壊したいのは、『BU』の古臭い固定観念だからな。

 

「古い世界から一歩踏み出した先にある新しいものを、俺が見せてやる」

「ほぅ……」

 

 もちろんそいつは、ただ新しいだけではなく、古きを尊び、学び、活用した技術による改革だ。

 

「四十二区が見てきた景色を、お前にも見せてやる」

 

 花火だ、結婚式だと、外部から眺めてやっかむのではなく、お前もこの中へと入ってこい。

 

「ウーマロ!」

「はいはいッスー! 準備万端ッス!」

 

 大きなシートで覆われていた立ち入り禁止区域に、ウーマロとハムっ子たちがずらりと並ぶ。

 

「何を始める気だ?」

「お前に見せてやりたいのさ、未来の可能性ってやつを。フィルマンとリベカもしっかり見ておけ。それからソフィーとバーバラもな」

 

 ハムっ子たちが四十二区、そして二十四区のガキどもを呼び集める。

 シートの前にガキどもが群がる。

 

 やはり、こう並ぶと……嫌でも目立ってしまうな、二十四区のガキどもの傷付いた体は。

 ドニスの表情を窺うと、やはり、眉間にしわが寄っていた。

 

「ドニス。お前があのガキどもの将来に何かをしてやるとしたら、どんなことをする?」

 

 体のどこかにハンデを背負ったガキども。

 そんなガキどもに何かを出来るとすれば、この区の領主はどうする。

 

「うむ……予算を度外視するのであれば、あの者たちにも歩きやすい街へと作り変えるな。目が見えない者のための手すりや道しるべ、足がない者のための腰掛けを街のいたるところに設置して、それから……」

「ドニスおじ様。過ごしやすさも必要ですが、彼らの自立を促すことも大切だと思います」

 

 バリアフリー方面へ思考が傾いていたドニスに、フィルマンから意見がもたらされる。

 

「職業訓練などを行い、可能な限りの自立を促すべきです。彼らはいつまでも庇護下にいられるわけではないのですから」

「しかしのぅ……あまりに好待遇過ぎるのもどうなんじゃろうか?」

「え……それは、どういう?」

 

 フィルマンの意見に異を唱えたのは、リベカだった。

 

「あの者たちに庇護が必要なのは分かるのじゃが、この街の住人はあの者たちだけではないのじゃ。もし、街全体をあの者たちに合わせて作り変えてしまうとすれば、他の住民たちは住みにくくなってしまいはせんじゃろうか?」

「いえ、でも、普通の者たちは彼らに合わせて……」

 

 リベカに反論されて慌てたのであろう、フィルマン。

 思わず口をついた言葉に、ソフィーが反応する。

 

「普通です!」

 

 耳を逆立て、これ以上もない大きな声で。

 

「あの子たちは、普通ですっ!」

 

 そう。

 そういうことだ。

 

 自分の失言に気が付いたのだろう、フィルマンは顔を青くして慌てて頭を下げた。

 

「そういうつもりではなかったのですが……不適切な言葉でした。すみません!」

「いえ……私も、大きな声を出してしまいまして……申し訳ありませんでした」

 

 普通かどうかと言われれば、普通では、ないのかもしれない。

 けれど、決して劣っているわけではない。

 ドニスの言葉を借りれば、それは『個性』だ。

 少々個性的な、普通のガキどもだ。

 

「なるほど……この問題はなかなか難しいようだ」

 

 ドニスが挙げた案は、自分でも言っていたように予算を度外視した理想論だ。

 なかなか実現させるのは難しい。

 その上、二十四区にそういった設備を充実させてしまうことは、「お前たちはここにいろ」と、閉じ込めておくことになりかねない。

 

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